婚約破棄されたけど、元婚約者が泣きついてくるのは予定外です

ほーみ

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夜更けの静けさの中で、私は一人、王都から届いた召喚状を机の上に広げていた。

「……王家財務局より、告発……」

どう読んでも冗談ではない。それは正式な書式と、貴族院印章が押された本物の命令だった。

告発の内容は明記されていなかった。だが、それが“王家との契約”に関するものだということは、すぐに想像がついた。――私の店が扱っている王家御用達の紅茶。その取り引き内容が何者かに“問題あり”とされたのだ。

でも、私は不正など一切していない。

帳簿も税金も、契約の詳細さえも完璧に保っていた。それだけは絶対に言える。

なら、これは誰かの仕掛けた“罠”――?

「……やっぱり、ユーリさんに相談するしかない」

私はそう決めて、翌朝まだ暗いうちに家を出た。




クローネ家の屋敷は、王都の中心から少し外れた、高級住宅地にひっそりと建っている。門には護衛が二人、近づく者を鋭く見つめていた。

私は名乗り出ると、すぐに通された。

どうやら、私の訪問は“予想されていた”らしい。

通されたのは、重厚な家具と絹のカーテンに包まれた応接室。そこにいたのは――

「来てくれると思っていました、リリィさん」

ユーリは、あのときのような優しい笑みで迎えた。

「……どうして、こんなことになっているのか説明していただけますか?」

私は召喚状を机に置いた。彼はそれを見るなり、静かにため息をついた。

「……やはり、動きましたか」

「“やはり”? つまり、こうなると分かっていたんですか?」

「正確には、予兆はありました。ですが、それが貴女に向くとは思わなかった」

「でも、向きました。今、告発されているのは“私”です。どうか正直に答えてください、ユーリさん。――これに、あなたは関係しているんですか?」

部屋の空気が一瞬で冷たくなる。

ユーリの目の奥が、初めて揺れた。

「……クローネ家は王家監査を任されている一族です。僕は、その家の後継者として、王家の財務監査を秘密裏に行っています」

「それは聞きました。でも、私の名前が出てくる理由は?」

「君の店が、ここ一年で“王家供給リスト”の中で異常な伸びを記録していたからです。品質・供給量・評判、すべてにおいて、突出している。その状況が、ある者たちにとっては“目障り”だった」

「つまり、私を潰したい人がいると?」

ユーリは頷いた。

「正確には、“君を使ってアレクを潰したい”者たちが、です」

「アレク……?」

「アレクが再び表舞台に戻ろうとしていること、ご存知ですか?」

私は黙ったまま、小さく首を振る。

ユーリは深く息を吐いて、言った。

「一部の貴族派が、王室の血を引く者の中でもっとも『穏健派』とされるアレクを、政治に呼び戻そうとしている。……つまり、王位継承権を再び議論に上げようとしているのです」

「そんな……!」

「そしてその“呼び水”として、リリィさん、あなたの存在が持ち出されている。“かつて王子が見初めた平民の娘が、今や王家御用達の商人として大成功を収めている”――と」

「……!」

「つまり、あなたの存在そのものが、アレクの価値を高めてしまっているんです。だから彼らは、君の評判を地に落とし、アレクが庶民に愛されていたという事実を消したい」

――吐き気がした。

私はただ、必死に生きてきただけ。誰のためでもなく、自分の人生を取り戻すために。

それなのに……どうして、過去が今も私を縛るの?

「だったら、アレクに会ってはならなかった……?」

「いいえ。むしろ、会ってよかった」

ユーリは静かに目を細めた。

「君の中に残っていた“揺れ”が、あの再会で終わったのなら……それは君にとって、大切な第一歩だったはずです。だからこそ、今の君は、自分の足で立っている」

「それでも……怖いです」

私は、拳をぎゅっと握った。

「私は、何もしていないのに……どうして、標的にされるんですか? 私は、ただの商人で……」

そのとき、ユーリが手を伸ばして私の手を包んだ。

「リリィさん。――君は“ただの商人”じゃない。君は、“たった一人で過去を越え、成功を手にした女”です。そんな君だから、狙われる」

「……だったら、どうすればいいの?」

彼は少し笑った。そして、その言葉はとても静かだった。

「――一緒に戦ってください」

「戦う……?」

「王都に来てください。そして、王家財務局の前で、正式に“反証”を提出するんです。君が正しいことを証明するために」

「でも……私には、味方なんて……」

「ここにいますよ。僕は、君の味方です」

そのまなざしは、まっすぐだった。

私はもう、逃げられないのだ。

過去をただ忘れることも、誰かに守ってもらって生きることも、もうできない。

だから、私は頷いた。

「……分かりました。戦います」




数日後、私は王都の裁定院へと足を踏み入れた。

重厚な扉。広がる石造りの聖堂のような空間。

ここに、王家の財務を統べる者たちと、貴族階級の使者が集まっている。

その中に、一人、見覚えのある顔があった。

「……アレク?」

彼は、静かに立ち上がり、私に微笑んだ。

「来てくれて、ありがとう。リリィ。……本当に、君は変わらないな」

「どうしてあなたがここに?」

「君の告発の“発端”を探ったら、僕の名前に行き着いた。だから、僕も呼ばれたんだ」

ユーリが横から囁いた。

「皮肉ですね。二人が再会したばかりだというのに、次は“王家裁定の場”で並ぶことになるなんて」

「そんな……これが、全部仕組まれていた……?」

「それは、これから暴くことになるでしょう」

――そして、裁定が始まる。

広間に響く鐘の音。

“影の声”たちが、今、私を試そうとしていた。
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