9 / 16
始まりの歌
1
しおりを挟む
昼間の手伝い、夜間の研究にとシキはせわしない日常を過ごすも、記憶に関する情報は双子が思いだしたシキのおぼろげな記憶の女性はクマの特徴を持つミクという女性であるというものが最後だった。
特徴の発現もまだな幼い子どもが働きながら自分の記憶を取り戻そうとしている様子は、この辺境村の村民たちにとって同情足りえたようで、無知なシキを酒場に訪れる冒険者たちは様々なことを教えシキは無口ながらも真剣な様子で話を聞くものだからに余計に好感をもち……といった具合でシキは冒険者たちを師匠や先生にもち急速に偏った知識や経験を積んでいった。
これはそろそろモモと遅れて入ったシロとクロで揃いの給仕服も様になってきた頃である。
「シキ、これ奥の常連さんに」
「はい女将さん」
シキは慣れた手つきで料理をトレーに載せ運んでいく。体格のいいお客さんの足や長い尻尾を踏まないよう気を付けながら、奥の席には楽器を小脇に置き書き物をしている濃い青色の羽を腰のあたりからのばした鳥の特徴を持つ男の席を目指す。
「おまたせしました」
邪魔にならないよういつものように少し遠い場所に置いて戻ろうとすると、先ほどまで書いていた紙をこちらに向けながら低く響く綺麗な声で呼び止められる。
「シキ、詩ができたのだが。少し歌ってはくれんか」
「まえのつづき?」
「うむ」
シキは紙を受け取り軽く目を通し頷くと男性は椅子を座り直し楽器を構えた。トントンと弾き始めの合図に合わせセッションが始まる。ひとつの楽器から奏でられたとは思えないほど重厚な旋律と少女の澄んだ歌声が初めから楽器による二重奏かと錯覚してしまうほど調和したその曲は、近しい者への餞のような哀愁を感じさせる音を少女の無垢な歌声によって歌詞の悲嘆さが強調されている。
古い昔の言葉から始まり冒険譚をなぞりながら最後には死んでしまった冒険者へ捧げる歌
歌が終わるとといつの間にか椅子を勝手に動かし集まっていたギャラリーによる万雷の拍手がふたりに向けられる。やんややんやと騒がしい外野を放って鳥の特徴を持つ男はクチバシを開く。
「やはりお前さんの声はいい。曇りのない透明な歌声だ」
シキはありがとうと歌い終わって高揚した頬で曖昧に微笑む
「スタンピードがもうすぐだろう」
「うん」
「前夜祭で歌ってはみないかな」
「うん。あっ、えっと……」
一度は頷いたが、スタンピードは忙しいと聞いていたのを思い出しシキは女将さんの顔を窺うように厨房の方へ視線を向けると、カウンター越しに目が合う。
「それぐらい構わないさ。元々日中の約束だろう?これだけいりゃいつもと比べりゃ楽さね。それに手伝いも呼んである」
女将さんはウインクして答えると、店はにわかに騒がしくなった。
「スイさん?」「受付のスイ姐さん!?」「スイ嬢復帰か?」
酒場の騒がしさに一瞬顔を顰め神経質に尾羽を撫でつけながら男はシキに語りかける。
「名が売れりゃお前さんを知っている者が気づくだろうよ。お前さんの歌はそれだけの力をもっておる」
「うん。ししょう、やりたい」
先ほど披露した歌とは裏腹に和やかな会話をするふたりへ忍び寄る影が1つ
「じゃあさ、踊りもあった方がよくない?」
「シロ?」
「姉さま、シキが驚いてるから」
いつの間にか背後に近づいていたシロに驚いたシキにシロはにししと笑っていると、クロがシロの肩を軽く叩いてからシロの手を引き踊りだす。吟遊詩人は先ほどと同じメロディを双子のダンスに合わせて引き始めた。
「踊りなら姉さまじゃなくてわたしが教える」
「なんでさ!?妹ちゃんのお姉さまはそんなに下手っぴじゃないよ!」
「知ってる。でも姉さま自己流じゃない」
「踊りは心が大事なんだよ!自分だけの個性は大切なの」
「基礎も大事。それに教えるのはわたしの方が上手だから」
「じゃあお姉様も教えてもらいましょうか!」
「姉さまの方が上手じゃん。ヤダよ」
「指先の表現は妹ちゃんの方が綺麗だもん」
姦しく会話をしながらも息の合った民族舞踊(ベリーダンス)はきまぐれで排他的な猫の集落に伝わる伝統的な踊りで各地を渡り歩く冒険者と言えども物珍しく、シキと吟遊詩人の歌が終わり散り散りになりかけていた酒場の客たちは双子が踊りやすいように先程よりもスペースを開けてサークル状に双子を囲む。次第に酒場に住み着いた生物が発する微量の妖力を掠め取り発光する低級妖精、通称灯妖精が双子に近寄り暖かな光で双子を照らす、観客が湧くほど灯妖精は発光しているようだ。
シキも踊りに合わせて歌うと光の強さが跳ね上がり、酒場を光で満たす。
「揉め事と妖精使いにしかはっきり光らねえ灯妖精がなあ」
「今日はスゲーのが見れた……」
酒場にいた者は例外なくその光に目を焼かれ夢うつつのまま少女たちから視線が逸らすことができない。一種のトランス状態というものだろうか、神秘的な光に包まれた少女は一種の信仰に値する偶像(アイドル)足りえたのである。誰もがみな歓喜の声を止められず、誰もが網膜に少女の光を焼き付け続けることをやめることができずにいた。
「はいはい、これ以上は金取るよ」
しかし、以前役場で似た光景を見ていた女将さんだけはいち早く目を覚まし、ひと吠えで少女たちを囲う輪を解散させた。
すぐに光が収まり、恍惚とした表情を浮かべながら皆口々に先ほどの光景を語り合う。
「暇なときでいいからまたやってくれよ!な、女将さん」
「シキちゃん前夜祭楽しみにしてるから頑張れよ!後夜祭は双子ちゃんも、なっ」
終了してしまったことへ少しの不満を出しながらも初の即興舞台は好評のまま終わった。
特徴の発現もまだな幼い子どもが働きながら自分の記憶を取り戻そうとしている様子は、この辺境村の村民たちにとって同情足りえたようで、無知なシキを酒場に訪れる冒険者たちは様々なことを教えシキは無口ながらも真剣な様子で話を聞くものだからに余計に好感をもち……といった具合でシキは冒険者たちを師匠や先生にもち急速に偏った知識や経験を積んでいった。
これはそろそろモモと遅れて入ったシロとクロで揃いの給仕服も様になってきた頃である。
「シキ、これ奥の常連さんに」
「はい女将さん」
シキは慣れた手つきで料理をトレーに載せ運んでいく。体格のいいお客さんの足や長い尻尾を踏まないよう気を付けながら、奥の席には楽器を小脇に置き書き物をしている濃い青色の羽を腰のあたりからのばした鳥の特徴を持つ男の席を目指す。
「おまたせしました」
邪魔にならないよういつものように少し遠い場所に置いて戻ろうとすると、先ほどまで書いていた紙をこちらに向けながら低く響く綺麗な声で呼び止められる。
「シキ、詩ができたのだが。少し歌ってはくれんか」
「まえのつづき?」
「うむ」
シキは紙を受け取り軽く目を通し頷くと男性は椅子を座り直し楽器を構えた。トントンと弾き始めの合図に合わせセッションが始まる。ひとつの楽器から奏でられたとは思えないほど重厚な旋律と少女の澄んだ歌声が初めから楽器による二重奏かと錯覚してしまうほど調和したその曲は、近しい者への餞のような哀愁を感じさせる音を少女の無垢な歌声によって歌詞の悲嘆さが強調されている。
古い昔の言葉から始まり冒険譚をなぞりながら最後には死んでしまった冒険者へ捧げる歌
歌が終わるとといつの間にか椅子を勝手に動かし集まっていたギャラリーによる万雷の拍手がふたりに向けられる。やんややんやと騒がしい外野を放って鳥の特徴を持つ男はクチバシを開く。
