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しおりを挟むジェルフェの泉は大聖堂の近くにある神聖な泉。
こちらも王都に来たら一度は足を運ぶとされる名所である。
少し前のユージンなら大聖堂の近くに行く事すら拒否していた事だろう。だが今は女が隣に居ることで心穏やかにいれた。
出会った時のような腕を掴む事は無く、隣に立って歩くだけ。ただそれだけだが居心地の良さを感じる。
王都内の店を三件回った事で時間は経っており夕暮れを迎えようとしていた。
「楽しい時間はあっという間ですね」
「今更だがデートになっているのか?」
「え、逆にユートさんはデートと思えないですか?!」
「…いや、それを言われるとデートの様に思えるが」
「それなら良かった!ユートさんもそう思ってくれるなら、同じ気持ちを共有出来てるって事でとても嬉しいので」
恥ずかしげも無く本音で話す彼女に、夕陽だけの赤味でない色がユージンの顔色をさした。運が良いことに女は真っ直ぐ前を見ていた為にその様子を見られる事はなかったが、赤くなった自覚のあるユージンは片手で顔を覆った。
「実は少しだけ白状しますとジェルフェの泉は避けてたんですよ。ちょっとだけ行きたく無い理由ってのがありまして」
いつの間にか数歩前に進んでいた彼女から明かされた話。
驚いて彼女を見るがユージンが見えるのは彼女の後ろ姿のみ。敢えてユージンに顔を見られない為に前へ進んだのだと分かってしまった。
「でも今日くらいなら行っておかないとって思いまして勇気を振り絞ったんです。運が良いことにユートさんに出会えたのも追い風となってて。だからユートさんが居てくれるので今はもう恐れ知らずですよ!」
「それはどう反応したらいいのか分からないな」
「気にせずわたしの隣でドーンと構えて、あわよくばエスコートして貰えたら最高です!」
「花園の件で味を占めたな?」
「あれ?バレちゃいました?」
悪戯がバレたように軽快に笑って振り返った彼女は泣いてなかった。少しだけ泣いてる様に思えたから、泣いていたらどうしようかと悩んでたのが嘘の様で。だが語られた本音の中に僅かに滲んだ負の感情は気のせいでは無いと思う。
カラ元気のようにも見える彼女へ近付き花園の時と同じように手を差し伸べると、彼女は嬉しそうに手を重ねた。
「暴露すると俺もジェルフェの泉は苦手だ。もっと言えば大聖堂がダメだな」
「まさかの大暴露ですね?!え、わたしよりダメなんじゃないですか!」
「そう慌てるな。もう問題ないんだ」
「いや、でも…」
「今逃したらダメなんだ。お前と一緒で」
慰めにはならないだろうけど彼女には知って貰いたかった。詳細は話せないが隠すのは出来ない。真っ直ぐに生きてる彼女に誠実でありたいと思った、ただそれだけだった。
「俺の方こそ恐れ知らずになったかもな」
「…ぐぅっ、ユートさんってば狡いですよ」
「狡猾さは生きる残る為には必要なんだよ。美徳ではないけど、な!」
「わわっ?!」
掴んだ手を引いてバランスを崩した彼女を腕の中に閉じ込める。途端、暗かった顔が一気に真っ赤に染まった。
「ちょっとこれは予想外ですが!?」
「頑張ってるお前へのご褒美だよ。俺みたいな顔の良いやつに抱き締められて役満だろ?」
「否定出来ないっ!あとデートの内容的には嬉しいけど正直複雑です!」
「素直で宜しい。手を繋ぐのは許容範囲内か?」
「それはエスコートなので問題ないです!」
どこに差があるのか分からないが、彼女がそう言うなら従おう。一日限りの関係がもう少しで終わりになるのが残念に思うほどユージンは彼女を気に入っていた。国民と王太子と身分の差が今は歯痒い。
「魚の居る施設ってどんなんでしょうね」
「泉よりも魚なのか?」
「魚ですね。泉は想像できますが、魚の施設は全く想像つかないので」
「なら驚いて口を開きっぱなしにならないように気をつけないとな」
「そんなに凄いんですか?というかユートさん行ったことがあるんですか?」
「昔一度だけな」
まだ大聖堂に忌避感を抱かなかった幼少期に王妃に連れ出来てもらった時だけ。あの時見た光景が維持されてるなら初めて見る者を虜にするだろう。特に感情豊かな彼女なら尚更。想像するだけで楽しくなるユージンはどんな表情をしてるのか気付かない。隣の彼女が見惚れてることにも。
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