56 / 132
【第五章】懐かしい世界
新しい友達
しおりを挟む
「現実の世界はどうだい? 何か困っていることは?」
「困ってることだらけだよ……。わからないこともたくさんある。君はこの世界について詳しいの?」
「まあね。でも、洵にはもうこの世界は必要ないはずだ。これからは現実の世界で生きていくんだからね。……ところで、〈MAHORA〉の正式版はきちんとリリースされたんだろうか」
「うん。今や生活になくてはならないレベルだよ」
「そうか。それはよかった。じゃあなおさら、この世界はもう必要ないね。僕にできることもなさそうだ」
彼の言葉に、僕は大きく首を振った。僕にはまだ、この世界が必要だ。
「僕の大切な人が、どうやらこの世界にしかいないらしいんだ……」
「大切な人?」
「時安可琳。君のお姉さんだよ。僕と可琳は付き合っていた。プロポーズしようと思った日に……僕の前からいなくなってしまったんだ」
彼は沈黙し、考えるようにして俯いた。
「僕にはわからないことが起きているようだ。順を追って説明してもらってもいいかい?」
僕は、可琳と再会した同窓会から今に至るまでの出来事を彼に話した。
可琳にもう一度会いたい。
彼女が僕にとって、どれだけ大切な存在なのかを、彼に必死に伝えた。
「大人になった可琳がこの世界に……なるほど、彼女には彼女なりの事情がありそうだね」
「事情? 君はこれまで、可琳と一緒にいたんじゃないの?」
彼は少し考え込むようにして黙った後、静かに答えた。
「姉さんとは一緒にいたわけじゃないんだ。そして、恋愛という分野において、僕にはどうすることもできない。僕はこの世界のことしか把握できないし、この世界のサポートしかできないからね。でも洵――」
彼はとても優しく微笑んだ。
「僕はいつでも洵の力になりたい。そう思っているよ」
「……なんで?」
思わず、口をついて出た。彼の言葉に、僕は複雑な感情になる。
「どうして、ほとんど話したこともない僕に、そんなに優しくするの? それも、父さんにプログラミングされているから?」
気がつくと、抑えきれない思いが溢れていた。
「この世界の人たちはみんな僕に優しいんだ。母さんも、窪も、これまで出会った人、全て。誰も僕を責めないし、僕にとって都合のいいことしか起きない。それがどれだけ寂しいことか、君にわかる?」
彼はしゅんとして、そして静かに尋ねた。
「この世界は……楽しくなかった?」
「正直に言えば……楽しくはなかった。でも、辛くもなかったよ。可琳と再会してからは本当に幸せだった。この世界を作ってくれた父さんには感謝してる」
僕の言葉を聞き終えた彼は、複雑な表情を見せ、ポツリと呟いた。
「洵はお母さんが大好きで、お父さんのことは嫌いなんだよね? それでもお父さんに感謝するの?」
「母さんのことは大好きだったし、こっちの母さんはとても優しいよ。でも、今は父さんに感謝してる。僕のために、命がけでこの世界を作ってくれたこと。本当のことを知ったときはショックだったけど、今ならわかる。父さんは僕のことを、大切に思ってくれていたんだって」
絞り出した言葉が、自分の気持ちを浮き彫りにしていく。その事実に、僕自身が驚いていた。
「変な話だよな。現実と同じように、母さんが出ていく設定でもよかったのに。――でもきっと、僕がそうさせてしまったんだよね」
璃花子さんから聞いた、父さんの過去。その断片を思い出しながら、言葉を続ける。
「僕は今、父さんがいた会社――アストラルアークに入社して、父さんが作った〈MAHORA〉の開発に関わる仕事をしたいと思ってるんだ」
彼は僕の言葉を聞くと、ゆっくりと頷いた。
「そうか……」
柔らかい微笑みを浮かべる彼の表情は、僕が人生の目標を見つけたことを、心から喜んでくれているようだった。
「頑張って。応援してるよ」
「ありがとう。君と会うのは初めてなのに……こんなにいろいろ話しちゃってごめんね」
「そのために僕はいるんだから。大丈夫だよ。洵とこうして話ができる日が来て、とても嬉しいんだ」
彼の言葉に、僕の胸は温かくなる。
「可琳に会うためにこの世界に来たんだけど――君に会えてよかった。また遊びに来てもいい?」
「もちろんだよ。僕はいつでもここにいる」
僕はまだ大切なことを訊いていないことに気付いた。
「えっと……ごめん。僕、君の名前覚えてないんだ」
「……圭」
「圭か。これからもよろしく」
僕が手を差し出すと、圭も笑顔で握手を返してくれた。どこか温かく、懐かしい感覚がした。
「困ってることだらけだよ……。わからないこともたくさんある。君はこの世界について詳しいの?」
「まあね。でも、洵にはもうこの世界は必要ないはずだ。これからは現実の世界で生きていくんだからね。……ところで、〈MAHORA〉の正式版はきちんとリリースされたんだろうか」
「うん。今や生活になくてはならないレベルだよ」
「そうか。それはよかった。じゃあなおさら、この世界はもう必要ないね。僕にできることもなさそうだ」
彼の言葉に、僕は大きく首を振った。僕にはまだ、この世界が必要だ。
「僕の大切な人が、どうやらこの世界にしかいないらしいんだ……」
「大切な人?」
「時安可琳。君のお姉さんだよ。僕と可琳は付き合っていた。プロポーズしようと思った日に……僕の前からいなくなってしまったんだ」
彼は沈黙し、考えるようにして俯いた。
「僕にはわからないことが起きているようだ。順を追って説明してもらってもいいかい?」
僕は、可琳と再会した同窓会から今に至るまでの出来事を彼に話した。
可琳にもう一度会いたい。
彼女が僕にとって、どれだけ大切な存在なのかを、彼に必死に伝えた。
「大人になった可琳がこの世界に……なるほど、彼女には彼女なりの事情がありそうだね」
「事情? 君はこれまで、可琳と一緒にいたんじゃないの?」
彼は少し考え込むようにして黙った後、静かに答えた。
「姉さんとは一緒にいたわけじゃないんだ。そして、恋愛という分野において、僕にはどうすることもできない。僕はこの世界のことしか把握できないし、この世界のサポートしかできないからね。でも洵――」
彼はとても優しく微笑んだ。
「僕はいつでも洵の力になりたい。そう思っているよ」
「……なんで?」
思わず、口をついて出た。彼の言葉に、僕は複雑な感情になる。
「どうして、ほとんど話したこともない僕に、そんなに優しくするの? それも、父さんにプログラミングされているから?」
気がつくと、抑えきれない思いが溢れていた。
「この世界の人たちはみんな僕に優しいんだ。母さんも、窪も、これまで出会った人、全て。誰も僕を責めないし、僕にとって都合のいいことしか起きない。それがどれだけ寂しいことか、君にわかる?」
彼はしゅんとして、そして静かに尋ねた。
「この世界は……楽しくなかった?」
「正直に言えば……楽しくはなかった。でも、辛くもなかったよ。可琳と再会してからは本当に幸せだった。この世界を作ってくれた父さんには感謝してる」
僕の言葉を聞き終えた彼は、複雑な表情を見せ、ポツリと呟いた。
「洵はお母さんが大好きで、お父さんのことは嫌いなんだよね? それでもお父さんに感謝するの?」
「母さんのことは大好きだったし、こっちの母さんはとても優しいよ。でも、今は父さんに感謝してる。僕のために、命がけでこの世界を作ってくれたこと。本当のことを知ったときはショックだったけど、今ならわかる。父さんは僕のことを、大切に思ってくれていたんだって」
絞り出した言葉が、自分の気持ちを浮き彫りにしていく。その事実に、僕自身が驚いていた。
「変な話だよな。現実と同じように、母さんが出ていく設定でもよかったのに。――でもきっと、僕がそうさせてしまったんだよね」
璃花子さんから聞いた、父さんの過去。その断片を思い出しながら、言葉を続ける。
「僕は今、父さんがいた会社――アストラルアークに入社して、父さんが作った〈MAHORA〉の開発に関わる仕事をしたいと思ってるんだ」
彼は僕の言葉を聞くと、ゆっくりと頷いた。
「そうか……」
柔らかい微笑みを浮かべる彼の表情は、僕が人生の目標を見つけたことを、心から喜んでくれているようだった。
「頑張って。応援してるよ」
「ありがとう。君と会うのは初めてなのに……こんなにいろいろ話しちゃってごめんね」
「そのために僕はいるんだから。大丈夫だよ。洵とこうして話ができる日が来て、とても嬉しいんだ」
彼の言葉に、僕の胸は温かくなる。
「可琳に会うためにこの世界に来たんだけど――君に会えてよかった。また遊びに来てもいい?」
「もちろんだよ。僕はいつでもここにいる」
僕はまだ大切なことを訊いていないことに気付いた。
「えっと……ごめん。僕、君の名前覚えてないんだ」
「……圭」
「圭か。これからもよろしく」
僕が手を差し出すと、圭も笑顔で握手を返してくれた。どこか温かく、懐かしい感覚がした。
1
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる