ファーメリーズ・ギフト

幹谷セイ

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19.贈り物

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「ディースたん! まってくだたい!」
 
 森の中を必死で駆ける。
 
 そんな僕を、ずっと引っ張られてついてきたコールが制止させた。
 
 立ち止まり、後ろを見る。誰かが追いかけてくる気配はない。
 
 でも、きっと今頃、ソフィアの口からコールの正体が語られているだろう。
 
「どうして、逃げるですか?」
 
 息を切らしながら、コールが訊ねてくる。
 
 彼女はまだ、今の状況がよく分かっていないみたいだ。
 
 僕は少し迷ったが、はっきりと告げることにした。
 
「君が、ジョーカーだからだよ」
 
 コールは大きく目を見開く。
 
「あそこにいたら、確実に捕まる。問答無用で、殺されてしまうかもしれない。逃げることしか、できないんだよ」
 
 僕が簡単に説明すると、コールは、ぶんぶんと首を横に振った。
 
「……ちがうです。コールは、ジョーカーじゃないです」
 
 僕は少し苛立ちを覚え、怒鳴ってしまった。
 
「だったら、何なんだ! ジョーカーじゃないなら、君はいったい、何だっていうんだよ!」
 
 なぜ、ダイア村の周りを彷徨いていたんだ。
 
 なぜ、僕を探していたんだ。
 
 なぜ、ファーメリーを連れていないんだ。
 
 あの寝言は何だったんだ。
 
 頭の中で、疑問が渦を巻く。
 
 全てをコールにぶつけたところで、その回答は返ってこないことくらい、分かっている。
 
 だから余計に、苛立つ。
 
 何も分からないことが、こんなに歯痒いなんて。
 
「コールは、コールです。ディースたんに、お名前いただいたです……」
 
 コールは、僕の声に怯えて、身体を震わせていた。
 
 それでも、必死で言い返してきた。
 
「……違う。コールは、僕のファーメリーの名前だ。記憶をなくした君に、貸してあげているだけだ。あげるわけにはいかない」
 
 僕は否定し、首を振る。
 
 彼女の顔が、みるみる歪む。
 
「僕の、大事なファーメリーの名前なんだよ! 君の仲間に殺された、僕の、大事な……」
 
「じゃあ、じゃあ、私は誰でしか……?」
 
「だから、さっきから言ってるだろ。君はジョーカーだ」
 
「違うです! ジョーカーは怖いです、恐ろしいです!」
 
 大きな声で、そう叫ばれた。
 
 僕は驚いて、一瞬怯む。
 
「ディースたん、私のこと怖いですか? 恐ろしいですか?」
 
 必死で訊いてくる。
 
 僕は彼女を見つめた。
 
 やせぎすで、見窄みすぼらしくて、見るからに怪しいけれど。
 
 ――怖く、ない。
 
 ――恐ろしく、ない。
 
 一度もそう思わなかったと言えば、嘘になる。
 
 でも、彼女は決して、僕を絶望させない。
 
 村の外に出た時に襲ってきた、ジョーカーの手下から滲み出ていた、何もかもが嫌になりそうな感覚は、ないんだ。
 
「……ごめん、言い過ぎた」
 
 僕は、地面にヘたり込んだ。
 
 彼女がジョーカーの仲間ではない。と、まだ胸を張って言うことはできない。
 
 でも、彼女を傷つけないように、心の奥深くにしまっておくだけなら、できる。
 
 いつか、堂々とそう言える時まで。
 
 僕の中には、今までとは違う、固い決意があった。
 
 僕は荷物の中を漁り、一番奥にしまってあった包み紙を取り出す。
 
 中身は、羽ばたく鳥の形をした、髪飾りだ。
 
 ――僕は目を閉じ、空想の中の、自分のファーメリーに語りかけた。
 
 
 
  僕は、君の面影をずっと探して、生きてきた。
 
  でも、君がもういないと知ったとき、歩き出さなきゃと思ったんだ。
 
  そのときはまだ漠然としていて、先のことなんてほとんど考えられなかった。
 
  でも、今は違う。
 
  僕は行こうと思うよ。
 
  一人じゃないから。
 
  隣には、君はいないけれど、彼女がいる。
 
  彼女は、ジョーカーかも知れない。
 
  君を僕から奪った敵の、仲間かも知れない。
 
  でも、彼女は僕を必要としてくれている。
 
  だから、守ろうと思うんだ。
 
  助けようと思うんだ。
 
  ギフトからも、ジョーカーからも。
 
  そんな僕を、君は許してくれるだろうか?
 
  許してくれなくてもいい。
 
  ただ。
 
  僕が君を裏切った訳じゃないこと。
 
  今でもずっと、ずっと大切に思っていることを、分かっていてほしい。
 
  だから、今しばらく、さよならだ。
 
 
 僕は、思い出にすら登場しない、会うこともできなかったファーメリーに、形ばかりの別れを告げた。
 
「きれいですー……」
 
 ふと気付いて顔を上げると、コールが僕のすぐ横に座り込んでいた。さっきの剣幕はすっかり忘れてしまったように、瞳を輝かせて髪飾りを見ている。
 
 僕は笑って、その髪飾りをコールの頭につけてあげた。
 
 くすんだ灰色の髪に、不思議な輝きを放つ髪飾りは、よく似合う。
 
「お詫びに、あげるよ。僕はもう、こんなのにすがってちゃ、駄目なんだ」
 
 僕はまっすぐコールを見て、言った。
 
「どこまでやれるか分からないけど、僕がコールを守るから。助けるから。僕と、一緒に来てほしい」
 
「私、コールでいいですか?」
 
 コールは尋ねた。僕は頷いた。
 
「ディースたんと、一緒にいてもいいですか?」
 
 僕は再度、頷いた。
 
 コールは少し頬を赤く染めて、俯いた。しょんぼりしているようにも見えた。
 
「コール、ディースたんにもらってばっかりです……」
 
「いいんだ、僕も、たくさんもらった」
 
 前へ進む勇気。
 
 誰かを守りたいと、本気で思える気持ち。
 
 今までのように、ただ家にいるだけじゃ、絶対に見つからないもの。
 
 コールはそれを、たくさん、たくさん教えてくれた。
 
 コールは分からないようで、首を傾げて困った顔をしていた。
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