ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第一章 とても不思議な世界

27話 洗濯の機械⑤

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 倉庫の外では、数台の荷馬車が並べられ、鎧を着た一団が忙しそうに荷物の積み込みを行っていた。
 夜であるにもかかわらず、周囲は星々の明かりに照らされ、馬車が止められている広場全体を見渡す事が出来た。
 日々喜が目の前にするその広場は、後ろにそびえる倉庫と同様に高い建物が囲むように立てられており、唯一馬車が通るであろう道の繋がる正面の方向には、視界を遮る様に幾本もの木々が生繁おいしげっていた。外界から隔離された印象から、どこか巨大な施設内だろうかと日々喜は考える。

 シェリル達はそんな広場の中央にまで進み出ている。作業をする者達の邪魔にならない様するための配慮か、学生たちは身を寄せるようにしながら一か所に固まっていた。

 「また、大きくなってる」

 空を見上げるマルキが、震えながらそう呟いた。

 「ビビりすぎだマルキ。前に見た時と変わらないだろ」
 「いいえ、見た目には分かり辛いのでしょうが、確実に大きく、そして、近づいてきています」
 「お前達にはそれが分かるって言いたいのかウィル」
 「私はアルテマを通してしかその違いを見る事はできません。ですが、マルキはエレメンタルの揺らぎを感覚で捉えているのでしょう」

 ミトラは再び空を見上げる。ウィルの言葉の意味がいまいちピンと来ていない様子だ。
 彼らの下に近づいて来た日々喜も、その視線の行方に何があるのだろうかと、東の空の方向を見上げた。

 無数に散らばる星々の中心、そこにはおぼろげな光源があった。
 光源は周りの星々に比べ、一際強く大きな輝き見せ、明るく夜を照らしている。しかし、月とは異なり、周りに浮かぶ星の様に瞬き、周期的に波打つかのようにその光の強さを変えていた。
 光源は自らを中心として、まるで螺旋を描いているかのように、外側へもやの様な二本の腕を伸ばし、それが夜空の暗い空間に幾つもの筋や光の濃淡を生み出し、全体として円盤状に広がりを見せいた。

 「……銀河?」

 それを見つめる日々喜は呟いた。

 「災厄の大魔法陣、本当に世界を飲み込んでしまいそう……」

 日々喜が空に浮かぶ銀河に注目している最中、フェンネルが自身の感じる不安を口にした。

 「シェリル、私達は器にならなくても済むの? それで、この国は本当に平気なの?」
 「馬鹿! お前まで気弱な事を言うな。もう話はついたんだ。私達が気負う必要なんて一つも無いんだよ」

 ミトラが声を荒げて口を挟んだ。

 「そんな事は無いわミトラ。皆、あの魔法陣を恐ろしく感じている。東の国の剣士達やデーモンの呪いだと言ってる。……怖いのよ、恐ろしくて、小さなマルキみたいに見るだけで震えてしまうの。……私達は魔導士なのに、ここでじっとなんてしてられないじゃない」
 「じゃあてめえは素直に器になっちまいたかったてのか、フェンネル! 大人しくその身体をルーラーに差し出したかったって言うのかよ!」

 ミトラはフェンネルを怒鳴り、詰め寄った。フェンネルは視線を逸らし、後退りし始める。傍からその様子を見続けていたウィルが、堪らずミトラを制止させようと間に入った。

 「世間知らずのお嬢様が! 自分が何言ってんの分かってんのか? 簡単にてめえの命を投げ捨てるような事をこのあたしの前で言うんじゃねえ!」
 「ミトラ! もう、およしなさい」

 フェンネルは打ちひしがれた様に、その場に崩れ座り込んだ。
 ミトラは息を荒げながらも、フェンネルのその様を見て黙った。そして、バツの悪さを吐き捨てる様に舌打ちした。

「もいい、離せウィル」

 そう言うと、ミトラはウィルの手を払いのけ、その場にいる全員から背を向けてしまった。ウィルはそんなミトラの背中を見ながら静かに溜息を付く。そして、項垂れているフェンネルに同情する様な視線を向けた。

 「……災厄を止めるために、私の大切な人達は戦地に行ってしまった。無事に戻って来る保障なんて無いのに……。それなのに私は? 私達はここで何をしているの? 戦いを終わらせたい。戦争なんて嫌よ……」

 きっと皆同じ気持ちなのだろう。
 将来は大魔導士になる。
 生まれ持った才能によって、周りから嘱望しょくぼうされ続けた四人の学生達。しかし、天上に瞬く巨大な大魔法陣を前にして、彼らはただ黙ってそこからながめる以外の術を持ち合わせていなかった。

 「立ちなさい、フェンネル。あなたの大切な人は無事に戻って来るわ」
 「シェリル……」

 泣き跡を拭う事さえ忘れたフェンネルの顔をシェリルは優しく見下ろした。

 「私には分かるのよ。打ちのめされ、傷付いた皆を見捨てる程、この世界は非情じゃないって事を」

 シェリルはフェンネルを助け起こした。

 「昔、私の父が話してくれたのよ。この世の不条理に押しつぶされて、負けてしまいそうになった時、一人の少年が現れて自分の代わりに道を切り開いてくれたって」
 「道を、……切り開く?」
 「戦争を止めてしまったの」

 フェンネルの驚く顔を見てシェリルは笑みをこぼした。

 「誰にも言ってはダメよフェンネル。これは誰も知らない事なんだから。私の家族、そして、ここに居る皆だけが知っていればいい事だから」

 そう言うと、シェリルはその場に居る学生達に、異世界から来た少年の話を聞かせた。

 その話はおとぎ話の様だった。神話の時代からこの国に伝わる英雄のお話をそのまま踏襲とうしゅうした感じだったのだ。
 五人の賢者達の招きにより、異世界から一人の少年が地上に使わされた。少年はこの魔導連合王国から東に向かって旅をし、デーモンの森を越え、トウワ国に出たと言う。そして、西と東で高まり始めていた国家間の緊張を解し、人知れず姿を消してしまったのだと言う。

 「信じがたい話です。シェリルは本気でそんな事を信じているのでしょうか?」
 「ええ、ウィル。誰にだって一人ではどうにもならない事くらいあるもの。困った事は皆で分け合うのは当然の事よ。そして、この世界の誰にも解決できないのなら、違う世界から人を寄越すくらい、何の不思議でも無いわ。大丈夫、何時だって、この国の人達の事を天上から賢者の皆が見守っていてくれるんだから」

 「シェリル、……ありがとう」

 勇気付けられたフェンネルが、シェリルに礼を言った。

 「いいのよフェンネル。……でもその前に、私は、私ができる事はやっておかないと」

 そう言うと、シェリルは東の空を見上げた。

 「賢者達がどんな采配を下すのか、それは、私達が心の底から何を望んでいるのかを見せなくてはいけない。事の始まりは何時だって、人の手に委ねられているから。だから、私は戦場へ行く。この戦争を終わらせて、あなたの大切な人が無事に戻って来れる様にする。そして、私があれを破壊して見せるわ」

 天上に瞬く災厄の大魔法陣。彼女はそれを指さしながら話した。

 学生達は、ようやく気が付かされる。
 彼女が何のために鎧をまとって行動しているのか、その時初めて理解したのだった。学生の自分達では叶えられない希望、無力感や喪失感に苛まれた気持ちを代弁し、彼女は戦場へ赴こうとしているのだった。

 ミトラが自分も連れて行くようにシェリルに懇願こんがんし始めた。受け入れられないと分かっていながらも、彼女にはシェリルのセリフをただ聞き流す事が出来なかった。
 マルキは泣きながらシェリルにすがりついて行く。
 ウィルは全てを享受きょうじゅする。シェリルの勇気をたたえ、そして、もし失敗するような事があれば、その時こそ自分達が行動しなければならないと覚悟するのだった。

 そんな中で、日々喜はただ一人、災厄の大魔法陣を見つめ続けていた。

 「そんな事、本当にできるのかな?」

 日々喜は聞こえていない事を良い事に、空気の読めない発言をした。

 「あれは銀河だ。どんなに小さくても百光年は割らない大きさだと思う。その全容が見渡せて、宙域の一画しか占めていない。……距離にしたら、ここから二百光年近く離れているんじゃないだろうか。もし、仮に破壊できたとしても、それを確認できるのは二百年以上後の話になるはずだ」

 日々喜は自分でそう言いながら、矛盾している点を洗い出した。
 自分の居たイバラ領の夜空には、あんな物は無かった。代わりに光を放つもやがあるだけだ。あれが、銀河を破壊した残骸であるならば、そもそも、ここは二百年以上昔の世界と言う事になるのかもしれない。

 東の空に浮かぶ大魔法陣を一人見つめながら、日々喜は途方もない考えに没頭した。
 その考えを妨げる者は無く、ただ、自分の未来の姿を見透かされた災厄の大魔法陣のみが、依然として変わりなく淡い光を大地に届け、こちらを見つめる日々喜の事をその光で優しく包み込んでいた。

 「少し肌寒いかな?」

 考えに没頭する中で、日々喜は一つ大きなクシャミをすると、自分の鼻を手で拭った。その手の甲には僅かに血が滲んでいた。

 「……興奮してる。のぼせてしまった」

 日々喜は考えるのを止め、まだ湿っている自分のハンカチで拭き取り、その痕跡こんせきを消し去った。
 そして気を取り直し、フェンネルを探す様に視線を移す。
 しかし、シェリルの居る場所に、フェンネルの姿が何時の間にか消えていた。

 彼女は皆が集まる所から少し離れた場所に立ち尽くし、日々喜の方を見つめていた。

 「貴方の言う通りよ」

 突然、フェンネルが自分に話し掛けて来た。日々喜は驚き、大袈裟にも身体を震わせた。

 「シェリルは約束を守ってくれた。東の国での戦争が終わって、私の大切な人は戻って来たの。でも、あれは消えなかった」

 体の震えが止まらない。日々喜は堪らず自分の二の腕を掴む様に摩り始めた。

 寒い。

 気のせいではなく、確かに気温が下がって来ている。フェンネルの話を聞きながら、日々喜は自分の吐く息が白くなっている事に気が付く。

 「皆、再び、戦地に赴いて行った。原因を探るために、今度はデーモンの森の奥深くに、まるで、戦いを求めに行くみたいに」

 足元に広がる広場の石畳から、水が染み出し始め、日々喜の足元が浸水し始める。その冷たさを感じ取りながらも、日々喜はフェンネルから視線を外す事が出来なかった。

 「あれは何なの? 既に消えているの? だとしたら、どうして? シェリルはどうして帰って来ないの? ……お爺様は、どうして……、どうして、アイディまで……、どうして……、今更、どうして、貴方は私の前に現れたの?」

 言葉に詰まる様にして、フェンネルは顔を覆った。

 「消え入りたい。この身を捧げていれば、こんなに苦しむ必要は無かった。誰か、誰でもいい。私を救って頂戴」

 フェンネルがそう言葉を切った途端、日々喜の足元の石畳が液状化したかのようにグラつき、一気に崩れ始めた。

 日々喜は身を屈め、バランスを取ろうと地面に手を着く。しかし、足場が崩れ、その空いた穴の中に呑まれそうになった。

 今度は石畳の間の溝、その取っ掛かりを頼りに、必死に穴に落ちまいとしがみ付く。しかし、後から流れ込む大量の水に打たれ、ついにはその手を放してしまった。

 底すら感じさせない、暗い深い穴の中に落ち込み、日々喜は本能的に味合わされる恐怖心から、届かぬ物にすがりつく思いで両手を伸ばしもがいた。
 その手の先では、災厄の大魔法陣が依然変わらず瞬きを続け、日々喜のその様をまるで取るに足らない出来事であるかのように静観し、やがて、穴の縁へと沈み込む様に隠れて行った。

 暗闇の中、日々喜は水と共に落ち込んで行く。
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