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7.森の中の出会い
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「さて、ここが森の入り口だな」
その森は、村から北西へ数キロほど進んだ場所に広がっていた。
周囲が開けて、見晴らしのよい景色が続いていたため、遠くからでも、もっさりした緑色のドーム状の形が視界に入っていた。
遠くからだと小さく見えたが、いざ目の前にやってくると、なかなかどうして壮大だ。僕は正直、村の総面積より広いと思われるこの森に、圧倒された。
姉さんは〝小さな森〟だと話していた。なるほど、きっと世界規模で見れば、この森はそんな程度なのだろう。
だが、僕にしてみれば最初の難関となりそうな、大きな障害だった。
この森を抜けないと、隣村には行けない。
とりあえず僕は、一緒に捜索をするという、隣村のギフトの人を捜した。
だが、辺りに人の気配はない。
「何だ、まだ来てないのか……」
つまらなさそうに辺りを見渡していると、予想外のものを発見して、息を詰まらせた。
「あいつ、ジョーカーの手下!」
僕は急いで茂みに隠れる。
特に目的もなく、ふらふらと歩いているようにも見える、大きなトランプカードみたいな姿をした、道化の化け物。
幸い、僕には気がついていないらしく、そのまま森の側を素通りして、どこかへ行ってしまった。
安堵のため息。
「本当に、いろんなところを彷徨いているんだな」
「ジョーカーの気配がしますな。ケケケケ」
ギルバートが笑う。
ファーメリーは、奴らの気配を敏感に察知できるらしい。酔っ払いなりに、異質な存在を感知したのだろう。
あのジョーカーの手下の仲間が、近くにいるのだろうか。
ジョーカーの手下は、その特異な姿を見ればすぐに分かるが、ジョーカーっていうやつは、どんな姿をしているのだろう? 色々と本を読んできたが、ジョーカーの外見に関して詳しく書いてあるものは、手の届く場所にはなかった。
あの大きなトランプ野郎を、もっとでかくした奴とか? 凶悪そうにした奴とか?
それとも、想像もつかない化け物なのだろうか。
昨日倒したジョーカーの手下の言葉が、思い出される。
――ボクがここでやられても、突然消滅したボクを怪しんで、仲間が様子を見に来るだろう。
本当に、そういった理由で、奴の仲間が集まってきているのかもしれない。
「ギルバート、少し森の中に入って、隠れよう。休憩もしたいし」
僕たちは森の中へ足を踏み入れて、ギルドからの使者が来るまで休息をとることにした。
森の中は、当たり前だが木ばっかりだ。木の葉の乱舞が、大粒の雨みたいに降り注いでくる。
木の種類は多種多様、葉っぱの形や色、大きさも様々。
今は落葉の季節だ。
養分を木の本体に蓄えるために、そして地面に養分を与えるために、しきりに葉の色を変えて、落としているのだ。
一晩もあれば、地面が見えなくなるほど積もってしまうのだろう。
少しじめじめして、薄暗いけれど、木々の隙間から差し込んでくる光が線のように降り注ぎ、その様子が、なんだか神秘的だった。
それに、落ち葉で見辛いが、ちゃんと道もある。見失わずに進んでいけば、森を抜けることも容易だろう。
「ここなら、外の様子も分かるし、安全だ」
森に入ってすぐの場所に、ちょっとした広場になった空間があった。落ち葉が敷き詰められて、座ると柔らかい。
腰を下ろし、軽く息をつく。
ふと、ギルバートがいなくなっていると気付いた。
「あれ、ギルバート?」
辺りを見渡すが、本当に姿が見えない。
ファーメリーに姿を消す能力なんて、あっただろうか。
それとも、単に飽きて帰ったのか。
探しに行こうかとも思ったが、考え直してやめた。
「まあ、いいや。どうせあいつに頼る気なんてないし」
ギルバートも、まかりなりにもファーメリーだ。敵と戦う術を持っているし、いざという時も一人で何とかできる。
それよりも、下手に一人で動き回って、僕がジョーカーたちに捕まってしまうほうが、よっぽど危険だ。
そう自分に言い聞かせていると、急に目の前の地面が盛り上がった。
「うわあっ!」
落ち葉の山の中から、ちっさいおっさんが飛び出した!
「ギルバート! 吃驚するだろ!」
「ウケケケケー!」
飛び出してきたギルバートは、僕を驚かせられたことに満足して、はしゃいでいた。ガキか、このおっさんは。
「ったく、何してんだよ……って」
呆れつつも、びっくりして跳ね上がった心臓を正常に戻そうと落ち着かせていたのだが、鼓動が落ち着く間もなく、またしても心臓が大振動を起こした。
ギルバートが出てきた落ち葉の隙間から、あり得ないものを発見してしまった。
「て、手ー!!」
思わず叫ぶ。
そう、それは人の掌だった。
「うわわわわ……」
僕は反射的に、ものすごい早さで落ち葉を掻き分けた。
手の先には腕があり、肩があり、頭、銅、そして足が。
「え、お、女の子!?」
五体満足で出てきたのは、小柄な少女だった。
年は僕と同じか、少し下かもしれない。長い、くすんだ灰色の髪が、湿気で顔に張り付いている。
やせぎすで、服はボロボロだった。元は真っ白なワンピースだったのだろうが、あちこち綻びて、泥や草の汁で汚れきっている。
「大丈夫!? しっかりして!」
「あ……う……」
僕が大声で呼びかけると、その子は小さな呻き声を上げた。
「よかった、生きてる」
安心して肩の力を抜いた。
女の子の目が、ゆっくりと開かれる。
緑色の、透き通った綺麗な目だった。
「……?」
彼女はむくりと起き上がり、ぼーっと当たりを見渡していた。まるで寝起きのような顔だ。
まさか、寝ていたわけじゃないよね? こんなところで。
たぶん、気を失っていたんだと思うんだけど。
それを前提に、訊ねてみた。
「怪我とか、してない?」
「けが……? ないれす」
「そ、そう。なら、いいんだけど」
僕を見て、女の子は首を傾げていた。
まだぼーっとしているが、言葉は通じる。ちょっと発音の危うい、小さな子供みたいな話し方だが、聞き取るには何の問題もない。
でも、どうしてこんなところに、女の子が倒れていたんだろう?
見たところ、一人のようだ。
この年齢なのに、ファーメリーも連れていない……。
僕はピンときて、再度彼女に尋ねた。
「……君さ、ひょっとして、家出した隣村の子?」
もしそうなら、僕はなんて幸運児なんだろうか。
最短でミッションクリアーだ。それも、自分だけの力で。
ちょっと期待が沸いてきて、わくわくした。
「いえで……? となり……?」
だが、僕の言葉を何となくオウム返しし、女の子は首をもたげる。
「……わかんないです」
「わ、わかんないって、君、名前は?」
「なまえ……? わかりまてん」
自分の名前も分からないなんて。
嫌な予感がした。
「……まさか、記憶がない、とか?」
「きおく、ないでしか?」
「いや、こっちが聞いてるんだけどね?」
僕の幸運は一気に坂を下り、麓の底なし沼にでも落ちた感覚だった。
気を失ったショックだろうか。
それとも、気を失う原因となった、何かのせいだろうか。
ともかく、彼女の記憶は失われているらしい。
これでは、この子が誰なのか確認できない。
「うわー、まずいなー。どうしたらいいんだろう、これは……」
僕は慌てふためく。こんな時は、どんな対処をすればいいんだ?
村に戻るか。戻って医者に見せるべきか。姉さんに相談するべきか。
それとも、一刻も早く自分の家へ返してあげるべきか。
「……」
うんうん唸っている僕の横で、女の子は無言で、自分自身の掌を見つめていた。
僕が見つけたのとは反対の手。その中に、堅く握りしめられていた。
白い小さな、四角いものが。
「なにそれ、プレート?」
それに気付いた僕も、掌を覗き込む。
石で作った、薄くて頑丈なプレートだった。表面には、文字が刻まれている。
僕はその文字を見て、驚いて声を上げた。
「クラブ村、ディース……って、これ!?」
プレートにはなぜか、僕の住所と名前が彫り込まれていた。
こんなもの、僕は作った覚えがないし、もちろん見たこともない。
誰が僕の個人情報を? それに、どうしてこの子がこんなものを持っているんだ? 誰が知っていたって言うんだ?
