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第二部 四季姫進化の巻
第十六章 伝記顛覆 6
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六
家に帰ると同時に、榎は自室に閉じこもり、着替えて布団に潜り込んだ。
立っているだけでも体がだるく、全身に力が入らない。
でも、頭だけは、すっきりと冴えていた。頭の中で、色々な記憶が蜷局を巻いて、蛇みたいに襲い掛かってくる。
綴の本心、本音。憎いものを見る目で睨んでくる、どす黒く濁った瞳。
思考が麻痺して、何も考えられない。榎は無意識に鞄に手を伸ばし、大きな茶封筒を引っ張り出して、封を開いていた。
右上をひもで縛られた、原稿用紙の束。表紙には大きく、「四季姫伝記」と書かれていた。
綴が「書きたい」と名乗り出てくれた、榎たち四季姫の物語。
榎なんかが主人公なんて、どんな物語ができるのだろうと不思議に思っていた。大きな期待はしていなかったものの、内心では完成を楽しみにしていた。
なのに今は、ページを捲るのが怖い。
榎は震える手で、一枚目の原稿用紙を持ち上げた。
中には、榎の姿を夢に見始めた経緯、京都駅で出会った時の情景、榎が四季姫だと知った時の驚きが、光景を頭で思い描けるくらい鮮明に書き込んであった。綴の文章力の賜物なのだろう、読書が苦手な榎でも、すらすらと読めた。
だが、読めば読むほど、内容は過激に、厳しい描写が増えていった。
四季姫である榎への憎悪、どうやって覚醒や成長を妨害すればいいか、伝師の長の地位という綴自身の居場所を守るための策が、山ほど書き込まれていた。その合間合間に、四季姫に対する罵声文や批判文も、忘れず盛り込んである。
『なぜ、よりにもよって、この時代に四季姫なんてものが蘇ったのか。僕に対する嫌がらせとしか思えない』
『僕は伝師の長となるために、この世に生を受けた。足も動かない、まともな健康状態ですらない僕が、この世知辛い世界で今まで生きてこられた理由は、長となるべき使命、存在価値を見出せる希望が遥か頭上にあったからだ。それを邪魔する存在を知るまでは、常に自信を持って、強い気持ちでいられたのに』
『四季姫なんて得体の知れない存在のために、夜も眠れない苦しい日々が続いた。僕は必ず復讐すると誓った。もし、四季姫を名乗る小娘たちが僕の前に現れ、僕の居場所を奪っていくというのなら、あらゆる手段を使ってでも、奴らを絶望のどん底に突き落としてやろうと』
ページが進むとともに、その憎しみは残酷な興味に変わり、いかに四季姫たちを苦しめてやろうかという悪質な思考にシフトしていった。流れを順を追って読み進めると、その自然な感情の遷移がよく分かる。
萩を作り上げた時の状況も、包み隠さずしっかりと書かれていた。その文章から、綴が萩に対して何の感情も抱いていないのだと、はっきり伝わってきた。
伝わってくる感情は、四季姫への悪意だけ。
四季姫が憎い
四季姫は敵だ
四季姫を許すな
不意に、原稿用紙に水滴が落ち、紙を滲ませた。
榎の瞳から溢れてきた涙が、少しずつ大粒に纏まり、ボタリボタリと紙の上に落下していく。
涙を拭う気力もなかった。
こんなに、嫌われていたなんて。
綴は、よほど巧妙に憎しみの気持ちを覆い隠して、榎に接していたのだろう。そのほうが、真実を知った時の榎の絶望が大きい。その瞬間だけを楽しみに、ずっと、ずっと我慢してきたのだろう。
何の兆候にも、気付けなかった。綴が四季姫に、榎に対してどうしようもないほどの憎悪を燃やしている間、榎はいつも、四季姫の活躍ぶりを楽しく語り続けていた。
仲間が覚醒した。強い妖怪を倒せた。前よりもっと、強くなれた。
全て、綴にとっては腹の立つ話でしかなかったはずだ。
榎の中で、綴に向けていた好意が、後悔に染まっていった。
好きだ、なんて言わなくてよかった。
もし、告げていたら、どれだけ、綴に不快な思いをさせたか知れなかった。
榎が一人で勘違いして、浮かれていただけ。
綴は、榎に好意なんて微塵も抱いてはいなかった。
榎には、綴を好きになる資格なんて、最初からなかったんだ。
頭では、理解できる。
でも、心は。
受け入れられずに、悲鳴を上げていた。
「嫌だよ、綴さん……」
いきなり突き放されても、分からない。
何も、分からない。
榎は原稿用紙から手を放し、布団に顔を埋めて、啜り泣いた。
* * *
どのくらい時間が経ったのだろう。椿が部屋に入ってきた。
「えのちゃん、ご飯だよ。……えのちゃん!? どうしたの!」
顔を上げると、既に日が落ちて、部屋の中は真っ暗になっていた。廊下から入り込んでくる電気の明かりが、榎の姿を照らしていた。
榎がこんなに早い時間から布団で蹲っているなんて、とても珍しい光景だ。椿は吃驚して、枕元に飛びついてきた。
榎は「大丈夫」と言ったつもりだったが、声が掠れてほとんど出ていなかった。頭も朦朧として、起き上がろうとすると眩暈がする。
椿は慌てて、榎の額に手を当ててきた。冷たい手が、とても気持ちいい。
「顔が真っ赤よ、酷い熱……。しっかりして、えのちゃん!」
悲鳴みたいに甲高い椿の声が、頭の奥で響く。すぐ側で聞いているのに、とても遠く感じた。
椿は慌てて部屋を飛び出し、階段を駆け下りていった。その後、急いで駆けつけてきた木蓮と桜に連れられて、近所の診療所に連れて行かれた。
* * *
診療所で診察を受けると、風邪だろうと言われた。
薬をもらって帰宅した後、榎は再び布団に横たわって、呆然と天井を見つめていた。
桜に熱を測ってもらう。体温計の温度は、三八度超え。
「インフルエンザやないみたいやけど、お熱が高いですからね、安静にしとかんと」
温度を確認しながら、桜が念を押した。
氷枕を敷き、額にも冷却シートを貼り付けられて、頭がキンキンに冷える。少し、ぼんやりした頭が正常に戻ってきた気もした。
「きっと、今まで頑張ってきた分、気が抜けて一気に疲れが出たんやね。試合も終わったし、期末試験にはまだ時間があるから、この機会にゆっくり休みなさいな。お母はんには、連絡しときますさかいな」
「すみません……。大丈夫だって、言っておいてください」
安静にするように言い残して、桜は階下に降りて行った。
椿は枕元に正座して、心配そうな顔で榎を見ていた。
「前とは、逆になっちゃったね。椿が病気で倒れた時、えのちゃん、椿を必死で看病してくれたよね。病魔を倒すためにも、すごく頑張ってくれた」
「結局、最後には椿に助けられたけれどね」
榎が力なく笑うと、椿も寂しそうに笑い返した。
「もう、半年も経ったんだね。四季姫になって、一緒に戦って」
遠い目をして、しみじみと呟く椿を見ていると、初めて四季姫として覚醒した時が、とても懐かしく感じる。
何の迷いも疑いもなく、強くなって妖怪と戦おうと、まっしぐらに頑張っていた。一番、楽しかった時期かもしれない。
あんな陽気で気楽な気持ちには、きっと二度と戻れない気がした。
「椿、あたし、何のために戦ってきたんだろう。夏姫なんて、四季姫なんて、何のために存在していたんだろう」
天井を見つめながら、椿に泣き言を吐いた。
「えのちゃんは、妖怪に苦しめられている人たちを助けたいから、妖怪を倒す力を手に入れたから、みんなのために戦うんだって、言っていたわ」
椿は少し考えて、榎がかつて意気込んで言っていた言葉を代弁してくれた。
その気持ちは、今も昔も変わらない。榎は小さく頷いた。
「ずっと、信じていた。あたしが夏姫として戦えば、みんなが救われるんだって。……でも、あたしたちが戦い続けて、強くなっていったせいで、不幸になった人がいるなら、頑張って戦う必要なんて、本当にあったのかな」
脳裏に、綴の姿がちらつく。榎が四季姫として覚醒して、力をつけながら仲間を見つけて強くなっていく。その度に、綴の心が榎から離れて行っていたのだと確信した今は、かつての達成感が全部、無意味に思えた。
「世界中のみんなが、同時に幸せにはなれないと思うわ。誰かが喜べば、別の場所では誰かが悲しんでいる。いくら平和を守る力を持っているからって、えのちゃんが全部背負う必要なんて、ないわよ」
椿は正論を述べて、榎を元気付けようとした。
誰かを助けるために、他の誰かを犠牲にしてしまう。その事実は誰にも変えられない、どうにもならない現実なのかもしれない。
だけど、その犠牲になってしまった人が、誰よりも、何よりも助けたい人だったなら。その人が喜んでくれるからと頑張ってきたのに、全て空回りだったら。
やっぱり、意味を見出せない。
「えのちゃん、病院で、何かあったの? 嫌なこと?」
黙り込んだ榎に、椿は鋭く訪ねてきた。
この数日で、色々な事実を知った。四季姫全体に関係する内容だから、みんなにも話して、知っておいてもらうべきだと思う。
でもまだ、何から話していいのか分からず、頭がうまく働かない。
「ごめん、今は、何も言えない……」
もう少し、時間が必要だ。
「じゃあ、聞かないよ。何も考えないで、ゆっくり休んで」
椿も、しつこく追及はしてこなかった。榎の体と心を気遣って、優しく頭を撫でてくれた。
無性に眠気が襲い、榎は深い眠りに落ちていった。
家に帰ると同時に、榎は自室に閉じこもり、着替えて布団に潜り込んだ。
立っているだけでも体がだるく、全身に力が入らない。
でも、頭だけは、すっきりと冴えていた。頭の中で、色々な記憶が蜷局を巻いて、蛇みたいに襲い掛かってくる。
綴の本心、本音。憎いものを見る目で睨んでくる、どす黒く濁った瞳。
思考が麻痺して、何も考えられない。榎は無意識に鞄に手を伸ばし、大きな茶封筒を引っ張り出して、封を開いていた。
右上をひもで縛られた、原稿用紙の束。表紙には大きく、「四季姫伝記」と書かれていた。
綴が「書きたい」と名乗り出てくれた、榎たち四季姫の物語。
榎なんかが主人公なんて、どんな物語ができるのだろうと不思議に思っていた。大きな期待はしていなかったものの、内心では完成を楽しみにしていた。
なのに今は、ページを捲るのが怖い。
榎は震える手で、一枚目の原稿用紙を持ち上げた。
中には、榎の姿を夢に見始めた経緯、京都駅で出会った時の情景、榎が四季姫だと知った時の驚きが、光景を頭で思い描けるくらい鮮明に書き込んであった。綴の文章力の賜物なのだろう、読書が苦手な榎でも、すらすらと読めた。
だが、読めば読むほど、内容は過激に、厳しい描写が増えていった。
四季姫である榎への憎悪、どうやって覚醒や成長を妨害すればいいか、伝師の長の地位という綴自身の居場所を守るための策が、山ほど書き込まれていた。その合間合間に、四季姫に対する罵声文や批判文も、忘れず盛り込んである。
『なぜ、よりにもよって、この時代に四季姫なんてものが蘇ったのか。僕に対する嫌がらせとしか思えない』
『僕は伝師の長となるために、この世に生を受けた。足も動かない、まともな健康状態ですらない僕が、この世知辛い世界で今まで生きてこられた理由は、長となるべき使命、存在価値を見出せる希望が遥か頭上にあったからだ。それを邪魔する存在を知るまでは、常に自信を持って、強い気持ちでいられたのに』
『四季姫なんて得体の知れない存在のために、夜も眠れない苦しい日々が続いた。僕は必ず復讐すると誓った。もし、四季姫を名乗る小娘たちが僕の前に現れ、僕の居場所を奪っていくというのなら、あらゆる手段を使ってでも、奴らを絶望のどん底に突き落としてやろうと』
ページが進むとともに、その憎しみは残酷な興味に変わり、いかに四季姫たちを苦しめてやろうかという悪質な思考にシフトしていった。流れを順を追って読み進めると、その自然な感情の遷移がよく分かる。
萩を作り上げた時の状況も、包み隠さずしっかりと書かれていた。その文章から、綴が萩に対して何の感情も抱いていないのだと、はっきり伝わってきた。
伝わってくる感情は、四季姫への悪意だけ。
四季姫が憎い
四季姫は敵だ
四季姫を許すな
不意に、原稿用紙に水滴が落ち、紙を滲ませた。
榎の瞳から溢れてきた涙が、少しずつ大粒に纏まり、ボタリボタリと紙の上に落下していく。
涙を拭う気力もなかった。
こんなに、嫌われていたなんて。
綴は、よほど巧妙に憎しみの気持ちを覆い隠して、榎に接していたのだろう。そのほうが、真実を知った時の榎の絶望が大きい。その瞬間だけを楽しみに、ずっと、ずっと我慢してきたのだろう。
何の兆候にも、気付けなかった。綴が四季姫に、榎に対してどうしようもないほどの憎悪を燃やしている間、榎はいつも、四季姫の活躍ぶりを楽しく語り続けていた。
仲間が覚醒した。強い妖怪を倒せた。前よりもっと、強くなれた。
全て、綴にとっては腹の立つ話でしかなかったはずだ。
榎の中で、綴に向けていた好意が、後悔に染まっていった。
好きだ、なんて言わなくてよかった。
もし、告げていたら、どれだけ、綴に不快な思いをさせたか知れなかった。
榎が一人で勘違いして、浮かれていただけ。
綴は、榎に好意なんて微塵も抱いてはいなかった。
榎には、綴を好きになる資格なんて、最初からなかったんだ。
頭では、理解できる。
でも、心は。
受け入れられずに、悲鳴を上げていた。
「嫌だよ、綴さん……」
いきなり突き放されても、分からない。
何も、分からない。
榎は原稿用紙から手を放し、布団に顔を埋めて、啜り泣いた。
* * *
どのくらい時間が経ったのだろう。椿が部屋に入ってきた。
「えのちゃん、ご飯だよ。……えのちゃん!? どうしたの!」
顔を上げると、既に日が落ちて、部屋の中は真っ暗になっていた。廊下から入り込んでくる電気の明かりが、榎の姿を照らしていた。
