ファーメリーズ・ギフト

幹谷セイ

文字の大きさ
10 / 26

10.ジーン

しおりを挟む
 さっきの女が這い上がってくる可能性を憂慮して、僕たちは男の指示で歩き始めた。
 
 歩きながら、色々と話をした。
 
「あの、さ。ところで、どうして追いかけられていたの? あいつは、いったい何者だったのかな?」
 
 気になるところを訊ねてみる。彼は少し躊躇ためらっていた様子だったが、意を決したように話してくれた。
 
「ジョーカーだよ。それも、とびきりタチの悪い」
 
 僕は思わず足を止めた。身体が硬直し、体中から汗が噴き出す。
 
 あれが、ジョーカー。
 
 確かに、恐ろしいほどの威圧感があった。背筋が凍るほどの殺気も感じた。
 
 そんな相手に突っ込んでいって、よく無事だったな、僕。
 
「て、手下とは、また随分、違うんだね……」
 
 動揺をなるべく隠そうと思って、話題を逸らしてみようとしたが、あまりうまくいった気がしない。
 
 案の定、僕がものすごくビビっていることをすぐに見破り、彼は小さく笑った。
 
「ジョーカーを見るのは、初めてかい?」
 
「じょ、ジョーカーの手下なら、戦ったことはあるけど……」
 
 バカにされた、という感じではなかった。僕が怖じ気付いているのを見て、それをからかおうとしている風にも見えない。
 
 この男の目は暖かで、器の大きさを痛感させられる。
 
 僕みたいに、些細なことで悩んだり、動揺したりしないんだろうな。きっと。
 
 そう思うと、少し気後れする。
 
「ジョーカーも、元々は手下と同じような姿をしているんだよ。でも、奴らは人間に擬態する能力を持っているんだ」
 
「そうなの!?」
 
 僕は驚いた。
 
 確かに、さっきの女は、どこからどう見ても人間だった。
 
 ジョーカーは、人間に化けることができる。
 
 つまり、目の前に人がいたとしても、ジョーカーなのか人間なのか、見分けるのが困難だということだ。
 
 そんな奴と気付かずに出くわしたら、僕はきっと、寝首をかかれてすぐにやられてしまうだろう。
 
「でも、いくら知らなかったとはいえ、君はジョーカーに果敢かかんに挑んで、僕を助けてくれた。その勇気は素晴らしい。とても感謝しているよ」
 
「い、いやあ、僕なんて、そんな……」
 
 なんだろう、この人に誉められると、めちゃくちゃ嬉しい。
 
 いくらピンチに陥っていたとはいえ、この人はジョーカーとタイマンを張っていたくらいだ。きっと、とても強い人だ。
 
 そんな人に感謝されて、いい気分にならない奴なんていないだろう。たとえお世辞であっても。
 
 森の奥へと入り込み、暫く休憩をしようと、手ごろな場所に腰を下ろした。
 
「自己紹介が、まだだったね。僕はジーン。ジョーカーやその手下を退治する修行をしながら、旅をしているものだ」
 
 黒服の男――ジーンはそう名乗り、僕たちに向き直って丁寧に頭を下げた。すごく礼儀正しい。
 
 服装だって、黒ずくめだけどお洒落なデザインで、首には赤い宝石がついたチョーカーをつけている。
 
 どっかの国の王子様か?
 
 と思ってしまうような様相だ。
 
 僕も、慌てて名乗った。
 
「僕はディース。この森の向こうの、クラブ村でギフトの仕事をやっている。まだ見習いだけど……」
 
「そうか、ディース君か」
 
 ジーンは微笑んだ。
 
「んで、こっちが……」
 
「コールちゃんだよね」
 
「え、何で知ってんの?」
 
「さっきから歌声が聞こえていたからね。「私はコール」って。可愛い歌だなーと思って、聞いていたんだ」
 
 ジーンは、にこにこ笑う。
 
 しっかり聞かれてました。
 
 森の中なら大丈夫かと思っていたのに。恥ずかしい。
 
 相手がこの人だと思うと、余計に恥ずかしい。
 
 穴があったら入りたい。そんな気分だ。
 
 僕の気持ちなんて露知らず、コールは僕に貼り付いて、顔を半分隠している。
 
 ジーンを警戒している様子だった。コールにとっては、ちょっと怖そうな人、に見えるのかもしれない。
 
 もうこの話題は忘れようと、僕は話を切り替えた。
 
「あの、ところで、ジョーカーを倒す修行って……?」
 
「ああ、珍しいかもしれないけれど、僕にはファーメリーがいないんだよ」
 
 僕は「えっ」と声を上げた。
 
 確かに、彼はファーメリーを連れていない。
 
 自分の力で、ジョーカーと戦っていた。
 
「ふぁ、ファーメリーがいないって、ひょっとして来なかったとか?」
 
「いいや、来たよ、五歳の時に。でも、色々あってね、失ってしまった」
 
 ジーンは表情に影を落とす。
 
 ジーンの心境が、僕にはすごくよく分かる気がした。
 
 やっぱり、辛いよ。ファーメリーがいないと。
 
 でも、手に入るべきものを手に入れずに終わるのと、手に入れたものを失うこと。
 
 どちらの方が辛いんだろう。
 
「子供の間にファーメリーを失えば、大人になるまでジョーカーの脅威に怯えて生きていくしかない。そう言われていた。だが、自分でジョーカーと戦える術があれば、子供であっても外で生きていける。ただ隠れながら、ジョーカーたちから逃げながら生きながらえて、何もせずに大人になるなんて嫌だからね。僕は自分のファーメリーを失ったときから、自分の力で道を切り開いていく、そんな生き方を選んだんだよ」
 
「ぼ、ぼ、僕と一緒だー!」
 
 僕は目を輝かせた。
 
「僕もそうなんだよ、ファーメリーがいなくても、一人で生きていけるようにと思って、今もこうしてギフトの仕事をしているんだ」
 
「君も? でも、君にはファーメリーがいるじゃないか」
 
 ジーンが不思議そうに、横に視線を流す。彼が言っているファーメリーとは、そこでフヨフヨと漂いながら酒を飲んでいる、ちっさいおっさんのことだ。
 
「えーと、こいつは、僕の父さんのファーメリーなんだ」
 
 僕はジーンに、詳しい事情を話した。
 
 ギルバートのこと、こいつが来てから今までのこと、真実を知って家を飛び出し、ジョーカーの手下に襲われたこと、そして、今請け負っているギフトの仕事のこと。
 
 話を聞くうちに、ジーンは目を大きく開く。そして、少し切なげな表情を見せた。
 
 僕も、話していくうちに、だんだん悲観さがこみ上げてきて、何度か俯いた。
 
「――だから僕は、自分のファーメリーを一度も見たことがないし、これからも見ることはない。それでも、強く生きて、ファーメリーの分まで立派な大人になろうって、決めたんだ」
 
「……辛かっただろう? そんな事実を聞かされたとき」
 
「それは、まあ……」
 
 色々、考えた。絶望してみたり、投げやりになってみたり、諦めてみたり。
 
「でも、真実を知ったらさ、僕もいつまでも守られてるだけなんて嫌だなって思った。だから、ギフトの仕事を始めてみたんだ。……けどさ、ハプニングばっかでなんだか良く分からなくなっちゃってさ。本当に駄目なんだよ、僕って」
 
 情けなく、笑ってみせる。
 
「だから、ジーンみたいな人には、すっごく憧れる。ジーンに会えてよかった。僕もいつか、ジーンみたいに自立して、一人で何でもできる人間になりたいな」
 
「君と僕は、境遇もどことなく似ているし、同じ考えを持っているみたいだね。僕も、ディース君に会えてよかったよ」
 
「ディースでいいよ。僕も……既に呼んでいるけれど、ジーンでいいよね?」
 
「もちろんさ」
 
 二人で、笑い合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

私が……王太子……のはずだったのに??

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と朝を迎えたら……城下が騒がしい……?? 一体……何が起きているのか……??

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...