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第四話 庭師と白い薔薇の姫
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しおりを挟むパーティが始まる。夕刻には一家で晩餐が通常だが今回は他国の客人達も交えての大きな晩餐となった。
幾つものテーブルの上には料理が用意され、王族と客人達が好きな席で会話を交えて食事をする。
王家との交流を図りたい客人達はこぞってパーティに参加し、大広間は人で一杯になった。
王と王妃は周囲の人々に挨拶をしながら最奥の席に座り、皇子はお客達に捕まり席にもつけずにひたすら相槌をうっている。
アリシア皇女は堂々と婚約者を盾にして早々に席に付きもくもくと食事をとっている。
ミザリー皇女もお客よりもまず食事と周囲を寄せ付けず食事にありついている。
問題はいまだ現れないティア皇女だった。
パーティには姫目当ての皇子達が相当いる。この機会を逃すまいと早くから待っている皇子たちに今更来ないとは言えない。大体当人にも絶対参加だと言ってあるのに未だに来ない。
―――まさか間に合わなかったのか?
朝からティア姫がいないと警備隊が大騒ぎしていたがまさかまだ見つからないのかもしれない。頑固者の姫は来ないと言ったら絶対来ない。
一家はずっとひやひやしていた。
だがパーティが始まってから少し経ってから、突然歓声が上がる。
ティア姫が現れたのだと一家は安心した。そして驚く。
「――――美しい、まさしく噂どおりの白薔薇の姫!」
若草のドレス、真珠の首飾り。金髪は赤い宝石で束ねて、耳飾りも真珠。
すべてルウドの好きな白薔薇の衣装だ。
姫を見て目を丸くするルウドを見てマリーとセシリーは満足そうに笑っていた。
ティアは大人しくルウドに手を引かれていた。
ルウドに連れられてのこのこやってきたティアにアリシアは微笑む。
「よく来たわね、ティア。ルウド、ティアを連れて来てくれて有難う」
「……いいえそんな、当然のことです」
「我儘な妹で御免なさいね。全く甘えんぼさんで困るわね」
「お姉さま、誰が甘えんぼさんですか。やめて下さい」
ティアは不満そうに席に座る。
アリシアの隣の席には婚約者が座っている。なんだか影が薄い人だ。
「ええと……?」
「婚約者のエルフィードです。いや本当にお聞きした通りの姫様ですね。アリシアそっくりなのに全然違う。同じ席で座っている私は何か周りの視線が痛いですが?」
「いいのよ、あなた盾だから。ルウドも座りなさい、あなた盾になりに来たのでしょう?」
「え?私は護衛ですが」
「今日はティアの盾でしょう?しっかり妹を守りなさい」
「はい……」
ルウドは大人しくティアの隣に座る。ただの護衛がティア姫の隣に座ってしまったので周囲がざわざわとざわめいている。
「なぜ護衛が姫と同席するのだ!」
「邪魔だあの男、何なんだ?」
「まさか護衛ごとき身分で姫とあらぬ仲ではなかろうな?」
「まさか、高貴な姫が護衛など相手にするはずはない」
なんだか嫌悪だの侮蔑だのの視線が突き刺さりルウドは居心地が悪そうだ。
ティアはもくもくと食事をとり、とっとと済ませる。
「……パーティなんて面白くもない。だから出たくないって言ったのよ。好奇の視線に晒されて不愉快以外の何ものでもないでしょう?」
「ティア様……」
「お父様とお母様に挨拶を済ませて一曲踊ってからさっさと部屋へ帰りましょう?あなただって不愉快な視線は嫌でしょう」
ティア姫が席を立ったのでルウドも仕方なく席を立つ。
「ルウド、ちょっと」
「はい?」
アリシア姫に耳打ちされてルウドは困った顔でティアを見る。
「早く行きなさい、ティアの護衛でしょう?」
「…ハイ…」
ティア姫に近づこうとする男達を目に留めてルウドはすかさず姫の傍に着いた。
王は苦悩していた。三番目の皇女ティアは誰も文句のつけようのない美しく優しい姫だがいろいろ問題を抱えていた。
だが意地悪姫の噂など大したことではない。
他国の皇子に害をもたらす事も別段問題ではない。胡散臭い薬品を造って魔法使いの塔に入り浸っているのも特に気にすべき問題ではない。
三番目の姫の一番由々しき問題は隣にいる男なのだと王は日頃から思っている。
「……ルウド…‥」
「申し訳ございません…」
「何を謝る?まさか姫に何か!」
「何もありません!誤解ですよ。姫様のお相手捜しの邪魔をしてしまい申し訳ないと…」
「そうだ、お前がいては姫の相手が見つからない。邪魔だぞ!」
「すいません」
「何謝ってるのよルウド。私はどうせ一人では出席するつもりもなかったのよ?あなたが引っ張ってきたのでしょう?お父様、出席はしたのだからもういいでしょう?一曲踊ってからもう部屋に戻ります」
「お前、皇子達の相手も少しはしないか?」
「うんざりよ。私は結婚なんかしないわ」
「そ、そんな訳にはいかないぞ!」
「お兄様がまだだし。私にはまだ先の話よ。その件で今うるさく言われたくないわ」
「……姫…‥」
ティア姫とルウドは一礼して隣のダンスホールへ向かう。
王はますます苦悶する。
「陛下、もうお諦めになられたらどうですの?」
「王妃、しかし…」
「今さらあの二人をどうこうしようなんて遅すぎますわ。大体姫を庭師にお預けになったのはあなたじゃありませんか。それを今更取り戻そうなどと」
「預けただけだぞ?くれてやったわけではない。姫の目がよその皇子の方にも向くよう常々ルウドには忠言していたのに」
「そんなものとうの昔に手遅れになってますわ。ティアは庭師の愛情を受けて育ったんですから」
「……しかし庭師ごときにやるのは…」
「国の流儀を覆す事も出来ませんでしょう?」
「……くうう、誰か、姫の心を庭師から奪い取れる骨のある皇子はいないものか?」
「居たらそれは素晴らしい方ですわね…」
王と王妃はダンスホールの方に目を向ける。
曲が始まるとルウドがティアに手を差し出す。優しい視線を受けてティアは嬉しさと恥ずかしさに駆られながらその手を受け取る。
曲は軽やかなワルツ。だが……
「ルウド、下手ね……」
「苦手なんですよ。だから断っていたのに…‥」
「護衛なのに…」
「ただの護衛に必要ではないでしょう?」
「以前踊っていたわよね?スパイさんと」
「彼女はリードがうまかった。私のようなものでもそこそこ踊れるくらいに」
「悪かったわね、リードが下手で」
「ちゃんと練習しておかなかった私がいけないのです。姫にまで恥をかかせて、申し訳ない」
どこからか下手だ下手だと声が聞こえる。二人はあえて知らぬふりをする。
「そう言えばさっきお姉さまに何吹き込まれてたの?」
「吹き込まれ…って、口が悪いですね。別に何もありませんよ」
「へえ、何にしろお姉さまには逆らえないものね、ルウド。もう何か弱みでも握られてるんじゃないかと時々思う程」
「……‥」
「えっ?まさかホントに握られてるの?どんな?」
「握られてませんよ」
「ホントに?」
「ホントです。曲が終わりますね」
ルウドの手が離れる。なんだか手を離すのがとてもおしい気がした。
「ティア様」
「……え」
再びルウドの手が差し出される。
「調子も上がってきたようですし、もう一曲お付き合い願えますか?」
「ルウド。……いいわ」
ティアはとても幸せな気分になってルウドの手を取った。
ダンスホールをこっそり見ていたスティアは深くため息をついた。
「どうされました?スティアどの?」
「ああ、ハリスさん。なんだか自信がなくなってしまいまして…」
「自信?」
ダンスホールを見ると幸せそうな顔をしたティア姫がルウドと踊っている。
「…ティア様にあんな幸せそうな顔をさせられる。そんな人から姫を奪えるのでしょうか?とても勝ち目はないような気がする」
「スティアどの。あれは年季が掛かっていますから。ええと、そう言う事に時間は関係ないでしょう?」
「そうですね…‥でもちょっとだけなんて思って見なきゃ良かった…」
「スティアどの…‥」
「ハリスさん、ご心配なく。でも諦めたりしませんから。必ずまたここに来ます」
アリシア姫にティア姫を引きとめるよう言われて結局四曲も踊り、さすがに疲れた二人は部屋へと戻るべくホールを出た。
ルウド一人で姫を独占し続けて散々恨みの視線を浴び続けていたが、最後の最後までルウドは皇子達の恨みをかった。後が怖いが今はどうでもいいと思う事にする。
ティア姫が部屋に入ってお茶を入れると招いてくれた。
ルウドは席に座って大人しく待つ。
「どうぞ?」
「ああ、有難うございます」
ルウドは一気にお茶を飲み干した。
「何か疲れましたね。あれだけ注目を浴びるとさすがに」
「そうでしょう?目立つのって疲れるのよ?」
「でもティア様は仕方がないですね。噂どおりの姫ならば嫌でも注目を浴びますから。皇子様方の注目の的です。本日の御姿も本当に綺麗ですから」
「ルウド、本当にそう思う?」
「勿論です。王家はさぞ誇らしかったことでしょう」
嬉しそうなルウドにティア姫は不安そうな視線を向ける。
「私、別に皇子様の注目なんかどうでもいいわ。ルウドさえ傍にいてくれればそれでいいのよ?」
「姫様がお相手を見つけてお嫁に行くまでずっと見守っていますよ?」
「私はルウドが好きなのよ」
「私もティア様が好きですよ。とても大切に思っています」
「……ルウド……」
「そろそろ戻ります。姫様はもうお休みください。くれぐれも一人でフラフラ出歩かない様に」
悲しげな視線を向けるティア姫はそっとルウドの首に両腕を回し、彼の頬に口づける。
「……‥姫?」
「今日、嬉しかったからお礼。有難う。沢山迷惑かけて御免なさい」
「……いいのです。分かってくだされば。余り人に心配をかけないでくださいね。ではおやすみなさい」
ルウドはニッコリ微笑み部屋を出た。
夜の庭園は真っ暗になっていた。パーティは城内で行われているので中から洩れる音や光が園からも少なからず聞こえる。
城内の人ごみに加わる気はないが気分転換に涼しい風に当たるのもいいとゾフィーは園に出てきた。今の真っ暗な時間に人はほとんどいないので誰の目を気にする事もない。
空には月はなかったが星が出ていた。
静かな夜にぼんやり空を眺めていると突如ザクザクと足音がした。なんだかものすごく早足だ。
音の方を見ると人影が見えた。ゾフィーは何だか知っているような影だと思いその後を追ってみる。
影は真っすぐに庭園を通り抜け湖の方へ突き進み、そして―――…
「えっ!ちょっ……!あぶなっ…!」
止まることなく湖に飛び込んだ。水柱が派手に上がる。
「ちょっと!そこの方!大丈夫ですか!泳ぐのは早すぎですよ!」
「――――…っ、大丈夫です…お気づかいなく…」
「その声…?ルウドさん?ななな何してるんです?」
「平気ですから…‥」
ルウドはゆっくり泳いで岸に上がる。
「一体何があったのですか?」
「平気です。何でもないです。大丈夫です。ちょっと……少しばかり……動揺してしまっただけですから。何でもないです。大丈夫です……」
暗くて彼の顔はよく見えなかったが彼は意味の良く分からない言葉を連発していた。
いきなり泳ぎだす事から鑑みてもすごい動揺して錯乱しているようにも思える。
「隊長、早く着替えなければ風邪をひきますよ。まだ夜は寒いのですから無茶をしては駄目です」
「……すまない。その、私はもうどうしていいんだか…」
「部屋に戻って着替えるのです」
「ああそうか…‥着替え…」
ルウドはもたもたと立ち上がりぼんやりと星を見る。
「た、隊長?大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫…」
彼はゆっくりと歩きだす。
―――一体彼に何が?
この夜の彼の彼らしからぬ奇怪な行動はゾフィーの中で永遠に謎となった。
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