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4.バルドへイム王国
16.束の間の幸せとスタンピード(3)
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ゴンザレスはグランツの元を訪ねた。
「グランツ、少しいいかの?」
「……はい……」
「しけた顔じゃな。何を言おうとしてるのかわかっておるのだな」
グランツは視線を伏せたまま、短くうなずいた。
「どうすることもできんのか?」
「頑張っています!……でも、エルサは……もちません」
「このままにするのか?」
ゴンザレスは、怒るでもなく、ただ穏やかに尋ねた。
「いいえ。……近々二人で旅に出るつもりです……」
「……戻って、くるんじゃろな?」
「……」
「わしは、待っとるぞ」
「……失礼します」
グランツは思いつめた顔で去っていった。
「わしは、二人とも大切なんじゃよ……」
ゴンザレスの背中が丸くなり、
ゆっくりと膝をついた――。
グランツは屋敷に戻り、エルサを探した。
近頃はずっと、庭の東屋に一人でいるらしい。
侍女をしているセレナすら傍にいることを拒み、誰とも会話しなくなったとメイドたちが泣いていた。
「エルサ、ただいま。今日は何を見ていたの?」
「……ああ……。そうね……。何を見ていたかしら……」
エルサは返事をするのも億劫になっている。
目は落ちくぼみ、隈ができていた。
グランツは隣に座り、ゆっくりとエルサを抱きしめる。
頭に口づけようとして、髪の根元が黒くなっているのが見えた。
「……」
そっと口づけ、耳元でエルサに問いかけた。
「エルサ、二人で旅に出かけないか?」
「……旅に?」
「そうだ、二人だけで。どこに行きたい?」
「どこ……。ん……誰も、いないところなら……どこでもいいわ……」
「そうか。……では、森に行こう」
「森……。ええ、わかったわ……」
返事をしたエルサは、また自分だけの世界へ沈んでいった。
グランツは日が暮れてもずっとエルサを抱きしめ続けた。
翌日、屋敷にイーサンを呼び、騎士団の引継ぎと屋敷の家令達の次の仕事あっせんを依頼した。
「グランツ、いいのか?ゴードンさんには?」
「……」
「お前の親父さんには?」
「……」
「そうか……」
「すまない、イーサン。面倒をかける」
「いや、いいんだ。……戻って、くるよな?」
「……すまない……」
「待ってるよ」
二人の書類をめくる音だけが部屋に響いた。
全ての整理がついた三日後の早朝、セレナにも見つからないように屋敷から抜け出す二人。
荷物らしきものが見当たらない。
イーサンが手配した馬が裏口につながれており、そっとエルサを乗せて森へと向かう。
王都から森の入り口まで半日、隣町を通り抜ける必要があった。先を急ぎたいところだが、エルサの体調も気になり一度休憩することにした。少し何か口にさせようと食堂へ入ろうとした時、それは起こった。
「あら、誰かと思えば、鬼神グランツ様じゃない。こんなところで何を?」
あの令嬢の声がする。いや、元令嬢だ。
「何でもいいだろ。お前には関係ない」
「あはは。関係なくないわよ。私、ここで働いてるんだから。そちらは……あれ?エルサ様?ごきげんよう」
含みを持たせた言い方で震えるエルサに近づこうとする。
「エルサ、行こう」
食堂はあきらめてで出ていこうとすると元令嬢にぶつかった。
「痛!ちょっと、乱暴は困りますよ。私、身重なんですから」
びくっ
エルサの体が小さくはねた。
「そういえば――。エルサ様は、まだ、なんですか?」
お腹をさすりながら嫌みな言い方をする。
「お前には関係ないだろ!」
グランツは声を荒げた。
「ふふふ、いやだわ~。ちょっと聞いただけじゃない」
「話しかけるな!」
「おー怖!でも、気が向いたら、また来てください。ここ、休憩もできるんですよ~」
暗にグランツに艶ごとの誘いをかけてくる。
ドクンッ
エルサの心臓が大きく脈打ち、体が大きく跳ねた。
「エルサ!!」
グランツが叫びながらエルサを抱きしめる。
「あらあら、これくらいのことで」
ガチャン
含みのある言葉が、完全に引き金を引いた――
頭を抱えてうずくまるエルサの髪が見る見るうちに真っ黒に染まり、雲一つない青空が一気に暗闇に落ちる。
ドォン!
