伝説の後始末

世々良木夜風

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Legend 36. ナンシーの事故

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「そして、そのうち、俺はたまに村まで下りて、ナンシーに会いに行くようになった...」
フレイが話し出す。

〇・〇・〇

「ナンシー!会いに来たぞ!」
「フレイ?!」
自宅に併設されている作業場で調合をしていたナンシーに、突然、声がかけられた。
ナンシーは驚いて、突拍子もない声を上げる。
「へぇ!これがお前の言っていた薬の調合か...」
フレイは興味深げに作業場を見渡している。
「ちょ、ちょっと!そんな呑気な!...村の人に見られでもしたら...」
ナンシーは気が気でないが、フレイに気にした様子はない。
「心配するな!バレないようにこっそりやってきた!」
「・・・」
しかし、ナンシーは家の前の木が少し焦げているのを見逃さなかった。
「来てもいいけど、ほどほどにね!それと絶対、村で問題は起こさないでね!」
ナンシーはそんなフレイに、きつく注意するのだった。

〇・〇・〇

「...村の周辺の木々が燃えていたのはそれが原因ね...」
「村人にも見られてますよ!」
ツィアとハルが心配して忠告するが、
「でも、問題は起きていないのだろう?」
フレイは気楽なものだ。
「ま、まあ、今のところは...」
ツィアが額に一筋の汗を流しながらもそう答えると、
「もう!フレイは気にしなさすぎ!!問題になってからじゃ遅いのよ!」
ナンシーも気になっていたのか、注意を促す。すると、
「心配しなくても、もう行かないさ!それで問題ないだろう?」
突然、そんなことを言い出したフレイに、
「べ、別にたまにならいいのよ!」
何かイヤな予感を感じたナンシー。しかし、
「いや、もう行くのはやめよう!そっちの方が良さそうだ!」
そう答えるフレイに、
「そう...」
物悲しげに目を伏せてしまうのだった。

少し暗い雰囲気が辺りを包む。
「二人の事情は分かったわ!...そんな中、採取中に怪我をしてしまったのね!」
そんな空気を吹き飛ばすようにツィアが切り出すと、
「そうなの!フレイとのお話が楽しくてつい長居しちゃったんだけど...」
ナンシーの話が始まった。

〇・〇・〇

「随分、長居しちゃった!...もう帰らないとみんな心配してるわ!」
「そうか...」
ナンシーの言葉にフレイが寂しそうな声を出す。
ナンシーがここに来てから、5日が経とうとしていた。
さすがに帰らざるを得ない。
「そんな顔しないで!またすぐに...ん?」
ナンシーはそんなフレイを励まそうとしたが、何かに気づいたようだ。
「どうした?」
フレイが聞くと、
「あの草...最後にあれを採取していくわ!」
ナンシーは崖の上を見上げながら言った。


「おい!大丈夫か?...無理しない方が...」
フレイが上を見上げて心配そうな声を出している。
「でも、滅多にとれない貴重な薬草なの!こんなの慣れてるから!」
そう言うナンシーは崖をよじ登っている。
慣れているのか、意外と様になっていた。
「よし!採取完了!」
ナンシーが薬草を腰の籠に入れた時、
<ガラッ!>
ナンシーのつかんでいた岩が崩れた。
「キャ~~~~~~!!」
「ナンシ~~~~~!!」
<ドサッ!>
ナンシーが地面に叩きつけられる。
「大丈夫か!ナンシー!」
フレイが駆け寄るが、触ることはできない。
そんなことをしたら、やけどをしてしまう。
しばらくおろおろしていたが、
「くっ...」
うめきながらナンシーが身を起こした。
「大丈夫か!ナンシー!」
フレイが再び、声をかけると、
「ええ!落ち方が良かったみたい。こんなのかすり傷...痛っ!」
立ち上がろうとしたナンシーが顔をしかめた。
見ると足が大きく腫れ上がっている。
「くじいちゃったみたいね...」
ナンシーはその場に腰掛ける。
「ど、どうしよう...」
フレイは相変わらずおろおろしていたが、
「そんなに慌てないで!...持ってきた荷物に薬草があるからそれを塗れば...とりあえず洞窟まで...」
ナンシーは這って動き始める。
「ナンシー...」
フレイはそんなナンシーを心配そうに見つめることしかできなかった。

〇・〇・〇

「それでなんとかここまで来たけど、動けなくて困ってたのね?」
ツィアが聞くと、
「そうなの!...ここは採取の際に拠点にしてる場所だし、食べ物や水も持ってきてるから問題はなかったんだけど、なかなか腫れが引かなくて...」
ナンシーがバツが悪そうに舌を出した。すると、
「俺が悪いんだ...落ちてくるナンシーを受け止めることも、怪我をしたナンシーを運ぶことも、介抱してあげることさえできなかった...」
フレイが悔しそうな顔をするが、
「それは仕方ないわ!そういう体なんだもの!...でも2日の間、ずっと傍にいてくれた!...どんなに心強かったか!!」
ナンシーはそんなフレイを励ました。
「それにナンシーさんのために、危険を冒して人間を探しに行ったのよね!おかげで私たちに会えた...」
ツィアもフレイの手柄について述べると、
「ああ!村まで助けを求めに行くつもりだったんだが、運よくお前らに会えた!...その...ありがとう...」
フレイが照れくさそうに礼を言う。
「でも、私たちで良かったかも!」
「そうですね!人間の中には魔物を怖がってる人も多いですから、その場合どうなってたか...」
ツィアとハルがもしものことを考え、少し顔を青くしていた。
「はぁ...やっぱり魔物と人間は仲良くできないのかなぁ...」
フレイがため息をつく。
「そんなことないわ!私とフレイ!ツィアさんとハルさんの例があるでしょ!」
ナンシーがそう言って元気づけるが、
「・・・」
フレイはそれに答えなかった。

☆彡彡彡

「じゃあ、村まで帰りましょうか!」
ツィアが音頭をとる。
怪我が治ったナンシーは荷物をまとめ、帰り支度を済ませていた。
「フレイはここに残るの?」
ナンシーが寂しそうな声で尋ねるが、
「ああ...」
フレイはどこか上の空でつぶやくだけだ。
「そう...じゃあ...」
ナンシーが出発しようとすると、
「ナンシー!」
フレイが声をかけた。
「なに?」
ナンシーが聞くと、
「村に帰って落ち着いたら、またここに来てくれないか?...話したいことがある...」
フレイはそう言ってくる。
「なに?改まって...告白でもするつもり?」
ナンシーが冗談めかして口にした言葉に、
「...そうだな...それもいいかもな...」
フレイは空を見ながらつぶやく。
「もう!なんなのよ!」
ナンシーが顔を赤くしながら声を上げるが、
「それで...」
フレイは小さな声で何か言った。
「ちょっと!聞こえないわよ!...もう一回言って!」
ナンシーは催促するが、
「続きは今度、話すさ!...じゃあな!」
そう言って手を振ると去っていった。
「ホントになんなのかしら!」
ナンシーは口を尖らせていたが、
「・・・」
ツィアは何か思うところがあるのか、深刻そうな顔をしている。
「ツィアさん?」
そんなツィアの顔を見たハルが声をかけると、
「ああ!そうね!...じゃあ、村の人も心配してるし、早く帰りましょう!」
ツィアは取り繕うようにそう言って、歩き出すのだった。
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