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蒼の皇国 編

創造神カノン

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 真っ白な空間を色とりどりの斑点が世界を飾る。
 あらゆる世界を繋ぐ交差世界ーーターミナルワールド。

「もう始まったのか」

 天目一個は背後にある継ぎ接ぎだらけの世界内部で大きな動きを察知する。
 世界への叛逆の狼煙。
 これは創造神カノンに面白くない選択肢だ。このままでは奴の目的は自ずと阻止されてしまう。
 だが、まだセツナ達にはピースが足りていない。
 最低でもあと3つ。
 それらが揃う前にカノンが邪魔をする。
 時間を稼ぐ必要がある。
 天目一個は自慢の大金槌を担いで覚悟を決める。

「アンタ、1人でカッコつけるつもり?」

 いつから居たのか。
 眼帯の女性ーーへパイトスが2本の剣を手にして立っていた。

「消されるぞ?」
「かまやしない。元々、消えてた存在なんだから。それが今日まで存在し続けられたんだ。最後くらい世界の為に何か出来るのなら本望よ」
「そうだな」

 二人が大金槌と剣を重ね合わせる。
 そんな背後に影が落ちる。

「おいおい、俺のおかげで今日まで生きながらえたんだ。むしろ、恩返しをして欲しいもんだぜ」
「「っ!?」」

 天目一個とへパイトスは同時に振り返る。
 そこには黒髪の青年が立っていた。
 この男こそが創造神カノン。
 神を名乗る偽物の神。

「紛い物の偽神がっ!? 世界を繋ぎ合わせるのにオレ達の力を好き勝手に使ったクセによく言う。むしろ、こっちの頼みを聞いても良いんじゃねえのか?」
「偶像から生まれた道具風情は大人しく従ってろ」
「ごめんだな!?」

 天目一個は躊躇いなく大金槌を振り下ろすと何もない空間から鉄杭が飛び出しカノンを襲う。

「消えろ」

 カノンの言葉一つで砲撃の雨が降り注ぎ、鉄杭が消し飛ぶ。
 デタラメな強さ。

「偽物が本物を凌駕するってのはこう言うことね」

 へパイトスが背後から斬りかかるが、そこにあったのは残像だった。
 間違いなく本物の創造の神を遥かに超えている。

「従うのなら見逃してやる」
「お前に従うくらいなら消えた方がマシだ!」
「こちらも同意見。命を弄ぶ奴に従うつもりはない!」

 何日、何時間、何分、何秒の時間が稼げるだろうか?
 創造神カノンが本気なら1秒とて持たないが、天目一個達の力に利用価値がある以上、簡単には処分しないだろう。
 天目一個は前に出る。
 そしてニカリッと笑い最後の言葉を言い放った。

「しっかり、嬲り殺しにされてやるから少しでも長く止まってくれよな!?」
「良い覚悟じゃねぇか!? 楽しませてくれよ?」

 カノンが不適に笑うと無数の砲身が現れ、天目一個達に狙いを定めるのだった。


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 セツナは空間に揺らぎを感じた。
 大方、創造神カノンが襲来したのだろう。
 前回、創造神カノンが現れたのはセツナと原初の精霊――クロが本気で戦った時だ。その時は戦いが始まってからかなりの時間が経過していた。
 それなのに今回は事が始まる前にご登場だ。
 あれが現れたらセツナだけでは抑えきれない。

「お遊びは終わりにして急がないとね」

 世界と世界を繋げる為には最低でもあと3つのモノが必要になる。万全の状態を期す為には他にも必要なものはあるが、もっとも重要な最低限の3つは今でないと二度と手に入らない可能性がある。
 一つ目はコウイチの安全。
 門の製作中においてコウイチは単独行動になることが必然として起こり得る。その時、コウイチが舐められたままだと狙われる危険性がある。だから、コウイチが強いという事を見せつける必要があった。
 二つ目は門を設置する場所。
 白羽の矢が立ったのはヒュレイン大樹海。蒼龍皇の目的であるヒュレイン大樹海の再生は門の設置の過程で必須条件となる。敗北が決定している以上、それを餌にすれば協力が取り付けられるだろう。
 三つ目は空間に穴を開ける方法。
 空間が不安定な場所で異なる強大な力を衝突させれば可能になる。それにはセツナと相反する同等の力をヒュレイン大樹海で行えば良い。同等の力の持ち主は夜天のアイリスただひとり。
 つまるところ、偽物である黎明のアイリスの中で眠る彼女を目覚めさせること。本来であれば彼女が自然と目覚めるまで待ちたかった。だが、不慮の事故とはいえコウイチが門――アヴァロンを完成させてしまったことで悠長に待ち惚けをしている場合ではなくなってしまったのだ。

