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【第三章】君と色づく世界
ひとつの決断
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弁当を食べ終わると、片付けをしながら可琳が言い出しにくそうに口を開いた。
「私、……ハチに謝らないといけないことがあるの」
可琳の声がいつになく小さく、心なしか震えている。
「謝る?」
「うん。あのね……初めて森で遊んだ日、私、ハチのこと置いて帰っちゃったでしょ?」
その瞬間、僕の心臓は、さっきの告白とは違う理由で激しく鳴り出した。
「あの日、急にママに連れ戻されて、……そのまますぐに引っ越すことになっちゃったの」
続く可琳の言葉に息が苦しくなる。
「きちんとハチにさよならを言えなくて、ずっと気になってた。きっと私のこと、嫌いになったよね……。一人にしてごめんね。あのあと、ちゃんと帰れた?」
言葉に詰まり、記憶が曖昧な僕は、答えを濁す。
「それが……あの日のことはよく覚えてなくて。実は――いや、なんでもない。ちゃんと帰れたから、大丈夫だよ」
「全然大丈夫って顔してないよ?」
可琳が心配そうに僕を見つめる。
父さんに捨てられ、そして可琳も突然いなくなってしまった。
たった一人で、心が砕けそうなほど辛かったことだけは、今でもはっきり覚えている。
でも、今ここでそれを全部言葉にする勇気は出なかった。
だから、少し無理をして笑う。
「でも、そうか、理由があったんだね。可琳が無事でよかったよ。僕、森で迷子になって戻れなくなったのかと思ってたからさ」
僕の言葉に、可琳の顔が一瞬安堵したように見えたけど、その後すぐにくしゃりと歪んだ。
「ずっと……ずっとあの日のことが気になってたんだよ。私はハチと一緒にいたかったのに」
言葉の端に滲む後悔に、胸がぎゅっと痛む。
可琳の話を聞いていると、心の傷が静かに疼き、その一方で、目の前の彼女の存在が、じんわりとその傷を癒していくようだった。
「うん。子どもの頃ってさ、自分ではどうにもできないことが多すぎるよね。大人の都合でいろいろ振り回されて。知らない間にいろんなことが決まってて。僕もそうだったからわかるよ」
僕の言葉に、可琳はほっとしたように、少しだけ微笑んだ。
けれど、その笑顔にはどこか影があった。
「ハチもいろいろあったんだもんね。ごめんね、辛いこと思い出させちゃった」
可琳は顔を伏せ、申し訳なさそうに呟く。
「この話はもうやめよう! こうしてまた会えたんだから」
「そうだね。今、こうして隣に可琳がいる。それだけで充分だよ」
そう言いながら、僕は彼女をまっすぐ見つめる。
けれど、可琳は再び視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「でも……ハチは明日、東京に帰っちゃうんだよね」
一呼吸置いて、何か言葉を続けようとしていた可琳を遮って、僕は言った。
「またすぐに会えるよ」
「え?」
可琳が驚いたように顔を上げる。その瞳には、ほんの少しの疑念と、大きな期待が揺れていた。
「だから、ほんの少しだけ待ってて」
「ここで待ってればいいの? ほんとに?」
「ほんとだよ」
「約束……ね?」
その後、僕たちの間に言葉はいらなかった。ただ見つめ合い、心が交わるような時間が流れる。やがて、どちらからともなく身体がゆっくりと近づき……。
可琳がそっと瞳を閉じたのを見て、僕は小さく息を呑む。
そして、彼女の柔らかな唇に優しく触れると、その温もりが胸の奥に静かに溶けていった。
川のせせらぎが、耳元で囁くように響く。
夏の空気が、どこまでも優しく、僕たちを包み込んでいた――。
「私、……ハチに謝らないといけないことがあるの」
可琳の声がいつになく小さく、心なしか震えている。
「謝る?」
「うん。あのね……初めて森で遊んだ日、私、ハチのこと置いて帰っちゃったでしょ?」
その瞬間、僕の心臓は、さっきの告白とは違う理由で激しく鳴り出した。
「あの日、急にママに連れ戻されて、……そのまますぐに引っ越すことになっちゃったの」
続く可琳の言葉に息が苦しくなる。
「きちんとハチにさよならを言えなくて、ずっと気になってた。きっと私のこと、嫌いになったよね……。一人にしてごめんね。あのあと、ちゃんと帰れた?」
言葉に詰まり、記憶が曖昧な僕は、答えを濁す。
「それが……あの日のことはよく覚えてなくて。実は――いや、なんでもない。ちゃんと帰れたから、大丈夫だよ」
「全然大丈夫って顔してないよ?」
可琳が心配そうに僕を見つめる。
父さんに捨てられ、そして可琳も突然いなくなってしまった。
たった一人で、心が砕けそうなほど辛かったことだけは、今でもはっきり覚えている。
でも、今ここでそれを全部言葉にする勇気は出なかった。
だから、少し無理をして笑う。
「でも、そうか、理由があったんだね。可琳が無事でよかったよ。僕、森で迷子になって戻れなくなったのかと思ってたからさ」
僕の言葉に、可琳の顔が一瞬安堵したように見えたけど、その後すぐにくしゃりと歪んだ。
「ずっと……ずっとあの日のことが気になってたんだよ。私はハチと一緒にいたかったのに」
言葉の端に滲む後悔に、胸がぎゅっと痛む。
可琳の話を聞いていると、心の傷が静かに疼き、その一方で、目の前の彼女の存在が、じんわりとその傷を癒していくようだった。
「うん。子どもの頃ってさ、自分ではどうにもできないことが多すぎるよね。大人の都合でいろいろ振り回されて。知らない間にいろんなことが決まってて。僕もそうだったからわかるよ」
僕の言葉に、可琳はほっとしたように、少しだけ微笑んだ。
けれど、その笑顔にはどこか影があった。
「ハチもいろいろあったんだもんね。ごめんね、辛いこと思い出させちゃった」
可琳は顔を伏せ、申し訳なさそうに呟く。
「この話はもうやめよう! こうしてまた会えたんだから」
「そうだね。今、こうして隣に可琳がいる。それだけで充分だよ」
そう言いながら、僕は彼女をまっすぐ見つめる。
けれど、可琳は再び視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「でも……ハチは明日、東京に帰っちゃうんだよね」
一呼吸置いて、何か言葉を続けようとしていた可琳を遮って、僕は言った。
「またすぐに会えるよ」
「え?」
可琳が驚いたように顔を上げる。その瞳には、ほんの少しの疑念と、大きな期待が揺れていた。
「だから、ほんの少しだけ待ってて」
「ここで待ってればいいの? ほんとに?」
「ほんとだよ」
「約束……ね?」
その後、僕たちの間に言葉はいらなかった。ただ見つめ合い、心が交わるような時間が流れる。やがて、どちらからともなく身体がゆっくりと近づき……。
可琳がそっと瞳を閉じたのを見て、僕は小さく息を呑む。
そして、彼女の柔らかな唇に優しく触れると、その温もりが胸の奥に静かに溶けていった。
川のせせらぎが、耳元で囁くように響く。
夏の空気が、どこまでも優しく、僕たちを包み込んでいた――。
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