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【第三章】君と色づく世界
崩れるルーティン
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けれどこの日は、そんなルーティンが少しだけ崩れた。
いつものように可琳を家まで送って、少し話したあとキスをして……。
まだ可琳と一緒にいたくてたまらない僕は、気持ちを抑えきれずに可琳をそっと抱きしめた。
その瞬間、可琳が僕の耳元で囁いた。
「うちで、お茶でも飲んでく?」
その言葉は、僕の心にとんでもない破壊力で突き刺さった。
抱きしめていた可琳の肩をそっと離し、口をあんぐり開けた間抜けな顔で、可琳をまじまじと見つめる。確かにもう少し一緒にいたいな、とは思っていたけど!
「いいの? あ、でもお母さんいるんだよね。こ、心の準備が……こんな遅い時間に突然お邪魔するのも……手土産とかも持ってないし……」
と情けない声を出した僕に、可琳は吹き出しそうな顔で微笑みながら答えた。
「ママ、家にいないからそんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
――お母さんがいない!
いないということは、可琳と二人きり!?
ますます心臓が暴れ出した。
これは、つまり、その……誘われている、と思って良いのだろうか!?
いやいや、もしかしたら本当にただお茶を飲むだけかもしれない。でも、仮に「そういうこと」だとしたら、こんな僕で大丈夫なのか!?
慌てるな! しくじるな! 落ち着いて考えろ!
頭の中であらゆる思考がぐるぐると巡り、すっかり挙動不審になった僕を見て、可琳は俯き、小さな声で呟いた。
「無理ならまた別の日でもいいけど……」
「いや! 無理じゃない。無理じゃないよ。迷惑でなければ……じゃあ少しだけ……」
心の中で何度も反復する。
お茶を飲むだけだ。ただ、お茶を飲むだけだ。
すうーーーはああああ。
深呼吸して気持ちを整えようとするが、心臓は全く鳴り止まない。
僕は意を決して可琳のあとについていく。
彼女が鍵を回し、ドアを開ける瞬間まで、頭の中はパニック状態だった。
その時――。
「可琳。やっぱり洵くんと会っていたのね」
思いがけない声が背後から響いた。
僕は驚いて振り返る。そこには落ち着いた雰囲気の年配の女性が立っていた。
「ママ……」
可琳が呟いた一言で、全てを悟る。間違いない。可琳のお母さんだ。
「あ、あの! はじめまして。僕、八幡洵と申します」
声が裏返った。
完全に裏返った。
なんとか言葉を絞り出した僕に対し、可琳のお母さんは穏やかに微笑んだ。
「はじめまして、洵くん。……と言っても、私はあなたをよく知っているのよ」
柔らかいけれど、どこか芯のある声。
「私はあなたのこと、小さい頃からよく知っているの。その頃、あなたのお父さんと一緒に働いていたから、あなたのことはお父さんから、よく聞いていたのよ」
父さん――。
その言葉が重く響く。
可琳から聞いた話を、僕はぼんやりと思い出していた。
「そうでしたか……その節は、お世話になりました」
緊張しながら礼を言うと、可琳のお母さんは静かに微笑み、けれどすぐに表情を引き締めて言った。
「洵くん。可琳を家まで送ってくれてありがとう。でもごめんなさい、今日はこれから、可琳と二人で話がしたいの」
お母さんは真剣な眼差しを可琳に向ける。可琳は目を伏せていて、今まで見たことのないほどに気まずそうな表情を浮かべていた。
この状況が最悪であることは伝わるけれど、理由がわからない。
僕がいるから?
僕が何かしてしまったのだろうか。可琳のお母さんの印象を悪くするような何か……
もしかして、さっき家の前で抱きしめたり、キ……キスをしたのを見られてしまったとか?
急に全身から冷たい汗が吹き出した。
この場をどう収めるべきかわからず、頭が真っ白になる。
とにかく、これ以上粗相がないようにしなければ……。
「はい……では、失礼します。可琳、またね」
可琳は小さく頷き「ごめんね、ハチ」と呟いた。
その声には申し訳なさと、何か他の感情が混じっているようで、僕は不安になる。
可琳に背中を向けた瞬間、胸が締め付けられるような思いに駆られた。
可琳があの夏のように、僕の前から消えてしまうんじゃないか――そんな恐怖が、じわじわと心を蝕んでいく。
いつものように可琳を家まで送って、少し話したあとキスをして……。
まだ可琳と一緒にいたくてたまらない僕は、気持ちを抑えきれずに可琳をそっと抱きしめた。
その瞬間、可琳が僕の耳元で囁いた。
「うちで、お茶でも飲んでく?」
その言葉は、僕の心にとんでもない破壊力で突き刺さった。
抱きしめていた可琳の肩をそっと離し、口をあんぐり開けた間抜けな顔で、可琳をまじまじと見つめる。確かにもう少し一緒にいたいな、とは思っていたけど!
「いいの? あ、でもお母さんいるんだよね。こ、心の準備が……こんな遅い時間に突然お邪魔するのも……手土産とかも持ってないし……」
と情けない声を出した僕に、可琳は吹き出しそうな顔で微笑みながら答えた。
「ママ、家にいないからそんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
――お母さんがいない!
いないということは、可琳と二人きり!?
ますます心臓が暴れ出した。
これは、つまり、その……誘われている、と思って良いのだろうか!?
いやいや、もしかしたら本当にただお茶を飲むだけかもしれない。でも、仮に「そういうこと」だとしたら、こんな僕で大丈夫なのか!?
慌てるな! しくじるな! 落ち着いて考えろ!
頭の中であらゆる思考がぐるぐると巡り、すっかり挙動不審になった僕を見て、可琳は俯き、小さな声で呟いた。
「無理ならまた別の日でもいいけど……」
「いや! 無理じゃない。無理じゃないよ。迷惑でなければ……じゃあ少しだけ……」
心の中で何度も反復する。
お茶を飲むだけだ。ただ、お茶を飲むだけだ。
すうーーーはああああ。
深呼吸して気持ちを整えようとするが、心臓は全く鳴り止まない。
僕は意を決して可琳のあとについていく。
彼女が鍵を回し、ドアを開ける瞬間まで、頭の中はパニック状態だった。
その時――。
「可琳。やっぱり洵くんと会っていたのね」
思いがけない声が背後から響いた。
僕は驚いて振り返る。そこには落ち着いた雰囲気の年配の女性が立っていた。
「ママ……」
可琳が呟いた一言で、全てを悟る。間違いない。可琳のお母さんだ。
「あ、あの! はじめまして。僕、八幡洵と申します」
声が裏返った。
完全に裏返った。
なんとか言葉を絞り出した僕に対し、可琳のお母さんは穏やかに微笑んだ。
「はじめまして、洵くん。……と言っても、私はあなたをよく知っているのよ」
柔らかいけれど、どこか芯のある声。
「私はあなたのこと、小さい頃からよく知っているの。その頃、あなたのお父さんと一緒に働いていたから、あなたのことはお父さんから、よく聞いていたのよ」
父さん――。
その言葉が重く響く。
可琳から聞いた話を、僕はぼんやりと思い出していた。
「そうでしたか……その節は、お世話になりました」
緊張しながら礼を言うと、可琳のお母さんは静かに微笑み、けれどすぐに表情を引き締めて言った。
「洵くん。可琳を家まで送ってくれてありがとう。でもごめんなさい、今日はこれから、可琳と二人で話がしたいの」
お母さんは真剣な眼差しを可琳に向ける。可琳は目を伏せていて、今まで見たことのないほどに気まずそうな表情を浮かべていた。
この状況が最悪であることは伝わるけれど、理由がわからない。
僕がいるから?
僕が何かしてしまったのだろうか。可琳のお母さんの印象を悪くするような何か……
もしかして、さっき家の前で抱きしめたり、キ……キスをしたのを見られてしまったとか?
急に全身から冷たい汗が吹き出した。
この場をどう収めるべきかわからず、頭が真っ白になる。
とにかく、これ以上粗相がないようにしなければ……。
「はい……では、失礼します。可琳、またね」
可琳は小さく頷き「ごめんね、ハチ」と呟いた。
その声には申し訳なさと、何か他の感情が混じっているようで、僕は不安になる。
可琳に背中を向けた瞬間、胸が締め付けられるような思いに駆られた。
可琳があの夏のように、僕の前から消えてしまうんじゃないか――そんな恐怖が、じわじわと心を蝕んでいく。
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