「やはりお前さんの声はいい。曇りのない透明な歌声だ」
シキはありがとうと歌い終わって高揚した頬で曖昧に微笑む
「スタンピードがもうすぐだろう」
「うん」
「前夜祭で歌ってはみないかな」
「うん。あっ、えっと……」
一度は頷いたが、スタンピードは忙しいと聞いていたのを思い出しシキは女将さんの顔を窺うように厨房の方へ視線を向けると、カウンター越しに目が合う。
「それぐらい構わないさ。元々日中の約束だろう?これだけいりゃいつもと比べりゃ楽さね。それに手伝いも呼んである」
女将さんはウインクして答えると、店はにわかに騒がしくなった。
「スイさん?」「受付のスイ姐さん!?」「スイ嬢復帰か?」
酒場の騒がしさに一瞬顔を顰め神経質に尾羽を撫でつけながら男はシキに語りかける。
「名が売れりゃお前さんを知っている者が気づくだろうよ。お前さんの歌はそれだけの力をもっておる」
「うん。ししょう、やりたい」
先ほど披露した歌とは裏腹に和やかな会話をするふたりへ忍び寄る影が1つ
「じゃあさ、踊りもあった方がよくない?」
「シロ?」
「姉さま、シキが驚いてるから」
いつの間にか背後に近づいていたシロに驚いたシキにシロはにししと笑っていると、クロがシロの肩を軽く叩いてからシロの手を引き踊りだす。吟遊詩人は先ほどと同じメロディを双子のダンスに合わせて引き始めた。
「踊りなら姉さまじゃなくてわたしが教える」
「なんでさ!?妹ちゃんのお姉さまはそんなに下手っぴじゃないよ!」
「知ってる。でも姉さま自己流じゃない」
「踊りは心が大事なんだよ!自分だけの個性は大切なの」
「基礎も大事。それに教えるのはわたしの方が上手だから」
「じゃあお姉様も教えてもらいましょうか!」
「姉さまの方が上手じゃん。ヤダよ」
「指先の表現は妹ちゃんの方が綺麗だもん」
姦しく会話をしながらも息の合った民族舞踊(ベリーダンス)はきまぐれで排他的な猫の集落に伝わる伝統的な踊りで各地を渡り歩く冒険者と言えども物珍しく、シキと吟遊詩人の歌が終わり散り散りになりかけていた酒場の客たちは双子が踊りやすいように先程よりもスペースを開けてサークル状に双子を囲む。次第に酒場に住み着いた生物が発する微量の妖力を掠め取り発光する低級妖精、通称灯妖精が双子に近寄り暖かな光で双子を照らす、観客が湧くほど灯妖精は発光しているようだ。
シキも踊りに合わせて歌うと光の強さが跳ね上がり、酒場を光で満たす。
「揉め事と妖精使いにしかはっきり光らねえ灯妖精がなあ」
「今日はスゲーのが見れた……」
酒場にいた者は例外なくその光に目を焼かれ夢うつつのまま少女たちから視線が逸らすことができない。一種のトランス状態というものだろうか、神秘的な光に包まれた少女は一種の信仰に値する偶像(アイドル)足りえたのである。誰もがみな歓喜の声を止められず、誰もが網膜に少女の光を焼き付け続けることをやめることができずにいた。
「はいはい、これ以上は金取るよ」
しかし、以前役場で似た光景を見ていた女将さんだけはいち早く目を覚まし、ひと吠えで少女たちを囲う輪を解散させた。
すぐに光が収まり、恍惚とした表情を浮かべながら皆口々に先ほどの光景を語り合う。
「暇なときでいいからまたやってくれよ!な、女将さん」
「シキちゃん前夜祭楽しみにしてるから頑張れよ!後夜祭は双子ちゃんも、なっ」
終了してしまったことへ少しの不満を出しながらも初の即興舞台は好評のまま終わった。
0
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる