婚約破棄された令嬢、元婚約者より有能な殿下に愛されて困ってます

ほーみ

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王城の召喚状が届いた翌朝、アレン殿下の屋敷は一層、張り詰めた空気に包まれていた。
私は玄関ホールで、震える手を抑えながら手袋をはめていた。

「……怖いか?」
背後から、アレン殿下の声がした。
彼はすでに黒の軍装を身に着けていて、凛とした立ち姿からは一点の揺らぎも感じられない。

「少しだけ。でも……殿下が一緒なら、きっと大丈夫です」
「その言葉だけで、僕は何にでも立ち向かえる気がする」
微かに笑ったその声は、温かくて優しい。

手を差し出され、自然と指を重ねた。
指先に伝わる体温に、恐怖が少しずつ溶けていく。




王宮の謁見の間。
国王と宰相、王族たち、そして貴族の重鎮が並ぶ中に通された瞬間、場の空気が一気に変わった。
無数の視線が私に突き刺さる。

「……元婚約者を私的に召し抱え、王族の名誉を汚した」
宰相の冷ややかな声が響く。
「アレン殿下、その件について釈明を」

アレン殿下は一歩前へ出て、落ち着いた声で答えた。
「彼女は私的に囲ったわけではありません。彼女の能力を高く評価し、正式に側近として任じました」
「側近だと? 一介の令嬢に?」

ざわめきが広がる。
私は胸の奥が締めつけられるのを感じた。
この場に立っていることが、アレン殿下に迷惑をかけているのでは――そんな不安が頭をよぎる。

「……殿下、私が原因でこのような場に……」
「リディア」
彼は私を振り向くことなく、静かに言った。
「君は何も悪くない」

その一言が、心の奥に深く届いた。
――この人は、どんな場でも私を守ってくれる。
そう確信した瞬間だった。

国王が重々しく口を開いた。
「アレン、汝の行動は軽率だ。兄弟間の対立を生む恐れがある」
「陛下、それは違います」
殿下の声は、凛としていた。

「彼女を捨てたのは兄上の判断です。
 その結果、王家は一人の有能な令嬢を失いました。
 私はその才能を正当に評価したまでのこと。
 ――罪があるとすれば、兄上の短慮では?」

空気が一瞬で凍りつく。
王太子エドワードが立ち上がった。
「……アレン、それは言い過ぎだ」
「事実を述べただけです」
「お前は昔から、俺を見下して――!」

感情的に声を荒げるエドワードをよそに、アレン殿下は淡々と視線を向ける。
「兄上。感情ではなく、結果で語りましょう。
 外交も経済も、あなたの采配で混乱した。
 それを立て直したのは誰か――皆、知っているはずです」

貴族たちがざわつく。
エドワードの顔が赤く染まった。

「……お前は、王位を狙っているのか?」
「王位など興味はありません。ただ――僕の大切な人を、誰にも傷つけさせたくないだけです」

“僕の大切な人”
その言葉が響いた瞬間、私の胸は熱くなった。
同時に、広間の視線が一斉に私へと注がれる。
侮蔑、驚き、そして嫉妬――。
だがその中心に立ちながら、私は不思議と恐ろしくなかった。

殿下が一歩、私の隣に立ってくれたから。




審議は数時間にも及び、最終的に国王は判断を保留した。
「アレン、しばらくは王宮への出入りを制限する」
「承知しました」
「そして、リディア嬢」
「……はい、陛下」
「お前の身柄は、当面アレンの監督下に置く。王家の動静を乱さぬように」

――監督下。
つまり、王宮から離れる許可を得たのだ。
皮肉にも、彼のそばにいられる理由を王が与えてくれたことになる。




屋敷へ戻る馬車の中。
殿下は黙って窓の外を見ていた。
私はそっと口を開く。

「……私のせいで、殿下にご迷惑を……」
「またその言葉か」
「え?」
「リディア、君はどうして自分を責める?」

その声は穏やかだったが、どこか寂しげでもあった。

「君がいたから、僕は今日、胸を張って立てた。
 誰の言葉でもない、君の存在が僕を支えてくれた」

そう言って彼は私の手を取る。
その指が、先ほどより強く絡んだ。

「……僕が怖いか?」
「いいえ。ただ、信じられないんです。
 あの王宮で、私の名前を守ってくださるなんて……」
「僕にとって、君の名前は誇りだから」

小さく息を呑む。
殿下の目が真っすぐに私を捉えていた。
「リディア。君が泣いた日を、僕は何度も思い出す。
 あのとき誓ったんだ。君の涙は、もう二度と見たくないと」

その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
彼の手を握り返した。

「……殿下」
「アレンと呼んでほしい」
「でも……」
「ここでは、君しかいない。身分なんていらないだろう?」

名前を呼ぶだけで喉が震えた。
「……アレン様」
「うん」
その一言に、彼の唇がかすかに笑みを浮かべる。

外はすでに夕闇。
車輪の音が静かに響く中、彼がゆっくりと身を寄せた。

「もし僕が王位を失っても、君だけは手放さない」
「そんなこと言わないでください……」
「本気だ。君を失うくらいなら、何もいらない」

彼の手が頬を包み、視線が近づいていく。
息が触れそうな距離で、私は目を閉じた。

……しかし、唇が触れる寸前。
「殿下――緊急の報告です!」
扉の向こうから侍従の声が響いた。

アレンは小さく息を吐いて、額を私の額に寄せた。
「……いつも邪魔が入るな」
「ふふっ……」
小さく笑うと、彼も苦笑を漏らした。

だが侍従の声は切迫していた。
「王太子殿下が……軍を動かされました!」
「なんだと?」

馬車が止まり、殿下が外へ飛び出す。
私もその後を追った。

「リディア、屋敷へ戻れ」
「嫌です! 私も行きます!」
「危険だ!」
「殿下を置いて逃げられません!」

一瞬、殿下の瞳が大きく見開かれた。
だが次の瞬間、強く腕を引かれ、抱き寄せられる。

「……本当に、君は僕を困らせる」
低い声が耳元で囁かれた。

「――なら、一緒に行こう。君を離さない」

その言葉と共に、私たちは闇の中へと駆け出した。
ざまぁを仕掛けたつもりの王太子が、自ら破滅への一歩を踏み出そうとしているとも知らずに――。
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