なんだか妙に胸騒ぎがした。
「なんか、思い出したです」
プレートをじっと見つめていた女の子が、ゆっくり口を開く。
僕は反射的に彼女を凝視した。
「な、何を!?」
「これに書いてある人に会いにいけって、いわれますた」
「誰に!?」
「だれ……? わからないです」
「ああー、肝心なところが……!」
思わず頭を抱えた。
そこが一番重要なのに。
でも、この子が僕を捜している最中に、記憶を失ってしまったことは確かなようだ。
「けど、僕の名前を知っていて、僕に会いに行くように言われていたんだとしたら……」
僕はまじまじと、女の子を見た。
僕と会う約束、というか、使命を帯びている人間なんて、今のところ一人しか思いつかない。
「まさか、あんた、隣村のギフトの人?」
だが、その説は、どうにも納得しがたかった。
別に子供がギフトだって、全然構いやしないわけだけれど、何というか、想像していたイメージと全く違う。
姉さんだって、強くて厳しい人だと言っていた。そんな印象からは、目の前の子は、かけ離れている。
記憶をなくして、そういった雰囲気が全部失われてしまっただけだろうか。本当はとっても、すごい奴なのか?
だが、ファーメリーを連れていないのが引っかかる。はぐれた可能性もあるけれど。
プレートだって、たまたま拾って、何気なくその名前の所在を探していただけってことも考えられる。
結局、何も分からずじまいだ。
「いや何にしても、記憶喪失なんて、どうすりゃいいんだ。やっぱり、家に帰って姉さんに相談か……」
またしても、僕はうんうん唸る。
そんな僕を無視して、彼女は一人で森の出口へと歩きだした。
僕は慌てて呼び止める。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「やること、みつけますた。だから、歩くです」
「やることって?」
「ディースたんに会うのです」
「ディースって……。あ、あのさ!」
僕は必死で彼女を制止した。
そう言えば、混乱していて、この子に何も話していなかった。
「僕が、ディースなんだけど」
改めて名乗ると、女の子はこちらへ向き直り、僕とプレートを交互に見た。
「……これ?」
彼女はプレートを指さす。
僕は何度も何度も頷いた。
「そうそう、クラブ村のディース。僕のこと!」
「ディースたん」
プレートを見つめ、彼女は呟く。
「ディースたん……」
そして僕を見て、また呟く。
僕は力強く、再度頷いて見せた。
そして、ようやくプレートの名前と、僕の名前が同じであるという事実を、理解したらしい。
彼女は表情に花を咲かせ、嬉しそうに僕に飛びついてきた。
「ディースたんんん!!」
「うわっ、ちょ、ちょっと!」
突然抱きつかれ、僕は目を白黒させた。
女の子に抱きつかれるなんて初めてだし、それもいきなりだし、どうしていいのか分からない。
「やっと会えますた、ディースたんに会えますた!」
やたらと喜んでいる。もしや記憶が戻ったのだろうか?
「ぼ、僕に会えたのが、そんなに嬉しいの?」
恐る恐る尋ねると、彼女はふと我に返って、首を傾けた。
「……? さあ」
「さあ、って……」
なんだか少し、切なさを感じた。ただの勢いか。
「ところで、僕を捜していたって、どうして?」
「……わかりまてん」
「やっぱ、分かんないか……」
記憶喪失は健在だ。
僕は彼女を引き剥がし、落ち着かせる。
とにかく、彼女が誰なのかを、分かる人に聞いて確かめなくちゃいけない。
僕の託された仕事に、関係しているのか、いないのかを。
任務に取りかかるのは、その後だ。
「……よし、とりあえず森を抜けよう。それで、隣村に行って聞こう」
「戻るん違うんかい。ケケケ」
ギルバートが茶化すように笑う。
確かに、姉さんに聞きに戻るのが一番確実だ。
でも。
「戻らない! こんなハプニングで躓いているようじゃ、いつまでたってもギフトの仕事なんて任せてもらえないし、姉さんにも、一人前だって認めてもらえないから」
迷いもしたが、僕にだって意地ってもんがある。
一人の力で困難を乗り越えて行かなきゃ、成長できない。
こんなことで、姉さんの手を煩わせるまでもない。
「よし、じゃあ行こう、一緒に」
僕は女の子に手を差し出した。彼女はしばらく目を丸くしていたが、やがて目を輝かせて、
「いっしょに……。あい!」
頷き、嬉しそうに僕の手を握り返した。
昨日握っていた、姉さんの手と比べてしまう。
姉さんの暖かくて、ふっくらした手とは違って、この子の手は、ちっちゃくて骨ばっていて、冷たかった。
その森は、村から北西へ数キロほど進んだ場所に広がっていた。
周囲が開けて、見晴らしのよい景色が続いていたため、遠くからでも、もっさりした緑色のドーム状の形が視界に入っていた。
遠くからだと小さく見えたが、いざ目の前にやってくると、なかなかどうして壮大だ。僕は正直、村の総面積より広いと思われるこの森に、圧倒された。
姉さんは〝小さな森〟だと話していた。なるほど、きっと世界規模で見れば、この森はそんな程度なのだろう。
だが、僕にしてみれば最初の難関となりそうな、大きな障害だった。
この森を抜けないと、隣村には行けない。
とりあえず僕は、一緒に捜索をするという、隣村のギフトの人を捜した。
だが、辺りに人の気配はない。
「何だ、まだ来てないのか……」
つまらなさそうに辺りを見渡していると、予想外のものを発見して、息を詰まらせた。
「あいつ、ジョーカーの手下!」
僕は急いで茂みに隠れる。
特に目的もなく、ふらふらと歩いているようにも見える、大きなトランプカードみたいな姿をした、道化の化け物。
幸い、僕には気がついていないらしく、そのまま森の側を素通りして、どこかへ行ってしまった。
安堵のため息。
「本当に、いろんなところを彷徨いているんだな」
「ジョーカーの気配がしますな。ケケケケ」
ギルバートが笑う。
ファーメリーは、奴らの気配を敏感に察知できるらしい。酔っ払いなりに、異質な存在を感知したのだろう。
あのジョーカーの手下の仲間が、近くにいるのだろうか。
ジョーカーの手下は、その特異な姿を見ればすぐに分かるが、ジョーカーっていうやつは、どんな姿をしているのだろう? 色々と本を読んできたが、ジョーカーの外見に関して詳しく書いてあるものは、手の届く場所にはなかった。
あの大きなトランプ野郎を、もっとでかくした奴とか? 凶悪そうにした奴とか?
それとも、想像もつかない化け物なのだろうか。
昨日倒したジョーカーの手下の言葉が、思い出される。
――ボクがここでやられても、突然消滅したボクを怪しんで、仲間が様子を見に来るだろう。
本当に、そういった理由で、奴の仲間が集まってきているのかもしれない。
「ギルバート、少し森の中に入って、隠れよう。休憩もしたいし」
僕たちは森の中へ足を踏み入れて、ギルドからの使者が来るまで休息をとることにした。
森の中は、当たり前だが木ばっかりだ。木の葉の乱舞が、大粒の雨みたいに降り注いでくる。
木の種類は多種多様、葉っぱの形や色、大きさも様々。
今は落葉の季節だ。
養分を木の本体に蓄えるために、そして地面に養分を与えるために、しきりに葉の色を変えて、落としているのだ。
一晩もあれば、地面が見えなくなるほど積もってしまうのだろう。
少しじめじめして、薄暗いけれど、木々の隙間から差し込んでくる光が線のように降り注ぎ、その様子が、なんだか神秘的だった。
それに、落ち葉で見辛いが、ちゃんと道もある。見失わずに進んでいけば、森を抜けることも容易だろう。
「ここなら、外の様子も分かるし、安全だ」
森に入ってすぐの場所に、ちょっとした広場になった空間があった。落ち葉が敷き詰められて、座ると柔らかい。
腰を下ろし、軽く息をつく。
ふと、ギルバートがいなくなっていると気付いた。
「あれ、ギルバート?」
辺りを見渡すが、本当に姿が見えない。
ファーメリーに姿を消す能力なんて、あっただろうか。
それとも、単に飽きて帰ったのか。
探しに行こうかとも思ったが、考え直してやめた。
「まあ、いいや。どうせあいつに頼る気なんてないし」
ギルバートも、まかりなりにもファーメリーだ。敵と戦う術を持っているし、いざという時も一人で何とかできる。
それよりも、下手に一人で動き回って、僕がジョーカーたちに捕まってしまうほうが、よっぽど危険だ。
そう自分に言い聞かせていると、急に目の前の地面が盛り上がった。
「うわあっ!」
落ち葉の山の中から、ちっさいおっさんが飛び出した!
「ギルバート! 吃驚するだろ!」
「ウケケケケー!」
飛び出してきたギルバートは、僕を驚かせられたことに満足して、はしゃいでいた。ガキか、このおっさんは。
「ったく、何してんだよ……って」
呆れつつも、びっくりして跳ね上がった心臓を正常に戻そうと落ち着かせていたのだが、鼓動が落ち着く間もなく、またしても心臓が大振動を起こした。
ギルバートが出てきた落ち葉の隙間から、あり得ないものを発見してしまった。
「て、手ー!!」
思わず叫ぶ。
そう、それは人の掌だった。
「うわわわわ……」
僕は反射的に、ものすごい早さで落ち葉を掻き分けた。
手の先には腕があり、肩があり、頭、銅、そして足が。
「え、お、女の子!?」
五体満足で出てきたのは、小柄な少女だった。
年は僕と同じか、少し下かもしれない。長い、くすんだ灰色の髪が、湿気で顔に張り付いている。
やせぎすで、服はボロボロだった。元は真っ白なワンピースだったのだろうが、あちこち綻びて、泥や草の汁で汚れきっている。
「大丈夫!? しっかりして!」
「あ……う……」
僕が大声で呼びかけると、その子は小さな呻き声を上げた。
「よかった、生きてる」
安心して肩の力を抜いた。
女の子の目が、ゆっくりと開かれる。
緑色の、透き通った綺麗な目だった。
「……?」
彼女はむくりと起き上がり、ぼーっと当たりを見渡していた。まるで寝起きのような顔だ。
まさか、寝ていたわけじゃないよね? こんなところで。
たぶん、気を失っていたんだと思うんだけど。
それを前提に、訊ねてみた。
「怪我とか、してない?」
「けが……? ないれす」
「そ、そう。なら、いいんだけど」
僕を見て、女の子は首を傾げていた。
まだぼーっとしているが、言葉は通じる。ちょっと発音の危うい、小さな子供みたいな話し方だが、聞き取るには何の問題もない。
でも、どうしてこんなところに、女の子が倒れていたんだろう?
見たところ、一人のようだ。
この年齢なのに、ファーメリーも連れていない……。
僕はピンときて、再度彼女に尋ねた。
「……君さ、ひょっとして、家出した隣村の子?」
もしそうなら、僕はなんて幸運児なんだろうか。
最短でミッションクリアーだ。それも、自分だけの力で。
ちょっと期待が沸いてきて、わくわくした。
「いえで……? となり……?」
だが、僕の言葉を何となくオウム返しし、女の子は首をもたげる。
「……わかんないです」
「わ、わかんないって、君、名前は?」
「なまえ……? わかりまてん」
自分の名前も分からないなんて。
嫌な予感がした。
「……まさか、記憶がない、とか?」
「きおく、ないでしか?」
「いや、こっちが聞いてるんだけどね?」
僕の幸運は一気に坂を下り、麓の底なし沼にでも落ちた感覚だった。
気を失ったショックだろうか。
それとも、気を失う原因となった、何かのせいだろうか。
ともかく、彼女の記憶は失われているらしい。
これでは、この子が誰なのか確認できない。
「うわー、まずいなー。どうしたらいいんだろう、これは……」
僕は慌てふためく。こんな時は、どんな対処をすればいいんだ?
村に戻るか。戻って医者に見せるべきか。姉さんに相談するべきか。
それとも、一刻も早く自分の家へ返してあげるべきか。
「……」
うんうん唸っている僕の横で、女の子は無言で、自分自身の掌を見つめていた。
僕が見つけたのとは反対の手。その中に、堅く握りしめられていた。
白い小さな、四角いものが。
「なにそれ、プレート?」
それに気付いた僕も、掌を覗き込む。
石で作った、薄くて頑丈なプレートだった。表面には、文字が刻まれている。
僕はその文字を見て、驚いて声を上げた。
「クラブ村、ディース……って、これ!?」
プレートにはなぜか、僕の住所と名前が彫り込まれていた。
こんなもの、僕は作った覚えがないし、もちろん見たこともない。
誰が僕の個人情報を? それに、どうしてこの子がこんなものを持っているんだ? 誰が知っていたって言うんだ?
