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第一章 とても不思議な世界
32話 森の侵入者達④
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「先程のは、モンスターの襲撃で間違いないのでしょうか?」
関所内での出来事を目の当たりにしたリグラが、不安げに自分の前を歩くキリアンに話し掛けた。
「ああ、多分な」
キリアンは振り返りもせずリグラに応える。
四人は、道から外れた森の中を突き進んでいた。先行する日々喜、その後を追うオレガノは後ろに気を使う事も無く、暗い森の中を歩いて行く。
「人を襲うモンスターなんて……。あの白蛇が姿を出したんですよ」
「かもな」
「キリアン、引き返しましょう。危険だと言う事が十分過ぎるほど分かったじゃないですか」
「ここで警備している奴らは、モンスターに掛かり切りだ。逆にこんなチャンス滅多にないぜ」
「ですけど、もし、あの白蛇が出てきたらどうするんですか?」
「あーもう、しつこいな。さっきも話したろ。あいつら道なりに真っ直ぐ走ってったんだ。モンスターはその先。俺達が街道から外れて行けば、襲撃した白蛇にも他の魔導士達にも見つからないよ」
「……モンスターが白蛇一匹とは限らないじゃない」
「ヘッ! ここまで来てそんな事気にするなよ。危険は承知の上。こっちは、準備だってして来ているんだからな」
キリアンはそう言うと、ポケットの中に忍ばせていた小袋から飴玉の様な物を一つ取り出した。
「ちょっと、二人共。静かに話して! 見つかったら連れ戻されちゃうじゃない!」
「お前もな、オレガノ」
キリアンは詫びれる様子も見せず、これ見よがしに飴玉の様な物を口に投げ込んだ。
「ん? キリアン、何を食べてるの?」
「気付け薬」
「薬?」
「ああ、何時でも白蛇が顔を出して来てもいいようにな。俺は誰かさんと違って、ちゃんと対策をしているのさ」
キリアンはそう言うと、厭味ったらしい笑みをリグラに見せつけた。リグラは口惜しさと恥ずかしさの入り混じった顔でキリアンを見返す。
「それが、対策になるの?」
「さあね。ただ、魔法陣が壊されて、意識が遠のくまでの間、少しだけ時間があった。こいつで目を覚ませれば、少なくとも気を失ったまま丸呑みにはされなくて済むだろ」
「私にも頂戴」
「あ? ……ああ、いいぜ」
小袋から同じ丸薬を一つ取り出し、キリアンはオレガノに渡した。オレガノはすぐさまそれを口に含み噛み砕いてしまった。
「うげげ、ペッ。何これ!」
「馬鹿だな。いざって時に噛み砕くんだよ」
「か、辛い」
「ひっどい顔だよ、オレガノ。大丈夫か? 特製の練り辛子を松脂で固めただけなんだけど、そんなに辛かったかなあ?」
苦悶するオレガノの事を笑いながら、キリアンは分かり切った事を尋ねた。
「リグラ、あんたもいるかい?」
「いりません!」
リグラは怒った態度で、そのまま二人を追い越して行ってしまった。
「何怒ってんだ?」
「キリアン……、水、お水頂戴……」
「持ってない。遠足かよ? おい、ちょっと待てってリグラ」
リグラは暗い森の前方を見据えながら立ち止まっていた。
「どうかしたか?」
「日々喜がいません」
キリアンは周囲をランタンで照らして確認する。そこには先程まで先行していたはずの日々喜の姿は無くなっていた。
「あいつ……、置いて行きやがった」
暗い森の中で、置いて行かれたという心境がキリアン一人を焦らせ始める。
「うええ、舌が痛くなってきた。リ、リグラ、お水持ってない?」
「ないですよ。困りましたね」
オレガノ達を無視して、キリアンは一人考える。
森の中であるにもかかわらず、日々喜は足を止める事無く突き進んできた。ここまで、黙ってついて来れたのは日々喜自身が迷う事無くルーラーの住処に辿り着けると主張したからだ。
それが居なくなれば、森の中を進む事は出来ない。
ここから引き返し、街道に戻るべきだろうか。
「皆、どうしたの?」
