婚約破棄された令嬢、元婚約者より有能な殿下に愛されて困ってます

ほーみ

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「リリアーナ・エインズワース。お前との婚約を、今この場で破棄する!」

煌びやかな舞踏会の中央で、王太子アーロンの声が高らかに響いた。
水晶のシャンデリアの光が、まるでこの瞬間を照らすかのように煌めく。
ざわめきが広がる中、リリアーナは微動だにせず、ただ静かに息を吐いた。

──やっぱり、こうなると思っていた。

アーロンは昔から人の噂に流されやすい。
最近も「リリアーナが聖女候補のルーシー嬢を虐めている」という根も葉もない噂を信じていた。
今日のこの舞踏会も、王子の新しい“真実の愛”を披露する場になるだろうと、薄々感じていたのだ。

「アーロン殿下、それは正式なご決定で?」
リリアーナは感情を押し殺したまま、礼儀正しく尋ねた。

「もちろんだ! お前のような冷たい女よりも、ルーシーのように心優しい女性こそ、王妃にふさわしい!」

──はいはい。そう言うと思ってました。

リリアーナはわずかに唇を歪め、ドレスの裾を持ち上げて会釈する。

「では、どうぞご自由に。殿下が真実の愛とやらを見つけられたのなら、心よりお祝い申し上げます」

その瞬間、会場の空気が凍りついた。
泣き喚くことも、怒鳴ることもなく、ただ淡々と祝福を述べるその態度。
周囲の貴族たちの視線が一斉にリリアーナへと注がれる。

アーロンはその反応に焦ったように眉をひそめた。

「な、なんだその態度は! 悔しくないのか!」

「いいえ。むしろ、肩の荷が下りましたわ」

リリアーナの淡々とした言葉に、アーロンは顔を真っ赤に染めた。
ルーシーが心配そうにアーロンの腕にしがみつく。

──ああ、なんて分かりやすい。
彼女の“涙目でか弱い乙女演技”に、殿下がどれだけ騙されていることか。

「では、私はこれで失礼いたします」

リリアーナは優雅に一礼し、そのまま踵を返した。

誰も止めようとしない。
彼女の背中を見送る空気の中には、軽蔑と好奇、そして少しの羨望が混ざっていた。




会場を出て馬車へ向かう途中、冷たい夜風が頬を撫でた。
胸の奥に残るのは、怒りでも悲しみでもなく──ただの解放感だった。

「もう、終わったのね」

そう呟いた瞬間、後ろから声がかかった。

「リリアーナ嬢。お久しぶりですね」

低く、よく通る声。
振り返ると、そこには深紅の軍服を纏った男が立っていた。

黒髪に金の瞳。鋭い視線に、静かな威圧感。
隣国ヴァレンツァの第一王子──カイン・ヴァレンツァ。

「……カイン殿下」

リリアーナは思わず息を呑んだ。
数年前、外交の場で一度だけ会ったことがある。
その時はただの形式的な挨拶程度だったが、彼の存在感は忘れられないほど強烈だった。

「さっきの婚約破棄、見ていました」

「お恥ずかしいところを……」

「いや。見事でしたよ。あれほど冷静に殿下の鼻を明かす令嬢は初めて見ました」

リリアーナは肩をすくめた。
「皮肉を言われる覚えはありませんけれど?」

「皮肉ではありません。むしろ、称賛です」

カインの唇がわずかに笑みを描く。
その笑顔は冷たくもあり、どこか惹きつけられる危うさを持っていた。

「もしよければ、今夜は少し付き合ってもらえませんか?」

「……殿下、私を口説くおつもりですか?」

「まだ。けれど、そうなるのは時間の問題でしょうね」

挑発するような瞳に、リリアーナの心臓が跳ねた。




カインの馬車に乗せられ、辿り着いたのは王都の高台にある彼の滞在邸だった。
暖炉の火が静かに揺れ、紅茶の香りが漂う部屋。

「あなたのような女性が婚約破棄されるとは、王国の見る目がない」

「ありがたいお言葉ですが……私にはもう、立場も名誉もありませんわ」

「では、私がそれを取り戻させましょう」

「え?」

「リリアーナ嬢。あなたを、私の隣国ヴァレンツァの王妃候補として迎えたい」

紅茶のカップを持つ手が震えた。

「……冗談でしょう?」

「本気です。あなたがアーロン殿下に婚約破棄された瞬間、私は決めました」

「なにを……?」

「あなたを、俺のものにすることを」

その言葉に、リリアーナの胸が高鳴る。
けれど同時に、理性が警鐘を鳴らした。

「殿下、軽率ですわ。私は問題の多い女として国中に噂されています」

「噂などどうでもいい。俺は、実際に見たあなたを信じます」

その真っ直ぐな瞳に、リリアーナは息をのむ。
心の奥に閉じ込めていた自尊心が、そっと息を吹き返すようだった。

──この人は、私を“女”として見ている。

王太子の飾りではなく、一人の人間として。

けれど、そう簡単に受け入れるわけにはいかない。
今はまだ、傷が癒えていないのだから。

「……殿下。お言葉は光栄ですが、私には考える時間が必要です」

「構いません。その間、俺はあなたを口説き続けます」

カインは優雅に立ち上がり、リリアーナの手の甲に唇を落とした。

「俺の国で、もう一度笑ってください。アーロン殿下など、思い出にもならないほどに」

リリアーナは息を詰めたまま、ただその言葉を胸に刻むしかなかった。

──彼の瞳は、熱く、誠実で、少し危険。
この出会いが、ただの慰めで終わらない予感がしていた。

そしてその夜、王都では早くも噂が広がり始めていた。

「エインズワース令嬢、隣国の殿下に見初められたらしいわよ」
「あの王太子、面目丸つぶれね」

アーロンがそれを知るのは、翌朝のことだった──。
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