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王都ベルセリオ。春の訪れとともに、季節は新たな節目を迎えていた。
「“第二王子殿下の帰還祝賀舞踏会”?」
リリアーナは侍女からの報告を受け、眉をわずかにひそめる。
「ええ。宮廷から正式に招待状が届いております。バルトネス様と共に、との記載もありました」
「……やっぱり、巻き込まれていくわけね」
リリアーナは苦笑した。
ジークと共にビジネスで王都に戻ってきたはずだった。けれど、かつての婚約者エリオットが突然現れただけでなく、今度は“王子”まで絡んでくるとは。
彼女の人生は、まるで乙女ゲームのヒロインのように、様々な男性キャラクターに囲まれ、選択を迫られているかのようだった。
しかも――彼女には、「バッドエンド」だけは絶対に許されない理由があった。
数日後。王宮・西翼の大広間。
そこは金と白を基調にした荘厳な空間で、上流貴族だけが招かれる華やかな舞踏会が開かれていた。
リリアーナは漆黒のドレスに身を包み、控えめな宝石をあしらった髪飾りで、気品と静けさを纏っていた。隣にはジーク。黒い軍服に似た礼装で、無言ながらも威圧感を放っている。
そして――舞踏会の中央で注目を集めていたのは、もう一人の男だった。
「ようこそ、リリアーナ嬢。やっと会えたね」
その男は銀髪に深紅の瞳を持つ、まさに“攻略対象の王子様”といった風貌だった。
「第二王子、ユリウス・ベルセリオ様……」
彼は微笑みながら手を差し出した。
「僕と一曲、踊っていただけるかい?」
「……もちろんです」
ジークがわずかに顔をしかめるのを感じながらも、リリアーナは静かに王子の手を取った。
周囲の視線が集まる中、二人は舞踏のステップを踏み始める。
「リリアーナ嬢。君の噂はずっと耳にしていたよ。才色兼備で、商才に溢れ、そして――元婚約者を完全に踏み潰した美しき貴婦人だって」
「……物騒な紹介ですね」
「でも、間違っていないだろう?」
ユリウスは片眉をあげて笑う。
「君が王都に戻ってきてから、社交界はずっとざわついてる。特に兄上――エリオット兄さんは、かなり焦っていたようだね。やっぱり、あれは彼の失敗だった」
「失敗、ですか」
「リリアーナ嬢。僕はね――兄上の過ちを、正すつもりだよ」
彼の瞳が、真っすぐに彼女を射抜いた。
「君が望むなら、僕が君を“王妃”にしてもいい」
場が一瞬、静まり返ったように感じた。
「……ずいぶん、急ですね。私たちはまだ挨拶したばかりなのに」
「でも、乙女ゲームなら“第一章のダンス”って、重要なフラグになるじゃないか」
「……っ、王子様って、そういうのご存じなんですね」
「僕は読書が趣味なんだ。攻略対象たちの視点から見る恋愛物語、なかなか面白いよ」
ユリウスの瞳は真剣だった。冗談に見える言葉の中に、どこか本気が混じっている。
その瞬間、視線の奥でまた別の男がこちらを見つめているのに気づく。
――エリオットだ。
柱の陰から、こちらをじっと見つめている彼の表情は、もはや嫉妬を隠せていなかった。
(……見せつけるつもりはなかったけれど)
リリアーナは心の中で小さくため息をついた。
けれど、その後ろに、もう一人の人物の視線を感じた。
黒髪に琥珀色の瞳を持つ、どこか寂しげな青年――彼は、彼女の新たな取引先であり、最近たびたび会っていた銀行家の若き頭取、レオン・グラッセだった。
彼はいつも静かで、目立たない存在だった。けれど、ふとした時にリリアーナの本質を見抜いたような鋭さを見せる男だ。
(なんなの、今日……)
気づけば、周囲には“攻略対象”と呼ばれそうな男たちが何人も現れていた。
王子、元婚約者、ビジネスパートナー、そして静かな頭取。
ここは乙女ゲームの世界なのかと錯覚してしまいそうだった。
その夜、舞踏会の帰り道。
リリアーナは馬車の中で深くため息をついていた。
「――君のことが、また“王家”に目をつけられるとは思ってなかったな」
隣のジークが、やや不機嫌そうに言う。
「彼は、“私の能力”を気に入っただけよ。恋愛感情なんて……」
「でも、あれは“本気の目”だった。リリアーナ、君も気づいてただろ?」
リリアーナは黙った。確かにユリウス王子の視線には、冗談の奥に情熱があった。
「俺は、お前を“王家の駒”なんかにさせたくない」
「……守るつもり?」
「違う。選ばせるつもりだ」
ジークはまっすぐな目で彼女を見た。
「お前がどこへ行っても、誰を選んでも――俺は、お前の意思を尊重する。けど、俺は……」
「ジーク……?」
「……いや。今はまだいい。答えを急がせるつもりはない」
リリアーナは息を呑んだ。
(また“選択肢”だ)
昔は一つしかなかった。エリオットを、ただ見つめるだけだった。
けれど今は違う。複数の選択肢があって、誰を選ぶかも、選ばない自由もある。
(私は――この物語の“ヒロイン”でいてもいいの?)