丁度、三人の直ぐ横の暗がりから日々喜が顔を出し、声を掛けた。キリアン達は驚く。
「日々喜!? 一人で先に行きやがって――」
「日々喜! 水! お水頂戴!」
「しつこいぞオレガノ。我慢しろよ」
日々喜はマントの中から水筒を取り出し差し出した。
「水!? ありがとう!」
オレガノは日々喜の手から水筒をひったくる様にして受け取ると、勢いよく水を飲み始めた。
「用意がいいんですね。水筒なんて私達持ってこなかったですよ」
「森や山に入る時は、どんな行程でも飲み物は持って行った方が良いよ」
日々喜はそう言うと、飲み水を自分が割り当てるかのように、オレガノから水筒を取り返して、リグラ達の方へ差し出した。
「い、いえ、私は大丈夫です」
「俺もいい。てか、誰も喉は乾いてない」
二人にそう言われ、日々喜は水筒にふたをしてマントの中にしまい込んでしまった。そして、全員が出発するのを待つ間、休んでは居られないと言うかのように、足首やふくらはぎのストレッチを開始し始めた。
「お前、こういう行程に慣れてるのか?」
日々喜の行動を見て、キリアンが不思議そうに尋ねる。
「山と森が好きなんだ。大伯父様に良く連れて行ってもらってた。地元の山を知り尽くした人だったから、色々な事を教えてもらったんだ」
意気揚々と話す日々喜の姿、そしてその話の内容から、日々喜が浮かれている事にキリアンは気が付いた。
考えても見ればここに来てからずっと、日々喜は館の仕事以外で滅多にフォーリアムの敷地から出る事は無かった。遠いい異国の土地、文化や習慣の違いのある中では、本当の意味で落ち着けるのは自分の好きな森や山だけだったのかもしれない。
「なるほどな……、わかったよ」
キリアンは、日々喜の心情を理解したかのように応えた。
「ただ、目的は忘れるなよ日々喜。俺達はあくまで後継者を探しにここに来てるんだ。それでもって、あんた一人で行動してるわけじゃない。一緒に行動してる。置いてきぼりに何かするなよ」
「わかった。ごめん、皆」
オレガノの舌の痛みが引き始めた頃、四人は再びその場から動き出し始めた。
少しだけ先行していた日々喜の話によれば、この場から街道に平行して進み続けると以前白蛇に遭遇した場所に出るらしい。そこからさらに東の方角へ向かうとルーラーの住処へ向かう事ができるそうだ。
「日々喜。貴方も森に入るのは二度目の事なのでしょう? それなのに、そこまでハッキリと分かるものなのですか?」
リグラが、日々喜の話しを聞き、その並外れた方向感覚に疑問を感じた。
日々喜は頷いて答える。
「ここに生えているもの、土から顔を見せているものは皆、東を向いて生えてる。多分、ルーラーの住処の方を向いているんだと思う」
日々喜の言葉を聞き、三人は驚いた様に周囲を見渡した。
周りに生える木々は、どれも、頭上を目指し、日の光を求めて上へ上へと伸びている。しかし、方角を見定められる様な特殊な傾向は、三人には見出す事は出来なかった。
「後、流れの様な物があるんだ」
「流れ? 何の流れだ?」
話し続ける日々喜に、キリアンが質問した。
「分からない。風の様な、それに近い何かが、全て同じ方向に向かって流れて行っている。多分、エレメンタルの流れだと思う」
「あんた……、エレメンタルを感じ取れるのか?」
「うん。耳に聞こえたりするんだ」
「凄い感覚ですね。エルフや獣人の中に、人以上に鋭い感覚を持った方が居ると聞いた事がありますが」
リグラが不思議そうに話した。
「僕も今日まで気が付かなかった。ただ、調べた限りここはルーラーの住処を中心にして、エレメンタルが働いているのは確かなようだから、今感じ取っている事に間違いはないと思う」
「調べるって、どうやって? あんたは森に来るのはこれで二度目だろ?」
日々喜は再び頷いて答えた。
「ジオメトリーから勉強した。森の事が全て書かれてる」
呆気にとられる三人。
確かに、ジオメトリーにはその領域に働くエレメンタルについて事細かに記載されている。そして、エレメンタルに影響を受ける自然環境、動植物の生態も纏められていた。
しかし、これらはあくまで、魔導の作成の為に記号化されているものである。それ以外に利用すること自体、思いつく物ではない。
「マジか……」
「そんな利用の仕方をするなんて……」
「やるじゃない、日々喜。頼りになるわ」
エレメンタルを肌で捉えられる程、感覚が鋭い日々喜だからこそできた事だろう。そうであっても、日々喜はここで学んできた事を活用し、応用した。
オレガノが一人感心する中、キリアンとリグラの二人は、日々喜の持つ特異な才能の一端に触れ、等しく研究を重ねる見習い魔導士として、彼に対する評価を大きく改めさせられた。
日々喜はきっと魔導士になる。
彼が持ち合わせる研究者としての資質が、そのように思わせたのだった。
「よし、それじゃ、ここからは俺が先頭で行く。その後を日々喜、リグラ、オレガノの順で行くぞ。日々喜、もし、道を外れる事があったら声を掛けてくれ」
気を改めて、キリアンがそう言うと、日々喜は無言で頷いた。
「もし、モンスターが出たら……。それを見た奴は全員に合図を送る。逃げる事を第一に考えるんだ」
急に仕切り始めるキリアンに誰も異を唱える事は無かった。キリアンは無言で頷いていた日々喜の下に歩み寄り、彼の肩に腕を廻すように抱き寄せるとそっと耳打ちをした。
「誰かが合図を出したら、振り返らずにリグラ達を連れて森を出るんだ。いいな、日々喜」
「分かった。モンスターが出た時だね」
従順な青年はキリアンに合わせ小声で言葉を返す。キリアンは気を良くしたように小さな笑みを見せた。
「そうだ。その時はお前が殿になれ。二人の背中を押してでも森を出るんだ。オレガノには注意しろよ、あいつは意外とすばしっこいからな」
「分かったよ」
リグラとオレガノは、男同士の密談を怪しむ様に見つめていた。密談を終えたキリアンは、そんな二人の様子を意に介さぬかのように、出発を急かし始めた。
「何でしょうかあれ? 男同士だけで」
「怪しいわね」
先行く日々喜達の後に続き、オレガノとリグラは二人横並びで歩いて行く。
キリアンの決めた事等、特に守る気も無さそうだ。
「キリアンはどうして何時もあんな調子なのでしょう」
「あんな調子?」
「身勝手で、口が減らなくて。普通に話しているだけで、私は馬鹿にされている気分です」
「仕方ないわよリグラ。キリアンは口が悪いんですもの。言ってる事を本気で取る必要は無いわ」
「そうなのでしょうけど……。それにしたって、今回は独りよがりが過ぎていますよ」
「そう?」
「はい。モンスターの対策だってそうです。あの気付け薬を作るのだって時間は掛かるはず、きっと以前から一人で考え今日のような場面を計画していたに違いないですよ」
「あー、そう言われてみれば確かにそうね」
「そうです。本当に身勝手な人です。同じ門下なのですから、私達にも相談してくれればいいのに」
「んー……。キリアン、一人で白蛇と戦おうとしてたのかしら」
オレガノの発言に、リグラはギョッとする。
「え!? 違うわよきっと。何となくそう思っただけだから。口は悪いけど、頭はそんなに悪くないんだし、そんなこと考えてないわよ」
リグラの表情を見て、オレガノは慌てて自分の意見を撤回した。
「そうですね……」
リグラはオレガノの意見を否定しきれず、不安の色を表情に出したままそう答えた。
やがて、以前白蛇に遭遇した場所に近づき始めた時、先頭を歩いていたキリアンが止まる様に合図を出した。
「どうしたの、キリアン?」
日々喜がキリアンに尋ねる。どうやら、モンスターが出たわけでは無さそうだ。
「静かに。人の声だ。誰か居るぞ」
きっと警備の魔導士に違いない。四人の誰もがそう考えた。
道から大分外れたこのような場所にまで警備に来るのは予想外ではあったが、見つからないように警戒しておく必要がある。
四人は持っていたランタンを消し、息を潜めながら歩き始めた。
幸いな事に、行き先は開けた場所になっている。幾分夜空からの明かりを取り込んでいた為、ゆっくりと進む分には支障をきたしはしなかった。
キリアンの言う通り、人の声らしきものが他の三人の耳にも聞こえ始めた。
