あのとき必要だったのはほんのちょっとの勇気だったんだ

千暁

文字の大きさ
1 / 6

1.彼の話をしよう

しおりを挟む
彼はグループのみんなに「ケリー」と呼ばれていた。

私が仲良くしていたグループのメンバーの多くは中学校の同級生で、社会人になってから同窓会で再会してよく遊ぶようになり、そのメンバーがさらに友達を紹介して今の11人のグループになった。

私は紹介されてグループに入った側の人間で、「ケリー」の由来も友達伝いに聞いた。

ケリーは中学校の側の家で飼われていたゴールデンレトリバーで、庭の芝生をボフボフと跳ね回りながら通りがかる人にキラキラした眼差しを送っていたらしい。そんなケリーに彼がどこかしら似ていると一人の同級生が言い出し、皆が妙に納得していつの間にか「ケリー」と呼ばれるようになったそうだ。

私も友人が「ケリーだよ」と紹介してくれ、皆が自然にそう呼ぶので3ヵ月程彼の本名を知らなかった。
気の良い大型犬を思わせる容姿、人を惹きつけるキラキラした瞳。
社会人になった今はさすがに落ち着いてキラキラの瞳ではなくなったと皆言っていたが、中学生時代や犬のケリーを知らない私もなんだか納得してしまうほどに彼は「ケリー」だった。

彼はグループの中では一歩ひいたところにいる人だった。
私達は予定を合わせては、(といっても流石に11人の社会人の予定が合うことは少ないので来れる時に行くスタイルだったが)週末に車を出して遠出をしたり、誰かの家に集まって呑んだりしていたが、彼は自分から何かを言い出す人ではなく、誰かの企画に賛同して、さりげなくいいアシストをするタイプの人間だった。
あえて目立たないようにしているのかな、私はそんな印象を受けていた。

グループに入ってまもなくの頃、皆で広い公園までドライブしてサッカーをして遊んでいる時に私は転んで足首を挫いてしまった。
流石にサッカーは続けられなかったので、転んだタイミングで「休憩するね」と一声かけて木陰で休もうとした。なるべくヒョコヒョコ歩かないようにはしていたし、他の皆は気付いていなかったのに、彼は木陰に座る私の横に当たり前のように座って私の顔を覗き込むようにして言った。

「足、さっき怪我したんでしょ?冷やした方がいいから家帰って休みなよ。僕が送って行く。」

遠くにいたのになんでわかったんだろう。

私は驚いて返事も出来ずにいたけれど、顔に答えが書いてあったのか、さっと立ち上がって皆のところに行き、友人の一人と話をして戻ってきた。

彼が友人にどんな風に話をしたかはわからないけれど、友人は他の皆と一緒にアスレチックエリアに行き、その間に私は彼に腰を支えられ足を庇いながら彼の車まで向かった。

「家どこ?」

「ピエロっていう肉屋の近くの…」

「あぁ、あの辺ね。懐かしいな、部活の皆でコロッケ買ってたわ。」

彼と2人で話すのはこのときが初めてだったけれど、男の人に少し身構えてしまう私も自然に話せてしまうくらい彼は話上手で聞き上手だった。

途中コンビニでお茶を買ってくれ、その時に彼が緑茶が好きだということを知った。

「ホントは緑茶が好きなんだけど、やっぱり急須で入れたのしか緑茶って呼びたくないからいつも水を買っちゃうんだよねぇ。」

彼が残念そうにそう言いながら私用には緑茶を買って渡すので、思わず笑ってしまった。

「でも私には緑茶を買うんだ。」

「そう。環ちゃんと緑茶について話したかったからかもね。」

彼は私をマンションの前で降ろして車を出す前に

「何か困ったら僕に電話して。全然迷惑とかじゃないからね。」

と真面目なトーンで言った。

特別扱いしてくれていたけど踏み込みすぎない。
彼はいい人だった。

そう、いつも彼はいい人だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

処理中です...