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その日、リリアーナは小雨の降るなか、ひとりで王都中央の銀行本店を訪れていた。
「リリアーナ様、こちらへどうぞ」
案内されたのは、銀行の最上階にある執務室。重厚なドアの奥には、黒檀の机と革張りの椅子が並び、まさに“王都経済の心臓”とも言える空間が広がっていた。
「ようこそ、リリアーナ嬢」
立ち上がったのは、黒髪の青年――レオン・グラッセ。
若き銀行頭取にして、寡黙ながらも鋭い目を持つ男だ。
「……お招きありがとうございます。あなたのほうから“直接会いたい”なんて珍しいですね」
「今日は、君に“ある提案”があって」
レオンは静かに椅子をすすめたあと、机に一冊の契約書を置いた。
「これは……“共同事業計画書”?」
「新しく設立される王都南部の交易港に、君の商会と、うちの銀行で共同出資したい。条件としては……君が“表に出ること”」
「表に、ですか?」
レオンは真っすぐに彼女を見る。
「君が動けば、商人も貴族も、目の色を変える。今、王都は君に注目している。君の名前で事業を動かす価値は、資金より重い」
リリアーナはしばらく黙った。
この提案は、確かに経済的に魅力的だった。けれど、それだけではない。
この事業は、彼女に“新たな立場”と“未来”をもたらす可能性がある。
「……あなたは、私に何を求めてるの?」
「君が、誰かの“補佐”で終わるのか。それとも、君自身が“旗を掲げるのか”……僕は後者を見たい」
「それは、ビジネスとして?」
「……それだけじゃない」
レオンの瞳が、一瞬だけ熱を帯びた。
「僕はね、リリアーナ嬢。――君の“選択”に賭けてみたくなったんだ」
部屋の空気が、一瞬止まった気がした。
彼は、静かに、けれど確かに彼女を“誘って”いる。
ビジネスも、心も含めて。
「……考えさせてください」
リリアーナは立ち上がり、深く一礼してその場を後にした。
背中を見送りながら、レオンは呟いた。
「さて……“俺のルート”も、そろそろ立ち上げ時だな」
帰り道。傘を差して歩いていると、突然ぴたりと雨が止んだ。
「……ジーク?」
「迎えに来た。雨、強くなってたからな」
無言で自分の傘を彼女に差し出し、隣に並んで歩く彼は、まるで昔からそこにいるような自然さだった。
「レオンのところ、どうだった?」
「……良い提案だったわ」
「ビジネスとして?」
「それだけじゃないかも」
ジークの足が、一瞬止まる。
リリアーナも立ち止まり、彼を見た。
「……ジーク、あなたは私にどうなってほしい?」
「それを俺が決めるのか?」
「いいえ。ただ……“選んでほしい”って言うくせに、あなたはいつも、“自分のこと”を言わないじゃない」
ジークは少しだけ目を伏せてから、静かに言った。
「俺は、お前が誰に頼らなくても立っていられるところが好きだ。でも……もし、誰かに支えられたくなった時、真っ先に思い出してほしいのは――俺だと思ってる」
リリアーナは言葉を失った。
彼の言葉は、まっすぐで、少しだけ痛くて、でも胸の奥を優しく撫でるようだった。
「……私、今すごく混乱してるの」
「それでいい。乙女ゲームなら、今が“選択肢ラッシュ”ってやつだろ?」
「それ、あなたが言う?」
「読んでるからな、妹の本棚にあった“運命の騎士様”シリーズ」
「……なんでそんなに詳しいのよ」
くすっと笑いがこぼれる。自然と、彼の肩に頭を預けていた。
「今すぐ決められなくてもいい。けど……忘れないでくれ。“お前はもう、誰かに選ばれるだけの女じゃない”ってことを」
「うん……ありがとう」
雨はいつの間にか止んでいた。
そして、夜が明ける。
翌朝。
リリアーナのもとに届いたのは、王宮からの新たな招待状だった。
内容は――
『第二王子ユリウス・ベルセリオ殿下主催の狩猟大会へのご招待』
『参加者は限定十名、選ばれた貴族と商人の代表者のみ』
『ご出席の場合、殿下の側近として特別待遇をお約束いたします』
「……完全に“恋愛イベント”じゃない」
リリアーナは、呆れながらもふっと笑った。
これまでなら、参加を迷っていたかもしれない。
でも今は違う。選ばれる立場ではなく、選ぶために動く覚悟が、彼女にはあった。
「行ってくるわ。……私の物語、まだまだ途中だから」
乙女ゲームなら、ここは“中盤の山場”。
恋のフラグが重なり、ルート確定の分岐直前。
そして彼女の心は、もう、過去だけを見てはいなかった。
「リリアーナ様、こちらへどうぞ」
案内されたのは、銀行の最上階にある執務室。重厚なドアの奥には、黒檀の机と革張りの椅子が並び、まさに“王都経済の心臓”とも言える空間が広がっていた。
「ようこそ、リリアーナ嬢」
立ち上がったのは、黒髪の青年――レオン・グラッセ。
若き銀行頭取にして、寡黙ながらも鋭い目を持つ男だ。
「……お招きありがとうございます。あなたのほうから“直接会いたい”なんて珍しいですね」
「今日は、君に“ある提案”があって」
レオンは静かに椅子をすすめたあと、机に一冊の契約書を置いた。
「これは……“共同事業計画書”?」
「新しく設立される王都南部の交易港に、君の商会と、うちの銀行で共同出資したい。条件としては……君が“表に出ること”」
「表に、ですか?」
レオンは真っすぐに彼女を見る。
「君が動けば、商人も貴族も、目の色を変える。今、王都は君に注目している。君の名前で事業を動かす価値は、資金より重い」
リリアーナはしばらく黙った。
この提案は、確かに経済的に魅力的だった。けれど、それだけではない。
この事業は、彼女に“新たな立場”と“未来”をもたらす可能性がある。
「……あなたは、私に何を求めてるの?」
「君が、誰かの“補佐”で終わるのか。それとも、君自身が“旗を掲げるのか”……僕は後者を見たい」
「それは、ビジネスとして?」
「……それだけじゃない」
レオンの瞳が、一瞬だけ熱を帯びた。
「僕はね、リリアーナ嬢。――君の“選択”に賭けてみたくなったんだ」
部屋の空気が、一瞬止まった気がした。
彼は、静かに、けれど確かに彼女を“誘って”いる。
ビジネスも、心も含めて。
「……考えさせてください」
リリアーナは立ち上がり、深く一礼してその場を後にした。
背中を見送りながら、レオンは呟いた。
「さて……“俺のルート”も、そろそろ立ち上げ時だな」
帰り道。傘を差して歩いていると、突然ぴたりと雨が止んだ。
「……ジーク?」
「迎えに来た。雨、強くなってたからな」
無言で自分の傘を彼女に差し出し、隣に並んで歩く彼は、まるで昔からそこにいるような自然さだった。
「レオンのところ、どうだった?」
「……良い提案だったわ」
「ビジネスとして?」
「それだけじゃないかも」
ジークの足が、一瞬止まる。
リリアーナも立ち止まり、彼を見た。
「……ジーク、あなたは私にどうなってほしい?」
「それを俺が決めるのか?」
「いいえ。ただ……“選んでほしい”って言うくせに、あなたはいつも、“自分のこと”を言わないじゃない」
ジークは少しだけ目を伏せてから、静かに言った。
「俺は、お前が誰に頼らなくても立っていられるところが好きだ。でも……もし、誰かに支えられたくなった時、真っ先に思い出してほしいのは――俺だと思ってる」
リリアーナは言葉を失った。
彼の言葉は、まっすぐで、少しだけ痛くて、でも胸の奥を優しく撫でるようだった。
「……私、今すごく混乱してるの」
「それでいい。乙女ゲームなら、今が“選択肢ラッシュ”ってやつだろ?」
「それ、あなたが言う?」
「読んでるからな、妹の本棚にあった“運命の騎士様”シリーズ」
「……なんでそんなに詳しいのよ」
くすっと笑いがこぼれる。自然と、彼の肩に頭を預けていた。
「今すぐ決められなくてもいい。けど……忘れないでくれ。“お前はもう、誰かに選ばれるだけの女じゃない”ってことを」
「うん……ありがとう」
雨はいつの間にか止んでいた。
そして、夜が明ける。
翌朝。
リリアーナのもとに届いたのは、王宮からの新たな招待状だった。
内容は――
『第二王子ユリウス・ベルセリオ殿下主催の狩猟大会へのご招待』
『参加者は限定十名、選ばれた貴族と商人の代表者のみ』
『ご出席の場合、殿下の側近として特別待遇をお約束いたします』
「……完全に“恋愛イベント”じゃない」
リリアーナは、呆れながらもふっと笑った。
これまでなら、参加を迷っていたかもしれない。
でも今は違う。選ばれる立場ではなく、選ぶために動く覚悟が、彼女にはあった。
「行ってくるわ。……私の物語、まだまだ途中だから」
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