婚約破棄されたけど、王太子より有能な隣国の殿下に溺愛されました

ほーみ

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隣国ユルフェリア王国の都、セレスティアは春の陽光に包まれていた。

白く輝く石造りの街並み、穏やかな気候、そして穏やかな人々。
どこか張りつめていた空気の王都とは異なり、ここにはやさしさと静けさがあった。

「セレナ、疲れてない?」

「いいえ。むしろ……少し緊張してます。ここで新しい人生が始まるんだと思うと」

「じゃあ、緊張が和らぐ魔法をかけてあげようか?」

ノアはふっと笑って、私の手に自分の指を絡めた。

「僕がいる。だから、何も怖がらなくていい」

その優しさが胸に染みる。王太子との冷え切った関係では、こんな風に手をつないだ記憶さえなかった。

「この屋敷が、今日から君の新しい居場所だよ」

ノアが案内してくれたのは、王宮のすぐ近くにある豪奢な邸宅。
もともとは王妃候補を迎えるための離宮だそうだ。

天井の高い広間、花々が咲き誇る庭園、そして、女性用に整えられた部屋――

「……まるで、おとぎ話の中みたいです」

「本当に、君は何もわかっていないな」

「……え?」

ノアは私の腰を軽く抱き寄せた。

「君が来る前、この邸宅は数年ずっと閉ざされていた。けれど、僕はここを整えさせたんだ――君を迎えるために」

「……そんな前から?」

「君が王太子に利用されているのを知ったときから、ずっと。君が解放される日を待っていた」

まるで運命のように彼の言葉が心に響く。

私は愛されている。

ようやく本当の意味で――。


同じころ。
ロジス王国の王宮では、思いもよらない混乱が起き始めていた。

「おい……最近、また反乱の気配があるって……聞いたか?」

「うそだろ?でも前線の兵力が減らされてるのは事実だって話だ」

王太子アルヴィンの失策によって、各地の貴族の信頼が揺らぎはじめていた。
セレナを手放したことが、思わぬ波紋を呼んでいるのだ。

「ミルフォード公爵家が完全にユルフェリア側についたら、下手すりゃ政権の勢力図が変わるぞ……」

「だが王太子殿下には“聖女”マリア様がいるからな。あの力があれば……」

「……本当に“聖女”なんですかね、あの女」

そんな噂も漏れ聞こえてくる。
“聖女”マリアの奇跡が、最近はまったく起きていないことに、誰もが気づいていた。

そして、当の本人――マリアも苛立っていた。

「どうして? あの女がいなくなったのに、アルヴィン様はまだ私を正式に妃にしないの?」

「マリア……落ち着いてくれ」

「私は“聖女”なのよ? 私の力があれば、あなたの即位も盤石になるって言ったじゃない!」

「そ、それは……」

アルヴィンの声がかすれる。

彼の目の前にいるマリアは、もう“可憐な奇跡の娘”ではなかった。
思い通りにならないと癇癪を起こし、使用人に当たり散らすその姿に、彼の心は少しずつ冷えていく。

(セレナの方が、よほど品格があったな……)

――そんなことを、今さら思い始めている自分に気づく。

けれど、後戻りはできない。
あのとき、堂々と婚約破棄を宣言してしまったからだ。

(セレナ……戻ってきてくれないか?)

そんな思いを抱えたまま、彼は知らずに坂を転げ落ち始めていた。



その夜。

ユルフェリアの離宮では、庭園の灯が静かに揺れていた。

「この国は、本当に美しいですね」

私は、白い花が咲くアーチの下で、夜風に髪をなびかせていた。

すると背後から、そっと上着がかけられる。

「風邪をひくと困る。君には、まだたくさん素敵な景色を見せたいからね」

「ノア様……」

「ノアでいい。婚約者なんだから」

その言葉に、私は少し頬を染めた。

「ねえ、セレナ。僕と契約しよう」

「契約……?」

ノアは指輪を取り出した。
銀のリングに、小さな青い宝石が輝いている。

「この指輪は、アーデルハイト家の婚約の証。正式なものだ。これを君の指に通させてほしい」

私は驚きながらも、差し出されたその指輪を見つめる。

「……でも、私はまだ王国の戸籍の整理も終わっていませんし、周囲の反応も――」

「関係ない。僕は、君を選んだ。政治のためじゃない、愛のために」

静かながらも力強いノアの目を見て、私は思った。

この人は、本当に私の存在を一人の人間として尊重してくれる。

「……はい。私も、ノアと歩んでいきたいです」

指輪は、ぴたりと私の薬指に収まった。

ノアは、それをそっと唇に押し当てる。

「ようやく手に入れた。……もう二度と、誰にも渡さない」

その言葉に、胸が高鳴る。

でもその瞬間――

「お待ちください!」

庭園の門の外から、馬に乗った使者が駆け込んできた。

「ノア殿下……ロジス王国からの緊急通達です!」

ノアが眉をひそめ、封筒を受け取る。

そして、それを開いた彼の表情がわずかに険しくなる。

「……やはり、そうきたか」

「なにが……?」

「ロジス王国が、君の“国外追放命令”を発令した」

「……え?」

まるで、地面が崩れるような感覚。

「だが心配はいらない。君はもうユルフェリアの人間だ。どんな法的拘束も、こちらには及ばない」

そう言って私の手を取るノア。

でも、私は知っている。

これは、アルヴィンの“最後のあがき”だ。

――いいわ。なら、見せてあげましょう。

どちらが“正しく”愛されているのか。
どちらが“本物”の王にふさわしいのかを。

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