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夜天の主 編
女は怖い生き物ご用心
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鬼の尋問が終わった後、メアリに肩を掴まれて助けを求める半泣きのアイリスを残してコウイチとハクは逃げるようにギルド本部を後にした。
残されたアイリスは床に正座させられ、メアリから蔑むような眼で見下ろされながら永遠にも思えるような時間を過ごす嵌めとなった。
時計の針が一周回った頃、足の痺れが限界を超えてアイリスはついに音を上げた。懇願するようにメアリを仰ぎ見る。
「め、メアリ、そ、そろそろ……」
「なぁに?」
これでもかというくらいの可愛い笑顔がメアリの顔に咲き誇る。
「ナンデモナイデス」
「良い子、良い子ぉ」
と、メアリの白魚のような細い指がアイリスの頭部を鷲掴みにし、頭蓋骨をギシギシと軋ませる。
割れるような激痛にアイリスは目尻に涙を浮かべて懐かしさを感じながら耐える。
コンビを組んでいた時にはメアリに悪戯をしたり、報酬をピンハネをした時によくされたものだ。
しみじみと懐かしさを味わっていると頭蓋骨の軋みが激しさを増す。
「アイリスぅ? ちょっと嬉しそう?」
「あだだだぁぁぁ、ないないないない。そんなことないですー!! ごめんなさいごめんなさい。許して、許してください!! お願いします!!!! メアリさまぁーー」
アイリスは日常的に猫を被っている。
彼女の本性は一言で言えば内気な甘えん坊。それも他者への依存性が非常に高く、相手に依存する為ならば犯罪さえ問わないぶっとんだ思考回路をしている。
同時にそんな自分を嫌っていたりもする。
嫌いな自分を抑え込む為に凛々しくてカッコいい誰にも頼らない、けれど皆から頼られるお姉さん的キャラを演じているのだ。
頭部を襲う痛みとメアリという心を許せる親友の前で偽りの仮面を維持する余裕などない。
蛇に睨まれた蛙。
妻の逆鱗に触れた夫。
親に叱られる子供。
ミシミシと軋む音が室内に響き渡る。
ギルド内で密かに行われている守ってあげたい女の子ランキングの上位に名を馳せる女メアリ。しかし、その正体は分厚いコンクリの壁だってなんのその、華奢な体躯からは信じられない強靭な肉体を持つゴリラ女なのだ。一度捕まれば最後、生身の人間か彼女から逃れる術はない。
この事は決して口にしてはいけない。
一応、彼女の沽券の為に弁明しておくとこれは彼女の持つスキル【強靭】によるもので、決して筋肉ムキムキマッチョな訳ではないので注意が必要だ。
「ねえ、アイリス」
因みにメアリも日常的に猫を被っている。
その可愛い容姿を生かした人畜無害な小動物のような妹系キャラを演じている。
「な、なんでしょうか?」
「わたしとアイリスは幼馴染で親友よね?」
ただし、親しい相手しかいない場合はその本性を見せる。
「そ、そうだけど……」
「元パートナーよね?」
彼女の本性は欲しいモノは力づくでも手に入れるジャイアニズム。
「……う、うん」
「コンビを解消したとはいえ、元パートナーに嘘を吐くのはどう思う?」
ことアイリスに対しては容赦をしない。
「……いけないことだと思う」
「嘘を吐かれた側はどう思ってると思う?」
陰湿でねっとりとした感じで纏わりつき、執拗に暴力と言葉で責め立てる。
「……嫌な思いをしていると思う」
しゅるりとメアリの指がアイリスの右手の指に絡みつく。狙いは彼女が人差し指にしているコウイチが作った赤い指輪だ。
「この前まで、こんな指輪していなかったよね? コウイチ君の製作物かな?」
狙った獲物は絶対に逃がさない。
既にコウイチはメアリにロックオンされているのだ。
恐らく、ここからが本番だ。
「……(コクリ)」
「これで120%引き出すだよね。恐ろしい能力ね。あの黒剣が黒龍から作られたものってのはホント?」
「……分からない。ほ、本当だから!? 私もさっき初めて聞いて今も疑い半分だから!!」
「うん、今のは嘘ついてないかな」
メアリはコウイチをギルドに取り込もうとしている。
異世界人はこちら側に渡る時に大抵はチート染みた能力を得られるケースが多い。優秀な人材は何人いても困らないのだから、右も左も分からない異世界人は格好の得物なのだ。だって、転移してきたという事は金銭の類は持ち合わせていないし、戸籍もなければ、衣食住もないし、整える手立てもない。冒険者ギルドなんて呼ばれているが、ここは正式名称は危険代行人材派遣協会という会社で本来であれば戸籍や住民票などの身分証が必要だ。これは他の所に行ってもこれは同じ。戸籍が無い人間が真面な職にありつける訳がない。
でも、異世界人にはそもそもそれがない。救済措置とは聞こえがいいが異世界人には戸籍無しに”仮登録”を行うことが出来る制度がある。仮登録期間は一年。
そして正式に所属会社……”生涯雇用”が決まれば、その会社が後見人となって戸籍がその会社の本籍地に登録される。
勿論、この事は相手に伝えられない。
全てが終わり、相手との信頼関係が気付いてから後出しじゃんけんのように明かされる。
下手な会社と生涯雇用を結んだ日には、生涯奴隷のような生活を送る嵌めになる。
「内気なアイリスがその場の流れで専属スミスに勧誘しちゃうくらいの能力。でも、どうして自分から身を引いちゃったの?」
あの時、アイリスは専属スミスの契約を持ちかけたが自ら無かったことにした。
それは彼の能力に目が眩み、相手の足元を見て陥れているようで罪悪感に苛まれたからだ。
「私、このやり方好きじゃない……騙してるようにしか思えない」
「馬鹿ね。国宝級のアイテムを量産できる職人を囲えるのよ?」
メアリの指が赤い指輪をなぞる。
技術系、生産系の能力はそれ一つで莫大な利益を生む。晶石の能力を120%引き出す反則級の能力なんて近い未来に技術革命を引き起こす未来は見えている。
彼を手中に収めたところが世界の覇権を握ると言って過言ではないのだ。
だからアイリスは、彼らの自由を守ろうと決めた。
異世界人が組織に所属せずとも戸籍を得る方法はある。
「つまり、アイリスは生涯雇用以外の方法で彼に戸籍を取得させる訳だ。確かに彼の能力なら余裕だと思うけれど……上に知られたらギルド員として立場が危ういよ?」
今、アイリスは会社の不利益になる事をしている。
それも処罰、解雇も辞さない案件だ。
「それでも私は彼らには自分の意思でこの世界での生き方を決めて欲しい」
「偽善だよね、それ」
これは偽善だ。
そして詭弁でもある。
アイリスの本心はコウイチと専属スミスの契約をして自分の手元に置きたい。そうしたら冒険者なんて仕事をせずとも家でゴロゴロとしているだけで一生遊んで暮らせるだけのお金が入ってくるようになるのだ。
実際にコウイチが作った赤い指輪を売れば2,3百年は裕福な暮らしが出来るだろう。
あわよくば自分を選んで欲しい。
そんな願いもあってアイリスは冒険者ギルドでコウイチ達の仮登録を行ったのだ。
「分かったわ。アイリス、余計な虫がたからないように上にはわたしが話を通してあげる」
「ほんとに?」
予想外の言葉にアイリスは声を裏返して返事をしてしまう。
ただし、メアリの言葉には続きがあった。
「わたし、本気で取りに行くからね? 勿論、個人的にね。アイリス、もたもたしてるとあなたのスミスいなくなっちゃうよ」
にんまり、とメアリが悪戯な笑みを浮かべた。
――ゴゴゴゴゴゴゴォォォ。
不意に轟音と共に地震が起きた。
傾いた床に二人は体勢を崩す。
陽の差し込んでいた窓に陰りが落ちる。
「一体何がっ――!?」
地震も夜以外の陰りも起きるはずがない。
ここは――雲の上なのだから。
残されたアイリスは床に正座させられ、メアリから蔑むような眼で見下ろされながら永遠にも思えるような時間を過ごす嵌めとなった。
時計の針が一周回った頃、足の痺れが限界を超えてアイリスはついに音を上げた。懇願するようにメアリを仰ぎ見る。
「め、メアリ、そ、そろそろ……」
「なぁに?」
これでもかというくらいの可愛い笑顔がメアリの顔に咲き誇る。
「ナンデモナイデス」
「良い子、良い子ぉ」
と、メアリの白魚のような細い指がアイリスの頭部を鷲掴みにし、頭蓋骨をギシギシと軋ませる。
割れるような激痛にアイリスは目尻に涙を浮かべて懐かしさを感じながら耐える。
コンビを組んでいた時にはメアリに悪戯をしたり、報酬をピンハネをした時によくされたものだ。
しみじみと懐かしさを味わっていると頭蓋骨の軋みが激しさを増す。
「アイリスぅ? ちょっと嬉しそう?」
「あだだだぁぁぁ、ないないないない。そんなことないですー!! ごめんなさいごめんなさい。許して、許してください!! お願いします!!!! メアリさまぁーー」
アイリスは日常的に猫を被っている。
彼女の本性は一言で言えば内気な甘えん坊。それも他者への依存性が非常に高く、相手に依存する為ならば犯罪さえ問わないぶっとんだ思考回路をしている。
同時にそんな自分を嫌っていたりもする。
嫌いな自分を抑え込む為に凛々しくてカッコいい誰にも頼らない、けれど皆から頼られるお姉さん的キャラを演じているのだ。
頭部を襲う痛みとメアリという心を許せる親友の前で偽りの仮面を維持する余裕などない。
蛇に睨まれた蛙。
妻の逆鱗に触れた夫。
親に叱られる子供。
ミシミシと軋む音が室内に響き渡る。
ギルド内で密かに行われている守ってあげたい女の子ランキングの上位に名を馳せる女メアリ。しかし、その正体は分厚いコンクリの壁だってなんのその、華奢な体躯からは信じられない強靭な肉体を持つゴリラ女なのだ。一度捕まれば最後、生身の人間か彼女から逃れる術はない。
この事は決して口にしてはいけない。
一応、彼女の沽券の為に弁明しておくとこれは彼女の持つスキル【強靭】によるもので、決して筋肉ムキムキマッチョな訳ではないので注意が必要だ。
「ねえ、アイリス」
因みにメアリも日常的に猫を被っている。
その可愛い容姿を生かした人畜無害な小動物のような妹系キャラを演じている。
「な、なんでしょうか?」
「わたしとアイリスは幼馴染で親友よね?」
ただし、親しい相手しかいない場合はその本性を見せる。
「そ、そうだけど……」
「元パートナーよね?」
彼女の本性は欲しいモノは力づくでも手に入れるジャイアニズム。
「……う、うん」
「コンビを解消したとはいえ、元パートナーに嘘を吐くのはどう思う?」
ことアイリスに対しては容赦をしない。
「……いけないことだと思う」
「嘘を吐かれた側はどう思ってると思う?」
陰湿でねっとりとした感じで纏わりつき、執拗に暴力と言葉で責め立てる。
「……嫌な思いをしていると思う」
しゅるりとメアリの指がアイリスの右手の指に絡みつく。狙いは彼女が人差し指にしているコウイチが作った赤い指輪だ。
「この前まで、こんな指輪していなかったよね? コウイチ君の製作物かな?」
狙った獲物は絶対に逃がさない。
既にコウイチはメアリにロックオンされているのだ。
恐らく、ここからが本番だ。
「……(コクリ)」
「これで120%引き出すだよね。恐ろしい能力ね。あの黒剣が黒龍から作られたものってのはホント?」
「……分からない。ほ、本当だから!? 私もさっき初めて聞いて今も疑い半分だから!!」
「うん、今のは嘘ついてないかな」
