意地悪姫の反乱

相葉サトリ

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第八話 真実の書

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 夏の朝、少しの暑さと涼しい風を感じながら、ティア姫と二人静かに勉強する。
 平和で穏やかなひと時、こんな日があるのもいい。
 この所バタバタしていたし、ルウドは病み上がりだ。
 疲れも相まってけだるい身体を休めてただ本を読むのに集中するのもひと時の休息となった。
 本など滅多に読まない上に恋愛小説。文字を目で追っているだけで眠くなった。



「――――――呆れた…‥」

 寝息が聞こえて顔をあげるとルウドが眠っていた。
 本を読み始めて数分も経っていない。
 ティアはルウドに毛布を掛ける。
 どうやらロマンス小説は合わなかったらしい。ルウドも眠くなる口のようだ。
 今は冷ややかな青い目もぞんざいな口も閉じられている。

「ルウド、愛してる…‥」

 ルウドの唇に口づける。
 眠っている時にしかできないのが悲しい。
 彼がその唇で愛の言葉を囁いて、ティアに口づけてくれる時は本当に来ないのだろうか?
 ティアはルウドが手に持っている本を取る。本が開いてその中の文字が見える。

「―――――…‥え?」

 文字の中に知っている名を目にした。
 ティアはぺらぺらと本を捲る。
 これはただの空想の世界であるロマンス小説。
 本当であるはずはない、名前の一致はただの偶然だ。
 だがそれでもティアは本を食い入るように見つめる。
 閉じることは出来なかった。





【破滅の王を愛した魔女ロヴェリナは王と共にどこまでもその熱い刃で国を切り刻み続けました】

 それは破壊の王を倒し、国を救う勇者の物語。
 その国は鉱物を資源として成り立っていた。
 鉱物とは金、銀、銅、鉄、更には世界一固い石まで。
 鉱物はあらゆる武器の資源となる。
 他国はその国を欲し、つけ狙い、利用する。
 長きにわたりその国を守り続けた王は疲れていた。

「あんな物があるから人の欲が増す。あんな物があるから戦が絶えぬ。あんな物があるから永遠に悩みが消えぬ」

 すべてを無に帰してしまえば連綿と続いたこの柵から逃れられる。
 王は自らの苦しみから逃れるために決意した。

 ―――――この国の全てを壊す。

 強固な彼の意志は誰の言葉も通さず、そして煉獄の時代が始まる。



 勇者は数年前、国を捨てた。
 なぜなら勇者は戦を嫌い、その戦の元凶となる凶悪な武器を造る国を憎んでいたから。
 だが今、勇者は国へ戻ろうとしていた。
 王が国を壊し、暴れているとの噂を聞いた。
 あの王が?まさか?何故?
 分からないから真実を確かめに生国へと帰還する。


 国は酷い有様だった。
 国境を越えるとすぐにその有様を見知ることができた。
 王が他国との交易をことごとく禁止し、武器、防具はおろか、薬品、食料、衣料、民の生活に必要なものすら途絶えさせた。
 国境には警備隊が配置し、国の者全ては国を出ること叶わず、入国した他国人すら出る事は難しくなった。
 そして勇者が国の内部へ入れば入るほど、恐ろしい噂を耳にする。
 王が夜狩りと称して村や街を毎夜滅ぼしている。
 暁の魔女を使い、技術者達を焼き払っている。
 城に近づき噂を耳にするたびに勇者は泣きたくなる。

 ――――――そんな人たちではない!

 国中の民にそう叫びたかった。
 勇者にとっての王は優しくて強くて憧れだった。勇者にとっての魔女はいつも幸せそうに笑っていて、美しい賢者で尊敬していた。
 何もかも信じられない。
 そして勇者は城に入り、その真実を目にする。


