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勢いに乗せて
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「なぁ」
気付いたら、話しかけていた。
仕事帰りに通り過ぎる公園で、いつも全力でブランコに揺られる少女に。
なぁ、と、声をかけていた。
ド田舎のしょっぱい大学をほどほどに卒業し、何を間違えたのか東京に就職し、身の丈に合わない仕事をこねくり回すこと数か月。
僕は少し疲れていた。
初めての一人暮らし、友人も恋人も地元に置いて上京暮らし。
にっちもさっちもなんだかなぁ、といった具合で職場と自宅を往復する毎日。
少し嫌気がさしていた。
家に帰れば洗い物風呂明日の準備で直におやすみなさいだ。
土日は疲れで布団から出れない。
なんなんだ?この生活は、と思った時期もあった。
ただ、その感情が邪魔になって、数週間前に捨てた。
きっと大人になるってこういうことなのだろう。
現状を嘆くのも変えるのも労力が必要だ。
仕事以外のことで疲れたくはない。
そんな具合だった。
その少女は、全力でブランコに揺られている。
いつもだ、文字通り、毎日だ。
仕事が終わって家に帰る途中、大体19時くらいに公園の前を通る。
19時の公園なんて人がいるはずもない。
いるとすれば反社の方々か、ぐれちゃってる若気の至りボーイズくらいだろう。
そう、思っていたので見向きもしなかったが、ちょうど今から3週間ほど前ふと公園の中に目を向けるとその少女がいた。
少女、とは言っても見た感じ高校生くらいだろう。
その高校生ぐらいの少女が、毎日ブランコに揺られているのだ。
毎日、毎日、月曜から金曜まで、もしかしたら僕が確認していないだけで、土曜や日曜まで揺られているかもしれない。
なんなんだろう、と思ってしまう僕を誰が止められようか。
始めのうちは少し怖かった。
19時と言えば季節によってはまだまだ夕暮れ時と言えなくもない時間帯ではある。
ブランコをしている高校生がいても不思議ではない。
ただ、毎日だ。
もしかしたら幽霊とかそういった類なのかもしれない、と怖気づいていた。
が、よく見ればブランコのすぐそばに自転車が止めてあることに気が付いた。
何となく、ではあるのだが、幽霊ではないと思った。
なんのために毎日毎日ブランコを揺らしているのだろうか。
公園の前を通るたびに、考えていた。
そして今日、何かきっかけがあったわけではないが、初めて公園に足を踏み込みブランコのもとへ向かった。
「なぁ」
ブランコに揺られる彼女の背中の側から声をかけた。
長い黒髪、揺られるパーカーのフード。
時折スニーカーで地面をける音が聞こえる。
僕の呼びかけに対する反応はない。
聞こえなかったのだろうか。
「なぁ、聞こえてるか?」
…、返事はない。
ブランコに夢中なのか、自分に話しかけられていると思っていないのか。
彼女の側方に回り込むと答えが分かった。
イヤホンをしていたのだ。
音楽を聴きながら揺られている。
側方からも声をかけてみたが、気づく様子はなかった。
目を閉じている。
僕は仕方なくもう一つあるブランコに腰を掛けた。
ブランコに乗るのなんて、いつぶりだろうか。
小学校以来か。
久しいな、と思いながら足に力を入れる。
大きく蹴りだしてブランコを揺らす。
子供用に作られているブランコなので、僕が漕ぐには少々小さい。
足を大きく振って勢いをつけた。
呼応するようにブランコも大きく揺られる。
数回漕ぐと、僕は足を止めた。
疲れたくない、こんなことで。
そう思った。
少し楽しかった、でもきっと明日なり明後日なり、仕事に影響がでる。
それは嫌だった。
「帰るか…」
「もっと大きく足を振らないとだめだよ、お兄さん」
「え、?」
明日も仕事があるし、とブランコから立ち上がって帰ろうとしたその時、彼女が話しかけてきた。
視線はこちらに向けていない。
前を向いていつも通り揺られながら。
「上半身はバランスを取るだけじゃダメ、下半身と連動させて勢いにつなげるの」
ガチ勢だ、ブランコの。
「あ、いやそんなガチでやるつもりはない」
「フーン、じゃあなんでそこに座ったの?」
気が付けばこちら側のイヤホンが取れている。
僕の存在に気付いていたのか。
「君が気になって。君はどうして毎日ブランコに揺られているの?」
僕は再度ブランコに腰を下ろし彼女に問いかけた。
彼女はその問いに、何を当たり前なことを聞いているの?といった感じで答えてくれた。
「ブランコが好きだから」
至極真っ当、だっがしかし。
「好きだから毎日揺られてるの?」
「そうだけど?逆にブランコに揺られる理由に”好きで”以外ある?」
「まぁ、そうだけど…」
だからって高校生にもなって。
「高校生にもなってブランコか、って言いたいんでしょ」
「…」
彼女は前を向いたまま、鼻で笑うようにつぶやいた。
「大人って嫌い。好きなことをするのに好きな感情以外の理由を持ちたがる」
「好きな感情以外の理由…」
「そう、世間の目とか金銭とか。ただ好きなことを好きにやるという行為を子供っぽいって否定して、大人であることを誇示してる」
なおも揺られながら息を切らし、汗をにじませ。
年相応とは思えない思想を語る。
「そんな大人には、なりたくないっ」
そう言うとブランコから飛び降りた。
ブランコの勢いを利用して、ぴょーんと前方にジャンプした。
こちらに振り返ったその顔は、やはり高校生くらいだろうか。
ツカツカとブランコの方に戻ってきて、脇に止めてあった自転車にまたがった。
「ま、まって!」
僕は慌てて立ち上がって彼女を呼び止めた。
「君は、なんでそんなにまっすぐで強くあれるんだ、?歪むだろ、誰しも」
「私は身の程をわきまえているもの。お兄さんと違って」
それだけ言い残すと、彼女は颯爽と自転車を漕ぎ走り去った。
僕はしばらくブランコに座っていた。
「変わった人もいるんだなぁ、東京は」
「ふふ、面白いよな」
あれから1週間。
僕は地元に帰ってきていた。
ブランコに揺られる少女に生き方を諭された翌日、辞表を提出し仕事を辞めた。
身の程を、わきまえた。
会社を辞めてからあの公園の前を通ることがなかったので少女にはあれ以来あっていない。
地元に帰ってきてしまったのでもう会うこともないだろう。
「東京ってのはすげぇとこなんだなぁ」
「そうだね、僕なんかが太刀打ちできる場所じゃなかった。身の程知らずだったよ」
友人は興味深げにうなずいた。
「いやぁ、話聞いてたら俺もブランコしたくなってきたなぁ」
「ふふ、コツはね、足を大きく振って、上半身はバランスを取るだけじゃなくて下半身に連動して勢いにつなげるんだって」
言うほどこれが、簡単ではないけれども。
気付いたら、話しかけていた。
仕事帰りに通り過ぎる公園で、いつも全力でブランコに揺られる少女に。
なぁ、と、声をかけていた。
ド田舎のしょっぱい大学をほどほどに卒業し、何を間違えたのか東京に就職し、身の丈に合わない仕事をこねくり回すこと数か月。
僕は少し疲れていた。
初めての一人暮らし、友人も恋人も地元に置いて上京暮らし。
にっちもさっちもなんだかなぁ、といった具合で職場と自宅を往復する毎日。
少し嫌気がさしていた。
家に帰れば洗い物風呂明日の準備で直におやすみなさいだ。
土日は疲れで布団から出れない。
なんなんだ?この生活は、と思った時期もあった。
ただ、その感情が邪魔になって、数週間前に捨てた。
きっと大人になるってこういうことなのだろう。
現状を嘆くのも変えるのも労力が必要だ。
仕事以外のことで疲れたくはない。
そんな具合だった。
その少女は、全力でブランコに揺られている。
いつもだ、文字通り、毎日だ。
仕事が終わって家に帰る途中、大体19時くらいに公園の前を通る。
19時の公園なんて人がいるはずもない。
いるとすれば反社の方々か、ぐれちゃってる若気の至りボーイズくらいだろう。
そう、思っていたので見向きもしなかったが、ちょうど今から3週間ほど前ふと公園の中に目を向けるとその少女がいた。
少女、とは言っても見た感じ高校生くらいだろう。
その高校生ぐらいの少女が、毎日ブランコに揺られているのだ。
毎日、毎日、月曜から金曜まで、もしかしたら僕が確認していないだけで、土曜や日曜まで揺られているかもしれない。
なんなんだろう、と思ってしまう僕を誰が止められようか。
始めのうちは少し怖かった。
19時と言えば季節によってはまだまだ夕暮れ時と言えなくもない時間帯ではある。
ブランコをしている高校生がいても不思議ではない。
ただ、毎日だ。
もしかしたら幽霊とかそういった類なのかもしれない、と怖気づいていた。
が、よく見ればブランコのすぐそばに自転車が止めてあることに気が付いた。
何となく、ではあるのだが、幽霊ではないと思った。
なんのために毎日毎日ブランコを揺らしているのだろうか。
公園の前を通るたびに、考えていた。
そして今日、何かきっかけがあったわけではないが、初めて公園に足を踏み込みブランコのもとへ向かった。
「なぁ」
ブランコに揺られる彼女の背中の側から声をかけた。
長い黒髪、揺られるパーカーのフード。
時折スニーカーで地面をける音が聞こえる。
僕の呼びかけに対する反応はない。
聞こえなかったのだろうか。
「なぁ、聞こえてるか?」
…、返事はない。
ブランコに夢中なのか、自分に話しかけられていると思っていないのか。
彼女の側方に回り込むと答えが分かった。
イヤホンをしていたのだ。
音楽を聴きながら揺られている。
側方からも声をかけてみたが、気づく様子はなかった。
目を閉じている。
僕は仕方なくもう一つあるブランコに腰を掛けた。
ブランコに乗るのなんて、いつぶりだろうか。
小学校以来か。
久しいな、と思いながら足に力を入れる。
大きく蹴りだしてブランコを揺らす。
子供用に作られているブランコなので、僕が漕ぐには少々小さい。
足を大きく振って勢いをつけた。
呼応するようにブランコも大きく揺られる。
数回漕ぐと、僕は足を止めた。
疲れたくない、こんなことで。
そう思った。
少し楽しかった、でもきっと明日なり明後日なり、仕事に影響がでる。
それは嫌だった。
「帰るか…」
「もっと大きく足を振らないとだめだよ、お兄さん」
「え、?」
明日も仕事があるし、とブランコから立ち上がって帰ろうとしたその時、彼女が話しかけてきた。
視線はこちらに向けていない。
前を向いていつも通り揺られながら。
「上半身はバランスを取るだけじゃダメ、下半身と連動させて勢いにつなげるの」
ガチ勢だ、ブランコの。
「あ、いやそんなガチでやるつもりはない」
「フーン、じゃあなんでそこに座ったの?」
気が付けばこちら側のイヤホンが取れている。
僕の存在に気付いていたのか。
「君が気になって。君はどうして毎日ブランコに揺られているの?」
僕は再度ブランコに腰を下ろし彼女に問いかけた。
彼女はその問いに、何を当たり前なことを聞いているの?といった感じで答えてくれた。
「ブランコが好きだから」
至極真っ当、だっがしかし。
「好きだから毎日揺られてるの?」
「そうだけど?逆にブランコに揺られる理由に”好きで”以外ある?」
「まぁ、そうだけど…」
だからって高校生にもなって。
「高校生にもなってブランコか、って言いたいんでしょ」
「…」
彼女は前を向いたまま、鼻で笑うようにつぶやいた。
「大人って嫌い。好きなことをするのに好きな感情以外の理由を持ちたがる」
「好きな感情以外の理由…」
「そう、世間の目とか金銭とか。ただ好きなことを好きにやるという行為を子供っぽいって否定して、大人であることを誇示してる」
なおも揺られながら息を切らし、汗をにじませ。
年相応とは思えない思想を語る。
「そんな大人には、なりたくないっ」
そう言うとブランコから飛び降りた。
ブランコの勢いを利用して、ぴょーんと前方にジャンプした。
こちらに振り返ったその顔は、やはり高校生くらいだろうか。
ツカツカとブランコの方に戻ってきて、脇に止めてあった自転車にまたがった。
「ま、まって!」
僕は慌てて立ち上がって彼女を呼び止めた。
「君は、なんでそんなにまっすぐで強くあれるんだ、?歪むだろ、誰しも」
「私は身の程をわきまえているもの。お兄さんと違って」
それだけ言い残すと、彼女は颯爽と自転車を漕ぎ走り去った。
僕はしばらくブランコに座っていた。
「変わった人もいるんだなぁ、東京は」
「ふふ、面白いよな」
あれから1週間。
僕は地元に帰ってきていた。
ブランコに揺られる少女に生き方を諭された翌日、辞表を提出し仕事を辞めた。
身の程を、わきまえた。
会社を辞めてからあの公園の前を通ることがなかったので少女にはあれ以来あっていない。
地元に帰ってきてしまったのでもう会うこともないだろう。
「東京ってのはすげぇとこなんだなぁ」
「そうだね、僕なんかが太刀打ちできる場所じゃなかった。身の程知らずだったよ」
友人は興味深げにうなずいた。
「いやぁ、話聞いてたら俺もブランコしたくなってきたなぁ」
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