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ユリウスたち王都の騎士団が去ったのは、翌日の朝だった。
結局、ローランと正面から衝突することなく、退いた形だ。だがそれは一時的な引き下がりに過ぎないと、アリシアはよく分かっていた。
彼らは再び来る。
もっと狡猾な手で、もっと冷たく、確実に――。
けれど今は、それよりも大切なことがあった。
彼女の中でずっと曖昧だった想いが、はっきりと形になりつつあったから。
その日の夜、アリシアは眠れずにいた。
薄手の寝衣をまとい、廊下に出ると、屋敷の中はしんと静まり返っている。
(……あの人、まだ起きてるかしら)
迷った末に、アリシアはローランの部屋の扉を軽くノックした。
コツン、コツンと木の音が響いたあと、しばらくして扉が開く。
中から現れたローランは、いつもの鎧姿ではなく、ゆったりとしたシャツにスラックスという部屋着姿だった。そのラフな姿に、アリシアは思わず目を逸らしてしまう。
「どうした、こんな夜更けに」
「あの……少し、お話……できませんか?」
ローランは少し驚いたように目を細め、それから無言で部屋の中に招き入れた。
部屋の中は、暖炉の火が柔らかく灯っているだけで、ほとんど明かりがない。
けれど、それがかえって心地よかった。
窓際のソファに腰掛けると、ローランも隣に座った。
火のはぜる音だけが、静かに響いている。
「……ローラン。昨日、あの時……“愛してる”って、言ってくれたでしょう?」
「ああ。言ったな。……もう一度、言おうか?」
「っ……そういうところが、ずるいんです」
アリシアは恥ずかしさを隠すように、視線を逸らした。
「……あの時は驚いて、何も言えなかった。でも、私も……ずっと考えてたの。あなたのことを」
ローランは黙って、彼女の言葉を待っていた。
「あなたといると、不思議と安心できて……この世界でただ一人、私を私として見てくれる。立場や家柄じゃなくて、過去でもなくて、今の私を……」
ローランの指が、そっと彼女の髪に触れる。
優しく、確かめるように。
「アリシア。お前がどんな姿でも、俺の目には一番綺麗に映ってる。気高くて、強くて、優しい女だ」
「……ほんとに、ずるい。そう言われたら、もう……嫌いになれなくなっちゃう」
「だったら、好きになってくれ」
その言葉と同時に、ローランは彼女の頬にそっと口づけた。
唇が触れたのは、ほんの一瞬だったのに、アリシアの胸は激しく跳ねる。
「……ずるい」
「うん、何回でも言ってくれていいぞ。お前の言う“ずるい”は、俺にとっては褒め言葉だ」
「そういうところよ……ほんとに……」
それでも、彼女は微笑んだ。
心の奥に、優しい灯がともるのを感じる。冷たい冬の夜なのに、胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
ローランが、指先で彼女の指を絡めてくる。
指先と指先が、恋人同士のように絡まり、熱を分け合っていく。
「アリシア。……お前が望むなら、俺はこの屋敷でもっと静かに生きることだってできる。剣も手放して、誰も傷つけずに済むなら、それでも構わない」
「そんなの、あなたじゃないわ」
彼女は首を振る。
「あなたは、強くて、誇り高くて、正しい人。そんなあなたを、私が否定するなんてできない」
その瞬間、ローランは彼女を優しく抱き寄せた。
「……ありがとう」
彼の胸の音が聞こえる。ドクン、ドクンと、確かな鼓動が、彼の生きている証そのものだった。
「あなたのこと、まだ全部を知ってるわけじゃない。過去のことも……これからどうなるかも分からない。でも、私は……あなたといる未来が欲しいの」
ローランはゆっくりと彼女の髪に唇を落とした。
「それだけで、十分すぎる」
愛を囁くでもなく、執着を誓うでもなく、ただそこにある“確かな想い”が、ふたりの間に静かに積もっていく。
それから数日。
ローランはアリシアと並んで町を歩くようになった。
最初は人目が気になっていたが、町の人々も自然と受け入れてくれた。彼女が“ローラン隊長のお気に入り”と呼ばれるのも、もう嫌ではない。
ある日、町の子どもが彼女に小さな花冠をくれた。
「お姫さまに、似合うと思ったんだ」
その一言が嬉しくて、アリシアは思わず子どもを抱きしめた。
「ありがとう。大切にするわね」
その様子を見ていたローランが、ふいにぽつりと呟く。
「お前、子ども好きか?」
「え? ……ええ、もちろん。どうして?」
「……じゃあ、俺とできたら、ちゃんと育ててくれるか?」
「な……っ、ななな、なに言って……!?」
顔を真っ赤にしたアリシアに、ローランは声を出して笑った。
「からかっただけだ。……でも、いつかは本気で言うかもしれねぇな」
「……その時は、ちゃんと正面から答えるわ」
お互いに目を逸らしながら、けれど頬はふんわりと緩んでいた。
過去の痛みを知るふたりが、いま穏やかに未来を語る。それがどれだけ奇跡的なことか、互いに分かっている。
その夜。
アリシアは、ひとつの手紙を受け取った。
差出人は――「エレノア・フェルナー」。彼女の母だった。
そこには、王都で噂が広まっていること、ユリウスが何やら裏で動いていること、そして――
「“王女殿下が正式にアリシア嬢を“国の敵”と認定した可能性がある”……?」
震える手で手紙を握り締めた。
愛を語った翌日に、ふたりを試す試練がまた訪れようとしていた――。
結局、ローランと正面から衝突することなく、退いた形だ。だがそれは一時的な引き下がりに過ぎないと、アリシアはよく分かっていた。
彼らは再び来る。
もっと狡猾な手で、もっと冷たく、確実に――。
けれど今は、それよりも大切なことがあった。
彼女の中でずっと曖昧だった想いが、はっきりと形になりつつあったから。
その日の夜、アリシアは眠れずにいた。
薄手の寝衣をまとい、廊下に出ると、屋敷の中はしんと静まり返っている。
(……あの人、まだ起きてるかしら)
迷った末に、アリシアはローランの部屋の扉を軽くノックした。
コツン、コツンと木の音が響いたあと、しばらくして扉が開く。
中から現れたローランは、いつもの鎧姿ではなく、ゆったりとしたシャツにスラックスという部屋着姿だった。そのラフな姿に、アリシアは思わず目を逸らしてしまう。
「どうした、こんな夜更けに」
「あの……少し、お話……できませんか?」
ローランは少し驚いたように目を細め、それから無言で部屋の中に招き入れた。
部屋の中は、暖炉の火が柔らかく灯っているだけで、ほとんど明かりがない。
けれど、それがかえって心地よかった。
窓際のソファに腰掛けると、ローランも隣に座った。
火のはぜる音だけが、静かに響いている。
「……ローラン。昨日、あの時……“愛してる”って、言ってくれたでしょう?」
「ああ。言ったな。……もう一度、言おうか?」
「っ……そういうところが、ずるいんです」
アリシアは恥ずかしさを隠すように、視線を逸らした。
「……あの時は驚いて、何も言えなかった。でも、私も……ずっと考えてたの。あなたのことを」
ローランは黙って、彼女の言葉を待っていた。
「あなたといると、不思議と安心できて……この世界でただ一人、私を私として見てくれる。立場や家柄じゃなくて、過去でもなくて、今の私を……」
ローランの指が、そっと彼女の髪に触れる。
優しく、確かめるように。
「アリシア。お前がどんな姿でも、俺の目には一番綺麗に映ってる。気高くて、強くて、優しい女だ」
「……ほんとに、ずるい。そう言われたら、もう……嫌いになれなくなっちゃう」
「だったら、好きになってくれ」
その言葉と同時に、ローランは彼女の頬にそっと口づけた。
唇が触れたのは、ほんの一瞬だったのに、アリシアの胸は激しく跳ねる。
「……ずるい」
「うん、何回でも言ってくれていいぞ。お前の言う“ずるい”は、俺にとっては褒め言葉だ」
「そういうところよ……ほんとに……」
それでも、彼女は微笑んだ。
心の奥に、優しい灯がともるのを感じる。冷たい冬の夜なのに、胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
ローランが、指先で彼女の指を絡めてくる。
指先と指先が、恋人同士のように絡まり、熱を分け合っていく。
「アリシア。……お前が望むなら、俺はこの屋敷でもっと静かに生きることだってできる。剣も手放して、誰も傷つけずに済むなら、それでも構わない」
「そんなの、あなたじゃないわ」
彼女は首を振る。
「あなたは、強くて、誇り高くて、正しい人。そんなあなたを、私が否定するなんてできない」
その瞬間、ローランは彼女を優しく抱き寄せた。
「……ありがとう」
彼の胸の音が聞こえる。ドクン、ドクンと、確かな鼓動が、彼の生きている証そのものだった。
「あなたのこと、まだ全部を知ってるわけじゃない。過去のことも……これからどうなるかも分からない。でも、私は……あなたといる未来が欲しいの」
ローランはゆっくりと彼女の髪に唇を落とした。
「それだけで、十分すぎる」
愛を囁くでもなく、執着を誓うでもなく、ただそこにある“確かな想い”が、ふたりの間に静かに積もっていく。
それから数日。
ローランはアリシアと並んで町を歩くようになった。
最初は人目が気になっていたが、町の人々も自然と受け入れてくれた。彼女が“ローラン隊長のお気に入り”と呼ばれるのも、もう嫌ではない。
ある日、町の子どもが彼女に小さな花冠をくれた。
「お姫さまに、似合うと思ったんだ」
その一言が嬉しくて、アリシアは思わず子どもを抱きしめた。
「ありがとう。大切にするわね」
その様子を見ていたローランが、ふいにぽつりと呟く。
「お前、子ども好きか?」
「え? ……ええ、もちろん。どうして?」
「……じゃあ、俺とできたら、ちゃんと育ててくれるか?」
「な……っ、ななな、なに言って……!?」
顔を真っ赤にしたアリシアに、ローランは声を出して笑った。
「からかっただけだ。……でも、いつかは本気で言うかもしれねぇな」
「……その時は、ちゃんと正面から答えるわ」
お互いに目を逸らしながら、けれど頬はふんわりと緩んでいた。
過去の痛みを知るふたりが、いま穏やかに未来を語る。それがどれだけ奇跡的なことか、互いに分かっている。
その夜。
アリシアは、ひとつの手紙を受け取った。
差出人は――「エレノア・フェルナー」。彼女の母だった。
そこには、王都で噂が広まっていること、ユリウスが何やら裏で動いていること、そして――
「“王女殿下が正式にアリシア嬢を“国の敵”と認定した可能性がある”……?」
震える手で手紙を握り締めた。
愛を語った翌日に、ふたりを試す試練がまた訪れようとしていた――。
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