四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第二部 四季姫進化の巻

第十六章 伝記顛覆 1

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 一
 群生する杉の木々の隙間から、晩秋の冷たい風が押し寄せて吹き乱れる。
 侘しくも強い風は、榎の髪や制服をはためかせ、勢いよく通り過ぎてゆく。
 その風を受けても微動だにせず、榎は茫然と、立ち尽くしていた。
 傘崎 響との対話中、突然、目の前に現れたその少女の姿に、一瞬、思考が停止した。
 神無月 萩。
 榎の記憶の海に沈んでいた、過去の一場面が浮かび上がってくる。
 秋姫として榎たち四季姫の前に現れ、暴力と破壊の限りを尽くして仲間の輪を乱してきた少女。最後には偽物だと分かり、返り討ちに遭って姿を消した、謎深い悪鬼。
 当時の四季姫に、悪鬼を消し去るほどの力はなかった。だから、深手を与えたとはいえ、萩は必ず生きて、どこかに存在しているとは思っていた。
 いつか、再会する時がくるかもしれないと、予感を残して、心の奥に留めていた。
 その時が、こんな形で、こんなに早く訪れるなんて。
 想像もしていなかった突然の再会に、榎は戸惑った。
 心の準備をする暇もなかった。感情が安定しない。
 萩と再び会うにしても、その時にどんな風に接すればいいのか。まるで考えていなかった。
 何と声を掛ければいいのだろう。そもそも、あれほど完膚なきまでに叩きのめした榎と、素直に会ってくれるのか。
 心なんて、開いてくれるのだろうか。自信も根拠もない。
「本当に、萩なんだな? こんなに近くにいたなんて、まったく気付かなかった」
 萩を前にしても、榎は慌てふためいて、お定まりの言葉を吐くだけで精一杯だった。
 対して、萩は目を細め、榎との再会の瞬間をずっと想定していたのかと思えるほど、まっすぐな感情をぶつけてきた。
「夏姫……、今度こそ、殺す!」
 その感情は、怒り、憎しみ、恨み―?様々な負の感情の集合体に思えた。
 榎を憎む、あらゆる感情が綺麗に一つにまとまり、強大なエネルギーを迸らせている気さえした。
 その気迫に圧され、榎は怯んだ。その瞬間に、萩は懐から菊の形の髪飾りを取り出し、力を込め始めた。
「乱れ風 日も夜も絶へず 時雨しぐれ呼ぶ 葉踏はぶ有蹄ゆうてい 破滅の足音」
 黄色い光が萩の全身を包み込み、激しい渦を作り出す。榎も響も、その様子を無言のまま見つめていた。
「――秋姫、見参だ」
 やがて光が治まり、強い螺旋の風が静まると、榎たちの目の前に、変身した萩の姿が再現された。
 黄色を基調とした十二単を身に纏い、手には大鎌を握りしめた、偽りの秋姫。
 着物はひどく擦り切れ、右肩の部分がぱっくりと避けている。うっすらと刀傷が残る、白い肌が覗いていた。
 鎌は無残に真っ二つにへし折れ、もはや武器としての役割も、果たせそうになかった。
 その姿は、榎たちと戦った直後のままだった。
 榎たち本当の四季姫は、戦いの際に、どれほど着物に損傷が生じても、次に変身する時には美しく綺麗な状態に復元されていた。髪飾りに込められた、四季姫の神通力を制御する力の影響らしい。
 だが、本物の四季姫ではない萩には、そんな力の作用は起こらないのだろう。ありのままに残る着物の惨状が、とても痛ましかった。
 それでも、萩は折れた鎌を構えて、榎に刃先を向けてくる。殺気を放ち、戦う姿勢を見せた。
「待ってくれ! お前と戦うつもりはないんだ!」
 榎は慌てて制止させようとするが、萩の勢いは止まらない。なりふり構わず、鎌を振りかざしてきた。
 だが、上半分が折れてなくなった鎌は間合いも短く、本来の武器としての用途を果たせない。榎は丸腰のままでも難なく躱せた。
 一振りしただけで、かなり体力を消耗するのか、萩は地面に釜の先端を落とし、息を激しく乱れさせていた。
「黙れ、お前たちさえいなければ、アタシが四季姫になれたんだ! 四季姫として、何も苦しむ必要もなく生きていけた! お前が、何もかも滅茶苦茶にしたんだ!」
 苦しみ交じりに放たれる萩の怒声に、榎の体が強張った。
 榎に向けられた、萩の強い怒りを、初めて感じ取った。こんなに直接的に、ぶつけてくるとは思ってもいなかった。
 以前、別れる前の萩とは、明らかに違う。怒りの感情には確固たる意味が存在していた。
 その意味が持つ原因や理由は、榎にはまったく見当がつかなかったが。
 どう返答していいか分からず、戸惑っていると、先に萩が力尽きて倒れた。変身が解かれ、元の清楚なワンピースの姿に戻る。
 前のめりに崩れた萩の体を、響が抱き留めた。
「無茶は、いけない。君は、まともな生活さえ送れないほど、衰弱しているのだから」
 響が眉を顰めて、困った表情で萩に囁きかける。萩は「余計なお世話だ」と返したらしいが、吐息と変わらないほど弱々しく、ほとんど言葉として聞き取れなかった。
 榎も慌てて萩の眼前に屈み込んだが、手を伸ばそうとしたところを響に制止された。
「萩には、近付かないでもらいたい。今、刺激を与えては危険だ」
 榎が側に寄れば、萩は嫌悪感から再び暴れだす。体を激しく緊張させては、弱っている体に更に負荷をかけてしまう。
 その結果が榎にも想像できたから、大人しく身を引いて距離をとった。
 響は萩を抱き上げ、側の木陰に立っていたテントの中に連れて入った。大きく開いたテントの入り口から中を覗くと、萩を寝袋に寝かせて、優しく頭を撫でていた。
「あんたが言っていた〝大切な人〟って、萩だったのか」
 外に出てきた響に、榎は声を掛けた。
 響は軽く鼻で息を吐き、山の奥のほうを見つめた。
「以前、あなたと山道で出会ったでしょう? 深淵の悪鬼共を封じた時です。あの出来事のあと、近くの山中で保護しました。酷い怪我を負って、死にかけていたので、介抱したのです。肩に大きな裂傷を負わせた張本人は、あなたでしょう? 夏姫」
 いきなり、冷たい視線を向けられ、榎は一瞬、怯えた。傷を負わせてしまった罪悪感は、ずっと持っていた。その事実を表に晒されると同時に、必要以上に責められている気がして、心が苦しくなった。
「萩から、聞いたのか?」
 尋ね返すと、響は首を横に振った。
「あの娘は、何も語ってはくれない。お陰で、色々と調べ回る羽目になりましたよ。あなた達との関連性をね」
 響は側に放り出してあった荷物の中から、立方体の木箱を取り出した。以前、四季が丘の運動公園で楸の話を聞いていた時、狐の妖怪〝赤尾(しゃくび)〟が持っていた、カメラらしき物体だ。
 響はそのカメラを使い、榎たちの情報を集めて、萩との接点を探っていたのか。
「このカメラ、覚えていますか? 私の手作りでしてね。撮影した被写体の過去を遡って現像できる、優れものなんですよ。赤尾にこのカメラを託し、あなたを撮影させました。写真に浮かび上がった、あなたの過去から、萩との戦いの一部始終を垣間見ました。萩は何も話してくれないので、写真によって大体の事情を把握したのです」
「そんなすごいカメラなのか!?」
 ただ撮られるだけで、相手に過去の様子まで知られてしまうなんて、凄い以上に恐ろしいカメラだ。
 榎を撮影した写真には、いったい何が写っていたのだろう。全てを見透かされている気がして、何とも落ち着かない。
 相手が、響だからだろうか。綴に夢の中で榎の行動を見られている状況とは、少し感じが違った。
「少し反則的ですし、作った私自身も、あまり使いたいとは思わないんですがね、今回はやむを得ず。別にあなたの過去を知って強請ろうなんて考えてませんから、小父さんにはチクらないでくださいね」
 響は苦笑いを浮かべて、うそぶいた。
 よほど、榎の父――樫男のお仕置きが怖いらしい。まあ、怒った父の恐ろしさは、榎にも嫌というほど理解できるが。
「で、あたしの過去から、萩について何か手掛かりが見つかったのか?」
 榎が知る限り、萩についての手掛かりは何一つ持っていない。だが、響の目線から客観的に見れば、新しい発見があったかもしれない。
 期待を込めて見つめていると、響は少し意味深な笑みを浮かべた。
 何か、手掛かりがあったらしい。
 突っ込んで問い質そうとしたが、響は榎の勢いを制止させて、ゆっくりと話し始めた。
「あの娘は、実に不思議だ。自分自身を秋姫だと言い張って、聞かない。確かに、初めて出会った時には、四季姫の正装である十二単を身に纏っていた。実際、あなたたちも萩を秋姫だと思い込んで、一悶着起こしている。だが、四季姫は、ちゃんと四人、揃った。萩は悪鬼であり、偽者の秋姫だった。なぜ、偽者が存在して、四季姫たちの使命を妨害したのか。あなたたちは疑問に思いませんでしたか?」
 逆に尋ねられ、榎は一瞬、考え込んだ。
 頭の中で考えを纏め、素直に話そうと口を開いた。
「疑問は、心の中にあったと思う。でも、いろんな出来事が立て続けに起こって、深く考える余裕がなかった。結局、萩の件はあやふやになっていた」
 四季姫が無事に揃った安堵と、鬼閻を倒して使命を果たした達成感から、存在をほとんど忘れていたと言ってもおかしくない。
 萩について真剣に考えて、居場所の確認をしてこなかった榎自身の浅はかさを再確認すると、少し自己嫌悪が生まれた。
「けれど、ずっと気にはしていたんだ。あんな酷い怪我をさせておいて、言うのも可笑しいかもしれないけれど、どこかで無事でいるなら、生きているなら、もう一度、会いたいと思っていた。萩の本当の気持ちと、目的を知るために」
 榎の正直な考えを聞き、響も頷いた。
「私も、同じ気持ちでした。萩の正体が知りたかった。悪鬼でありながら、何のために、秋姫として行動しているのか。でも、どう考えても分からなかった。だから、このカメラを通じて得られた情報と、萩の言動の断片から、色々と推測を立てました」
「推測って、どんな?」
「私はね、この娘が、何者かに利用されていると考えたのですよ。偽物の秋姫として生きるように、誰かに命令されているのだと」
 響の考えに、榎は息を詰まらせた。
「じゃあ、萩が躊躇いもなく妖怪を殺したり、あたしたちに攻撃を仕掛けてきた残虐さも、萩自身の意思じゃなく、誰かに操られているせいなのか!?」
「本当の萩が、どんな性格の悪鬼だったのか、私にはわかりません。でも、やたらと破壊に執着する性格は、刷り込まれたものである可能性が高いです。この娘は本当は、とても寂しがりで、傷つきやすい少女だと、私は思う」
 あの凶暴な性格は、萩が本来持っている感情や行動の動機とは、かけ離れたものだという。榎が最初に考えていた通り、他に複雑な理由があるのだろうか。
 なら、萩は望んでもいないのに四季姫の偽物となり、倒したくもない妖怪を倒して喜びを得るように、誰を傷つけても何とも思わないように、制御されているとでもいうのか。
「誰かが、萩の本来の人格を捻じ曲げた? 元々は違ったのに、凶暴な性格に変えたのか? 何のために……」
「四季姫の使命を、妨害するつもりだったのでは?」
 考え込む榎に、響が放った推測は激しく突き刺さった。
「萩を利用した何者かは、四季姫を全員、揃えたくなかった。だから最後の一人、秋姫が合流する前に、萩を送り込んで、君たちの仲間の輪を掻き乱そうとしたのでしょう。調和の取れない偽者が混ざり込むことで纏まりがなくなり、協力して戦えなくなれば、四季姫は使命を果たせず、自然に消滅する。そんな結末を、望んでいたのかもしれない」
 信じられない考えだったが、辻褄はあっている気がした。萩を操る何者かが、悪鬼を弄んで楽しんでいるだけの狂人でない限りは、他に適切な理由も考えつかない。
「だが、本物の秋姫が現れた瞬間、偽者だとばれた萩の役目は終わったはず。―?なのに、萩はまだ、秋姫であろうとしている。頑なに、与えられた役割を守り通そうとしている。随分と強い暗示か命令に、心身が支配されている証拠だ」
「じゃあ、四季姫の覚醒を妨害した誰かは、まだ諦めていないのか? 萩を操って、何かしようとしているのか?」
「どうでしょうね。萩に対して何のコンタクトも取ってこない、探しにも来ていないところを見ると、萩を操っていた何者かは、萩を既に用済みにして、切り捨てた可能性が高い」
 利用価値がなくなったから、萩をお払い箱にしたというのか。
 榎の中に、怒りが広がる。震える拳を、強く握りしめた。
「許せない、誰がそんな、酷い……」
「全くです。馬鹿げた茶番のために、悪鬼の命を弄ぶなんて」
 榎の憤りに同意した響もまた、表情や声色に怒りを滲ませていた。
 そんな響の言葉に、榎は嫌な含みを感じとった。
「命って、どういう意味ですか……?」
「萩は悪鬼でありながら「秋姫で在れ」と命じられた。―?要するに、人としての生活を強制されたのです。そのため、悪鬼が生きるために必要な生理行動が行えない。悪鬼がこの世で生き存えるためには、妖怪を食らい、妖気を蓄えて、体中に充満する邪気をコントロールする必要があります。なのに、萩はその方法を完全に忘れている。栄養を体に取り込めない今のままでは、弱りきって消滅するしかないのです。命令を与えた何者かは、萩の命なんてどうなっても構わないと、思っているのでしょうね」
 つまり、萩に与えられた命令、暗示は、命懸けで果たさなければならないものだったのか。
 あまりの残酷さに、言葉も出なかった。
 響は続ける。
「私は何とか、萩の過去を探り出して、本来の姿を見つけ出そうとした。萩の過去を知れば、根強く頭の中を支配している暗示を解けるかもしれない、と。そこで、君を撮影した写真の中から見つけ出した、伝師綴という青年に注目した」
 響はようやく、本題へと話の流れを戻した。
 だが、綴の名が出た途端、榎の体は硬直し、心臓だけが激しく打ち鳴り始めた。
「綴くんと萩には、何らかの接点があると踏んだのです。実際、私の手紙を受け入れて、綴くんは私との接触してくれた。この事実が、私の考えが間違っていない確固たる証拠です」
 響が綴を手紙で呼び出した理由には、萩が絡んでいたのか。
 先刻、響に真実を問い質した時に、萩が全ての答だと言ってきた。その意味が、ようやく分かった。
 だが、まだすべてを理解するには、ほど遠い。
 正直、綴が萩について何らかの情報を持っているとは、信じられなかった。
 綴は、四季姫としての榎の活躍を後押ししてくれた。時には助言し、励まし、支えになってくれた。
 その綴が、四季姫の覚醒を妨害しようとする理由なんて、想像もつかない。
「綴さんと萩の間に、どんな関係が……? あなたは、綴さんの口から、何かを聞いたのか?」
「多くは聞き出せませんでした。中々、食えない男でね」
 響は思い出すだけでも腹が立つ、と言いたげに、不愉快そうに舌打ちした。
「あの男を連れ出した時、あなたたちの到着がもう少し遅れていたら、私はあの男を殺していたかもしれませんねぇ」
 その言い分から察するに、響が怒りを覚えるほどの、何らかの情報は引き出せたのだろうか。
 じゃあ本当に、綴は萩に関して詳しい事情を知っているのか? 榎の体に緊張が走る。
「綴さんは、あなたに何を語ったんだ?」
「世の中には、知らないほうが幸せな話だってある。今ならまだ、引き返せますよ。穏やかで平和な日常に、ね」
 まるで、全てを知れば何もかもが終わる、とでも言いたそうな宣告だった。榎を気遣ってくれているのかもしれないが、いまさら引き下がるわけにはいかない。
「あたしはもう、偏見や思い込みに振り回されたくないんだ。全てをあたしの目で見て、耳で聞いて、何が正しいかを決めたい」
 だから教えて欲しいと、再度、懇願した。
 食い下がる榎を見て、響は呆れた顔を見せた。
「小父さんの教育の賜物ですかねぇ。ご立派なことで」
 根負けした響は、肩を竦めて榎と向き合った。
「いいでしょう。あなたの覚悟を尊重しましょう」
 淡々と、響は榎の知らない先日の出来事を語り始めた。
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