173 / 336
第二部 四季姫進化の巻
十三章 Interval~現実逃避~
しおりを挟む
榎たちが嗾けた、妖怪騒ぎが収まった後。
楸を麓まで送り届けた宵は、了封寺の自室に戻ってきた。
居候の宵に当てがわれた部屋は、裏庭や墓地に面する静かな和室だった。縁側から見て左隣が朝の部屋、反対隣が了生の部屋だ。
着の身着のまま寺に居座り始めた宵の部屋には、特に大仰な荷物はない。布団と勉強用の座卓。人間として暮らすために買い揃えてもらった制服や教科書など、学校で使用するもの。日用品や私服などは、了生のお下がりがほとんどだ。
殺風景な畳の部屋の端には、壁に掛け軸が飾られ、宵一人くらいなら、すっぽり入れそうな大きな水瓶が置いてあった。元々は客間として使っていたのだろう。
制服から普段着の作務衣に着替えて、呆然と座卓の前で胡座を掻く。
宵が大怪我をしたと八咫に騙され、楸は血相を変えて駆け付けてくれた。
楸は優しい。いつもの冷静さを欠いてまで、宵の体を心配してくれた。
嬉しかった。力を封じられてから、どことなく愛想を尽かされている気がして不安になっていたから、尚更、安心感は大きかった。
同時に、楸の口から初めて聞いた本音が、頭の中で引っ掛かっていた。
『……私は、宵はんが人間になってくださって、嬉しかったどす。私が秋姫としての使命を果たし、 妖怪や悪鬼に脅かされずに暮らせる時がきたら、人として、 同じ道を歩めるかもしれんと、希望が持てましたから』
そう呟いた楸の、少し控え目な笑顔を思い出すと、複雑な気持ちに襲われた。
「楸は、俺に人間でいて欲しかったのか……。全っ然、知らなかったな」
楸は四季姫の中で誰よりも、周囲の安全や平穏を望む少女だ。本当は戦いなんて好きではない。
そんな穏やかな性格を知っていたのに、本当の気持ちにかなかった。結局、理解していた気になっていただけだ。
情けなかった。
楸の本音が分かるに連れて、宵の気持ちが揺らぎはじめた。
封印を破って、妖怪に――宵月夜に戻ろうと、固く決意したのに。
楸の寂しそうな表情を思い出すと、途端に優柔不断になる。
「人間でも妖怪でも関係ないって言ってくれたけど、心の中じゃ、残念がってるのかもしれないし……。でも、妖怪の力を取り戻さないと、楸を助けてやれないし……」
とことん、悩む。現状維持をして、人間として楸の側で癒し要因として暮らすか。
妖怪の力を取り戻し、現在の生活を捨ててでも、秋姫と肩を並べて戦うか。
前者なら、秋姫が妖怪や悪鬼に危険な目に遭わされても、助けてやれない。後者なら、力にはなれるが、戦いが終わった後に、楸の元を去らなくてはならなくなる。
究極の選択。悩んでも悩んでも、答が出なかった。
「考えても、埒が明かねえな。どうすりゃいいんだ、俺は」
煩悶して、頭を掻き毟る。じっと座っていられなくなり、立ち上がって部屋の中をうろつきはじめた。
気持ちが苛立つ。壁でも殴って発散したいところだが、部屋のものを壊すと燕下親子に成敗され、簀巻きで宙吊りにでもされかねない。
悩みや苛立ちに板挟みにされた結果。宵は嫌気がさして、空の水瓶の中に頭から突っ込んだ。
狭い暗い場所にはまり込んでいると、何となく落ち着いた。
「宵。何をしているんだ?」
部屋の前を通り掛かった朝が、開いたままだった部屋の出入口から、声をかけてきた。水瓶に食われている宵を見て、不審に思ったのだろう。
「現実逃避」
宵は無感情に、坦々と応えた。瓶の中で声が反響して、震える。
朝はしばらく、返事に困っていた雰囲気で黙り込んでいたが、やがて脱力した息遣いが聴こえてきた。
「……夕餉までには、帰ってこいよ」
「おうよ」
動く気のない宵を残し、朝の足音は遠くなっていった。
楸を麓まで送り届けた宵は、了封寺の自室に戻ってきた。
居候の宵に当てがわれた部屋は、裏庭や墓地に面する静かな和室だった。縁側から見て左隣が朝の部屋、反対隣が了生の部屋だ。
着の身着のまま寺に居座り始めた宵の部屋には、特に大仰な荷物はない。布団と勉強用の座卓。人間として暮らすために買い揃えてもらった制服や教科書など、学校で使用するもの。日用品や私服などは、了生のお下がりがほとんどだ。
殺風景な畳の部屋の端には、壁に掛け軸が飾られ、宵一人くらいなら、すっぽり入れそうな大きな水瓶が置いてあった。元々は客間として使っていたのだろう。
制服から普段着の作務衣に着替えて、呆然と座卓の前で胡座を掻く。
宵が大怪我をしたと八咫に騙され、楸は血相を変えて駆け付けてくれた。
楸は優しい。いつもの冷静さを欠いてまで、宵の体を心配してくれた。
嬉しかった。力を封じられてから、どことなく愛想を尽かされている気がして不安になっていたから、尚更、安心感は大きかった。
同時に、楸の口から初めて聞いた本音が、頭の中で引っ掛かっていた。
『……私は、宵はんが人間になってくださって、嬉しかったどす。私が秋姫としての使命を果たし、 妖怪や悪鬼に脅かされずに暮らせる時がきたら、人として、 同じ道を歩めるかもしれんと、希望が持てましたから』
そう呟いた楸の、少し控え目な笑顔を思い出すと、複雑な気持ちに襲われた。
「楸は、俺に人間でいて欲しかったのか……。全っ然、知らなかったな」
楸は四季姫の中で誰よりも、周囲の安全や平穏を望む少女だ。本当は戦いなんて好きではない。
そんな穏やかな性格を知っていたのに、本当の気持ちにかなかった。結局、理解していた気になっていただけだ。
情けなかった。
楸の本音が分かるに連れて、宵の気持ちが揺らぎはじめた。
封印を破って、妖怪に――宵月夜に戻ろうと、固く決意したのに。
楸の寂しそうな表情を思い出すと、途端に優柔不断になる。
「人間でも妖怪でも関係ないって言ってくれたけど、心の中じゃ、残念がってるのかもしれないし……。でも、妖怪の力を取り戻さないと、楸を助けてやれないし……」
とことん、悩む。現状維持をして、人間として楸の側で癒し要因として暮らすか。
妖怪の力を取り戻し、現在の生活を捨ててでも、秋姫と肩を並べて戦うか。
前者なら、秋姫が妖怪や悪鬼に危険な目に遭わされても、助けてやれない。後者なら、力にはなれるが、戦いが終わった後に、楸の元を去らなくてはならなくなる。
究極の選択。悩んでも悩んでも、答が出なかった。
「考えても、埒が明かねえな。どうすりゃいいんだ、俺は」
煩悶して、頭を掻き毟る。じっと座っていられなくなり、立ち上がって部屋の中をうろつきはじめた。
気持ちが苛立つ。壁でも殴って発散したいところだが、部屋のものを壊すと燕下親子に成敗され、簀巻きで宙吊りにでもされかねない。
悩みや苛立ちに板挟みにされた結果。宵は嫌気がさして、空の水瓶の中に頭から突っ込んだ。
狭い暗い場所にはまり込んでいると、何となく落ち着いた。
「宵。何をしているんだ?」
部屋の前を通り掛かった朝が、開いたままだった部屋の出入口から、声をかけてきた。水瓶に食われている宵を見て、不審に思ったのだろう。
「現実逃避」
宵は無感情に、坦々と応えた。瓶の中で声が反響して、震える。
朝はしばらく、返事に困っていた雰囲気で黙り込んでいたが、やがて脱力した息遣いが聴こえてきた。
「……夕餉までには、帰ってこいよ」
「おうよ」
動く気のない宵を残し、朝の足音は遠くなっていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
異世界亜人熟女ハーレム製作者
†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です
【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる