地味令嬢を馬鹿にした婚約者が、私の正体を知って土下座してきました

ほーみ

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 エドワードの裁判から数日後、私は王宮の庭園を歩いていた。

 季節は秋。風は冷たく、肌を撫でるたびに少しだけ寒さを感じる。

 事件の余韻はまだ消えない。彼の罪が公になったことで、王宮は今も騒がしい。エドワードの背後にいた他国の貴族についての調査も進められており、私もその一端を担っていた。

 しかし――

「少し、疲れたかしら」

 深いため息をつく。

 頭では冷静でいなければと思うのに、心がどこか落ち着かない。

 そんなときだった。

「セシリア」

 突然、優しくも低い声が後ろから響いた。

「……アルベルト殿下」

 振り向くと、彼がそこに立っていた。

 金色の髪が夕陽を受けて輝き、その鋭い青い瞳は私を真っ直ぐに見つめている。

「調査が忙しいと聞いた。少しは休めているか?」

「……ええ。大丈夫です」

 私はそう答えながらも、殿下の視線を受けて目を伏せた。

「本当に?」

 彼は私の腕をそっと取った。

 その手の温かさに、私は少し驚く。

「……殿下?」

「お前の手、冷たいな」

 殿下の手が、私の手を包み込むように握る。

 それは優しく、しかし逃れられないほど強い力だった。

「……こんなに冷えているのに、大丈夫なんて言うな」

「っ……」

 心臓が大きく跳ねる。

 アルベルト殿下は普段冷静な方だ。しかし、こうして私を心配する言葉を口にする彼の表情は、どこか違って見えた。

 ――優しすぎる。

 そして、温かすぎる。

「セシリア」

 私の名前を呼ぶ声が、いつもより少し低く響く。

「……はい」

「お前が冷静で、聡明で、どんな場面でも動じないことは知っている。でもな……俺の前では、もう少し頼ってもいい」

「……っ」

 驚いて顔を上げると、殿下は少し困ったように微笑んだ。

「お前は、なんでも自分で抱え込む。そういうところ、昔から変わらないな」

「……」

 何も言い返せなかった。

 確かに、私は昔からそうだった。貴族の娘として、誰かに甘えることを許されず、自分で問題を解決することばかり求められてきた。

 だから、こうして心配されることに慣れていない。

 ――それなのに。

 殿下の言葉が、優しすぎて、心に響いてしまう。

「……甘えて、いいんですか?」

 思わず小さく呟くと、殿下の瞳がわずかに揺れた。

 次の瞬間、ふっと微笑むと、彼は私の手を引いた。

「試しに、少しだけ甘えてみるか?」

「え?」

 戸惑う間もなく、殿下の腕が私の肩を抱いた。

「……っ!」

 驚いて顔を上げると、殿下は私を見下ろしていた。

 優しく、穏やかで、それでいてどこかからかうような笑みを浮かべて。

「本当に疲れている顔をしている。俺の隣なら、少しは気を緩めてもいい」

 静かな囁きが、心をくすぐる。

 ……ずるい。

 こんなに優しくされて、意識しないわけがない。

 アルベルト殿下の腕の中は、とても温かくて、私は少しだけその温もりに甘えることにした。



 その後、私は殿下としばらく庭園を歩いた。

 彼の隣を歩いているだけで、なんとなく安心する。

 けれど、その平穏は長くは続かなかった。

「セシリア・ヴァレンタイン様ですね?」

 突然、低い声が私たちの前方から聞こえた。

 顔を上げると、そこには見知らぬ男が立っていた。

 黒いフードを深く被り、素性を隠している。

 ただならぬ雰囲気に、殿下も警戒を強める。

「お前は何者だ?」

 殿下が鋭く問いかける。

 しかし、男は答えなかった。ただ、一枚の紙を差し出す。

「……これは?」

「これは、グラハム侯爵家に関する新たな情報です」

 その言葉に、私は紙を受け取り、中身を確認する。

 そこに書かれていたのは――

 「エドワード・グラハムは、まだ終わっていない」

「……何?」

 驚いて顔を上げると、男はすでに姿を消していた。

 殿下がすぐに周囲を見回すが、どこにもいない。

「今のは……?」

 私は紙を握り締める。

 エドワード・グラハムは、王族への反逆罪で逮捕された。

 その処遇は、近々決まるはずだった。

 それなのに、「まだ終わっていない」とはどういうことなのか。

「セシリア、危険だ」

 殿下が私の肩を掴む。

「エドワードに関わる陰謀が、まだ続いている可能性が高い。お前も気をつけろ」

「……はい」

 ただの警告なのか、それとも何かの予告なのか。

 エドワード・グラハムの件は、まだ幕を閉じていない。

 私は無意識に、殿下の温もりを求めるように、その手を握り返していた。

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