婚約破棄された令嬢、元婚約者より有能な殿下に愛されて困ってます

ほーみ

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あの夜、殿下――アレンが私に囁いた言葉が、頭から離れなかった。
「君が泣かされた分、僕が全部取り戻す」
そう言って、まるで誓いのように指先で涙を拭った彼の表情は、穏やかで、それでいて確かな熱を宿していた。

その翌日から、私はアレン殿下の護衛兼付き人を名目に、彼の屋敷へと通うようになった。
「婚約破棄された可哀想な令嬢の居場所づくり」――と、表向きにはそう見えるかもしれない。
けれど実際のところ、殿下の目はいつだってまっすぐで、まるで“仕事”以外の目的を隠そうともしなかった。

「今日も美しいね、リディア」
朝、屋敷に到着するなりそんなことを言う人が、王族の中にどれだけいるだろう。
顔を赤くした私を見て、殿下は楽しげに微笑む。

「困らせたいわけじゃない。ただ、本音を言っただけだよ」
「……そんな簡単に言わないでください」
「簡単じゃないよ。君を見てると、言わずにいられないんだ」

アレン殿下の口調は柔らかいのに、言葉の奥には逃げ場のない強さがあった。
かつての婚約者――王太子エドワード様のように、誰にでも微笑む“作られた優しさ”ではない。
まっすぐに、ひとりの人間として向き合ってくる眼差し。
それが、怖くもあり、心を震わせるほど嬉しくもあった。




昼下がり。執務室で殿下が文書を整理している横で、私は報告書をまとめていた。
アレン殿下は戦略に長けた方で、外交にも強い。
「王太子より有能」と噂されるのも当然で、実際に、彼の手によって何度も国際交渉が成功している。

「……この資料を、明日までに仕上げるつもりだ。リディア、手伝ってくれるか?」
「もちろんです、殿下」
書類を受け取ると、ふと彼の指が私の指先に触れた。
一瞬、息が止まる。

「すまない」
「い、いえ……」
「慣れていないんだ、こういう距離感に」
冗談めかして笑う声が低く響き、その音が胸の奥をくすぐった。

私の頬が熱を帯びるのを見て、殿下は少しだけ表情を和らげた。
「……君が照れると、僕まで落ち着かなくなる」
その一言が、静かな部屋に溶けていく。





その夜、屋敷を出る前に、廊下の影から声をかけられた。
「……久しいな、リディア」

振り返ると、そこに立っていたのはエドワード王太子だった。
あの冷ややかな灰色の瞳が、懐かしさと後悔を混ぜたような色をしていた。

「まさか本当にアレンの側に仕えているとは思わなかった」
「ええ。殿下には日々お世話になっております」
できる限り平静を装う。けれど心のどこかで、ざらついた感情が湧き上がった。

――あなたに捨てられたから、今の私があるのに。
今さら、どんな顔をして現れたの?

「……リディア。あのときのことは、誤解だった」
「誤解?」
思わず笑みがこぼれた。自分でも驚くほど冷たい声だった。

「私を侮辱し、婚約を破棄し、他の令嬢と婚約したのが誤解、ですか?」
「違う、あれは……政治的な――」
「――言い訳なら結構です」

遮るように告げると、エドワードは苦い顔をした。
だが次の瞬間、低い声で囁く。

「……彼は君を利用している。あいつはそういう男だ」
「アレン殿下が?」
「そうだ。王位継承争いのために、僕を陥れるつもりなんだ。君は、そのための駒に過ぎない」

息が詰まる。
しかしその言葉を、すぐには信じなかった。
なぜなら――アレン殿下の眼差しは、そんな打算を感じさせるものではなかったから。

「……殿下、どちらが利用していたのか、私にはもうわかります」
「リディア――!」
エドワードの手が私の腕を掴んだ瞬間、背後から鋭い声が飛んだ。

「その手を離してもらおうか」

振り返ると、アレン殿下が立っていた。
その瞳には、静かな怒りが燃えていた。

「兄上。彼女に指一本でも触れるなら、たとえ血が繋がっていても容赦はしません」
「……アレン」
「彼女はもう、あなたの婚約者ではない。――僕の、大切な人です」

その言葉に、時間が止まった。
胸の奥がじん、と熱くなる。
アレン殿下の横顔はいつもより厳しく、それでいてどこか誇らしげで……まるで、誰にも渡さないと宣言するようだった。

エドワードは一歩後ずさる。
「……そんなことで、王位を望むのか?」
「望んでいないさ。ただ――自分の大切な人を守るのに、理由なんていらない」

廊下に残された沈黙が重く響く。
やがてエドワードは舌打ちをして、去っていった。

私は立ち尽くしたまま、アレン殿下を見上げる。
「……殿下、今の……本気で?」
「嘘を言って君を守るつもりはないよ」
そのまま彼は、そっと私の手を取った。

「怖かっただろう。けれど、もう大丈夫だ。君は僕のもとにいればいい」
「……でも、私がいれば、殿下が誤解されるかもしれません」
「誤解されてもいい。君が隣にいない方が、ずっと辛い」

そのまま、彼の額が私の額に触れた。
息が触れる距離。
静かに、心臓が鳴る。

「……アレン様……」
「リディア。君が望むなら、僕は何度でも誓う」
低く、熱のこもった声。
その瞬間、世界がふたりだけになった気がした。

だが――。

屋敷の外では、すでに王太子派の人々が動き出していた。
「アレン殿下が、元婚約者を囲っている」
「国政を乱す不純な関係だ」
そんな噂が、じわじわと広がっていく。

次の日、王城からの召喚状が届いた。
宛名は、アレン殿下と――私。

運命がまた、大きく動こうとしていた。
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