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「エドワード・グラハムは、まだ終わっていない」
――その不吉な言葉が頭から離れなかった。
あの黒装束の男は一体何者だったのか。なぜ、わざわざ私にこの警告を伝えたのか。
王宮の警備は強化され、エドワードの関係者は厳しく監視されているはず。それなのに、こうして私のもとへ情報が届くということは……まだ王宮の内部に裏切り者がいるということなのか。
「セシリア、考えすぎだ」
アルベルト殿下が優しく私の手を握る。
「殿下……」
「お前の表情を見れば、すぐに分かる。頭の中でいろいろと考えすぎているんだろう?」
私はぎゅっと唇を噛んだ。
考えすぎ、なのだろうか?
でも、何かがおかしい。そう感じるのは、私の勘違いではないはず。
「気持ちは分かるが、今は休め。今夜は俺がそばにいるから、安心しろ」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、殿下はすでに侍従に指示を出していた。
「今夜、セシリアをこの部屋に泊める。護衛を増やせ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は自室に戻ります!」
「駄目だ」
殿下はきっぱりと否定した。
「お前が狙われる可能性がある以上、一人にはできない」
「で、でも……」
「それとも、俺のそばが嫌か?」
「……っ」
まっすぐな青い瞳が私を見つめる。
逃げ場のない視線。
心臓が、静かに高鳴る。
「そ、そういうわけでは……ありませんけど」
「なら決まりだな」
殿下は満足そうに微笑むと、私の肩を軽く抱いた。
こんなに近くで殿下の顔を見るのは、久しぶりかもしれない。
金色の髪、整った横顔、優雅な微笑み――まるで絵画の中の王子様のような佇まい。
(……こんな顔で、あんなに強引なことを言うんだから、ずるい)
私は観念して、小さく息を吐いた。
「……分かりました。でも、あまり迷惑はかけませんから」
「お前がそこにいるだけで、迷惑どころか嬉しいんだがな?」
「……からかわないでください」
「からかってなどいないさ」
さらりとそう言う殿下に、私はそれ以上反論できなかった。
その夜。
王宮の一室、アルベルト殿下の私室に私はいた。
もちろん、同じベッドではなく、私は別のソファに座っていたが、それでもやはり落ち着かない。
「こんなに緊張しているとは思わなかった」
殿下が微笑みながら、私の前に紅茶を置く。
「そりゃ、殿下の部屋で過ごすなんて、初めてですから……」
「貴族の娘なら、幼少期に王宮へ招かれることもあるだろう?」
「ええ、でも……殿下の私室に招かれるなんて、普通ありませんよ」
「……まあ、確かにな」
殿下は苦笑しながら、自分のカップを手に取った。
「しかし、俺は昔からこう思っていたよ」
「何を、ですか?」
「お前とこうして二人きりでゆっくり話せる時間があればいいのにな、とな」
「っ……!」
不意打ちのような言葉に、胸がどきりと跳ねる。
「ま、またそんなことをさらっと……」
「本当のことだ」
殿下は静かにカップを置くと、私をまっすぐ見つめた。
「お前がエドワードとの婚約を破棄されると知ったとき、俺は心のどこかで安堵していた」
「え……?」
「彼の婚約者としてお前が生きることに、ずっと違和感を抱いていたからな」
「そ、それは……」
「お前はエドワードではなく、もっとふさわしい場所にいるべきだった」
「……それは、どこですか?」
私がそう尋ねると、殿下の瞳が少しだけ揺れる。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「――俺のそばだ」
「っ……!」
心臓が跳ね上がる。
「そ、そんな、急に……!」
「急かしてはいない。だが、これが俺の本心だ」
殿下はそっと私の手を取る。
「お前をエドワードのような男に任せるべきではなかった。ずっと、そう思っていた」
「殿下……」
「お前は、俺の隣にいるべきだ」
殿下の指が、私の指先を優しく撫でる。
その仕草に、私は呼吸が浅くなるのを感じた。
心臓がうるさい。
どうして、こんなにも――
「……すみません」
私は思わず手を引いてしまった。
殿下が寂しそうな顔をする。
「セシリア……?」
「今は……この事件が片付くまで、私は殿下のそばにいる資格がありません」
「……資格?」
「エドワードの件も、王宮の陰謀も、まだ何も解決していない。だから、今は……」
私は息を整え、精一杯の笑顔を作る。
「もう少しだけ、このままでいさせてください」
殿下はじっと私を見つめる。
その瞳の奥にある感情を読み取るのは難しい。
けれど、次の瞬間――
「……分かった」
彼は静かに微笑んだ。
「だが、一つだけ覚えておけ」
「……?」
「この事件が解決したら、俺はもう、お前を逃がさない」
「っ……!」
再び胸が高鳴る。
――こんなの、ずるい。
そう思いながらも、私は彼の言葉を拒絶することができなかった。
そして、その夜。
王宮の暗闇の中、私は夢を見た。
どこかで、エドワードが微笑んでいる夢を。
――その不吉な言葉が頭から離れなかった。
あの黒装束の男は一体何者だったのか。なぜ、わざわざ私にこの警告を伝えたのか。
王宮の警備は強化され、エドワードの関係者は厳しく監視されているはず。それなのに、こうして私のもとへ情報が届くということは……まだ王宮の内部に裏切り者がいるということなのか。
「セシリア、考えすぎだ」
アルベルト殿下が優しく私の手を握る。
「殿下……」
「お前の表情を見れば、すぐに分かる。頭の中でいろいろと考えすぎているんだろう?」
私はぎゅっと唇を噛んだ。
考えすぎ、なのだろうか?
