人であらざる人の道~はじまりの代行人形~

幹谷セイ

文字の大きさ
15 / 18
裏切りと脱出

15.更なる裏切り

しおりを挟む
「ショーン、いるか!?」
 
 勢いよく、自宅のドアを開く。
 
 家の中は、もぬけの殻だった。
 
 今朝のショーンは熱も下がって、部屋の中を歩きまわれるくらい回復していた。
 
 だがまさか、外に出掛けているなんて、思いもしなかった。
 
 元気であっても、ほとんど外出なんてしない奴が、この非常時に限って、どういう風の吹き回しだ。
 
「ったく。この大変な時に、どこに行きやがった!」
 
 ショーンを探しに行かないといけない。
 
 その前に。俺は寄り道して、自分の部屋へと向かった。
 
 これからの大事に備えて、願掛けをしようと思いついた。
 
 机とベッドだけで、ほとんどの面積を占めている、狭い俺の部屋。
 
 その机の隅に、ちょこんと座っている、男の子の姿をした小さな布人形を手に取った。
 
 こいつは、ショーン・アルペイトという人間が生まれてはじめて作った人形であり、ノイエ・アルペイトと言う人間が、生まれた頃からずっと大事に持ち続けてきた、人生を共にしてきた人形なのだ。
 
 お守り代わりに側に置いているだけで、とても勇気が湧いてくる。
 
 剣術の試合や試験など、ここぞというときには、いつも側に置いて、勇気を分けてもらっていた。
 
 すると不思議と、いつもピンチを切り抜けられたのだ。
 
 これから俺がしなくちゃならないことは、とても勇気と度胸のいることだから。
 
 今回も、こいつの力を借りようと思ったわけだ。
 
 俺は人形を小さな袋に入れて、大事に腰へ結びつけた。
 
 そして気合いを入れ直し、ショーンを捜すため、家を飛び出した。
 
 ● 〇 ●
 
 町の路地という路地を、くまなく探して回る。
 
 しかし、いっこうにショーンらしき姿は、影も形も見あたらない。
 
 どこかで行き倒れているかも、と思い、足下も入念に見て回ったが、屍のごとく転がっている気配もない。
 
 あまりの発見率の悪さに、焦りを覚えてきた頃。
 
「やあ、弟君。そんなに急いでどこへ?」
 
 そこへ通りかかったのは、のんきにパトロール中のナオミ警官だった。
 
「ナオミさん、ショーンを見なかったか?」
 
「自分は見ていないっすよ。どうしたんすか、血相を変えて」
 
 俺の様子から、只事ではない状況を察知したのか。
 
「まさか、アルペイト兄の身に、何か?」
 
 怪訝そうに尋ねてくる。人形師狩りに襲われたと、想像したのかもしれない。
 
 彼女を見て、俺はふと、考える。
 
 最悪、ショーンが見つからなくても、日々、人形師狩りを捕らえようと尽力している警察なら、事情を話せば、協力してくれるんじゃないだろうか。
 
 レインはエニルダと人形師狩りの間に接点がないから、警察には動いてもらえないと言っていたが。
 
 説明してみるだけの価値はあると思う。
 
「……ナオミさん。相談があるんだけど」
 
 事情を話そうとしたが、直前で思い留まった。
 
「いや、でも、あんただと、ちょっと心配だな」 
 
 俺は腕を組んで、目の前の女警官に難色を示す。
 
「何が心配なんすか。一人で勝手に話を進めないでほしいっす」
 
 俺の態度が気に入らなかったのか、ナオミ警官は不服そうだ。
 
「あんた、スノー先生のこと好きだろ」
 
 ズバリと尋ねると、ナオミ警官は顔を真っ赤にして、首やら手やら、ブンブン振りだした。
 
「ななな、何を言い出すっすか! たたた確かに、スノー先生は立派な方ですから、自分は非常にそそ尊敬しているっすけども! すす好きだなんて、そんな畏れ多い」
 
 図星かい。
 
 日頃のこいつの態度から、もしやとは思っていたが、確実に惚れている。
 
 だとすると。
 
 スノー医師の正体をこいつに話すのは、危険かもしれないな。
 
 警察だろうが何だろうが、所詮しょせんは人間。
 
 自分が好意を持っている人間なら、たとえ悪人であっても目をつぶって見逃してしまう。
 
 なんて可能性も考えられる。
 
「……じゃあもし、その尊敬している先生が、悪いことをしていたとしたら、あんたは捕まえる覚悟があるか?」
 
 不安だったので、尋ねてみる。
 
 するとナオミ警官は我に返り。
 
 腰に手を当て、でかい胸を張る。
 
「自分、公私混同はしない主義っす。いくら尊敬する憧れの御人であっても。犯罪に手を染めるとあらば、絶対に許しはしないっすよ!」
 
 おお、頼もしいお言葉。
 
 ナオミ警官の中では、出世欲のほうが、色恋沙汰よりも優先されているらしい。
 
 そんな彼女を、俺は信じることにした。
 
「分かった。じゃあ、俺の話を聞いてくれ。……人形師狩りに殺しをさせている犯人が分かった」
 
 ナオミ警官の目が血走り。くわっと大きく見開かれた。
 
「犯人は人形師エニルダと、奴と手を組むスノー先生なんだよ」
 
「んなっ……!」
 
 突然、意外な真実を暴露され、ナオミ警官は混乱しているらしく、しばらく目が泳いでいた。
 
 しかし、人形師狩りの正体を知ったときのパニックぶりに比べると、かなり落ち着いたもので。
 
「弟君。ここでその話はちょっと……」
 
 冷静に周囲を警戒しながら、声を潜める。
 
「署に来てほしいっす。詳しい話は、そこで」
 
 その真剣な態度を見て、俺は安堵した。
 
 この途方もない話を信じてくれる人がいたことが、非常に嬉しかったのだ。
 
 思えば、初めてかもしれない。
 
 この女警官が頼りになる。と心から感じたのは。
 
 俺は自分の見てきた、聞いてきた全てを伝えるために。
 
 ナオミ警官について警察署へと向かった。
 
 ● 〇 ●
 
 まったく。これだから、女なんて奴は信用がならない。
 
 公私混同はしないだとか、ぬけぬけとほざいでおいて。
 
 仕事が命と見せかけ、結局、男を取る。
 
 狡猾で卑怯な生き物だ。
 
 レイン以外だけど。
 
 と言うか、この女警官だけだけど。
 
「やあ、ノイエ君。あの屋敷から抜け出せたなんて、すごいね。君」
 
 ロノステラの警察署に連れられて来て、重苦しい雰囲気の漂う建物の中に入ってみれば。
 
 寛いだ姿のスノー医師が、にこにこ笑って手を振っていた。
 
 俺は反射的に腰の仕込み杖に手をかけようとしたが、すぐに身動きがとれなくなる。
 
「動かない方が身のためっす。大人しくしなさい」
 
 ここへ俺を連れてきたナオミ警官に、背中に猟銃の銃口を突きつけられる。
 
 真面目くさった顔して、この女警官……。
 
 俺を騙したわけか。
 
「あんた、何考えてんだよ!」
 
 俺は彼女に向けて、大声を張り上げていた。
 
「彼女は僕の志に賛同してくれる、数少ない同志なんだ」
 
 ナオミ警官の代わりに、スノー医師が口を開いた。
 
 俺は横目にナオミ警官を睨みつけ、怒鳴りつけた。
 
「最低だな、あんた。さっきと言ってることが違うじゃねーか!」
 
 だが、それを制止するように、スノー医師は口の前で指を立てる。
 
「これ以上は、騒がないで。大人しくしてくれるかい? 君のお兄さんの命を助けたかったらね」
 医師のすぐ足元。
 
 床に倒れ込んでいる男――ショーンに気付き、表情を歪める。
 
「しょ、ショーン! どうしたんだ、お前!」
 
 ショーンは真っ青な顔をして、ぐったりと横たわっていた。
 
 呼吸も弱々しく、かすかに痙攣を起こしている。
 
 スノー医師はそんなショーンを見下ろしながら、にこにこと笑っていた。
 
 その手には、謎の液体が入った注射器が。
 
 何か、やばい薬でも打たれたのだろうか。
 
 こいつは行動で示してきたのだ。
 
 これ以上の抵抗は、ショーンの命を危険に晒すことになると。
 
 歯を食いしばり、やむなく、俺はその脅しに従うしかなかった。
 
「ちょっと、予定が狂っちゃったね。まさか君に全て知られてしまうとは。一般人はあまり巻き込みたくなかったんだけど」
 
 スノー医師は肩を竦めて、微笑んだ。
 
「でもバレたからには、君を野放しにしてはおけない。邪魔をされると困るからね」
 
「だけど」と、スノー医師は品定めでもするように俺を見て、言った。
 
「君のすばしっこさや秀でた剣術は、とても使えると評価しているんだ。敵に回すと厄介だけど、こちらの戦力になるのであれば申し分ない。だから選ばせてあげるよ。ここでじっと終わりを待つか。それとも、僕らの仲間になってその手腕を揮うか。話し合おうよ」
 
 ふざけた二択を強いてくる。
 
 そんなこと、選ばせてもらわなくたって、俺の答は決まっている。
 
「どっちも嫌だね。俺は絶対に、お前らの企みを止めてやる!」
 
「うん。そう言うだろうと思ったよ。でも、話くらい聞いてくれたっていいだろう? まあ。それでも嫌だって言われたら、もう身の保証はできなくなっちゃうけど――ね」
 
 スノー医師は、不気味に笑った。
 
 白衣の懐から、何かを取り出す。
 
 その手には、手術で使うメスが。
 
 鋭い刃先が、俺の頬に触れる。
 
 俺はじっと息を殺し、なすがままにされながらも、逃げ出す機会を窺っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...