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第二話 友達
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1
「双角銘人(そうかくめいと)です。趣味は読書と映画鑑賞です。一年間よろしくお願いします」
クラスメイトの拍手の音で一気に緊張がほぐれる。英会話の典型文のような簡素な自己紹介だったが、どもることも噛むこともなく無事に終えることができた。あらかじめ何度も脳内音読していたおかげだ。
「よろしく、双角。じゃああそこの空いている席に座ってくれ」
五十代前半と思われる温厚そうな担任、高松先生が、後ろから二番目の窓際の席を指さす。
「新妻。彼をよろしく頼むよ。双角も、分からないことがあれば新妻に何でも聞きなさい」
「おいおい、生徒に丸投げかよー」
そう言いながら、僕の隣の席に座る新妻君はこちらの緊張をほぐすような穏やかな笑顔で右手を差し出してきた。
「よろしくな、双角」
「あ……うん、よろしく」
僕も右手を差し出し、彼と握手をする。新妻君は大柄な体格なだけに、握手も豪快で力強い。この感じ、絶対に「運動部」だ。自分とは見るからに正反対のタイプだが、どうやらまあ、悪い人ではなさそうだ。
「新妻、馴れ馴れしすぎよ。彼困ってる」
新妻君の前の席の女子生徒の声だ。黒髪ショートボブの清楚な雰囲気の子だった。
「双角、何かあったら俺よりこいつを頼れ。こいつは我が校の女番長、木崎唯様だからな」
「ちょっとバカ、変なこと吹き込まないでよ」
彼女は顔を真っ赤にして怒った。クラスメイト達はどっと笑う。なんだか、明るいクラスだ。
「はいはい、もう授業を始めるから、おしゃべりは先生の難聴にバレないようにしなさい」
「はーいよ」
今度は僕も笑ってしまった。
始まったのは数学の授業だった。数学は嫌いではないから、三か月分の遅れを取り戻すために真面目に授業を受けようとしたのだが、新妻君の質問責めがそれを許さなかった。
「隣のクラスに転校してきたかわい子ちゃんって、お前の妹か」
「お前彼女いるか?」
「お前結構背デカいよな。バスケ部入らね?」
「双角って言い辛いな。銘人でいいか?」
など。
僕はとりあえず「そうだよ」「いないよ」「ごめん、遠慮しておくよ」「いいよ」など適当に当たり障りのない返事をしていたが、
「お前、どっから転校してきたんだ?」
という質問への返答には困った。
「いや、その、高校には行ってなくて……病院に通ってたんだ」
「へえ、何かの病気だったのか」
案の定、新妻君は驚いた表情になる。
「うん、まあ、説明しにくいんだけど……」
僕は口ごもる。適当な嘘をでっち上げるほどの冷静さは無かった。
「ここか?」
自分の股間を指さして詰め寄ってくる彼の頭を、呆れかえった表情の木崎さんが思い切りノートで叩く。ファインプレー、木崎さん。両手を合わせて無言で礼を言うと、彼女は笑顔でこちらに親指を立ててきた。
こうして新妻君の質問攻めも自然な形で終わり、しばらくは真面目に授業を受けていた。授業内容は思いのほか簡単で、焦りを覚えることはなかった。
登校初日の緊張も徐々にほぐれ、そこで気が付く。これって、もしかして友達ができたって事なんだろうか。だとしたら僕にとって初めての経験かもしれない。
休み時間、教室にも居づらかったので、僕はトイレに行こうとして廊下に出た。ふと気になって、世音が編入したクラスを遠くから覗いてみる。
その光景は、僕の予想をはるかに上回っていた。
世音の座る席の周りに、男女合わせて二十人くらいの人だかり。彼女はその一人一人の質問に、丁寧に受け答えをしていた。遠くの席では、世音の方をチラチラ見ては小声で話をするニヤついた男子たち。やはり彼女には、自然に人を惹きつけるという生まれ持った才能があるようだ。
終いには他のクラスから来たと思われる生徒数人が、教室の扉の窓ガラスに張り付いて好奇の目で世音を見ている。
こうしていると自分まで彼女を拝みに来たみたいに思われそうで、僕はそそくさとその場を後にした。
2
「アイツ」を葬って施設に帰ると、リビングルームにはさらに厄介な敵が待ち構えていた。相手の大きな双眸は氷点下の眼差しでこちらを見据えている。
俺は恐る恐る彼女に声をかける。
「シズミ、約束をドタキャンしたのは謝る。だけど、これは俺たちにしかできないことなんだ。だから分かってくれ」
「ハア? 『同族』を殺すことが? どうしてあんた達って、そんなことが平然とできるわけ」
俺に侮蔑の視線を投げかけてくる少女はシズミ。前髪を長くした真っ黒なショートヘアがトレードマークだ。ケンジと同じく俺の仲間で、年齢は俺達より二つ下の十四歳だ。彼女は「仕事」を心底嫌悪していた。
「お前なあ、いつも言ってるだろ。ケンジも何か言ってくれよ」
僕は藁をも掴む思いで、ソファに寝そべって何やら難しそうな本を読んでいるケンジにヘルプを出した。
「お幸せに~」
間延びした、あくび交じりのケンジの声。シズミが赤面して激昂する。
「ハアッ!? 有り得ない! なんでこんな簡単に約束破るような奴と……」
「おい、だからさっきから言ってるだろ。今回のは仕方なくて……」
その後も俺とシズミの口論が続くと、やがてケンジは読んでいた本を閉じ、のろのろと気怠そうに立ち上がって台所へ向かったと思えば、ふいに扉の前で立ち止まった。そしてお気に入りの大きな黒縁眼鏡のズレを直すと、やおらに俺の方に向き直った。
「あと何人残ってるんだろうな……『メイト』」
自嘲気味にそう口にしたケンジは、どこか遠い目をしていた。
「……どうだろうな」
俺が小声でそう答えると、シズミは不機嫌な表情のまま俯いた。
「双角銘人(そうかくめいと)です。趣味は読書と映画鑑賞です。一年間よろしくお願いします」
クラスメイトの拍手の音で一気に緊張がほぐれる。英会話の典型文のような簡素な自己紹介だったが、どもることも噛むこともなく無事に終えることができた。あらかじめ何度も脳内音読していたおかげだ。
「よろしく、双角。じゃああそこの空いている席に座ってくれ」
五十代前半と思われる温厚そうな担任、高松先生が、後ろから二番目の窓際の席を指さす。
「新妻。彼をよろしく頼むよ。双角も、分からないことがあれば新妻に何でも聞きなさい」
「おいおい、生徒に丸投げかよー」
そう言いながら、僕の隣の席に座る新妻君はこちらの緊張をほぐすような穏やかな笑顔で右手を差し出してきた。
「よろしくな、双角」
「あ……うん、よろしく」
僕も右手を差し出し、彼と握手をする。新妻君は大柄な体格なだけに、握手も豪快で力強い。この感じ、絶対に「運動部」だ。自分とは見るからに正反対のタイプだが、どうやらまあ、悪い人ではなさそうだ。
「新妻、馴れ馴れしすぎよ。彼困ってる」
新妻君の前の席の女子生徒の声だ。黒髪ショートボブの清楚な雰囲気の子だった。
「双角、何かあったら俺よりこいつを頼れ。こいつは我が校の女番長、木崎唯様だからな」
「ちょっとバカ、変なこと吹き込まないでよ」
彼女は顔を真っ赤にして怒った。クラスメイト達はどっと笑う。なんだか、明るいクラスだ。
「はいはい、もう授業を始めるから、おしゃべりは先生の難聴にバレないようにしなさい」
「はーいよ」
今度は僕も笑ってしまった。
始まったのは数学の授業だった。数学は嫌いではないから、三か月分の遅れを取り戻すために真面目に授業を受けようとしたのだが、新妻君の質問責めがそれを許さなかった。
「隣のクラスに転校してきたかわい子ちゃんって、お前の妹か」
「お前彼女いるか?」
「お前結構背デカいよな。バスケ部入らね?」
「双角って言い辛いな。銘人でいいか?」
など。
僕はとりあえず「そうだよ」「いないよ」「ごめん、遠慮しておくよ」「いいよ」など適当に当たり障りのない返事をしていたが、
「お前、どっから転校してきたんだ?」
という質問への返答には困った。
「いや、その、高校には行ってなくて……病院に通ってたんだ」
「へえ、何かの病気だったのか」
案の定、新妻君は驚いた表情になる。
「うん、まあ、説明しにくいんだけど……」
僕は口ごもる。適当な嘘をでっち上げるほどの冷静さは無かった。
「ここか?」
自分の股間を指さして詰め寄ってくる彼の頭を、呆れかえった表情の木崎さんが思い切りノートで叩く。ファインプレー、木崎さん。両手を合わせて無言で礼を言うと、彼女は笑顔でこちらに親指を立ててきた。
こうして新妻君の質問攻めも自然な形で終わり、しばらくは真面目に授業を受けていた。授業内容は思いのほか簡単で、焦りを覚えることはなかった。
登校初日の緊張も徐々にほぐれ、そこで気が付く。これって、もしかして友達ができたって事なんだろうか。だとしたら僕にとって初めての経験かもしれない。
休み時間、教室にも居づらかったので、僕はトイレに行こうとして廊下に出た。ふと気になって、世音が編入したクラスを遠くから覗いてみる。
その光景は、僕の予想をはるかに上回っていた。
世音の座る席の周りに、男女合わせて二十人くらいの人だかり。彼女はその一人一人の質問に、丁寧に受け答えをしていた。遠くの席では、世音の方をチラチラ見ては小声で話をするニヤついた男子たち。やはり彼女には、自然に人を惹きつけるという生まれ持った才能があるようだ。
終いには他のクラスから来たと思われる生徒数人が、教室の扉の窓ガラスに張り付いて好奇の目で世音を見ている。
こうしていると自分まで彼女を拝みに来たみたいに思われそうで、僕はそそくさとその場を後にした。
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「アイツ」を葬って施設に帰ると、リビングルームにはさらに厄介な敵が待ち構えていた。相手の大きな双眸は氷点下の眼差しでこちらを見据えている。
俺は恐る恐る彼女に声をかける。
「シズミ、約束をドタキャンしたのは謝る。だけど、これは俺たちにしかできないことなんだ。だから分かってくれ」
「ハア? 『同族』を殺すことが? どうしてあんた達って、そんなことが平然とできるわけ」
俺に侮蔑の視線を投げかけてくる少女はシズミ。前髪を長くした真っ黒なショートヘアがトレードマークだ。ケンジと同じく俺の仲間で、年齢は俺達より二つ下の十四歳だ。彼女は「仕事」を心底嫌悪していた。
「お前なあ、いつも言ってるだろ。ケンジも何か言ってくれよ」
僕は藁をも掴む思いで、ソファに寝そべって何やら難しそうな本を読んでいるケンジにヘルプを出した。
「お幸せに~」
間延びした、あくび交じりのケンジの声。シズミが赤面して激昂する。
「ハアッ!? 有り得ない! なんでこんな簡単に約束破るような奴と……」
「おい、だからさっきから言ってるだろ。今回のは仕方なくて……」
その後も俺とシズミの口論が続くと、やがてケンジは読んでいた本を閉じ、のろのろと気怠そうに立ち上がって台所へ向かったと思えば、ふいに扉の前で立ち止まった。そしてお気に入りの大きな黒縁眼鏡のズレを直すと、やおらに俺の方に向き直った。
「あと何人残ってるんだろうな……『メイト』」
自嘲気味にそう口にしたケンジは、どこか遠い目をしていた。
「……どうだろうな」
俺が小声でそう答えると、シズミは不機嫌な表情のまま俯いた。
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