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逃亡者
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しおりを挟む「過ぎた時間を取り戻す。そんな奇跡は起こせませんけど、お代と引き換えに、二十五グラム以下のお客さんの後悔を、過去に届けることならできますよ」
「はい?」
サンドイッチを持つ手が止まり、顔を上げる。
目が合うと、スズさんは薄い唇をニッと持ち上げた。彼女の肩で、金の鈴がランプに照らされて反射する。
「今、なんて言った?」
「お代と引き換えに、二十五グラム以下のあなたの後悔を、過去にお届けします……と」
ちょっと言い方を変えてスズさんが言う。
「どうやって?」
「お客さん、ミニレターってわかります?」
「ミニレターって、なに?」
言いながら、カウンターに出しっぱなしのスマホを指先でたぐり寄せ、検索窓にその言葉を打ち込む。
するとすぐに答えが表示される。
「えっと……ミニレターとは、郵便局が販売する便箋と封筒が一体化されたもので、切手が印刷されており、封筒のような形状に成型してポストに投函する。厚さ一センチ、重量二十五グラム以内のものであれば、同封することが可能」
説明文の下には、折り返し線と切り取り線のついた紙の写真。三つ折りにするための薄い罫、宛先のための枠、差出人の欄、便箋のような罫線。
封筒であり、便箋でもある。しかも料金は、定型郵便よりもすこしばかり優しい。
「知らなかった、こんなのあるんだ。……で、これが?」
初めて目にする形状の郵便物に興味は湧く。けれど、それがどうやって今の話に繋がるかがわからない。
「ウチでは、これによく似たものを扱っているんです」
そう言ってスズさんは背後の棚の引き出しから、一枚の紙を取り出してカウンターに置いた。
冬の空を思わせる薄い水色の便箋。さっきスマホで見たミニレターにそっくりな形状をしているけど、宛先や差出人の欄、印刷された切手の図柄などはない。
スズさんは、カウンターに紙を置き、指の腹でそっと撫でた。
「この手紙に、後悔している思いを綴って。中に思いを届けたい人の写真を同封して、持ってきてください」
「そうしたらどうなるの?」
「二五グラム以下の後悔を、過去にお届けします」
迷いのない声。
どうやってそんなことが――理屈はわからない。それでも、彼女にはそれができるのだろう。
そう直感で感じた。
その事実に肌が粟立つ。
過去にコンタクトできるなら、変えてしまいたい過去はいくつもある。
「これを何枚も使えば……」
抱えている後悔なんて、数えだしたらキリがない。
何度、人生をやり直したいと思ったことか。
無意識のつぶやきに、スズさんは肩をすくめた。
「そんな奇跡の安売りはないですよ。これは身動きできないほどの後悔を抱えた人に、一度だけ訪れる奇跡。だから、届ける言葉をしっかり選んでくださいね」
「一度だけ? それに、よく考えたら〝二十五グラム以下の後悔〟って、どうやって重さを量ればいいのよ」
形のない思いや感情に、重さがあるはずない。
「一人でこの手紙と向き合えば、わかりますよ」
彼女がそう言うのなら、きっと、そうなのだろう。だとすれば、言葉はしっかり選ばなくてはいけない。
そしてなにがあっても変えたい過去は、一つしかない。
「とにかくこれで、俊哉の事故を阻止できるわ」
そのためには、どんな言葉をどう届ければいい?
俊哉は、最後まで離婚を拒んでいた。
登山を取りやめてくれたら、離婚を考え直す――そう書けば願いを聞いてくれたかもしれない。
今と違う未来がある――その希望が胸の内でぱっと明るむ。けれど、スズさんは腰に手を添え、あきれたように眉を顰めた。
「さっきも言いましたけど、時間を巻き戻すなんて奇跡、普通にありえませんよ。過去を変えることなんて、誰にもできません。この手紙にできるのは、二五グラム以下の後悔を過去に届けることだけです」
スズさんの言葉に、ふくらんだ期待が音もなくしぼむ。
「なにそれ……。なにも変えられないなら、後悔を過去に届けることに、なんの意味があるの?」
裏切られたような気持ちが、声の温度をひとつ下げる。
スズさんは、突き放すように言う。
「なんの意味もないと思うなら、手紙を書かなければいいだけです」
たしかに、その通りだ。
過去は変わらないなら意味がないと思うなら、書かなければいいのだ。
「でも……」
私は自分の胸に手を添えて、カウンターの上の水色の紙を見た。
変えられないのかもしれないけどそれでも届けたい想いが、確かにここにある。
「いくらなの?」
さっき彼女は、代金と引き換えに過去へ届けるというようなことを言った。
「お代は、この手紙を持ってきた時に」
スズさんが、紙を私のほうへ押し出す。
指先でそっと押さえた。その瞬間、体の中心からじんわりと温度が広がる。
一度きりの奇跡に、直接触れている――そんな手応え。
「わかった」
そう答えて、私は紙を引き寄せクロッキー帳の間に挟むと、コーヒーを飲みきり、サンドイッチを片付けて、店を出た。
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