それは、複数人。少なくとも二人以上の人間が言い争いをしているような話声であった。
会話が続く中、日々喜達は茂みの陰に隠れ、その声のする方を恐る恐る確認し始めた。
月の光と遜色のない、朧げな光源に照らされて、黒色に身を包んだ二つの確かな人影が、顔面から生えたくちばしを突き合わせながら、人の言葉で会話をしている。
彼らの足下には、ピクリとも動きを見せない魔導士らしき人間が横たわっていた。
その光景を見た三人の見習い魔導士達は言葉を失い、思わず息を呑んだ。
魔導学院を出た者は必ずこの存在について教えられる。魔導に従事する者は決してこの存在を忘れる事は無い。
デーモン。
その存在は人の営みの破壊者であると。
関所内での出来事を目の当たりにしたリグラが、不安げに自分の前を歩くキリアンに話し掛けた。
「ああ、多分な」
キリアンは振り返りもせずリグラに応える。
四人は、道から外れた森の中を突き進んでいた。先行する日々喜、その後を追うオレガノは後ろに気を使う事も無く、暗い森の中を歩いて行く。
「人を襲うモンスターなんて……。あの白蛇が姿を出したんですよ」
「かもな」
「キリアン、引き返しましょう。危険だと言う事が十分過ぎるほど分かったじゃないですか」
「ここで警備している奴らは、モンスターに掛かり切りだ。逆にこんなチャンス滅多にないぜ」
「ですけど、もし、あの白蛇が出てきたらどうするんですか?」
「あーもう、しつこいな。さっきも話したろ。あいつら道なりに真っ直ぐ走ってったんだ。モンスターはその先。俺達が街道から外れて行けば、襲撃した白蛇にも他の魔導士達にも見つからないよ」
「……モンスターが白蛇一匹とは限らないじゃない」
「ヘッ! ここまで来てそんな事気にするなよ。危険は承知の上。こっちは、準備だってして来ているんだからな」
キリアンはそう言うと、ポケットの中に忍ばせていた小袋から飴玉の様な物を一つ取り出した。
「ちょっと、二人共。静かに話して! 見つかったら連れ戻されちゃうじゃない!」
「お前もな、オレガノ」
キリアンは詫びれる様子も見せず、これ見よがしに飴玉の様な物を口に投げ込んだ。
「ん? キリアン、何を食べてるの?」
「気付け薬」
「薬?」
「ああ、何時でも白蛇が顔を出して来てもいいようにな。俺は誰かさんと違って、ちゃんと対策をしているのさ」
キリアンはそう言うと、厭味ったらしい笑みをリグラに見せつけた。リグラは口惜しさと恥ずかしさの入り混じった顔でキリアンを見返す。
「それが、対策になるの?」
「さあね。ただ、魔法陣が壊されて、意識が遠のくまでの間、少しだけ時間があった。こいつで目を覚ませれば、少なくとも気を失ったまま丸呑みにはされなくて済むだろ」
「私にも頂戴」
「あ? ……ああ、いいぜ」
小袋から同じ丸薬を一つ取り出し、キリアンはオレガノに渡した。オレガノはすぐさまそれを口に含み噛み砕いてしまった。
「うげげ、ペッ。何これ!」
「馬鹿だな。いざって時に噛み砕くんだよ」
「か、辛い」
「ひっどい顔だよ、オレガノ。大丈夫か? 特製の練り辛子を松脂で固めただけなんだけど、そんなに辛かったかなあ?」
苦悶するオレガノの事を笑いながら、キリアンは分かり切った事を尋ねた。
「リグラ、あんたもいるかい?」
「いりません!」
リグラは怒った態度で、そのまま二人を追い越して行ってしまった。
「何怒ってんだ?」
「キリアン……、水、お水頂戴……」
「持ってない。遠足かよ? おい、ちょっと待てってリグラ」
リグラは暗い森の前方を見据えながら立ち止まっていた。
「どうかしたか?」
「日々喜がいません」
キリアンは周囲をランタンで照らして確認する。そこには先程まで先行していたはずの日々喜の姿は無くなっていた。
「あいつ……、置いて行きやがった」
暗い森の中で、置いて行かれたという心境がキリアン一人を焦らせ始める。
「うええ、舌が痛くなってきた。リ、リグラ、お水持ってない?」
「ないですよ。困りましたね」
オレガノ達を無視して、キリアンは一人考える。