榎がこんなに早い時間から布団で蹲っているなんて、とても珍しい光景だ。椿は吃驚して、枕元に飛びついてきた。
榎は「大丈夫」と言ったつもりだったが、声が掠れてほとんど出ていなかった。頭も朦朧として、起き上がろうとすると眩暈がする。
椿は慌てて、榎の額に手を当ててきた。冷たい手が、とても気持ちいい。
「顔が真っ赤よ、酷い熱……。しっかりして、えのちゃん!」
悲鳴みたいに甲高い椿の声が、頭の奥で響く。すぐ側で聞いているのに、とても遠く感じた。
椿は慌てて部屋を飛び出し、階段を駆け下りていった。その後、急いで駆けつけてきた木蓮と桜に連れられて、近所の診療所に連れて行かれた。
* * *
診療所で診察を受けると、風邪だろうと言われた。
薬をもらって帰宅した後、榎は再び布団に横たわって、呆然と天井を見つめていた。
桜に熱を測ってもらう。体温計の温度は、三八度超え。
「インフルエンザやないみたいやけど、お熱が高いですからね、安静にしとかんと」
温度を確認しながら、桜が念を押した。
氷枕を敷き、額にも冷却シートを貼り付けられて、頭がキンキンに冷える。少し、ぼんやりした頭が正常に戻ってきた気もした。
「きっと、今まで頑張ってきた分、気が抜けて一気に疲れが出たんやね。試合も終わったし、期末試験にはまだ時間があるから、この機会にゆっくり休みなさいな。お母はんには、連絡しときますさかいな」
「すみません……。大丈夫だって、言っておいてください」
安静にするように言い残して、桜は階下に降りて行った。
椿は枕元に正座して、心配そうな顔で榎を見ていた。
「前とは、逆になっちゃったね。椿が病気で倒れた時、えのちゃん、椿を必死で看病してくれたよね。病魔を倒すためにも、すごく頑張ってくれた」
「結局、最後には椿に助けられたけれどね」
榎が力なく笑うと、椿も寂しそうに笑い返した。
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遠い目をして、しみじみと呟く椿を見ていると、初めて四季姫として覚醒した時が、とても懐かしく感じる。
何の迷いも疑いもなく、強くなって妖怪と戦おうと、まっしぐらに頑張っていた。一番、楽しかった時期かもしれない。
あんな陽気で気楽な気持ちには、きっと二度と戻れない気がした。
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「えのちゃんは、妖怪に苦しめられている人たちを助けたいから、妖怪を倒す力を手に入れたから、みんなのために戦うんだって、言っていたわ」
椿は少し考えて、榎がかつて意気込んで言っていた言葉を代弁してくれた。
その気持ちは、今も昔も変わらない。榎は小さく頷いた。
「ずっと、信じていた。あたしが夏姫として戦えば、みんなが救われるんだって。……でも、あたしたちが戦い続けて、強くなっていったせいで、不幸になった人がいるなら、頑張って戦う必要なんて、本当にあったのかな」
脳裏に、綴の姿がちらつく。榎が四季姫として覚醒して、力をつけながら仲間を見つけて強くなっていく。その度に、綴の心が榎から離れて行っていたのだと確信した今は、かつての達成感が全部、無意味に思えた。
「世界中のみんなが、同時に幸せにはなれないと思うわ。誰かが喜べば、別の場所では誰かが悲しんでいる。いくら平和を守る力を持っているからって、えのちゃんが全部背負う必要なんて、ないわよ」
椿は正論を述べて、榎を元気付けようとした。
誰かを助けるために、他の誰かを犠牲にしてしまう。その事実は誰にも変えられない、どうにもならない現実なのかもしれない。
だけど、その犠牲になってしまった人が、誰よりも、何よりも助けたい人だったなら。その人が喜んでくれるからと頑張ってきたのに、全て空回りだったら。
やっぱり、意味を見出せない。
「えのちゃん、病院で、何かあったの? 嫌なこと?」
黙り込んだ榎に、椿は鋭く訪ねてきた。
この数日で、色々な事実を知った。四季姫全体に関係する内容だから、みんなにも話して、知っておいてもらうべきだと思う。
でもまだ、何から話していいのか分からず、頭がうまく働かない。
「ごめん、今は、何も言えない……」
もう少し、時間が必要だ。
「じゃあ、聞かないよ。何も考えないで、ゆっくり休んで」
椿も、しつこく追及はしてこなかった。榎の体と心を気遣って、優しく頭を撫でてくれた。
無性に眠気が襲い、榎は深い眠りに落ちていった。
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