婚約破棄された令嬢、元婚約者より有能な殿下に愛されて困ってます

ほーみ

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 夜会のざわめきが静まる。
 豪奢なシャンデリアが灯る広間で、私――リディア・エルフォードは、冷たい紅茶を手に持ったまま、息を飲んだ。

「……リディア。俺は、君を愛していたんだ。あの時は……魔が差しただけで」

 そう言って私の前にひざまずいたのは、かつての婚約者、王太子エドワード。
 その整った顔も、今となっては少しも胸を高鳴らせない。むしろ、憐れに見えた。

「“愛していた”のなら、なぜ私をあの場で侮辱したのかしら?」
「それは……ルーシーが、君が陰で彼女を陥れたと言って……」
「証拠もないのに信じたのね? さすが、未来の王の見る目は確かだわ」

 皮肉を込めて笑うと、エドワードの表情が歪む。
 周囲の貴族たちはひそひそと囁き合っている。
 ――“婚約破棄された令嬢”が、“今や隣国の第一王子に見初められた”という噂は、もう誰もが知っているから。

「エドワード殿下、そこまでです」

 低く、よく通る声。
 私の隣に立つのは、隣国アルヴェインの第一王子、レオン殿下。
 銀の髪と蒼の瞳――彼が視線を向けただけで、空気が一変する。

「リディアは、あなたの愚かな決断で傷つけられた。
 それでも彼女は誇りを失わなかった。……だから私は、彼女を守りたいと思ったのです」

「な、何を言って……!」

 エドワードが立ち上がるが、レオン殿下は一歩も引かない。
 その手が、私の腰にそっと添えられる。
 ほんのわずかな仕草なのに、全身が熱くなる。

「リディア・エルフォード。
 あなたは、私の隣国アルヴェインの未来を共に歩む女性として、私の妃になってくれませんか」

 ――息が止まった。

 それは、恋人の言葉ではなく、求婚。
 堂々と、王族として、ひとりの男として。
 私の人生を変える、真っすぐな言葉。

「レオン殿下……本当に、よろしいのですか? 私など、破棄された身で」
「“破棄された”のではない、“解放された”のです。あの男から」

 ふっと微笑む彼に、思わず笑いがこぼれる。
 気づけば、涙がにじんでいた。

「……はい。喜んでお受けします」

 そう告げると、会場がどよめいた。
 エドワードの顔から血の気が引く。

「ば、馬鹿な……! アルヴェインの王子が、こんな――!」

「“こんな”令嬢? 口を慎みたまえ、エドワード殿下」
 レオンの瞳が冷たく光る。「国を統べる者ならば、己の愚を認めることから始めるべきだ」

 静寂が落ちる。
 王太子は言葉を失い、ただ拳を握りしめていた。
 もはや彼には、誰も味方しない。




 夜会のあと、私たちはバルコニーに出た。
 月光の下、レオンが私の肩を抱く。

「……本当に、よかったのですか? エドワード殿下にあれほど言い放って」
「後悔なんてしてません。彼が“王太子”だからといって、私の人生を支配する権利はありませんから」

 そう言うと、レオンが嬉しそうに笑う。
 その笑顔に、胸が高鳴る。

「君は強い。だが、もうひとりで戦う必要はない。私が隣にいる」
「……そんなことを言われたら、また泣いてしまいます」

 冗談めかして言うと、レオンはそっと指先で涙をぬぐった。

「泣いていい。私の前では、強がらなくてもいい」

 そのまま、唇が触れる。
 静かな夜風の中で、ただ、彼の温もりだけが確かだった。




 数週間後。
 アルヴェイン王国とレヴィニア王国の同盟が正式に結ばれた。
 その証として――私はアルヴェイン王太子妃となった。

 式典の最中、私は玉座の横から、参列する者たちを見渡す。
 その中には、屈辱に顔を歪めたエドワードの姿も。

「リディア……」

 かつて私を見下したその人が、今は悔しげに私を見上げている。
 ――でも、もう振り返らない。

 隣には、私を心から愛してくれる人がいる。
 どんな過去よりも、未来がまぶしい。

 そして、誓いの言葉を交わしたあと。
 レオンが私の手を握り、囁く。

「これで、ようやく君を奪えた」

「……最初から、奪うつもりだったんですか?」
「もちろん。最初に君を見たときから、そう決めていた」

 私の頬に唇を落とし、微笑むその姿は――
 どんな宝石よりも、美しかった。





 ――あの日、“婚約破棄”された瞬間は、地獄のようだった。
 でも今は、あれがすべての始まりだったと思える。

 愛されるとは、こういうことなのだと。
 自分を信じてくれる人がいるというだけで、世界がこんなにも優しく見える。

 だから私は、もう恐れない。
 これからは、レオンとともに――堂々と生きていく。

 元婚約者がどう嘆こうと、泣こうと。
 私はもう、“幸せを諦めた令嬢”ではないのだから。
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