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蒼の皇国 編

煽り×動揺×煽り=敵&敵

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 創造神の強さは嫌と言うくらいに知っている。
 だからこそ、セツナは仲間を信じて一点の光のない闇の中を進む。
 やがて闇の中に浮き出る漆黒の塊を見つけた。
 その前には小さな少女が待ち構える。
 手には夜空色と夜明け色の二本の短剣が握られている。

「精神世界でなら私を殺せるとでも?」

 黎明のアイリスは目尻に浮かべた涙を流さないように必死に堪えながら口を開く。

「違います。この闇こそが私なんです。だから、私を殺してください。そうすればアイリスが目を覚まします」

 事実そうなのだろう。
 しかし、それは悪手だ。

「くだらないわ。そんな事をしたらアイリスの精神が耐えられないでしょ? 貴方が原初の精霊の力の一端を背負っているから彼女はギリギリの所で耐えられているんだから」
「でも、それ以外にアイリスをすぐに目覚めさせる方法がありません!」

 現状を整理しよう。
 アイリス(本物)は原初の精霊の力を8:2くらいで分断し、8を自分が2をアイリス(偽物)が背負い、アイリス(偽物)が作り出した闇により眠ることで全ての感覚を閉ざしてギリギリの所で耐えているのだろう。
 故にアイリス(偽物)が消えればアイリス(本物)は強制的に眠りから目覚める。
 しかし、眠ることで耐えているアイリス(本物)の精神は潰れてしまう。そうなれば行き場を失った原初の精霊の力が暴走し、世界の4分の1は吹き飛ぶだろう。
 それはこちらが困る。
 そもそもアイリスを覚醒させないとセツナの計画に支障がでるのだ。

「仮に貴方を殺してアイリスが無事に目覚めたとしても原初の力は100%じゃなくなってしまう。それも困るのよ」

 全力全開、万事万全の状態でなければ困るのだ。その状態になって初めて創造神の足元に齧りつけるレベルなのだから。

「だから、貴方も協力しなさい」
「……私には何も出来ません」
「それが出来るのよ。今の貴方だからこそね」

 高校生活3年間。
 オタク街道まっしぐらだったセツナとコウイチは固い絆で結ばれている。
 大変不服ではあるがーー相棒という絆でだ。
 相棒だからこそ相手の趣味趣向や考えは嫌でも分かる。
 例えば、コウイチがセツナに向けている感情は幼馴染、同郷、相棒だ。残念な事に恋愛のれの字もない。
 本当に残念な事だ。

「コウ君の守備範囲って異様なくらいに広いのよ。本人は恥ずかしいからって口には絶対に出さないけどね」

 むっつりスケベの鉄仮面、それがコウイチという生き物だ。
 ノリと勢いで行動する事が多い癖に自分が好きなものに関しては明確に言葉にしようとしない。
 今、コウイチの周りにいる女の子達は誰一人としてどう思われてるか知らない。

「コウ君ってさ、貴方や蒼トカゲみたいなロリキャラも行けるのよ。普通に女の子として好きだと思ってるわよ? だから、貴方を殺したら私は一緒恨まれるの」
「え?」
「言っておくけど、コウ君は作れるのならマジでハーレム作る気だからね?
 貴方、自分は偽物だからとかアイリスの代わりだとか思ってるんでしょうけど、コウ君にとっては1人の女の子なの。今更、目の前から消えるなんて事考えないでくれる? それが一番の迷惑なのよ」

 コウイチは可能であるなら本気でハーレムを作ろうとしている。本人は殆ど口には出さないが、好きな女の子達を自分の傍に集めようとしている。

「他にも誰だっけ? メアリとかいう女にハクとかいうケモ耳っ子もよね。秘書風出来る女とかモフモフ獣耳とかあのバカの性癖ドストライクじゃない!
 何なのアイツ? こっちに来て1年やそこらでしょ? なのに何で性癖ドストライクな女の子を5人もはべらせてる訳よ? 私がどれだけ大変な思いをしてきたかーー」

 セツナは真っ黒な空虚な地面に地団駄を踏む。自分で言っていて怒りが溢れてきてしまうのだ。
 コウイチがあまり興味を示さない属性。それはーー、

「と言うか、何で幼馴染キャラはダメなのよ!! 良いでしょ別に!? 幼馴染の陰湿根暗オタクだってさ! 貴方も良いと思うわよね!!??」
「えっと……何を言ってるのか分からないです」
「はぁあ?? これだけ説明してあげてるのに何で分からないの? ねぇ、話聞いてた? もしかして聞いてなかった? 私の話、つまらない? ねぇ、そうなの?」
「いや、えっと、そうじゃなくて……」
「そうじゃないならどうなの??」
「こ、言葉の意味が分からない、です。オタク、とか性癖?とかよく分からない、です」

 恐怖に震え上がった小さなアイリスが助けを求める様に漆黒の塊の影に身を隠しながら必死に受け答えをする。

「それが、話を聞いてないってことなの!?
 ねぇ、アイリスちゃん。お姉さんと初めからお話し直そうか」

 セツナが怪しい手つきで小さなアイリスを捕まえようと手を伸ばす。
 漆黒の雷が2人の間に割って入る。

「えっ!?」

 思いがけない状況に小さなアイリスは目をぱちくりとさせて漆黒の塊を見上げた。

「やめて」

 声が響くと同時に漆黒の塊が砕け散る。
 長い黒髪に夜空色の霊装を纏った少女が降り立つ。小さなアイリスを大人びさせたような同じ顔だ。
 初代の原初の精霊の力を受け継いだ今代の原初の精霊ーー夜天のアイリス。

「初めまして、なんて挨拶をーー」

 夜天のアイリスは小さなアイリスを守るように抱き寄せ、セツナの言葉を遮るように口を開いた。

「ウチの子を虐めるのは辞めて貰っていいですか? 負け犬さん」
「した方が良い……寝起きから威勢が良いのね? 負け犬って誰のことかな?」
「あなたのことよ。あ・な・た・の」

 ブチッと何かが切れる音が聞こえるようだった。
 顔を引き攣らせたセツナが大きく息を吸って感情を抑え込む。

「私のどこが負け犬か教えて貰えない? コウ君とは強い信頼関係で結ばれた幼馴染で貴方達が知らないことを沢山知ってるんですけど?」
「それって友人関係の域を出ませんよね?」

 夜天のアイリスは不敵に笑って小さなアイリスに頬ずりをしながら頭を撫でる。

「この子は私の力の一部と黒剣:夜天の力の一部から生まれた子なのは分かってますよね?」
「ええ、それが? だから、偽物で黎明のアイリスなんて呼ばれているんでしょ?」
「そこまで分かってて分からないんですか?」
「何を言いたいのかな?」
「あの剣はコウイチが私にくれた贈り物。その剣との間に生まれた子なんですから、この子は私とコウイチとの子供と言っていいと思いませんか?」
「んな理屈が通る訳ないでしょ!? むしろ、原初の精霊との子供でしょうが!!」
「そう言われてしまうと仕方ないですね。ですけど、この子はコウイチがちゃんと認めた恋人だってご存知ないんですか?」

 聞き間違えだろうか?
 セツナは腕組みをして何度か夜天のアイリスの言葉を反芻する。
 小さなアイリスがコウイチの恋人?
 ちょっと文字列が理解できない。

「……は? 今なんて?」
「耳が遠くなっちゃったのかしら、お婆ちゃん。もう一回だけ言いますね? この子――黎明のアイリスはコウイチと恋人関係にあるんですよ? ご存知ないんですか?」

 夜天のアイリスが勝ち誇ったかのような表情で煽りをかましてくる。
 コウイチがロリコンという説は……往々にしてあり得る。しかし、手の届く範囲に最高の性癖が詰まった女がいるのに妥協案に手を出すだろうか?

「それは本当なの?」
「間違いないですよ。ねえ、アイリス?」
「へ?」

 突然、話を振られた小さなアイリスは動揺を隠せず、過呼吸気味に夜天のアイリスを見上げる。すると、夜天のアイリスは「言ってやりなさい」と言わんばかりにセツナを指さした。

「ふぇっ!? えと、あの、えっ……私が言わないといけないんですか?」
「自分のことでしょ? 自慢してあげなさいよ。あの自信満々な幼馴染吸血鬼に」
「えぇぇ……」
「言いなさいよ、チビ。別に怒らないよ? これでも長く生きてるお婆ちゃんだから理解はあるつもりだよ?」
「な、なんで……私が責められてる形になってるの?」
「私も断片的にしか知らないんですよね。詳しいところをちゃんと聞かせて欲しいなって?」

 夜天のアイリスの目は笑っていない。がっしりと小さなアイリスが逃げられないように肩を掴んでホールドしている。
 ああ、なるほど。
 自分が好きな男が、娘に近い存在に取られたのだから。
 あろうことか敵であるセツナに助けを求める目を向ける小さなアイリスだが、セツナとしても詳しく説明を聞いておかなければならないところだ。
 無視することにした。

「あ、ぁうぅ……助けて、コウイチお兄ちゃん」
「「お兄ちゃん!?」」

 小さなアイリスは悟る。
 この場に味方など存在していないと。
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