舞踏会の残響が、胸の奥で静かに鳴り響いていた。
そして――
物語は、まだルート分岐の入り口にすぎなかった。
「“第二王子殿下の帰還祝賀舞踏会”?」
リリアーナは侍女からの報告を受け、眉をわずかにひそめる。
「ええ。宮廷から正式に招待状が届いております。バルトネス様と共に、との記載もありました」
「……やっぱり、巻き込まれていくわけね」
リリアーナは苦笑した。
ジークと共にビジネスで王都に戻ってきたはずだった。けれど、かつての婚約者エリオットが突然現れただけでなく、今度は“王子”まで絡んでくるとは。
彼女の人生は、まるで乙女ゲームのヒロインのように、様々な男性キャラクターに囲まれ、選択を迫られているかのようだった。
しかも――彼女には、「バッドエンド」だけは絶対に許されない理由があった。
数日後。王宮・西翼の大広間。
そこは金と白を基調にした荘厳な空間で、上流貴族だけが招かれる華やかな舞踏会が開かれていた。
リリアーナは漆黒のドレスに身を包み、控えめな宝石をあしらった髪飾りで、気品と静けさを纏っていた。隣にはジーク。黒い軍服に似た礼装で、無言ながらも威圧感を放っている。
そして――舞踏会の中央で注目を集めていたのは、もう一人の男だった。
「ようこそ、リリアーナ嬢。やっと会えたね」
その男は銀髪に深紅の瞳を持つ、まさに“攻略対象の王子様”といった風貌だった。
「第二王子、ユリウス・ベルセリオ様……」
彼は微笑みながら手を差し出した。
「僕と一曲、踊っていただけるかい?」
「……もちろんです」
ジークがわずかに顔をしかめるのを感じながらも、リリアーナは静かに王子の手を取った。
周囲の視線が集まる中、二人は舞踏のステップを踏み始める。
「リリアーナ嬢。君の噂はずっと耳にしていたよ。才色兼備で、商才に溢れ、そして――元婚約者を完全に踏み潰した美しき貴婦人だって」
「……物騒な紹介ですね」
「でも、間違っていないだろう?」
ユリウスは片眉をあげて笑う。
「君が王都に戻ってきてから、社交界はずっとざわついてる。特に兄上――エリオット兄さんは、かなり焦っていたようだね。やっぱり、あれは彼の失敗だった」
「失敗、ですか」
「リリアーナ嬢。僕はね――兄上の過ちを、正すつもりだよ」
彼の瞳が、真っすぐに彼女を射抜いた。
「君が望むなら、僕が君を“王妃”にしてもいい」
場が一瞬、静まり返ったように感じた。
「……ずいぶん、急ですね。私たちはまだ挨拶したばかりなのに」
「でも、乙女ゲームなら“第一章のダンス”って、重要なフラグになるじゃないか」
「……っ、王子様って、そういうのご存じなんですね」
「僕は読書が趣味なんだ。攻略対象たちの視点から見る恋愛物語、なかなか面白いよ」
ユリウスの瞳は真剣だった。冗談に見える言葉の中に、どこか本気が混じっている。
その瞬間、視線の奥でまた別の男がこちらを見つめているのに気づく。
――エリオットだ。
柱の陰から、こちらをじっと見つめている彼の表情は、もはや嫉妬を隠せていなかった。
(……見せつけるつもりはなかったけれど)
リリアーナは心の中で小さくため息をついた。
けれど、その後ろに、もう一人の人物の視線を感じた。
黒髪に琥珀色の瞳を持つ、どこか寂しげな青年――彼は、彼女の新たな取引先であり、最近たびたび会っていた銀行家の若き頭取、レオン・グラッセだった。
彼はいつも静かで、目立たない存在だった。けれど、ふとした時にリリアーナの本質を見抜いたような鋭さを見せる男だ。
(なんなの、今日……)
気づけば、周囲には“攻略対象”と呼ばれそうな男たちが何人も現れていた。
王子、元婚約者、ビジネスパートナー、そして静かな頭取。
ここは乙女ゲームの世界なのかと錯覚してしまいそうだった。
その夜、舞踏会の帰り道。
リリアーナは馬車の中で深くため息をついていた。
「――君のことが、また“王家”に目をつけられるとは思ってなかったな」
隣のジークが、やや不機嫌そうに言う。
「彼は、“私の能力”を気に入っただけよ。恋愛感情なんて……」
「でも、あれは“本気の目”だった。リリアーナ、君も気づいてただろ?」
リリアーナは黙った。確かにユリウス王子の視線には、冗談の奥に情熱があった。
「俺は、お前を“王家の駒”なんかにさせたくない」
「……守るつもり?」
「違う。選ばせるつもりだ」
ジークはまっすぐな目で彼女を見た。
「お前がどこへ行っても、誰を選んでも――俺は、お前の意思を尊重する。けど、俺は……」
「ジーク……?」
「……いや。今はまだいい。答えを急がせるつもりはない」
リリアーナは息を呑んだ。
(また“選択肢”だ)
昔は一つしかなかった。エリオットを、ただ見つめるだけだった。
けれど今は違う。複数の選択肢があって、誰を選ぶかも、選ばない自由もある。
(私は――この物語の“ヒロイン”でいてもいいの?)
舞踏会の残響が、胸の奥で静かに鳴り響いていた。
そして――
物語は、まだルート分岐の入り口にすぎなかった。
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