「まだ聞きたい事もあるだろうけれど時間が無くなっちゃったみたいだから自分のやるべき事を優先してね!」

 それぞれから応答が返ってくると同時に戦闘が再開していく。
 この国家間戦争における目標収穫物は以下の通りだ。
 コウイチが蒼龍皇を圧倒する。
 蒼龍皇と協力関係を結ぶ。
 夜天のアイリスを覚醒させる。

 セツナは冷酷な目で偽物に視線を向ける。

「さて、偽物になんて興味ないのよ。本物を叩き起こしてくれないかしらね?」
「……それは、出来ない」

 黎明のアイリスが左手に握る夜空色の短剣を見つめて目を伏せた。

「時間が無いの。聞き方を変えるわ。アナタには出来なくても私なら出来る?」
「それは……多分、出来ます」
「なら、お邪魔させて貰うわね」

 セツナの影が大きく波打ち、アイリスを覆い被さるようにして飲み込んでいく。
 黎明のアイリスは抵抗せず闇に飲み込まれていった。
 セツナは目を閉じて黎明のアイリスの精神に入り込んでいく。


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「じゃあ、こっちもやるか」

 コウイチは千変万化を操り、小さな剣の嵐を巻き起こす。
 そして結界石を破壊する。

「なっ!?」
「アオ、見ての通りだ。俺たちは戦争なんてどうでも良かったんだ。お前達をここに集める事が目的」
「でも、戦争に勝利した以上、その契約は履行される」

 戦争の勝利者にコウイチの所有権が与えられる。

「所有権を持ってるからって、言うことを聞く道理はない! 服従するなんて条件は無いからな!! 所有権を主張したかったら好きにすりゃいいさ!」
「無茶苦茶な」
「じゃあ、力づくで従えさせて見ろよ」

 剣の嵐をアオに仕向ける。
 コウイチの役割は二つある。
 力の証明と協力の取り付けだ。

「そんな攻撃が私に効くとでも?」

 アオは涼しい顔をして剣の嵐を凍り付かせる。

「知ってるさ。ーーオーバードライブ」

 コウイチは切り札を使う。

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 刹那。
 コウイチの姿が消える。
 アオは宙を舞っていた。
 飛び上がったのでは無い。
 腹部に鈍痛を感じる。
 蹴り上げられた?
 地上にコウイチはいない。
 頭上!?
 気づいた時にはアオは地面に叩きつけられていた。

「かはっーー!?」

 何が起きたのが理解が追いつかない。
 アオは起き上がろうとするが、全身を連なった小さな剣が鎖となり自由を奪われてしまっていた。全力の力を加えても鎖はびくともしない。
 ぼたり、と大量の血液が地面に落ちて広がる。

「やっぱ、はぁ、身体はついていかないな」

 それはコウイチの口から吐き出されたものだった。
 コウイチが今何をしているのか分からないが、一つだけはっきりと分かる。それは命を消費する諸刃の剣だ。

「コウイチ、辞めて。それ以上は貴方が死ぬ」

 真祖、魔女、リッチの力を借り受けたとしても肉体面は人間のままであるコウイチが彼らの力に耐えられるはずがない。

「悪いけど、そうも行かないんだわ」
「貴方も元の世界帰りたいの?」

 コウイチは首を横に振る。

「いいや。俺は元の世界なんてどうでもいい」
「じゃあどうして?」
「アイリスは俺のせいで精霊になって、それで今はクロの記憶を掌握する為に眠りについてる。
 俺が馬鹿だったんだ。作った武器でこんなことになるなんて考えもしなかった。あの時は悪乗りで剣を押し付けてしまえばいいって単純な考えだった。それがどういう結果を引き起こすかなんて考えもしなかった。
 全部、俺の責任なんだ。俺はどんな手段を使ってでもアイリスを助けて……責任を取らないといけない。アイリスがどう思ってるか分からん。怒ってるかもしれないし、恨まれてるかもしれない。でも、まずは目覚めさせないとそれすら分からないからな。
 だから、アイリスを目覚めさせる為にセツナと取引をしたんだ」
「私を倒す事が条件?」
「違う。それは別の目的。セツナとの取引は、アオと……蒼龍皇と取引をすることだ」
「私と取引?」
「お前“たち”とだ」
「っ!?」

 アオは一瞬驚いたように表情を変えるが、すぐに察したかのようにいつもの真顔に戻した。
 セツナなら蒼龍皇の本当の意味を知っていても不思議ではないからだ。

「安心していい。戦争が終わった時点で全世界への中継は強制的に遮断されてる」
「…………」
「蒼龍皇……いや、双龍皇と取引がしたい」

 蒼龍皇とは本当の存在を隠す為の偽りの呼称だ。
 本当に意味は“双龍皇”。
 元々は氷と水の双子の精霊で、2匹で一人前と呼ばれていた出来損ないの弱い精霊だった。
 ただこの2匹には特別な力があった。
 それが【相互リンク】という能力だ。
 互いの力を共有する能力。
 その能力が開花したのは生まれてから長い年月が経ってからのことだ。能力が開花した事により、他者を寄り付かせない力を得ていった。
 その能力にはデメリットがあったが、同時に都合の良い出来事があった。
 デメリットは2匹同時に力を使うことが出来ないという事だ。片方が全力の力を発揮している間は、もう片方は半人前以下の弱小になってしまう。恐らくは生身のコウイチですら勝てるレベルだそうだ。その事実が知られてしまえば双龍皇の身が危険に晒されてしまう。
 そこで都合の良い出来事だ。
 長い年月の間、2匹の精霊は隠れ住んでいたことで、誰の目にも触れられず、記憶からも消え去ってしまっていた。それを利用して蒼龍皇と名乗り、力を使っていない方は安全な所に避難しているのだ。
 正体が暴露されればアオたちは命を狙われる可能性が出てくる。

「今ここでは決められない」
「それを決めてくれ。時間がないっぽいんだ」
「貴方たちは何をそんなに急いでいるの?」
「それは――」

 ガシャン!?
 ガラスの割れるような音と共に地響きがコウイチたちを襲う。
 影のような黒い光が頭上が降り注いてくる。
 剣の鎖で縛られ仰向けになっていたアオは黒い光の正体を目にして戦慄した。
 生まれて初めて覚える感情――恐怖だった。

「なに、あれ」

 割れた空、その背後に広がるのは真っ白な空間。
 その真っ白の中心に立つのは黒い光を発する人の形をした何か。
 剣の鎖の拘束が解かれる。
 上空を見上げるコウイチの周囲に小さな剣が集まっていく。

「あれが創造神カノン……だと思う」

 アオ達は自分たちが生き延びることだけを考えてきた。
 それ故に無知なところが多い。
 創造神?
 そのようなものは初耳だし、想像を絶している。
 勝てるわけがない。
 一目で分かる。
 あれとは戦ってはいけない。
 不完全であり、弱小精霊であるアオだから分かる。
 生き延びるためには勝てない相手とは戦ってはいけない。

「……ダメ」

 引き留めようとアオはコウイチに手を伸ばすが、

「アオ。もし生きて帰って来れたら俺たちに協力してくれ」

 コウイチは小さな剣の群れを引き連れて飛び上がっていく。

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 コウイチが空へと飛ぶと同時に三方向からリョウタ達も上空へと上がってくる。
 先頭に立つのは我らが信頼の肉盾エイジだ。

「セツナさんがアイリスさんを連れて戻るまで抑えますよ!?」
「ここでヤツを殺したいところだがな」
「リョウちゃん、あれの本体はこっち側にはないから無理よ」
「知っている。タリア、その呼び方はやめろ」
「いいじゃん、別に」
「お二人ともちちくりあってないで自分たちに出来ることをやりましょう」
「「だまれ、筋肉だるま!?」」

 仲のいい三人を他所にコウイチは上空の一点を見つめる。
 外見は高校生くらいの男だ。短髪黒髪に童顔。服装はザ・ファンタジーと言うような厨二病全開の真っ黒なボロボロコートを深く着込んでいる。手には巨大な宝石を収めた木の枝を思わせる特徴的な杖が握られている。
 全ての元凶。
 この世界を作った存在。
 命を弄ぶゴミ。
 カノンがいなければ転生者や転移者といった存在はいなかっただろう。
 セツナやリョウタ達がこんなはずじゃない人生を歩むこともなかった。
 けれど、コウイチとアイリスが出会うこともなかった。

「コウイチ、お前の身体はただの人間だ。オーバードライブは肉体への負担が大きすぎるからあまり使うよ」

 リョウタの助言に千変万化の柄を強く握りながら頷いて答える。

「分かってる」

 既に身体が悲鳴を上げている。
 一歩間違えば死ぬのは誰よりも分かっている。

「今のあいつは殺せん。ここで死んだらただの無駄死にだ。奴を追い返すにしても権限も俺たちでは破壊できん。今は耐え切る事だけを考えろ」

 創造神カノンに対抗するにはセツナとアイリスでなければならない。
 その理由は良くは理解していないが、迷いが命取りになる。
 創造神カノンの背後に無数の砲身が出現していく。

「なんだ、ゴミが自ら殺されに来てくれるなんて嬉しいじゃねぇか。こんなに楽して良いのか、俺?」

 勝つことの出来ない、けれど、死んでは行けないイベント戦が開幕する。
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