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ずるい人。
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「一緒に帰れるよ」
(佐野くん、一緒に帰れるって!絶対に断られると思ってたから…。)
この教室が遠い世界のようで授業がまったく身に入らない。
頭の中で佐野くんの言葉を何度も反芻し、自然と顔が緩んできてしまうので慌てて手で顔を覆い隠す。
早く授業が終わらないかとそわそわする。
(なんだかドキドキするな…友達ってそういうものなのだろうか?)こんなふうに誰かの隣を、嬉しいと感じてもいいのだろうか?心を許しても傷つくことはないのだろうか?
小桜は圧倒的に友人関係の経験が少なかった。故にうまく思考が出来ない。
――いけない、浮かれている場合じゃない。
目的を思い出せ。僕は謝りにいくはずだった。佐野くんと友達になろうだなんて図々しいにも程がある。
そう、わかっているはずなのに…。
(早く佐野くんと話したいな…。)
♪キーンコーンカーンコーン
授業終わりの鐘が鳴る。
もう、待つのはやめにしよう。
すぐに席を立ち、自分の足で佐野くんの席に向かった。
しかし、佐野くんの周りにはすでに賑やかな輪ができていた。彼女たちの笑い声は僕の小さな勇気をかき消すほど大きかった。
(…やっぱりだめだった。無理だった。こんなちっぽけな勇気じゃ足りないんだ。)
ここで声を出したとしてもきっと僕の声量じゃ届かない。
小桜が自己嫌悪に沈み込みそうになった…。
その時だった。
「小桜くん!一緒に帰ろう!」
佐野くんの良く通る、大きな声に僕は視線を上げる。
周りのことなんか気にせずに、佐野くんの目は真っ直ぐ僕を映していた。
「ごめん!俺、今日は先約があるんだ!またね」
周囲から野次が飛ぶ。
「いつきくん、今日は佐野のこと独り占めー?ずるい~!!」
「佐野ー!あんま意地悪しちゃだめだよ~ww」
くだらないというばかりに無視をして、佐野くんは僕の手首をぐっと掴む。
あっ手、おっきいな…。
佐野くんの大きな手はひんやりとしていているのに、触れられた所がずっと熱い。
そんなことを考え、僕はぽかんとしたまま、佐野くんに手を引かれ教室を出る。
周りよりも僕を優先してくれたことを、ただ僕を必要としてくれた事実に心が満たされた。
*******
佐野くんに手を引かれ、廊下を足早に進む。周りの生徒の視線が突き刺さるが、僕は佐野くんの背中だけをみていた。
佐野くんの歩幅はあまりに大きすぎで、僕はほぼ小走りの状態だ。改めて体格差を意識し、すこしだけ、どきんとする。強引に引かれる手は痛いくらいだったけど、不思議と嫌じゃなかった。
階段を一つ降り、踊り場に着いたところで足が止まる。
僕はその背中にぶつかりそうになり、ふと繋がれていた手が離された。
まだ手首に掴まれていた感覚がのこっていて名残惜しさを感じる。
意を決して言葉を放つ。
「佐野くん!さっきはごめん!」
「小桜くん、ごめん!!」
声が重なった。しばらくの沈黙の後、状況が面白くて、つい吹き出してしまった。
「ふっふふ、あはははは!はぁ~同時に謝罪って面白すぎない?」
僕は腹を抱え、息ができないほど思いっきり笑った。笑いすぎて目尻には涙が滲み、それを指で拭う。
佐野くんが**鳩が豆鉄砲くらったような顔**をしているのも、全部面白くて笑いがとまらない。
すっかり緊張の解けた僕は、そうだと思い出し、近くにある自販機で、『至高の飲み物』を買い、佐野に差し出す。
「はい、これ僕の至高の飲み物!さっきは強く言い過ぎた、ごめん。仲直りしてくれる?」
******
――その曇りない無邪気な表情に佐野は、一瞬呼吸を忘れた。
(その笑顔はずるいよ…。反則じゃんか。)
先程まで自分を苦しめていた罪悪感から救い出されたようだった。
佐野は小桜からフルーツ・オレを受け取る。
缶をぎゅっと握りしめて声を絞り出す。
「こっちこそごめん。さっき、身長のことでいじっちゃって…。もしよかったらこれからも仲良くしてくれるかな?」
確かめるように目線を上げる。その目に映ったのは眩しいほどに爽やかな笑顔だった。
「もちろん!」
――ふと、踊り場の窓から差し込む、午後の光が強くなった気がした。
午後四時。 西に傾き始めた斜陽 は、廊下の床に二人の長い影を重ねていた。窓の外は、 澄み切った春の空 が広がり、風に揺れる葉桜 の若々しい緑色が鮮やかだった。 桜の花はもう散り、新たな季節の始まりを告げている 。
フルーツ・オレを一口飲む。
(甘ったるいな…)
あまり好きな味ではないが、彼が俺のためにくれた。それだけがただ、嬉しくて__
「これ、おいしいね。」
その言葉が自然と口から出ていた。
******
「でしょ?」
佐野くんはいつも通りの笑顔を浮かべ、僕の手を引く。
その笑顔にはさっきまでのしおらしさなんて一切混じっていなくて、本当に**いつもの佐野くん**って感じだ。
「なんか…このまま帰るのはもったいないよな!小桜くん、ちょっと寄り道していこ!」
あぁ、また佐野ペースに巻き込まれている。
でも、嫌じゃない。いつの間にか、心地よさすら感じるようになってしまった。
(もう、本当にずるい人だ。)
佐野くんの誘いに乗って僕たちは放課後の街に出る。
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