森の中であるにもかかわらず、日々喜は足を止める事無く突き進んできた。ここまで、黙ってついて来れたのは日々喜自身が迷う事無くルーラーの住処に辿り着けると主張したからだ。
それが居なくなれば、森の中を進む事は出来ない。
ここから引き返し、街道に戻るべきだろうか。
「皆、どうしたの?」
丁度、三人の直ぐ横の暗がりから日々喜が顔を出し、声を掛けた。キリアン達は驚く。
「日々喜!? 一人で先に行きやがって――」
「日々喜! 水! お水頂戴!」
「しつこいぞオレガノ。我慢しろよ」
日々喜はマントの中から水筒を取り出し差し出した。
「水!? ありがとう!」
オレガノは日々喜の手から水筒をひったくる様にして受け取ると、勢いよく水を飲み始めた。
「用意がいいんですね。水筒なんて私達持ってこなかったですよ」
「森や山に入る時は、どんな行程でも飲み物は持って行った方が良いよ」
日々喜はそう言うと、飲み水を自分が割り当てるかのように、オレガノから水筒を取り返して、リグラ達の方へ差し出した。
「い、いえ、私は大丈夫です」
「俺もいい。てか、誰も喉は乾いてない」
二人にそう言われ、日々喜は水筒にふたをしてマントの中にしまい込んでしまった。そして、全員が出発するのを待つ間、休んでは居られないと言うかのように、足首やふくらはぎのストレッチを開始し始めた。
「お前、こういう行程に慣れてるのか?」
日々喜の行動を見て、キリアンが不思議そうに尋ねる。
「山と森が好きなんだ。大伯父様に良く連れて行ってもらってた。地元の山を知り尽くした人だったから、色々な事を教えてもらったんだ」
意気揚々と話す日々喜の姿、そしてその話の内容から、日々喜が浮かれている事にキリアンは気が付いた。
考えても見ればここに来てからずっと、日々喜は館の仕事以外で滅多にフォーリアムの敷地から出る事は無かった。遠いい異国の土地、文化や習慣の違いのある中では、本当の意味で落ち着けるのは自分の好きな森や山だけだったのかもしれない。
「なるほどな……、わかったよ」
キリアンは、日々喜の心情を理解したかのように応えた。
「ただ、目的は忘れるなよ日々喜。俺達はあくまで後継者を探しにここに来てるんだ。それでもって、あんた一人で行動してるわけじゃない。一緒に行動してる。置いてきぼりに何かするなよ」
「わかった。ごめん、皆」
オレガノの舌の痛みが引き始めた頃、四人は再びその場から動き出し始めた。
少しだけ先行していた日々喜の話によれば、この場から街道に平行して進み続けると以前白蛇に遭遇した場所に出るらしい。そこからさらに東の方角へ向かうとルーラーの住処へ向かう事ができるそうだ。
「日々喜。貴方も森に入るのは二度目の事なのでしょう? それなのに、そこまでハッキリと分かるものなのですか?」
リグラが、日々喜の話しを聞き、その並外れた方向感覚に疑問を感じた。
日々喜は頷いて答える。
「ここに生えているもの、土から顔を見せているものは皆、東を向いて生えてる。多分、ルーラーの住処の方を向いているんだと思う」
日々喜の言葉を聞き、三人は驚いた様に周囲を見渡した。
周りに生える木々は、どれも、頭上を目指し、日の光を求めて上へ上へと伸びている。しかし、方角を見定められる様な特殊な傾向は、三人には見出す事は出来なかった。
「後、流れの様な物があるんだ」
「流れ? 何の流れだ?」
話し続ける日々喜に、キリアンが質問した。
「分からない。風の様な、それに近い何かが、全て同じ方向に向かって流れて行っている。多分、エレメンタルの流れだと思う」
「あんた……、エレメンタルを感じ取れるのか?」
「うん。耳に聞こえたりするんだ」
「凄い感覚ですね。エルフや獣人の中に、人以上に鋭い感覚を持った方が居ると聞いた事がありますが」
リグラが不思議そうに話した。
「僕も今日まで気が付かなかった。ただ、調べた限りここはルーラーの住処を中心にして、エレメンタルが働いているのは確かなようだから、今感じ取っている事に間違いはないと思う」
「調べるって、どうやって? あんたは森に来るのはこれで二度目だろ?」