雷がいくつも落ち、どこから現れたのか、魔物が人々を襲い始める。
辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
ハジマル――
エルサから地を這うような声が聞こえた。
振り返ったグランツは、悲痛な声を漏らした。
「エルサ……間に合わなかった……ごめん」
スタンピードが始まった瞬間だった。
「グランツ、少しいいかの?」
「……はい……」
「しけた顔じゃな。何を言おうとしてるのかわかっておるのだな」
グランツは視線を伏せたまま、短くうなずいた。
「どうすることもできんのか?」
「頑張っています!……でも、エルサは……もちません」
「このままにするのか?」
ゴンザレスは、怒るでもなく、ただ穏やかに尋ねた。
「いいえ。……近々二人で旅に出るつもりです……」
「……戻って、くるんじゃろな?」
「……」
「わしは、待っとるぞ」
「……失礼します」
グランツは思いつめた顔で去っていった。
「わしは、二人とも大切なんじゃよ……」
ゴンザレスの背中が丸くなり、
ゆっくりと膝をついた――。
グランツは屋敷に戻り、エルサを探した。
近頃はずっと、庭の東屋に一人でいるらしい。
侍女をしているセレナすら傍にいることを拒み、誰とも会話しなくなったとメイドたちが泣いていた。
「エルサ、ただいま。今日は何を見ていたの?」
「……ああ……。そうね……。何を見ていたかしら……」
エルサは返事をするのも億劫になっている。
目は落ちくぼみ、隈ができていた。
グランツは隣に座り、ゆっくりとエルサを抱きしめる。
頭に口づけようとして、髪の根元が黒くなっているのが見えた。
「……」
そっと口づけ、耳元でエルサに問いかけた。
「エルサ、二人で旅に出かけないか?」
「……旅に?」
「そうだ、二人だけで。どこに行きたい?」
「どこ……。ん……誰も、いないところなら……どこでもいいわ……」
「そうか。……では、森に行こう」
「森……。ええ、わかったわ……」
返事をしたエルサは、また自分だけの世界へ沈んでいった。
グランツは日が暮れてもずっとエルサを抱きしめ続けた。
翌日、屋敷にイーサンを呼び、騎士団の引継ぎと屋敷の家令達の次の仕事あっせんを依頼した。
「グランツ、いいのか?ゴードンさんには?」
「……」
「お前の親父さんには?」
「……」
「そうか……」
「すまない、イーサン。面倒をかける」
「いや、いいんだ。……戻って、くるよな?」
「……すまない……」
「待ってるよ」
二人の書類をめくる音だけが部屋に響いた。
全ての整理がついた三日後の早朝、セレナにも見つからないように屋敷から抜け出す二人。
荷物らしきものが見当たらない。
イーサンが手配した馬が裏口につながれており、そっとエルサを乗せて森へと向かう。
王都から森の入り口まで半日、隣町を通り抜ける必要があった。先を急ぎたいところだが、エルサの体調も気になり一度休憩することにした。少し何か口にさせようと食堂へ入ろうとした時、それは起こった。
「あら、誰かと思えば、鬼神グランツ様じゃない。こんなところで何を?」
あの令嬢の声がする。いや、元令嬢だ。
「何でもいいだろ。お前には関係ない」
「あはは。関係なくないわよ。私、ここで働いてるんだから。そちらは……あれ?エルサ様?ごきげんよう」
含みを持たせた言い方で震えるエルサに近づこうとする。
「エルサ、行こう」
食堂はあきらめてで出ていこうとすると元令嬢にぶつかった。
「痛!ちょっと、乱暴は困りますよ。私、身重なんですから」
びくっ
エルサの体が小さくはねた。
「そういえば――。エルサ様は、まだ、なんですか?」
お腹をさすりながら嫌みな言い方をする。
「お前には関係ないだろ!」
グランツは声を荒げた。
「ふふふ、いやだわ~。ちょっと聞いただけじゃない」
「話しかけるな!」
「おー怖!でも、気が向いたら、また来てください。ここ、休憩もできるんですよ~」
暗にグランツに艶ごとの誘いをかけてくる。
ドクンッ
エルサの心臓が大きく脈打ち、体が大きく跳ねた。
「エルサ!!」
グランツが叫びながらエルサを抱きしめる。
「あらあら、これくらいのことで」
ガチャン
含みのある言葉が、完全に引き金を引いた――
頭を抱えてうずくまるエルサの髪が見る見るうちに真っ黒に染まり、雲一つない青空が一気に暗闇に落ちる。
ドォン!
雷がいくつも落ち、どこから現れたのか、魔物が人々を襲い始める。
辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
ハジマル――
エルサから地を這うような声が聞こえた。
振り返ったグランツは、悲痛な声を漏らした。
「エルサ……間に合わなかった……ごめん」
スタンピードが始まった瞬間だった。
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