なんだか妙に胸騒ぎがした。
「なんか、思い出したです」
プレートをじっと見つめていた女の子が、ゆっくり口を開く。
僕は反射的に彼女を凝視した。
「な、何を!?」
「これに書いてある人に会いにいけって、いわれますた」
「誰に!?」
「だれ……? わからないです」
「ああー、肝心なところが……!」
思わず頭を抱えた。
そこが一番重要なのに。
でも、この子が僕を捜している最中に、記憶を失ってしまったことは確かなようだ。
「けど、僕の名前を知っていて、僕に会いに行くように言われていたんだとしたら……」
僕はまじまじと、女の子を見た。
僕と会う約束、というか、使命を帯びている人間なんて、今のところ一人しか思いつかない。
「まさか、あんた、隣村のギフトの人?」
だが、その説は、どうにも納得しがたかった。
別に子供がギフトだって、全然構いやしないわけだけれど、何というか、想像していたイメージと全く違う。
姉さんだって、強くて厳しい人だと言っていた。そんな印象からは、目の前の子は、かけ離れている。
記憶をなくして、そういった雰囲気が全部失われてしまっただけだろうか。本当はとっても、すごい奴なのか?
だが、ファーメリーを連れていないのが引っかかる。はぐれた可能性もあるけれど。
プレートだって、たまたま拾って、何気なくその名前の所在を探していただけってことも考えられる。
結局、何も分からずじまいだ。
「いや何にしても、記憶喪失なんて、どうすりゃいいんだ。やっぱり、家に帰って姉さんに相談か……」
またしても、僕はうんうん唸る。
そんな僕を無視して、彼女は一人で森の出口へと歩きだした。
僕は慌てて呼び止める。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「やること、みつけますた。だから、歩くです」
「やることって?」
「ディースたんに会うのです」
「ディースって……。あ、あのさ!」
僕は必死で彼女を制止した。
そう言えば、混乱していて、この子に何も話していなかった。
「僕が、ディースなんだけど」
改めて名乗ると、女の子はこちらへ向き直り、僕とプレートを交互に見た。
「……これ?」
彼女はプレートを指さす。
僕は何度も何度も頷いた。
「そうそう、クラブ村のディース。僕のこと!」
「ディースたん」
プレートを見つめ、彼女は呟く。
「ディースたん……」
そして僕を見て、また呟く。
僕は力強く、再度頷いて見せた。
そして、ようやくプレートの名前と、僕の名前が同じであるという事実を、理解したらしい。
彼女は表情に花を咲かせ、嬉しそうに僕に飛びついてきた。
「ディースたんんん!!」
「うわっ、ちょ、ちょっと!」
突然抱きつかれ、僕は目を白黒させた。
女の子に抱きつかれるなんて初めてだし、それもいきなりだし、どうしていいのか分からない。
「やっと会えますた、ディースたんに会えますた!」
やたらと喜んでいる。もしや記憶が戻ったのだろうか?
「ぼ、僕に会えたのが、そんなに嬉しいの?」
恐る恐る尋ねると、彼女はふと我に返って、首を傾けた。
「……? さあ」
「さあ、って……」
なんだか少し、切なさを感じた。ただの勢いか。
「ところで、僕を捜していたって、どうして?」
「……わかりまてん」
「やっぱ、分かんないか……」
記憶喪失は健在だ。
僕は彼女を引き剥がし、落ち着かせる。
とにかく、彼女が誰なのかを、分かる人に聞いて確かめなくちゃいけない。
僕の託された仕事に、関係しているのか、いないのかを。
任務に取りかかるのは、その後だ。
「……よし、とりあえず森を抜けよう。それで、隣村に行って聞こう」
「戻るん違うんかい。ケケケ」
ギルバートが茶化すように笑う。
確かに、姉さんに聞きに戻るのが一番確実だ。
でも。
「戻らない! こんなハプニングで躓いているようじゃ、いつまでたってもギフトの仕事なんて任せてもらえないし、姉さんにも、一人前だって認めてもらえないから」
迷いもしたが、僕にだって意地ってもんがある。
一人の力で困難を乗り越えて行かなきゃ、成長できない。
こんなことで、姉さんの手を煩わせるまでもない。
「よし、じゃあ行こう、一緒に」
僕は女の子に手を差し出した。彼女はしばらく目を丸くしていたが、やがて目を輝かせて、
「いっしょに……。あい!」
頷き、嬉しそうに僕の手を握り返した。
昨日握っていた、姉さんの手と比べてしまう。
姉さんの暖かくて、ふっくらした手とは違って、この子の手は、ちっちゃくて骨ばっていて、冷たかった。
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