6 / 6
6
しおりを挟む
夜会のざわめきが静まる。
豪奢なシャンデリアが灯る広間で、私――リディア・エルフォードは、冷たい紅茶を手に持ったまま、息を飲んだ。
「……リディア。俺は、君を愛していたんだ。あの時は……魔が差しただけで」
そう言って私の前にひざまずいたのは、かつての婚約者、王太子エドワード。
その整った顔も、今となっては少しも胸を高鳴らせない。むしろ、憐れに見えた。
「“愛していた”のなら、なぜ私をあの場で侮辱したのかしら?」
「それは……ルーシーが、君が陰で彼女を陥れたと言って……」
「証拠もないのに信じたのね? さすが、未来の王の見る目は確かだわ」
皮肉を込めて笑うと、エドワードの表情が歪む。
周囲の貴族たちはひそひそと囁き合っている。
――“婚約破棄された令嬢”が、“今や隣国の第一王子に見初められた”という噂は、もう誰もが知っているから。
「エドワード殿下、そこまでです」
低く、よく通る声。
私の隣に立つのは、隣国アルヴェインの第一王子、レオン殿下。
銀の髪と蒼の瞳――彼が視線を向けただけで、空気が一変する。
「リディアは、あなたの愚かな決断で傷つけられた。
それでも彼女は誇りを失わなかった。……だから私は、彼女を守りたいと思ったのです」
「な、何を言って……!」
エドワードが立ち上がるが、レオン殿下は一歩も引かない。
その手が、私の腰にそっと添えられる。
ほんのわずかな仕草なのに、全身が熱くなる。
「リディア・エルフォード。
あなたは、私の隣国アルヴェインの未来を共に歩む女性として、私の妃になってくれませんか」
――息が止まった。
それは、恋人の言葉ではなく、求婚。
堂々と、王族として、ひとりの男として。
私の人生を変える、真っすぐな言葉。
「レオン殿下……本当に、よろしいのですか? 私など、破棄された身で」
「“破棄された”のではない、“解放された”のです。あの男から」
ふっと微笑む彼に、思わず笑いがこぼれる。
気づけば、涙がにじんでいた。
「……はい。喜んでお受けします」
そう告げると、会場がどよめいた。
エドワードの顔から血の気が引く。
「ば、馬鹿な……! アルヴェインの王子が、こんな――!」
「“こんな”令嬢? 口を慎みたまえ、エドワード殿下」
レオンの瞳が冷たく光る。「国を統べる者ならば、己の愚を認めることから始めるべきだ」
静寂が落ちる。
王太子は言葉を失い、ただ拳を握りしめていた。
もはや彼には、誰も味方しない。
夜会のあと、私たちはバルコニーに出た。
月光の下、レオンが私の肩を抱く。
「……本当に、よかったのですか? エドワード殿下にあれほど言い放って」
「後悔なんてしてません。彼が“王太子”だからといって、私の人生を支配する権利はありませんから」
そう言うと、レオンが嬉しそうに笑う。
その笑顔に、胸が高鳴る。
「君は強い。だが、もうひとりで戦う必要はない。私が隣にいる」
「……そんなことを言われたら、また泣いてしまいます」
冗談めかして言うと、レオンはそっと指先で涙をぬぐった。
「泣いていい。私の前では、強がらなくてもいい」
そのまま、唇が触れる。
静かな夜風の中で、ただ、彼の温もりだけが確かだった。
数週間後。
アルヴェイン王国とレヴィニア王国の同盟が正式に結ばれた。
その証として――私はアルヴェイン王太子妃となった。
式典の最中、私は玉座の横から、参列する者たちを見渡す。
その中には、屈辱に顔を歪めたエドワードの姿も。
「リディア……」
かつて私を見下したその人が、今は悔しげに私を見上げている。
――でも、もう振り返らない。
隣には、私を心から愛してくれる人がいる。
どんな過去よりも、未来がまぶしい。
そして、誓いの言葉を交わしたあと。
レオンが私の手を握り、囁く。
「これで、ようやく君を奪えた」
「……最初から、奪うつもりだったんですか?」
「もちろん。最初に君を見たときから、そう決めていた」
私の頬に唇を落とし、微笑むその姿は――
どんな宝石よりも、美しかった。
――あの日、“婚約破棄”された瞬間は、地獄のようだった。
でも今は、あれがすべての始まりだったと思える。
愛されるとは、こういうことなのだと。
自分を信じてくれる人がいるというだけで、世界がこんなにも優しく見える。
だから私は、もう恐れない。
これからは、レオンとともに――堂々と生きていく。
元婚約者がどう嘆こうと、泣こうと。
私はもう、“幸せを諦めた令嬢”ではないのだから。
豪奢なシャンデリアが灯る広間で、私――リディア・エルフォードは、冷たい紅茶を手に持ったまま、息を飲んだ。
「……リディア。俺は、君を愛していたんだ。あの時は……魔が差しただけで」
そう言って私の前にひざまずいたのは、かつての婚約者、王太子エドワード。
その整った顔も、今となっては少しも胸を高鳴らせない。むしろ、憐れに見えた。
「“愛していた”のなら、なぜ私をあの場で侮辱したのかしら?」
「それは……ルーシーが、君が陰で彼女を陥れたと言って……」
「証拠もないのに信じたのね? さすが、未来の王の見る目は確かだわ」
皮肉を込めて笑うと、エドワードの表情が歪む。
周囲の貴族たちはひそひそと囁き合っている。
――“婚約破棄された令嬢”が、“今や隣国の第一王子に見初められた”という噂は、もう誰もが知っているから。
「エドワード殿下、そこまでです」
低く、よく通る声。
私の隣に立つのは、隣国アルヴェインの第一王子、レオン殿下。
銀の髪と蒼の瞳――彼が視線を向けただけで、空気が一変する。
「リディアは、あなたの愚かな決断で傷つけられた。
それでも彼女は誇りを失わなかった。……だから私は、彼女を守りたいと思ったのです」
「な、何を言って……!」
エドワードが立ち上がるが、レオン殿下は一歩も引かない。
その手が、私の腰にそっと添えられる。
ほんのわずかな仕草なのに、全身が熱くなる。
「リディア・エルフォード。
あなたは、私の隣国アルヴェインの未来を共に歩む女性として、私の妃になってくれませんか」
――息が止まった。
それは、恋人の言葉ではなく、求婚。
堂々と、王族として、ひとりの男として。
私の人生を変える、真っすぐな言葉。
「レオン殿下……本当に、よろしいのですか? 私など、破棄された身で」
「“破棄された”のではない、“解放された”のです。あの男から」
ふっと微笑む彼に、思わず笑いがこぼれる。
気づけば、涙がにじんでいた。
「……はい。喜んでお受けします」
そう告げると、会場がどよめいた。
エドワードの顔から血の気が引く。
「ば、馬鹿な……! アルヴェインの王子が、こんな――!」
「“こんな”令嬢? 口を慎みたまえ、エドワード殿下」
レオンの瞳が冷たく光る。「国を統べる者ならば、己の愚を認めることから始めるべきだ」
静寂が落ちる。
王太子は言葉を失い、ただ拳を握りしめていた。
もはや彼には、誰も味方しない。
夜会のあと、私たちはバルコニーに出た。
月光の下、レオンが私の肩を抱く。
「……本当に、よかったのですか? エドワード殿下にあれほど言い放って」
「後悔なんてしてません。彼が“王太子”だからといって、私の人生を支配する権利はありませんから」
そう言うと、レオンが嬉しそうに笑う。
その笑顔に、胸が高鳴る。
「君は強い。だが、もうひとりで戦う必要はない。私が隣にいる」
「……そんなことを言われたら、また泣いてしまいます」
冗談めかして言うと、レオンはそっと指先で涙をぬぐった。
「泣いていい。私の前では、強がらなくてもいい」
そのまま、唇が触れる。
静かな夜風の中で、ただ、彼の温もりだけが確かだった。
数週間後。
アルヴェイン王国とレヴィニア王国の同盟が正式に結ばれた。
その証として――私はアルヴェイン王太子妃となった。
式典の最中、私は玉座の横から、参列する者たちを見渡す。
その中には、屈辱に顔を歪めたエドワードの姿も。
「リディア……」
かつて私を見下したその人が、今は悔しげに私を見上げている。
――でも、もう振り返らない。
隣には、私を心から愛してくれる人がいる。
どんな過去よりも、未来がまぶしい。
そして、誓いの言葉を交わしたあと。
レオンが私の手を握り、囁く。
「これで、ようやく君を奪えた」
「……最初から、奪うつもりだったんですか?」
「もちろん。最初に君を見たときから、そう決めていた」
私の頬に唇を落とし、微笑むその姿は――
どんな宝石よりも、美しかった。
――あの日、“婚約破棄”された瞬間は、地獄のようだった。
でも今は、あれがすべての始まりだったと思える。
愛されるとは、こういうことなのだと。
自分を信じてくれる人がいるというだけで、世界がこんなにも優しく見える。
だから私は、もう恐れない。
これからは、レオンとともに――堂々と生きていく。
元婚約者がどう嘆こうと、泣こうと。
私はもう、“幸せを諦めた令嬢”ではないのだから。
75
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
「お前の代わりはいくらでもいる」と笑った婚約者が、翌日から報告書一枚書けなくなった件
歩人
ファンタジー
子爵令嬢リーゼロッテの取り柄は、文章を書くことだけ。
華やかさのかけらもない彼女は、婚約者アルベルトの政務報告、外交書簡、
演説原稿——その全てを代筆していた。
「お前の代わりはいくらでもいる」
社交界の花形令嬢に乗り換えたアルベルトは、笑ってそう言った。
翌日から、彼の机の上には白紙の報告書だけが積み上がっていく。
——代わりは、いなかった。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている
歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が
ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が
一人分減るな、と思っただけ。
ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。
しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、
イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。
3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された
ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。
「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」
「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」
不器量で可愛げが無くて僻みっぽくて小賢しい私の話
あんど もあ
ファンタジー
王太子が真実の愛とか言って婚約破棄を宣言。廃太子と決まりました。おかげで妹の私に王太子になれと言われたのですが、不器量で可愛げが無くて僻みっぽくて小賢しくて政略結婚の役にも立たないと言われていた私がですか?
不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい
あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。
【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました
丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、
隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。
だが私は知っている。
原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、
私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。
優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。
私は転生者としての知識を武器に、
聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、
王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。
「婚約は……こちらから願い下げです」
土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。
私は新しい未来を選ぶ。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる