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噂
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体調が戻るまで一月近くかかってしまった。
この一月で城内は魔王の結婚の話で持ちきりだったようだ。歩く度に結婚の話が各方面で囁かれており、式の支度で慌ただしい雰囲気だ。
「魔王様が月の君様といよいよご結婚されるらしいわね。」
「お子様もお産まれになるとか。めでたい話だ。」
口々に噂が飛び交うものの。俺には情報が入ってこない。
俺が通りかかると、噂話がピタっと止まるからだ。はぶかれているみたいで辛い。
俺に情報をくれた同僚ものらりくらりと魔王の結婚について教えてくれない。
そして極めつけはこれだ。
「この度はおめでとうございます。どうぞ魔王様によろしくお伝え下さい。」
俺だけが詳細がわからないまま、魔王様への伝言係に使われる始末。
こわばりそうになる顔をなんとか笑顔を貼り付け誤魔化し続ける。
めでたくなんかないさ。
アズランに意を決して結婚の件を聞いた時。
「我が口からちゃんと話そうと思っていたのだが……。他から話が入ったのか。すまない。式の準備はこちらでするから、ルシアは養生せよ。」とだけ言われたきりで、相手のことすら聞けていないのだ。
しかも、その時のアズランの気恥ずかしげながらどこか幸せそうな表情といったら。
いつものアズランのように醒めた目で、式なんてどうでも良いと言ってくれると思っていたのに。
あの張り切りようを見て、アズランが本気なのを悟ってしまった。
ダメ押しのように「ルシアは喜んではくれぬのか」と悲しげな顔で聞かれ、ルシアはなんとか笑顔を作らざるを得なかった。
「アズランの幸せはルシアの幸せでございます。」
とびきりの笑顔を作りながら心は泣いていた。
細切れに聞こえてくる噂で、相手は大層美しいと聞こえてきた。
魔王が城の奥深くに隠している方で、月の君と呼ばれているらしいこと。
ルシアが知り得た情報はそれだけだった。
魔王と月の君の結婚は俺が休んでいる間に着々と進んでいる。俺は結婚式の準備担当から外され、全く情報が入ってこない。
それどころか、今までやっていた仕事も気がつくと別のものへと引き継がれている始末。
2人だけの執務室はいつしか大勢の者たちが出入りする場に変わっていた。
今まで努力して築き上げたものはなんだったんたと虚しさだけがそこに残った。
俺の代わりなんていくらでもいるんだ。
結婚して新たな世界を持つ魔王に、腐れ縁の寄生虫のような俺なんて必要ないよな。
アズランの結婚を機に城から出るか。
今まで貯めた給料があれば生活には困らない筈だった。
だが、俺は魔力を自力で取れない。アズランに俺が誰かに魔力を強請る姿など見られたくないな。
「遠くに行きたいな」
アズランの横に誰かが立つのを見たくない。
「おやっ、可愛い子ちゃん。どうしたの?マリッジブルー?」
魔王が結婚することでのマリッジブルーだが……。その艶めいた低い声に振り返った。
「アスタロト」
そこにはアズランと魔王の座をかけて死闘を繰り広げた魔界辺境伯アスタロトがいた。
漆黒の翼に艷やかな黒髪、筋肉質の褐色の肌、血のような深紅の瞳にはモノクルが嵌められている。
魔族には珍しいタイプの知的なインテリ悪魔だが、なんだかイケナイ性的魅力あふれるエロ悪魔でもある。
アズランを普段から見慣れていなければ、俺もその色気に殺られていただろう。
「遠くに行きたいなら、我が城に来るかい?」
色っぽい眼差し、差し出されたその手を魅了されたようにフラフラと取りそうになるのは淫魔の性か。
彼との出会いは俺が魔王城で働き始めた頃、道に迷っていた俺をアスタロトが親切に案内してくれた時だった。
たまに仕事の合間に他愛のない話をした。親切にしてくれるのは昔、アスタロトが運命を感じた相手に俺が少し似ているんだとか。
そんなに焦がれる相手がいるのなら、他の悪魔みたいに攫ってしまえば良いのに。
彼の魅力を考えれば相手を堕とすのも容易いと思い、そう口に出した俺に彼は悲しげに笑った。
その笑顔を見て、相手が既に亡くなっているのだと悟った。
今も想っていると天を見上げたその姿が印象的だった。
そんな優しいアスタロトの側なら穏やかに過ごせそうだ。
「アスタロトの城か……。」
その瞬間、ぐいっと手を引かれた。
「ルシア。」
眉間にくっきりと縦皺が寄った不機嫌極まりない顔をしたアズランがアスタロトを睨みつけていた。
俺はどういうわけかアズランの腕の中にすっぽりくるまれていた。
「アズランどうしたの?」
険悪なふたりの睨み合いに縮まる。
「なかなか帰ってこないから心配で探しに来た。もうすぐ腹が空く頃だろうと慌てて探しに来て見れば。アスタロト、魔王城に近付かないと約束したであろう。」
憮然とした表情でアズランがアスタロトに言い放った。
しかし、アスタロトは気にすることなくアズランに言い返した。
「お前が月の君と結婚すると聞いたから、壽ぎにきてやっただけだ。そしたら、遠くへ行きたいという声が聞こえたのでな。遠くならば我が城に連れ帰ってやるかと思ったまでよ。」
魔界のトップふたりの睨み合いの迫力に身が竦む。
「そうか。アスタロトよ。痛み入る。だが、心配は無用だ。壽ぎは受け取った。ルシアが怯えているので、帰ってくれ。」
「いや、危急の用がある。魔王よ、後で話したい。」
珍しく食い下がる魔界No.2のアスタロトの言を無視できないのかアズランは後でと頷くとルシアを抱えて自室へと戻ったのだった。
この一月で城内は魔王の結婚の話で持ちきりだったようだ。歩く度に結婚の話が各方面で囁かれており、式の支度で慌ただしい雰囲気だ。
「魔王様が月の君様といよいよご結婚されるらしいわね。」
「お子様もお産まれになるとか。めでたい話だ。」
口々に噂が飛び交うものの。俺には情報が入ってこない。
俺が通りかかると、噂話がピタっと止まるからだ。はぶかれているみたいで辛い。
俺に情報をくれた同僚ものらりくらりと魔王の結婚について教えてくれない。
そして極めつけはこれだ。
「この度はおめでとうございます。どうぞ魔王様によろしくお伝え下さい。」
俺だけが詳細がわからないまま、魔王様への伝言係に使われる始末。
こわばりそうになる顔をなんとか笑顔を貼り付け誤魔化し続ける。
めでたくなんかないさ。
アズランに意を決して結婚の件を聞いた時。
「我が口からちゃんと話そうと思っていたのだが……。他から話が入ったのか。すまない。式の準備はこちらでするから、ルシアは養生せよ。」とだけ言われたきりで、相手のことすら聞けていないのだ。
しかも、その時のアズランの気恥ずかしげながらどこか幸せそうな表情といったら。
いつものアズランのように醒めた目で、式なんてどうでも良いと言ってくれると思っていたのに。
あの張り切りようを見て、アズランが本気なのを悟ってしまった。
ダメ押しのように「ルシアは喜んではくれぬのか」と悲しげな顔で聞かれ、ルシアはなんとか笑顔を作らざるを得なかった。
「アズランの幸せはルシアの幸せでございます。」
とびきりの笑顔を作りながら心は泣いていた。
細切れに聞こえてくる噂で、相手は大層美しいと聞こえてきた。
魔王が城の奥深くに隠している方で、月の君と呼ばれているらしいこと。
ルシアが知り得た情報はそれだけだった。
魔王と月の君の結婚は俺が休んでいる間に着々と進んでいる。俺は結婚式の準備担当から外され、全く情報が入ってこない。
それどころか、今までやっていた仕事も気がつくと別のものへと引き継がれている始末。
2人だけの執務室はいつしか大勢の者たちが出入りする場に変わっていた。
今まで努力して築き上げたものはなんだったんたと虚しさだけがそこに残った。
俺の代わりなんていくらでもいるんだ。
結婚して新たな世界を持つ魔王に、腐れ縁の寄生虫のような俺なんて必要ないよな。
アズランの結婚を機に城から出るか。
今まで貯めた給料があれば生活には困らない筈だった。
だが、俺は魔力を自力で取れない。アズランに俺が誰かに魔力を強請る姿など見られたくないな。
「遠くに行きたいな」
アズランの横に誰かが立つのを見たくない。
「おやっ、可愛い子ちゃん。どうしたの?マリッジブルー?」
魔王が結婚することでのマリッジブルーだが……。その艶めいた低い声に振り返った。
「アスタロト」
そこにはアズランと魔王の座をかけて死闘を繰り広げた魔界辺境伯アスタロトがいた。
漆黒の翼に艷やかな黒髪、筋肉質の褐色の肌、血のような深紅の瞳にはモノクルが嵌められている。
魔族には珍しいタイプの知的なインテリ悪魔だが、なんだかイケナイ性的魅力あふれるエロ悪魔でもある。
アズランを普段から見慣れていなければ、俺もその色気に殺られていただろう。
「遠くに行きたいなら、我が城に来るかい?」
色っぽい眼差し、差し出されたその手を魅了されたようにフラフラと取りそうになるのは淫魔の性か。
彼との出会いは俺が魔王城で働き始めた頃、道に迷っていた俺をアスタロトが親切に案内してくれた時だった。
たまに仕事の合間に他愛のない話をした。親切にしてくれるのは昔、アスタロトが運命を感じた相手に俺が少し似ているんだとか。
そんなに焦がれる相手がいるのなら、他の悪魔みたいに攫ってしまえば良いのに。
彼の魅力を考えれば相手を堕とすのも容易いと思い、そう口に出した俺に彼は悲しげに笑った。
その笑顔を見て、相手が既に亡くなっているのだと悟った。
今も想っていると天を見上げたその姿が印象的だった。
そんな優しいアスタロトの側なら穏やかに過ごせそうだ。
「アスタロトの城か……。」
その瞬間、ぐいっと手を引かれた。
「ルシア。」
眉間にくっきりと縦皺が寄った不機嫌極まりない顔をしたアズランがアスタロトを睨みつけていた。
俺はどういうわけかアズランの腕の中にすっぽりくるまれていた。
「アズランどうしたの?」
険悪なふたりの睨み合いに縮まる。
「なかなか帰ってこないから心配で探しに来た。もうすぐ腹が空く頃だろうと慌てて探しに来て見れば。アスタロト、魔王城に近付かないと約束したであろう。」
憮然とした表情でアズランがアスタロトに言い放った。
しかし、アスタロトは気にすることなくアズランに言い返した。
「お前が月の君と結婚すると聞いたから、壽ぎにきてやっただけだ。そしたら、遠くへ行きたいという声が聞こえたのでな。遠くならば我が城に連れ帰ってやるかと思ったまでよ。」
魔界のトップふたりの睨み合いの迫力に身が竦む。
「そうか。アスタロトよ。痛み入る。だが、心配は無用だ。壽ぎは受け取った。ルシアが怯えているので、帰ってくれ。」
「いや、危急の用がある。魔王よ、後で話したい。」
珍しく食い下がる魔界No.2のアスタロトの言を無視できないのかアズランは後でと頷くとルシアを抱えて自室へと戻ったのだった。
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