でも、何かがおかしい。そう感じるのは、私の勘違いではないはず。
「気持ちは分かるが、今は休め。今夜は俺がそばにいるから、安心しろ」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、殿下はすでに侍従に指示を出していた。
「今夜、セシリアをこの部屋に泊める。護衛を増やせ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は自室に戻ります!」
「駄目だ」
殿下はきっぱりと否定した。
「お前が狙われる可能性がある以上、一人にはできない」
「で、でも……」
「それとも、俺のそばが嫌か?」
「……っ」
まっすぐな青い瞳が私を見つめる。
逃げ場のない視線。
心臓が、静かに高鳴る。
「そ、そういうわけでは……ありませんけど」
「なら決まりだな」
殿下は満足そうに微笑むと、私の肩を軽く抱いた。
こんなに近くで殿下の顔を見るのは、久しぶりかもしれない。
金色の髪、整った横顔、優雅な微笑み――まるで絵画の中の王子様のような佇まい。
(……こんな顔で、あんなに強引なことを言うんだから、ずるい)
私は観念して、小さく息を吐いた。
「……分かりました。でも、あまり迷惑はかけませんから」
「お前がそこにいるだけで、迷惑どころか嬉しいんだがな?」
「……からかわないでください」
「からかってなどいないさ」
さらりとそう言う殿下に、私はそれ以上反論できなかった。
その夜。
王宮の一室、アルベルト殿下の私室に私はいた。
もちろん、同じベッドではなく、私は別のソファに座っていたが、それでもやはり落ち着かない。
「こんなに緊張しているとは思わなかった」
殿下が微笑みながら、私の前に紅茶を置く。
「そりゃ、殿下の部屋で過ごすなんて、初めてですから……」
「貴族の娘なら、幼少期に王宮へ招かれることもあるだろう?」
「ええ、でも……殿下の私室に招かれるなんて、普通ありませんよ」
「……まあ、確かにな」
殿下は苦笑しながら、自分のカップを手に取った。
「しかし、俺は昔からこう思っていたよ」
「何を、ですか?」
「お前とこうして二人きりでゆっくり話せる時間があればいいのにな、とな」
「っ……!」
不意打ちのような言葉に、胸がどきりと跳ねる。
「ま、またそんなことをさらっと……」
「本当のことだ」
殿下は静かにカップを置くと、私をまっすぐ見つめた。
「お前がエドワードとの婚約を破棄されると知ったとき、俺は心のどこかで安堵していた」
「え……?」
「彼の婚約者としてお前が生きることに、ずっと違和感を抱いていたからな」
「そ、それは……」
「お前はエドワードではなく、もっとふさわしい場所にいるべきだった」
「……それは、どこですか?」
私がそう尋ねると、殿下の瞳が少しだけ揺れる。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「――俺のそばだ」
「っ……!」
心臓が跳ね上がる。
「そ、そんな、急に……!」
「急かしてはいない。だが、これが俺の本心だ」
殿下はそっと私の手を取る。
「お前をエドワードのような男に任せるべきではなかった。ずっと、そう思っていた」
「殿下……」
「お前は、俺の隣にいるべきだ」
殿下の指が、私の指先を優しく撫でる。
その仕草に、私は呼吸が浅くなるのを感じた。
心臓がうるさい。
どうして、こんなにも――
「……すみません」
私は思わず手を引いてしまった。
殿下が寂しそうな顔をする。
「セシリア……?」
「今は……この事件が片付くまで、私は殿下のそばにいる資格がありません」
「……資格?」
「エドワードの件も、王宮の陰謀も、まだ何も解決していない。だから、今は……」
私は息を整え、精一杯の笑顔を作る。
「もう少しだけ、このままでいさせてください」
殿下はじっと私を見つめる。
その瞳の奥にある感情を読み取るのは難しい。
けれど、次の瞬間――
「……分かった」
彼は静かに微笑んだ。
「だが、一つだけ覚えておけ」
「……?」
「この事件が解決したら、俺はもう、お前を逃がさない」
「っ……!」
再び胸が高鳴る。
――こんなの、ずるい。
そう思いながらも、私は彼の言葉を拒絶することができなかった。
そして、その夜。
王宮の暗闇の中、私は夢を見た。
どこかで、エドワードが微笑んでいる夢を。
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