メアリはコウイチをギルドに取り込もうとしている。
異世界人はこちら側に渡る時に大抵はチート染みた能力を得られるケースが多い。優秀な人材は何人いても困らないのだから、右も左も分からない異世界人は格好の得物なのだ。だって、転移してきたという事は金銭の類は持ち合わせていないし、戸籍もなければ、衣食住もないし、整える手立てもない。冒険者ギルドなんて呼ばれているが、ここは正式名称は危険代行人材派遣協会という会社で本来であれば戸籍や住民票などの身分証が必要だ。これは他の所に行ってもこれは同じ。戸籍が無い人間が真面な職にありつける訳がない。
でも、異世界人にはそもそもそれがない。救済措置とは聞こえがいいが異世界人には戸籍無しに”仮登録”を行うことが出来る制度がある。仮登録期間は一年。
そして正式に所属会社……”生涯雇用”が決まれば、その会社が後見人となって戸籍がその会社の本籍地に登録される。
勿論、この事は相手に伝えられない。
全てが終わり、相手との信頼関係が気付いてから後出しじゃんけんのように明かされる。
下手な会社と生涯雇用を結んだ日には、生涯奴隷のような生活を送る嵌めになる。
「内気なアイリスがその場の流れで専属スミスに勧誘しちゃうくらいの能力。でも、どうして自分から身を引いちゃったの?」
あの時、アイリスは専属スミスの契約を持ちかけたが自ら無かったことにした。
それは彼の能力に目が眩み、相手の足元を見て陥れているようで罪悪感に苛まれたからだ。
「私、このやり方好きじゃない……騙してるようにしか思えない」
「馬鹿ね。国宝級のアイテムを量産できる職人を囲えるのよ?」
メアリの指が赤い指輪をなぞる。
技術系、生産系の能力はそれ一つで莫大な利益を生む。晶石の能力を120%引き出す反則級の能力なんて近い未来に技術革命を引き起こす未来は見えている。
彼を手中に収めたところが世界の覇権を握ると言って過言ではないのだ。
だからアイリスは、彼らの自由を守ろうと決めた。
異世界人が組織に所属せずとも戸籍を得る方法はある。
「つまり、アイリスは生涯雇用以外の方法で彼に戸籍を取得させる訳だ。確かに彼の能力なら余裕だと思うけれど……上に知られたらギルド員として立場が危ういよ?」
今、アイリスは会社の不利益になる事をしている。
それも処罰、解雇も辞さない案件だ。
「それでも私は彼らには自分の意思でこの世界での生き方を決めて欲しい」
「偽善だよね、それ」
これは偽善だ。
そして詭弁でもある。
アイリスの本心はコウイチと専属スミスの契約をして自分の手元に置きたい。そうしたら冒険者なんて仕事をせずとも家でゴロゴロとしているだけで一生遊んで暮らせるだけのお金が入ってくるようになるのだ。
実際にコウイチが作った赤い指輪を売れば2,3百年は裕福な暮らしが出来るだろう。
あわよくば自分を選んで欲しい。
そんな願いもあってアイリスは冒険者ギルドでコウイチ達の仮登録を行ったのだ。
「分かったわ。アイリス、余計な虫がたからないように上にはわたしが話を通してあげる」
「ほんとに?」
予想外の言葉にアイリスは声を裏返して返事をしてしまう。
ただし、メアリの言葉には続きがあった。
「わたし、本気で取りに行くからね? 勿論、個人的にね。アイリス、もたもたしてるとあなたのスミスいなくなっちゃうよ」
にんまり、とメアリが悪戯な笑みを浮かべた。
――ゴゴゴゴゴゴゴォォォ。
不意に轟音と共に地震が起きた。
傾いた床に二人は体勢を崩す。
陽の差し込んでいた窓に陰りが落ちる。
「一体何がっ――!?」
地震も夜以外の陰りも起きるはずがない。
ここは――雲の上なのだから。
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