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「リリアーナ。次の舞踏会、君の隣には誰が立つんだ?」
柔らかな微笑を浮かべながらも、レオンの声にはどこか鋭い響きがあった。
彼の金の瞳は、まるで逃げ道を塞ぐように私を見つめている。
「……もちろん、あなたに決まっていますわ。
だって、あなたが“護衛”を申し出てくださったのでしょう?」
「護衛、ね。……本当に、それだけでいいのか?」
ふっとレオンの口角が上がる。
まるで、私の返答の奥に潜む本音を探るように。
けれど、私の胸の奥には、まだ一つの影がこびりついて離れない。
――元婚約者、エドワード。
「地味でつまらない」と笑い捨てた男が、今になって私の前に姿を現したのだ。
「リリアーナ……お前、本当に綺麗になったな」
あの日の声が耳に焼き付いて離れない。
「……エドワード様はもう、関係ありませんわ」
唇を噛みしめ、私は鏡越しに視線を逸らした。
ドレスを整える手が、わずかに震える。
白い布の上に散らされた紅の刺繍は、まるで心のざわめきを映すかのようだった。
舞踏会の夜。
大広間の扉が開くと、まばゆい光と音楽が私を包み込んだ。
「……リリアーナ嬢! あれが……!」
ざわめきの中で、人々の視線が私に集中する。
以前の私――地味で無口で、誰の目にも止まらなかった令嬢とは、もう違う。
背筋を伸ばし、静かに微笑む。
ドレスの裾が揺れるたび、淡い香水の香りが広がる。
「まるで別人だ」「あの方が……リリアーナ嬢?」
そんな囁きが、あちこちで聞こえた。
隣にはレオン。
彼は何も言わず、ただ私の手を取ってエスコートしてくれる。
その瞳の奥に、熱いものが宿っているのを感じた。
……けれど。
「……リリアーナ」
低い声が背後から響く。
振り返ると、そこには――かつての婚約者、エドワードが立っていた。
「久しぶりだな」
息をのむ私に、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
あの傲慢で冷たい瞳が、今はまるで別人のように柔らかくなっている。
「エドワード殿下」
レオンが一歩前に出る。その声にはわずかな警戒が混じっていた。
「殿下がお声をかけられるとは、珍しいことですな。
リリアーナ嬢は今、私の同伴者です。お手を煩わせずとも――」
「いや、彼女に一言、伝えたいことがあるんだ」
エドワードは、レオンの制止をすり抜けるように、私をまっすぐ見つめた。
「……リリアーナ、俺は……お前を手放したことを、ずっと後悔している」
――その瞬間、音楽が止まった。
ざわめきが広がる中、私は一歩、後ずさった。
周囲の視線が痛いほど突き刺さる。
だが、それ以上に胸が苦しい。
(……今さら、そんなことを言ってどうするの?)
私を「地味で退屈」と切り捨てたのは、誰?
あなたが他の令嬢と笑い合っていたあの日、私はどれだけ惨めだったか。
「もう、遅いですわ。私は、あなたの影を追うのをやめました」
声は震えていた。けれど、しっかりとエドワードを見据えた。
「あなたが失ったものは、私の涙だけではありません。
私があなたを愛した時間も、二度と戻りませんの」
「……リリアーナ」
エドワードの顔が苦しげに歪む。
「彼女に触れるな」
低く、鋭い声が割り込んだ。
レオンだ。私の手を取り、ぐっと引き寄せる。
その腕の中に感じる熱が、鼓動を早める。
けれど、同時に――心の奥で何かがざわめいた。
エドワードが、悔しげに拳を握りしめている。
レオンの手の中で、私は静かに息をのんだ。
(どうして……今になって、こんな表情を見せるの?)
忘れたはずの想いが、胸の奥で微かに疼く。
その痛みを隠すように、私は笑みを作った。
「レオン様、もう参りましょう」
そう告げて背を向ける。
けれど、振り返らなかったのは――怖かったから。
あの目を、もう一度見たら。
私の中の「終わったはずの感情」が、再び揺らいでしまう気がしたのだ。
舞踏会の帰り道、馬車の中。
レオンは沈黙を保ったまま、窓の外を見つめていた。
「……怒っていらっしゃるの?」
私が恐る恐る尋ねると、彼はゆっくりこちらを見た。
「怒ってはいない。ただ――嫉妬している」
その言葉に、息が止まる。
「俺は、君の過去を受け入れるつもりでいた。
だが、あんなふうに殿下に見つめられると……理性が保てなくなる」
「レオン様……」
「君はもう、誰のものにもならない。
俺の隣に立つ、それだけでいい」
その声は甘く、しかしどこか危うかった。
まるで、独占欲の底に潜む狂気のように。
私は目を逸らす。
けれど、その瞬間――レオンの指先が、私の頬に触れた。
「……怖い顔を、しないでくださいまし」
なんとか笑ってみせると、彼は少しだけ表情を緩めた。
「怖がらなくていい。
君を奪うためなら、どんな手でも使う。
それだけだ」
そう囁かれた瞬間、背筋がぞくりと震えた。
――そして、窓の外では、月が雲間に沈んでいく。
数日後、屋敷に一通の手紙が届いた。
封蝋には王家の紋章。差出人は、エドワード。
「……まさか、こんな形でまた関わることになるなんて」
手紙を開いた私の指が、微かに震えた。
そこには、ただ一文――
「今度こそ、お前の本当の笑顔を取り戻したい」
レオンの金の瞳が、静かに光を宿す。
その背後で、エドワードが動き出す。
再び交わる三人の運命。
そして、私の心は――どちらに傾くのだろう。
