ファーメリーズ・ギフト

幹谷セイ

文字の大きさ
20 / 26

20.再会の真実

しおりを挟む
 僕とコールは、歩きだした。
 
 宛があるわけではないが、今は少しでも遠くへ行くべきだ。
 
 できれば、コールをジョーカーの影から解放する。
 
 そんな方法を、見つけたい。
 
 そう考えながら、とりあえず歩みを進めてゆくと、目の前に人の気配を感じた。
 
 ふと前方を注視すると、木の陰に重なる、誰かの人影が見える。
 
 相手は必死に身を隠しているようだったが、動揺しているのか、うまく気配をコントロールできていない。
 
「ジーン、か?」
 
 僕は直感的に、その人影に声をかけていた。
 
 この森の中で身を隠そうとしている人間が、他に思いつかなかったのだ。
 
 人影は飛び上がるかのように大きく体を震わせ、素早く首を後ろへ向けた。
 
「ディース……」
 
 やっぱり、ジーンだった。
 
 僕はジーンに駆け寄る。
 
 ジーンは、自分の身体を抱きしめるようにして、膝を折っていた。黒い服だからよく見えないが、その布地には血がしみこんで、どす黒さが増している。
 
 よく見れば、首筋や腕なども、傷だらけで白い肌が見る影もない。
 
「酷い怪我だ! 大丈夫?」
 
 僕はジーンに触れようとした。傷口をよく見ようと、襟元を掴んでシャツのボタンを外そうとした。
 
 しかし、その手は弾かれた。ジーンは怯えるような表情で、僕から逃れるように身体をよじらせる。
 
「だ、大丈夫。見た目ほど、酷いものじゃないから」
 
 そして、動揺を見繕みつくろうように、笑ってみせるのだった。
 
「身体、見られるのが嫌?」
 
 僕はふと、罪悪感をもって手を引いた。
 
「そうだよね、女の子だもんね……」
 
 呟くと、ジーンの白い頬が紅潮した。
 
 少し、動揺した。
 
 目の前のジーンと、記憶の中のジーンが重ならない。
 
 昨日のジーンは、強くて自信に溢れた、かっこいい僕の憧れの青年だった。
 
 なのに、今のジーンは、たどたどしくて、小さくなって震えている、ひ弱な女の子だ。
 
 これがきっと、ジーンの本当の姿なのだろう。
 
「――ミーシャに、会ったんだね」
 
 ジーンは尋ねてきた。彼女の正体を知っているということは、それしか考えられなかったのだろう。
 
 僕は頷いた。
 
「いろんな人に会ったよ。ダイア村の臆病な人たち、君のお母さん、ミーシャ、それに、ジーンやコール」
 
 初めて村を出て、多くの人たちに出会った。
 
 どれもこれも新鮮で、初めての出会いばかりだった。
 
「コールは、行方不明の女の子じゃなかった。君は最初から、それを知っていたんだよね」
 
 その子は、本当はジーンだった訳なんだから。
 
 僕はジーンを見つめた。ジーンは俯いた。
 
「だったら、コールはいったい、どこの誰だと思っていた?」
 
「……?」
 
 僕の問いかけに、ジーンは再び顔を上げて、首を傾げる。
 
 質問の意味を、計りかねているようだ。
 
「コールは、ジョーカーだと蔑さげすまれて、ダイア村から追い出されたよ」
 
 ジーンは驚いた顔を向ける。視線が僕からはずれた。その目で、僕の背後のコールを見たようだった。
 
「コールは、ジョーカーの仲間かもしれないし、そうじゃないのかもしれない。僕には、よく分からない。でも、みんながコールをジョーカーとして狩るというなら、僕は命を懸けてでも守るつもりだ」
 
「君は、彼女がジョーカーの仲間かもしれないと思っているのに、それでも彼女を守るというのか?」
 
 ジーンが困惑するのも無理はない。
 
 素性を知らなかった、というのなら、話は別だが、僕は既に、コールの正体をおぼろげに知っている。
 
 彼女が人間に危害を加える存在であると、理解した上で、それでも守ると言ったのだから、ジーンの反応は当然だ。
 
 でも、僕にとっては当然でも常識でもなかった。
 
「コールが頼れるのは、僕しかいないんだ。君が教えてくれたんだよ、ジーン」
 
 その言葉がなければ、僕はコールを、ただのお荷物としか見ていなかったかも知れない。
 
 だからそのことは、とても感謝している。
 
 でも、それだけが、僕がコールを守りたいと思った理由ではなかった。
 
「それに――」
 
 僕は視線を地面へ向け、静かに言い放った。
 
「――記憶を失ったジョーカーより、人間のほうが、よっぽど怖い」
 
 人間は、平気で嘘をつく。
 
 どんなに親しい相手でも傷つける。
 
 偽る、騙す、陥れる。
 
 そのことを、僕は今回の仕事で初めて知り、そして、怯えた。
 
 その恐怖が、僕がジョーカーや、コールの存在に対して感じる恐れを、遙かに凌駕りょうがしていたのだ。
 
 ジーンが息を飲む音が聞こえた。
 
「……すまない」
 
 ジーンは謝った。
 
 彼女は聡い。
 
 僕の言いたいことを、苦しいほどに理解してくれる。
 
「僕は、君に嘘をついた。軽蔑されても、仕方がない」
 
「僕のことを、信用してくれてなかったんだろう? だから、たくさん嘘をついた」
 
「はじめはね、そうだった。でも、君といるうちに、だんだん、楽しくなってきた。ずっと、一緒にいたいと思った。だから、あんなことを言ってしまった」
 
 ――僕と一緒に行かないか。
 
 ジーンは、僕にそう言ってくれた。
 
「君と一緒にいたかった。その気持ちだけは、本当だったんだよ。信じてくれなんて、今更言えないけれど……」
 
「僕は、ジーンが嘘をついていたなんて思わないよ」
 
 ジーンは僕を見る。目尻が少し塗れていて、わずかな木漏れ日に反射して光った。
 
「ジーンが男だと思ったのだって、僕が勝手にそう決めつけて、納得してしまっていただけなんだし。ジョーカーと一人で戦いながら旅をしているのだって、まだ始めていないけど、これからそうするつもりだったんだろう?」
 
 みるみる歪んでいくジーンの表情に、僕は少し戸惑う。でも、何とか言いたいことを紡いだ。
 
「だから、その、ジーンは嘘じゃなくて、希望を言ったんだ。これからの目標、やりたいことを、僕に言って、誘ってくれただけなんだ」
 
「ディース……」
 
「昨日の返事、まだ言ってなかった。僕はコールを守ると決めた。だから、ジーンの目的とは、少し異なった方向へ進もうとしているのかもしれない。でも、もし、それほど遠くない道なら、一緒に歩いていきたい」
 
 こぼれた。
 
 涙が。
 
 ジーンの白い頬を伝って。
 
「僕も、僕たちも、ジーンと一緒に行っていいかな」
 
 僕が笑いかけると、ジーンの口からか細い、震える声が飛び出した。
 
「――僕も、君と同じ望みを持った。でもそれは、決して、思っちゃいけなかったことなんだ」
 
「どうして?」
 
「僕は、罪を犯した。表のすべてを拒絶し、裏のすべてを受け入れた。だから、君と僕は相入れない。関わってはならないんだ」
 
「何を言っているんだ、ジーン?」
 
「……もっと早く、君に出会えていれば良かった。そうすれば、こんなことには……」
 
「今からでも遅くないさ、僕は君と、友達になりたいんだ!」
 
 僕の言葉に、ジーンは大きく肩を震わせた。
 
「ダメだ、ダメだ……」
 
「どうしてダメなんだ、僕には分からないよ。もっと、はっきり教えて……くれ……」
 
 僕はジーンに歩み寄った。
 
 そして、立ち止まってしまった。
 
 さっきまで僕が立っていた場所からは、ジーンの向こう側の景色が、大きな木によって死角になっていた。
 
 僕が一歩踏み出したことで、その死角が姿を現した。
 
 硬直した。
 
 そこには、傷だらけで横たわるファーメリーの姿が。
 
 先刻、僕が鳥かごを開けて、そこから飛んでいったファーメリー。
 
 ジーンの、ファーメリーだ。
 
 ボロボロだった。横向けに地面に倒れ込んだまま、動かない。
 
 ここからでは、生きているのか、死んでいるのか、分からない。
 
 でも、僕にはその姿が。
 
 自分のファーメリーと重なった。
 
「うわあああああ!」
 
 自分の悲鳴で我に返った。
 
 気づけば僕は、ジーンの胸ぐらを掴んでいた。
 
「ジーンがやったのか!?」
 
 ジーンは頷いた。
 
 頷いて、ほしくなかった。
 
「どうしてだよ、ファーメリーは、このファーメリーは、ジーンだけの、大切な……」
 
 僕の元には来なかったファーメリー。
 
 僕に出会う前に、殺されてしまった。
 
 きっと、目の前の、このファーメリーのように、ズタズタにされて。
 
 僕のファーメリーも、きっとこんな風になってしまったのだ。
 
 その姿を、想像なんてしたくもなかった。
 
 だが、その光景を、ジーンは演出した、作り上げた。
 
 それも、自分の、もっとも愛すべき相棒を使って。
 
「こんなこと、許されると思ってるのか! 僕は、絶対に許さないぞ、こんなの、こんなの!!」
 
 僕がジーンを責めつけている間。
 
 その側を通り過ぎたものがあった。
 
 コールだ。
 
 コールは澄んだ緑眼を瞬きすることなく、歩いてゆく。
 
 横たわった、ファーメリーのところへ。
 
 そして、側に座り込んで、そっと頭を撫でてた。
 
 すると、ファーメリーは、かすかに身体を震わせる。
 
「――生きてるです。お元気じゃないけど、生きてるです」
 
 僕は、身体から力が抜けていくのを感じた。
 
 ジーンの胸倉から、手を引いた。
 
 彼女は、ぐったり俯いて、涙を流し続ける。
 
「……それでも、罪に汚れた僕の手は止まらない。止められない」
 
 自分の身体を、締め付けるように抱きしめて。
 
 ジーンは、自らの意志でこれを行ったんじゃないのか?
 
 次第に怒りが冷めてきて、僕は動揺した。
 
「ジーンは、こんなことをするつもり、なかったのか?」
 
 ならどうして?
 
 自分の意志じゃないのか?
 
 誰かが、そうしろと言ったのか?
 
 無理矢理、やらされたのか?
 
 ジーンは答えない。
 
 代わりに、その身体が徐々に振動をはじめ、僕は異変を感じた。
 
「ジーン? どうしたんだ」
 
「ディース……」
 
 ジーンは顔を上げた。
 
 その顔は、恐怖に包まれていた。
 
 怯えている? ジーンが。
 
 一体何に――。
 
「助けて……」
 
 そう呟いた。
 
 ジーンが、助けを求めている。
 
「もう、戻れない。それでも、僕は、君の言葉を信じたい。だから、僕も……」
 
 その言葉の続きが、壊れた。
 
「僕は、僕も、君と、僕と、僕と、ボクと……」
 
 ガタガタと、ジーンの身体が不気味に揺れはじめる。
 
 まるで、壊れたゼンマイ仕掛けのおもちゃのようだ。
 
[ボクとお友達になってくれるのおぉぉぉぉ!?]
 
 そして、ジーンの首元から飛び出した。
 
 びっくり箱の中身のように。
 
 あり得ない、化け物が。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

私が……王太子……のはずだったのに??

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と朝を迎えたら……城下が騒がしい……?? 一体……何が起きているのか……??

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...