 目にした途端、勇者は遅すぎたと思った。

「……あら、遅かったわね」

 魔女ロヴェリナは相変わらず悠然と微笑む。
 だがその手にはひと振りの剣。剣先に伝う鮮血が床に落ち、絨毯に染み込む。

「……何故……?」

 その傍らに倒れる王はすでに息絶えていた。

「…彼は疲れていたの、もう許してあげて…?」

「……ロヴェリナ……?」

「ごめんね。私には何も出来なかった。無力で、彼の苦しみを取り除く事も、救う事も出来なかった…」

「……分からない。どう言う事だ?」

 王は強かった。苦悩など微塵も感じさせなかった。

「人は弱い生き物よ。そして、彼は優し過ぎた。いつも、たった一人で全てを抱え込んで、王であり続けようとした。すべての罪を背負って彼は逝こうとした」

 ロヴェリナは剣を捨てる。彼を貫いた、最上の国宝。
 そして動かない王を抱える。

「…彼を愛しているわ。一人でなんて逝かせない。私は彼の望みを叶えてから、共に逝くわ」

「ロヴェリナ!」

 ロヴェリナは呪を唱え、魔法を発動させる。
 王と魔女の周囲に光と風が舞う。
 何が起こるか本能的に悟った勇者は二人に近づく事も出来ずに必死で叫ぶ。

「―――――やめろ!やめてくれ!頼むからやめてくれ!」

「ごめんなさい。貴方には後の苦難を背負わせてしまうけど、でも、それでもあなたの思う様に生きて。あなたの思う様に後処理をして下さい」

「―――――嫌だ!やめろ!私を残していかないでくれ!何でだ!分からない!ロヴェリナ!ロヴェリナ!」

 二人を取り囲むように眩い光が床から天井へと走り、瞬間二人の姿が光に消える。

「――――――父上!…‥母上……!」

 誰も居なくなった部屋で勇者はただ一人、崩れ落ちる。

 遅かった……何もかも……。

 何も分からないうちに、勇者は一人ぼっちになった。


 その後、王を貫いた宝剣を持った勇者が人々の前に現れたとき、人々は煉獄の終焉を知り、勇者を褒めたたえた。
 その後、勇者は生まれ変わる国の礎として、王となる。
 王となってから、父王と魔女の最後の望みを知った。
 鉱物の国であったはずのこの国から、鉱物が綺麗さっぱり消えていた。
 消える訳がない。何処かにあるはず。
 人々が躍起になって捜したが、結局ひとかけらも見つからなかった。
 それが魔女ロヴェリナが己の命の全てを使い、全身全霊をもって行った最大最強の魔法だと言われている。

【そして王となった勇者は国に長く賢治をしいて、戦のない平和な世を創り、賢帝と呼ばれながら人の世を去る。
 国を滅ぼさんとした破滅の王と魔女ロヴェリナはその後も悪しき道標として歴史の中に名を連ね、長い時の中で埋もれ忘れられていった】





 称賛を浴びた勇者は幸せだったのか?
 王に付いていった魔女は幸せだったのか?
 それは誰も知らない。どこにも書かれてはいない。
 ただ、悲しかった。どうしようもなく切ない感情がティアを支配する。

「―――――酷い…!」

 これはただの物語、空想の産物。
 真実ではないと分かっている。だが、それでも酷い。
 この名は偶然の産物かもしれない。だけど、よりによって魔女ロヴェリナの名を悪しき者として使い、こんな悲しい物語を造り出すなんて。

「――――――許せない…!」

 ティアは悔しくて涙が止まらない。
 こんなのは真実じゃない。何処かの作家が創り出した妄想だ。
 こんなのは嘘だ、いい加減な事を書くなとその作家を吊るし上げてやりたいがティアも真実を知らない。
 知らなければ何も言えない。

【ロヴェリナの記述書】

 書かれているはずの真実がティアの手元にある。
 力がなくてティアにはまだそれを解読できない。






 うっかり寝入ってしまった。目覚めて慌てて身体を起こすとすぐ傍の足元にティア姫がいた。
 姫は見動きもせずじっと本を読んでいた。

「……」

 見ると自分の手に本がない。では姫が持っているのがそうだろう。
 ―――――ティア姫が、ロマンス小説を食い入るように読んでいる。

「……ひ、姫様…?」

 そしてなぜか、ボロボロと泣き始めた。
 ルウドは硬直したまま動揺する。状況がよく分からない。

 ―――――ティア姫が、ロマンス小説を読んで泣いている……?
 いつもその手の本には目もくれない姫が?一体何が起こったのか?

「ティア様…?」

「―――――許せないわ、こんなの…」

 姫はすっと立ち上がり、本を持ってバンとドアを開けて出て行った。
 一瞬呆けたルウドも慌てて後を追う。



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