柔らかな微笑を浮かべながらも、レオンの声にはどこか鋭い響きがあった。
彼の金の瞳は、まるで逃げ道を塞ぐように私を見つめている。
「……もちろん、あなたに決まっていますわ。
だって、あなたが“護衛”を申し出てくださったのでしょう?」
「護衛、ね。……本当に、それだけでいいのか?」
ふっとレオンの口角が上がる。
まるで、私の返答の奥に潜む本音を探るように。
けれど、私の胸の奥には、まだ一つの影がこびりついて離れない。
――元婚約者、エドワード。
「地味でつまらない」と笑い捨てた男が、今になって私の前に姿を現したのだ。
「リリアーナ……お前、本当に綺麗になったな」
あの日の声が耳に焼き付いて離れない。
「……エドワード様はもう、関係ありませんわ」
唇を噛みしめ、私は鏡越しに視線を逸らした。
ドレスを整える手が、わずかに震える。
白い布の上に散らされた紅の刺繍は、まるで心のざわめきを映すかのようだった。
舞踏会の夜。
大広間の扉が開くと、まばゆい光と音楽が私を包み込んだ。
「……リリアーナ嬢! あれが……!」
ざわめきの中で、人々の視線が私に集中する。
以前の私――地味で無口で、誰の目にも止まらなかった令嬢とは、もう違う。
背筋を伸ばし、静かに微笑む。
ドレスの裾が揺れるたび、淡い香水の香りが広がる。
「まるで別人だ」「あの方が……リリアーナ嬢?」
そんな囁きが、あちこちで聞こえた。
隣にはレオン。
彼は何も言わず、ただ私の手を取ってエスコートしてくれる。
その瞳の奥に、熱いものが宿っているのを感じた。
……けれど。
「……リリアーナ」
低い声が背後から響く。
振り返ると、そこには――かつての婚約者、エドワードが立っていた。
「久しぶりだな」
息をのむ私に、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
あの傲慢で冷たい瞳が、今はまるで別人のように柔らかくなっている。
「エドワード殿下」
レオンが一歩前に出る。その声にはわずかな警戒が混じっていた。
「殿下がお声をかけられるとは、珍しいことですな。
リリアーナ嬢は今、私の同伴者です。お手を煩わせずとも――」
「いや、彼女に一言、伝えたいことがあるんだ」
エドワードは、レオンの制止をすり抜けるように、私をまっすぐ見つめた。
「……リリアーナ、俺は……お前を手放したことを、ずっと後悔している」
――その瞬間、音楽が止まった。
ざわめきが広がる中、私は一歩、後ずさった。
周囲の視線が痛いほど突き刺さる。
だが、それ以上に胸が苦しい。
(……今さら、そんなことを言ってどうするの?)
私を「地味で退屈」と切り捨てたのは、誰?
あなたが他の令嬢と笑い合っていたあの日、私はどれだけ惨めだったか。
「もう、遅いですわ。私は、あなたの影を追うのをやめました」
声は震えていた。けれど、しっかりとエドワードを見据えた。
「あなたが失ったものは、私の涙だけではありません。
私があなたを愛した時間も、二度と戻りませんの」
「……リリアーナ」
エドワードの顔が苦しげに歪む。
「彼女に触れるな」
低く、鋭い声が割り込んだ。
レオンだ。私の手を取り、ぐっと引き寄せる。
その腕の中に感じる熱が、鼓動を早める。
けれど、同時に――心の奥で何かがざわめいた。
エドワードが、悔しげに拳を握りしめている。
レオンの手の中で、私は静かに息をのんだ。
(どうして……今になって、こんな表情を見せるの?)
忘れたはずの想いが、胸の奥で微かに疼く。
その痛みを隠すように、私は笑みを作った。
「レオン様、もう参りましょう」
そう告げて背を向ける。
けれど、振り返らなかったのは――怖かったから。
あの目を、もう一度見たら。
私の中の「終わったはずの感情」が、再び揺らいでしまう気がしたのだ。
舞踏会の帰り道、馬車の中。
レオンは沈黙を保ったまま、窓の外を見つめていた。
「……怒っていらっしゃるの?」
私が恐る恐る尋ねると、彼はゆっくりこちらを見た。
「怒ってはいない。ただ――嫉妬している」
その言葉に、息が止まる。
「俺は、君の過去を受け入れるつもりでいた。
だが、あんなふうに殿下に見つめられると……理性が保てなくなる」
「レオン様……」
「君はもう、誰のものにもならない。
俺の隣に立つ、それだけでいい」
その声は甘く、しかしどこか危うかった。
まるで、独占欲の底に潜む狂気のように。
私は目を逸らす。
けれど、その瞬間――レオンの指先が、私の頬に触れた。
「……怖い顔を、しないでくださいまし」
なんとか笑ってみせると、彼は少しだけ表情を緩めた。
「怖がらなくていい。
君を奪うためなら、どんな手でも使う。
それだけだ」
そう囁かれた瞬間、背筋がぞくりと震えた。
――そして、窓の外では、月が雲間に沈んでいく。
数日後、屋敷に一通の手紙が届いた。
封蝋には王家の紋章。差出人は、エドワード。
「……まさか、こんな形でまた関わることになるなんて」
手紙を開いた私の指が、微かに震えた。
そこには、ただ一文――
「今度こそ、お前の本当の笑顔を取り戻したい」
レオンの金の瞳が、静かに光を宿す。
その背後で、エドワードが動き出す。
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そして、私の心は――どちらに傾くのだろう。
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