ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第一章 とても不思議な世界

2話 新天地①

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 階下に降りると、コウミが誰かと話をしている声が聞こえ始める。

 「本当に必要か? 何だったら、山や森の中でも十分にやっていけるんだが」
 「冗談じゃありませんよ。あなたが良くったって、彼は子供でしょう。一ヶ月も山の中で過ごすなんて、動物と変わらないわ」
 「マーガレット、あんたはアイツの事を良く知らないだろ。並の鍛え方をしてないんだ」
 「いけません!」

 日々喜は、声のする方へと向かった。溶けたバターと紅茶の香りが漂い始める。

 「まあまあ、そこらへんはこちらで手配しておくから、何も心配する事は無い。君だって彼には真っ当な暮らしの中で過ごさせておくべきだと考えているんだろ」
 「どうかな……。あの年頃、染まりやすい。魔導士になりたいなんて言い始めたら、俺は……」
 「いいじゃない、魔導士。この国を代表する職業よ?」
 「俺は嫌いだよ!」
 「まあー、コウミったら。そう言う事なのね。でも子供なんて親の言う事でさえ、半分も聞きはしないのよ。アンナを見ていれば分かるでしょうに。あら、おはよう。昨日は良く眠れたかしら?」

 それまで、コウミと話をしていた初老の女性が席を立ち、ダイニングに姿を見せた日々喜の下に歩み寄った。そして、両手で日々喜の顔を包み込むと、その顔がちゃんと洗われているか丹念に確かめる様に見つめた。

 「おはようございます。良く眠れました」
 「それは良かったわ。席に着いて待っていて頂戴。朝食にしましょう」

 女性はそう言いながら、ダイニングを後にして朝食を取りに行ってしまった。

 「おう。ここに座れ、日々喜」

 コウミはわざとらしく命令口調で、日々喜を自分の隣に座らせる。

 「おはよう、日々喜君。私はエリオット・クレレ。この館の主をしている者です。先程のは妻のマーガレットです」

 食卓の上座に座り込む初老の男性は、ゼンマイの様なカーブを描いた口髭を手であやしながらそう言った。

 「おはようございます。長岐日々喜です」
 「俺達の事はある程度話した。エリオットはお前が家に帰る為に協力してくれるそうだ。いいか?」

 コウミはそう言うと、テーブルの上に置かれていた茶器等をつかみ、自分の前に並べて、簡易な地図を描き始めた。

 「ここは、魔導連合王国という国の東部の領域だ。イスカリと言う名を覚えているか? 昨日、俺達が出立した領地の名だ。東部では、最も勢力の大きい領地なる」

 コウミは中央に置かれたティーポットを指で叩きながらそう言う。

 「俺達は今、その東側に隣接するヴァーサと言う名の領地に居る」

 ティーポットの右隣に置かれた自分のカップを指差し、コウミはそう言った。

 「ここから海を越えてさらに東を目指す。そして、隣国のトウワ国へ向かう。俺達の祖国だ。協力をつのれる者が多いい。そこまで行けば、家まであと一歩だ」

 コウミはそう言うと、少し離れた場所に置かれた砂糖入れを指差した。

 「家まで、後一歩。……家に帰る」
 「ああ、そうだ。どうかしたか?」
 「……いいえ、別に」

 コウミの白い眼が、怪訝に感じた自分の気持ちを表す様に、ひしゃげて歪んだ。

 「ふむ……。まあ、不安を感じる所が多いのだろう。しかし、コウミがそばに付いていれば何も問題は無いと思う。それに、船賃や宿泊費については、私から出そうと思っている。心配には及ばないよ」
 「良いんでしょうか。そこまでしていただいて」
 「うむ。構わないとも。何を隠そう、ここにいるコウミと私は親族でね。だから、なにも不思議がる事は無いさ」

 エリオットは優し気な笑みを作り、日々喜の不安を拭おうとする。

 「ただ、少し問題がある。エリオットの話しではヴァーサの港から出る普通便は、今は不定期の出港になっていて今年度はもう出ないらしい」
 「昨年、トウワ国は隣国との戦争があってね。今は、疎開地からの帰還便しか、このヴァーサ領からは出ていないのだよ」

 コウミの話しにエリオットが補足を加えた。

 「じゃあ、来年度まで船が出るのを待つんですか?」
 「今は、二月の下旬。直ぐに三月になる。新年度まで後一ヶ月。その間、ここから一旦南下して、イバラとか言う領地で過ごす事にした」

 コウミはそう言うと、日々喜のティーカップをつかみ、自分のカップの下に据える。雑な周辺地域の地図が完成した。イバラと呼ばれる領域は、現在自分がいるヴァーサ領の南隣、イスカリ領の南東に位置する場所だと日々喜には分かった。

 「それでな日々喜、ちょっとこいつを被ってみな」

 コウミは勝手に話を進める様に手にしたフードを日々喜の頭に乱暴に被せた。
 奇妙な装束だ。首に巻き付けるマフラーの様に横長で、それでいて真ん中の辺りにはすっぽりと頭が入るぐらいの袋の様なものが付いている。今、コウミが身に着けているフードと同じ物かと、日々喜は自分の頭に被さるフードを整えながら思った。
 その様子を頻りに確認していたエリオットが口を開く。

 「サイズが少し小さいかな」
 「こっちはどうだ」

 コウミは日々喜の頭からフードをひったくり、別のフードを被せる。

 「ふーむ。サイズはピッタリだ。しかし、デザインがな……。最近の若い魔導士の間では、派手な物が流行っているらしい。フードの先っちょにポンポンが付いた可愛らしい奴とかね」
 「下らねえ。俺の弟子なんだから、多少地味目で良いだろ。バカにされたら、片っ端からぶん殴ってやる。それと、後はアトラスだな」
 「コウイチ君の物を使うと良い。きっと部屋の中に何冊か残っているから」
 「そうか、よし……」

 問題なく事が運びそうだとコウミは安心した様に腕を組み、椅子の背もたれに寄り掛かった。

 「コウミ。これは一体?」

 会話の節目に漸く日々喜が質問をした。

 「一ヶ月の間、お前はイバラの魔導士の館で過ごす。トウワ国の見習い魔導士ってテイでな」
 「徒弟制度というものがあるのだよ。丁度、知り合いの魔導士が弟子の募集を行っていてね」

 コウミの話しにエリオットが補足を加えた。

 「魔導士……、魔法使いですか?」
 「魔導士だ。魔法じゃなく、魔法陣を用いた魔導を使う」
 「魔導士の弟子になるんだ。僕も魔法陣で船を動かしたりできるんですね」
 「いや、お前には無理だろ。才能が無いと使えない。俺にも使えないしな」

 期待する日々喜の気持ちなど素知らぬ様に、コウミはすっぱりとそう言い放った。

 「……」
 「そんな顔するな。船くらい、横着せず手で漕げばいい」
 「でも、魔導が使えないのに魔導士を名乗る何て……」
 「大丈夫だ。この国の連中は、目方でしか人を判断しない。この俺ですら、フードを被れば魔導士として扱われる」
 「まあ、本物の魔導士になれるかどうかは、この国の試験を潜った者だけだからね。見習い魔導士の内は魔導の行使が苦手な子もいるんだよ」

 エリオットが補足を加えた。

 「でも、どうして魔導士の振りをするんですか?」
 「変人が多いいからさ。素性を隠す俺達にピッタリだろ」
 「ええ……」

 日々喜はコウミの言葉に納得できなかった。何より、変人の振りをする事に抵抗を感じた。

 「ま、まあ、それもあるかもしれないが、何よりこの国では魔導士の行き交いが頻繁だ。見習いの内から旅をする者も大勢いる。何かと優遇された職業なんだよ」
 コウミのトゲのある言葉にエリオットは一々補足を付け加える。しかし、日々喜の不安は拭えていない様子であった。

 「あの、こちらに置いてもらう事は出来ないのでしょうか?」
 「うん。それはその、私は構わないと言ったのだがね……」

 エリオットはそう言いながら、そっとコウミの顔を窺った。

 「俺が嫌だと言ったんだ。これ以上、この家の世話になりたくない」

 コウミはそう言うと、これ以上その話をしたくないとばかりにそっぽを向いた。

 「まあー、何て強情なんでしょう。一晩世話になるのも、一ヶ月世話になるのも、大きな違いなんてありはしませんよ」

 朝食を取りに行っていたマーガレットが、メイドと共にダイニングに戻ってくると、食卓に焼いたトーストの乗った皿を並べながら、コウミに対して意見を言った。

 「おい、話を蒸し返すなよマーガレット。エリオットの提案で構わないって、俺もお前も納得しただろ」
 「はいはい。お話は後にして、皆さん朝食にしましょう。ミート、それも並べて頂戴」
 「はい。奥様」

 ミートと呼ばれたメイドは、自分が押して来たキッチンワゴンから次々と朝食を取り出し、食卓へと並べて行った。

 「食事中はフードを取りなさい。お行儀が悪いわ」
 「すいません」

 日々喜は急ぎ自分の被っていたフードを取る。

 「コウミ! 貴方もよ。普段はそんな物被らない癖に、子供じゃ無いんだから」
 「勘弁してくれよ。なあエリオット、お前の女房は俺に自分の文化を押し付けて来る」
 「郷にあっては郷に従えさ、コウミ。我が家の食事事情は全てマーガレットに任せているからね」
 「尻に敷かれやがって。何時か後悔するぞ」

 そう言いながらも、コウミはマーガレットに言われた通り、頭に被ったフードを取った。カラスをかたどったお面の様な顔が顕わになる。
 それを見てメイドのミートは思わず引きひきつった表情を見せた。
 しかし、エリオットもマーガレットも見慣れたものを見ているかのように、表情を崩す事は無かった。

 「それでは諸君。いただくとしよう」
 「いただきます」

 配膳の完了を確認すると、エリオットが食前の挨拶をする。日々喜もそれを合図にする様に応えた。

 「どうぞ、召し上がれ」

 マーガレットが、そう言いながら日々喜の食事を取る姿を微笑ましく見つめ、自分も食事を取り始めた。
 しばらくすると、コツコツ、コツコツと隣から音が聞こえるのに気が付き、日々喜はコウミの方を見た。コウミは、焼いたハムと目玉焼きを突き刺したフォークを自分のくちばしに打ち付けていた。

 「コウミ、何してるんです?」
 「上手く食えない。この、フォークが不味い」
 「その仮面、取らないんですか?」
 「仮面じゃない。俺の顔だ。顔は取れないさ」
 「そのくちばしは開かないんですか?」
 「開かない。俺の顔は動かない」
 「何時もどうやって食べてるんだろう?」

 食べる事を諦めた様に、コウミはくちばしに付いた黄身を拭き始めた。
 そのくちばしは、食事はおろか喋っている時にさえ動いている様子を見せない。それどころか、鼻やくちばしの辺りにも穴らしきものが開いておらず、呼吸さえままならないのではないかと思えた。
 日々喜はしげしげとコウミの顔をながめ続ける。無機質なその顔をよく見ると、右目の辺りに深いヒビが入っている事に気が付く。そのヒビからは、淡く白い光が漏れ出している様に見えた。

 「下らない事考えてないで、早く食っちまえよ。食後にはここを出る準備に取り掛かるからな」
 「はい」

 コウミに促され、日々喜は食べる事に専念し始めた。
 日々喜は今朝からトーストを四枚もたいらげた。初老のクレレ夫妻は、そんな日々喜の食べっぷりを感心する様にながめていた。
 お腹が空いていた事もあったが、何より、二人のそんな反応を嬉しく感じたのか、日々喜は必要以上に食べる事に集中したのだった。
 そして、そんな日々喜達の気が付かぬ間に、コウミの朝食は何時の間にか綺麗に消え去っていた。
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