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第二部 四季姫進化の巻
第十一章 悪鬼奇襲 4
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四
翌日。
昨夜、寝付けなかったせいもあって、榎は少し朝寝坊した。
着替えて食卓に顔を出すと、椿の姿がなかった。
「叔母さん、おはようございます。椿、どこかへ出掛けたんですか?」
用意してもらった和風の朝食を食べながら、椿の母――桜に尋ねた。
「今日は、早朝から部活の朝練があるって、ずいぶん早うに出掛けて行ったわ」
椿は吹奏楽部に所属している。夏休みとはいえ、こんなに朝早くからの部活動なんて、珍しかった。
「あたしも、お世話になった施設に、挨拶に行ってきます」
食事を平らげると、榎も支度を済ませて外へ出た。
* * *
榎は一直線に、四季ヶ丘病院にやってきた。
受付を済ませ、綴の病室の前で立ち止まる。
名古屋に帰る前に、きちんと挨拶しなければと思っていた。だが、名残惜しさが勝って、延ばし延ばしになっていた。
椿たちに打ち明けるだけでも、かなりの覚悟が必要だった。綴が相手となると、さらに抵抗は大きかった。
綴は大人だから、榎の突然の報告にも動じないだろう。正直、綴がどんな反応を見せるのか、想像がつかなかった。
さも当たり前に、笑顔で別れを告げられでもしたら、榎は立ち直れないかもしれない。想像すると、怖かった。
もちろん引き止められたって、京都に居続けられるわけもない。でも、どうしても伝える勇気が出なかった。
だが、今は事情が変わった。気弱になっている場合ではない。
榎は意を決して、病室の扉をノックした。
中に入ると、ベッドに上体を起こす綴と、パイプ椅子に腰掛ける奏がいた。
「おはようございます、綴さん、奏さん」
「ごきげんよう、榎さん。わざわざ来てくださって、ありがとうございます」
二人は、笑顔で榎を迎えてくれた。本当に、落ち着く空間だ。
しばらく、見舞に来られないのだと思うと、名残惜しかった。
「お二人に、色々、聞いてもらいたい話があるんです」
軽く挨拶を返して、榎は真剣に切り出した。奏たちも、表情を固くした。
「麿は今、どこにいますか?」
まず最初に、聞いておきたかった件を尋ねた。
月麿は封印解除が成功したあと、いつも暮らしていた庵から姿を消した。以来、どこへ行ったのか、榎たちは知らない。
奏なら、所在を把握しているかも、と践んでいた。
「月麿は、京都にいませんの。六本木の、伝師の本社に滞在してもらっています」
予想通り、奏は月麿の居場所を教えてくれた。まだ、伝師のお膝元に居座っているのか。少し驚いた。
「ですが、麿はもう、伝師の使命からは解放されたのでは?」
更に尋ねる。奏は頷いた。
「先日の封印解除の際に、月麿に課せられていた伝師の命令は、全て解除されました。ですが、右も左も分からない平安人を、現代に放り出すわけにもいきませんでしょう? しばらく、陰陽術に関する研究の手伝いをしてもらおうと思っていますの」
たとえ自由になっても、月麿はこの時代でどうやって生きていけばいいか、分からない。
奏なりの親切だ。
親切心と同時に、奏は月麿に何らかの利用価値を見出している節もあった。月麿を手放したくない、打算的な感情もありそうだった。
「以前、ヘリコプターで東京まで行ってもらった理由も、わが社で進めている研究の協力を依頼するためだったのです。陰陽術の力を科学と融合させて、世の中に役立てるエネルギーに利用できないか、と考えておりますの」
月麿の持つ、強い陰陽師の神通力。
奏はその力を、とことん有効利用する気だ。
「研究が進めば、月麿がこの時代にやってくるために使った〝時渡り〟のメカニズムについても解明できるかもしれません。もし、過去に戻る方法が開発できれば、月麿を平安時代に戻してあげられるかも、と思いましたの」
具体的な説明を聞き、榎は感嘆の声をあげた。
「つまり、現代の人間を過去に飛ばす技術が、生み出せるかもしれないんですね!?」
榎は興奮した。
そんな技術が確立すれば、世の中の文明が一気に躍進する。月麿や、朝や宵だって、望めば元の時代へ戻れる。素晴らしい研究だ。
奏も鼻息が荒い。口調も、だんだん激しくなっていった。
「その通りですわ。やがて、世界で最初のタイムマシンを発明して、伝師の名を地球上に知らしめるのです! 実用化できれば、イベントにレジャーに引っ張りだこ、ガッポガッポ大儲け間違いなしですわ!!」
「奏さん、本音が漏れてます」
経営の話となると、奏は我を忘れる。先に冷静さを取り戻した榎が指摘すると、奏は恥ずかしそうに咳払いした。
「……なので、しばらくは月麿とは会えませんわ。何か、月麿に御用ですか?」
月麿に話したかった話は、綴や奏にも聞いてもらわなければならないものだ。
まだ少し、躊躇いもあった。でもすぐに、話す決心を固めた。
「順を追って、説明しますね」
榎はまず、京都を離れる旨を報告した。
「名古屋に、お帰りになるの。寂しくなりますわね」
奏は哀愁漂う顔をした。長い睫毛を伏せて、軽く項垂れた。
綴は無表情のままで、黙って榎の話を聞いていた。
心の中で何を思っているのか。分からなくて、榎の不安は増した。
「ですが、今生の別れでもありません。今は親御さんの元で、健全な中学生活を送るべきですわ」
別れを惜しみながらも、奏は榎の帰省を後押ししてくれた。
「四季姫のみんなも、同じ意見でした。親を心配させるわけにもいかないし、あたしも異論はありません」
本来なら、この場で別れを告げて、何もかも済んだはずだ。
だが、榎の中に、素直に引き下がれない問題が起こっていた。
「ただ、一つ気に掛かっていて。昨日から、変な気配に後をつけられている気がするんです」
西都タワーで感じた、嫌な感覚。
その気配は、四季が丘に戻ってきてからも、度々感じられていた。
どこか遠くから、誰かに見られている。おぼろげに気付けても、感知能力の低い榎では、その正体が全く分からなかった。
榎よりも強い力を持っている楸たちが気付いていない点も、不思議だった。どうして榎だけが、謎の気配に追い回されているのか。
「妖気を探る力は、麿が一番長けているから、気配の正体を教えてもらえたら、と思ったんです。気懸かりを遺したまま、名古屋には帰れません」
もし、周囲に危害を加える妖怪の仕業なら、夏休みの間に退治しておきたい。京都へやって来て、夏姫として戦いに身を投じてきた、榎なりのけじめだ。
榎の気持ちを汲んで、奏は同意してくれた。
「遠方にいても、何か感じられるかもしれません。月麿に連絡を取ってみましょう」
携帯電話を手に、奏は病室を出て行った。
遠ざかる足音を聞きながら、榎は横目に綴を見た。
榎が来てから、綴は一言も話さない。ずっと神妙な表情をして、考え込んでいた。
名古屋へ帰ると報告しても、あまり驚いた顔もしなかった。もしかして、綴は既に知っていたのだろうか。夢で榎の様子を見ていたのかもしれない。
だとしても、声を掛けてくれない理由は何だろう。
やっぱり綴の思惑が分からず、榎は苦しくなった。
問い質してみようかと、口を開きかけた時。
綴の声に遮られた。
「榎ちゃん。その怪しい気配について、他の四季姫たちは何か言っているのかい?」
不意を突かれて、口ごもる。気持ちを落ち着けて、榎は首を横に振った。
「みんなは、気配に気付いていなかったので、詳しく話していません。だから尚更、あたしが何とかしなくちゃと思って」
せっかく平和が戻ったのだから、他の三人に余計な負担は掛けさせたくなかった。
榎の意見を聞いて、綴は表情を歪めた。
「君は責任感のある娘だ。一人で何とかしたいと頑張る気持ちは分かるよ。でも、もう少し周囲をよく見るべきだ」
神妙な表情で、注意を促された。
綴は、一人で問題解決に動こうとする榎を心配してくれていた。同時に、疑問も抱いていた。
「妖怪にしても、悪鬼にしても、特定の人間にだけ気配を向ける技などないんだ。四季姫の妖力を探る力に、大きく差があるとも思えない」
綴が何をいいたいか、察しがついた。
やっぱり、妙な気配を榎一人が感じ取るなんて、おかしい。
指摘を受けた瞬間、榎は一つの答を導き出した。
「みんな、気配に気付いていたのに、知らないフリをしていた……?」
気持ちが動揺した。他に、考えられない。綴も首を縦に振った。
「四季姫たちは、君に安心して名古屋に帰ってもらいたいから、新しく生じた問題に巻き込みたくなかったんだろう。三人で、何とかしようと考えているかもしれない」
今朝から、椿の姿を見なかった理由も、今ならば納得できた。榎に内緒で、楸や柊と行動を起こしている可能性が高い。
「でも、相手の正体が分からない以上、別行動は要領が悪い。勝率を高めるためにも、四人で協力して問題に取り組むべきだ」
綴の言葉は正しい。一人よりも、三人。三人よりも、四人だ。
榎のために気を遣ってくれた三人のためにも、合流しなければならない。
「みんなを探してきます! 気配の正体について分かったら、連絡をください!」
一目散に、榎は病院を後にした。
翌日。
昨夜、寝付けなかったせいもあって、榎は少し朝寝坊した。
着替えて食卓に顔を出すと、椿の姿がなかった。
「叔母さん、おはようございます。椿、どこかへ出掛けたんですか?」
用意してもらった和風の朝食を食べながら、椿の母――桜に尋ねた。
「今日は、早朝から部活の朝練があるって、ずいぶん早うに出掛けて行ったわ」
椿は吹奏楽部に所属している。夏休みとはいえ、こんなに朝早くからの部活動なんて、珍しかった。
「あたしも、お世話になった施設に、挨拶に行ってきます」
食事を平らげると、榎も支度を済ませて外へ出た。
* * *
榎は一直線に、四季ヶ丘病院にやってきた。
受付を済ませ、綴の病室の前で立ち止まる。
名古屋に帰る前に、きちんと挨拶しなければと思っていた。だが、名残惜しさが勝って、延ばし延ばしになっていた。
椿たちに打ち明けるだけでも、かなりの覚悟が必要だった。綴が相手となると、さらに抵抗は大きかった。
綴は大人だから、榎の突然の報告にも動じないだろう。正直、綴がどんな反応を見せるのか、想像がつかなかった。
さも当たり前に、笑顔で別れを告げられでもしたら、榎は立ち直れないかもしれない。想像すると、怖かった。
もちろん引き止められたって、京都に居続けられるわけもない。でも、どうしても伝える勇気が出なかった。
だが、今は事情が変わった。気弱になっている場合ではない。
榎は意を決して、病室の扉をノックした。
中に入ると、ベッドに上体を起こす綴と、パイプ椅子に腰掛ける奏がいた。
「おはようございます、綴さん、奏さん」
「ごきげんよう、榎さん。わざわざ来てくださって、ありがとうございます」
二人は、笑顔で榎を迎えてくれた。本当に、落ち着く空間だ。
しばらく、見舞に来られないのだと思うと、名残惜しかった。
「お二人に、色々、聞いてもらいたい話があるんです」
軽く挨拶を返して、榎は真剣に切り出した。奏たちも、表情を固くした。
「麿は今、どこにいますか?」
まず最初に、聞いておきたかった件を尋ねた。
月麿は封印解除が成功したあと、いつも暮らしていた庵から姿を消した。以来、どこへ行ったのか、榎たちは知らない。
奏なら、所在を把握しているかも、と践んでいた。
「月麿は、京都にいませんの。六本木の、伝師の本社に滞在してもらっています」
予想通り、奏は月麿の居場所を教えてくれた。まだ、伝師のお膝元に居座っているのか。少し驚いた。
「ですが、麿はもう、伝師の使命からは解放されたのでは?」
更に尋ねる。奏は頷いた。
「先日の封印解除の際に、月麿に課せられていた伝師の命令は、全て解除されました。ですが、右も左も分からない平安人を、現代に放り出すわけにもいきませんでしょう? しばらく、陰陽術に関する研究の手伝いをしてもらおうと思っていますの」
たとえ自由になっても、月麿はこの時代でどうやって生きていけばいいか、分からない。
奏なりの親切だ。
親切心と同時に、奏は月麿に何らかの利用価値を見出している節もあった。月麿を手放したくない、打算的な感情もありそうだった。
「以前、ヘリコプターで東京まで行ってもらった理由も、わが社で進めている研究の協力を依頼するためだったのです。陰陽術の力を科学と融合させて、世の中に役立てるエネルギーに利用できないか、と考えておりますの」
月麿の持つ、強い陰陽師の神通力。
奏はその力を、とことん有効利用する気だ。
「研究が進めば、月麿がこの時代にやってくるために使った〝時渡り〟のメカニズムについても解明できるかもしれません。もし、過去に戻る方法が開発できれば、月麿を平安時代に戻してあげられるかも、と思いましたの」
具体的な説明を聞き、榎は感嘆の声をあげた。
「つまり、現代の人間を過去に飛ばす技術が、生み出せるかもしれないんですね!?」
榎は興奮した。
そんな技術が確立すれば、世の中の文明が一気に躍進する。月麿や、朝や宵だって、望めば元の時代へ戻れる。素晴らしい研究だ。
奏も鼻息が荒い。口調も、だんだん激しくなっていった。
「その通りですわ。やがて、世界で最初のタイムマシンを発明して、伝師の名を地球上に知らしめるのです! 実用化できれば、イベントにレジャーに引っ張りだこ、ガッポガッポ大儲け間違いなしですわ!!」
「奏さん、本音が漏れてます」
経営の話となると、奏は我を忘れる。先に冷静さを取り戻した榎が指摘すると、奏は恥ずかしそうに咳払いした。
「……なので、しばらくは月麿とは会えませんわ。何か、月麿に御用ですか?」
月麿に話したかった話は、綴や奏にも聞いてもらわなければならないものだ。
まだ少し、躊躇いもあった。でもすぐに、話す決心を固めた。
「順を追って、説明しますね」
榎はまず、京都を離れる旨を報告した。
「名古屋に、お帰りになるの。寂しくなりますわね」
奏は哀愁漂う顔をした。長い睫毛を伏せて、軽く項垂れた。
綴は無表情のままで、黙って榎の話を聞いていた。
心の中で何を思っているのか。分からなくて、榎の不安は増した。
「ですが、今生の別れでもありません。今は親御さんの元で、健全な中学生活を送るべきですわ」
別れを惜しみながらも、奏は榎の帰省を後押ししてくれた。
「四季姫のみんなも、同じ意見でした。親を心配させるわけにもいかないし、あたしも異論はありません」
本来なら、この場で別れを告げて、何もかも済んだはずだ。
だが、榎の中に、素直に引き下がれない問題が起こっていた。
「ただ、一つ気に掛かっていて。昨日から、変な気配に後をつけられている気がするんです」
西都タワーで感じた、嫌な感覚。
その気配は、四季が丘に戻ってきてからも、度々感じられていた。
どこか遠くから、誰かに見られている。おぼろげに気付けても、感知能力の低い榎では、その正体が全く分からなかった。
榎よりも強い力を持っている楸たちが気付いていない点も、不思議だった。どうして榎だけが、謎の気配に追い回されているのか。
「妖気を探る力は、麿が一番長けているから、気配の正体を教えてもらえたら、と思ったんです。気懸かりを遺したまま、名古屋には帰れません」
もし、周囲に危害を加える妖怪の仕業なら、夏休みの間に退治しておきたい。京都へやって来て、夏姫として戦いに身を投じてきた、榎なりのけじめだ。
榎の気持ちを汲んで、奏は同意してくれた。
「遠方にいても、何か感じられるかもしれません。月麿に連絡を取ってみましょう」
携帯電話を手に、奏は病室を出て行った。
遠ざかる足音を聞きながら、榎は横目に綴を見た。
榎が来てから、綴は一言も話さない。ずっと神妙な表情をして、考え込んでいた。
名古屋へ帰ると報告しても、あまり驚いた顔もしなかった。もしかして、綴は既に知っていたのだろうか。夢で榎の様子を見ていたのかもしれない。
だとしても、声を掛けてくれない理由は何だろう。
やっぱり綴の思惑が分からず、榎は苦しくなった。
問い質してみようかと、口を開きかけた時。
綴の声に遮られた。
「榎ちゃん。その怪しい気配について、他の四季姫たちは何か言っているのかい?」
不意を突かれて、口ごもる。気持ちを落ち着けて、榎は首を横に振った。
「みんなは、気配に気付いていなかったので、詳しく話していません。だから尚更、あたしが何とかしなくちゃと思って」
せっかく平和が戻ったのだから、他の三人に余計な負担は掛けさせたくなかった。
榎の意見を聞いて、綴は表情を歪めた。
「君は責任感のある娘だ。一人で何とかしたいと頑張る気持ちは分かるよ。でも、もう少し周囲をよく見るべきだ」
神妙な表情で、注意を促された。
綴は、一人で問題解決に動こうとする榎を心配してくれていた。同時に、疑問も抱いていた。
「妖怪にしても、悪鬼にしても、特定の人間にだけ気配を向ける技などないんだ。四季姫の妖力を探る力に、大きく差があるとも思えない」
綴が何をいいたいか、察しがついた。
やっぱり、妙な気配を榎一人が感じ取るなんて、おかしい。
指摘を受けた瞬間、榎は一つの答を導き出した。
「みんな、気配に気付いていたのに、知らないフリをしていた……?」
気持ちが動揺した。他に、考えられない。綴も首を縦に振った。
「四季姫たちは、君に安心して名古屋に帰ってもらいたいから、新しく生じた問題に巻き込みたくなかったんだろう。三人で、何とかしようと考えているかもしれない」
今朝から、椿の姿を見なかった理由も、今ならば納得できた。榎に内緒で、楸や柊と行動を起こしている可能性が高い。
「でも、相手の正体が分からない以上、別行動は要領が悪い。勝率を高めるためにも、四人で協力して問題に取り組むべきだ」
綴の言葉は正しい。一人よりも、三人。三人よりも、四人だ。
榎のために気を遣ってくれた三人のためにも、合流しなければならない。
「みんなを探してきます! 気配の正体について分かったら、連絡をください!」
一目散に、榎は病院を後にした。
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