日々喜は再び頷いて答えた。
「ジオメトリーから勉強した。森の事が全て書かれてる」
呆気にとられる三人。
確かに、ジオメトリーにはその領域に働くエレメンタルについて事細かに記載されている。そして、エレメンタルに影響を受ける自然環境、動植物の生態も纏められていた。
しかし、これらはあくまで、魔導の作成の為に記号化されているものである。それ以外に利用すること自体、思いつく物ではない。
「マジか……」
「そんな利用の仕方をするなんて……」
「やるじゃない、日々喜。頼りになるわ」
エレメンタルを肌で捉えられる程、感覚が鋭い日々喜だからこそできた事だろう。そうであっても、日々喜はここで学んできた事を活用し、応用した。
オレガノが一人感心する中、キリアンとリグラの二人は、日々喜の持つ特異な才能の一端に触れ、等しく研究を重ねる見習い魔導士として、彼に対する評価を大きく改めさせられた。
日々喜はきっと魔導士になる。
彼が持ち合わせる研究者としての資質が、そのように思わせたのだった。
「よし、それじゃ、ここからは俺が先頭で行く。その後を日々喜、リグラ、オレガノの順で行くぞ。日々喜、もし、道を外れる事があったら声を掛けてくれ」
気を改めて、キリアンがそう言うと、日々喜は無言で頷いた。
「もし、モンスターが出たら……。それを見た奴は全員に合図を送る。逃げる事を第一に考えるんだ」
急に仕切り始めるキリアンに誰も異を唱える事は無かった。キリアンは無言で頷いていた日々喜の下に歩み寄り、彼の肩に腕を廻すように抱き寄せるとそっと耳打ちをした。
「誰かが合図を出したら、振り返らずにリグラ達を連れて森を出るんだ。いいな、日々喜」
「分かった。モンスターが出た時だね」
従順な青年はキリアンに合わせ小声で言葉を返す。キリアンは気を良くしたように小さな笑みを見せた。
「そうだ。その時はお前が殿になれ。二人の背中を押してでも森を出るんだ。オレガノには注意しろよ、あいつは意外とすばしっこいからな」
「分かったよ」
リグラとオレガノは、男同士の密談を怪しむ様に見つめていた。密談を終えたキリアンは、そんな二人の様子を意に介さぬかのように、出発を急かし始めた。
「何でしょうかあれ? 男同士だけで」
「怪しいわね」
先行く日々喜達の後に続き、オレガノとリグラは二人横並びで歩いて行く。
キリアンの決めた事等、特に守る気も無さそうだ。
「キリアンはどうして何時もあんな調子なのでしょう」
「あんな調子?」
「身勝手で、口が減らなくて。普通に話しているだけで、私は馬鹿にされている気分です」
「仕方ないわよリグラ。キリアンは口が悪いんですもの。言ってる事を本気で取る必要は無いわ」
「そうなのでしょうけど……。それにしたって、今回は独りよがりが過ぎていますよ」
「そう?」
「はい。モンスターの対策だってそうです。あの気付け薬を作るのだって時間は掛かるはず、きっと以前から一人で考え今日のような場面を計画していたに違いないですよ」
「あー、そう言われてみれば確かにそうね」
「そうです。本当に身勝手な人です。同じ門下なのですから、私達にも相談してくれればいいのに」
「んー……。キリアン、一人で白蛇と戦おうとしてたのかしら」
オレガノの発言に、リグラはギョッとする。
「え!? 違うわよきっと。何となくそう思っただけだから。口は悪いけど、頭はそんなに悪くないんだし、そんなこと考えてないわよ」
リグラの表情を見て、オレガノは慌てて自分の意見を撤回した。
「そうですね……」
リグラはオレガノの意見を否定しきれず、不安の色を表情に出したままそう答えた。
やがて、以前白蛇に遭遇した場所に近づき始めた時、先頭を歩いていたキリアンが止まる様に合図を出した。
「どうしたの、キリアン?」
日々喜がキリアンに尋ねる。どうやら、モンスターが出たわけでは無さそうだ。
「静かに。人の声だ。誰か居るぞ」
きっと警備の魔導士に違いない。四人の誰もがそう考えた。
道から大分外れたこのような場所にまで警備に来るのは予想外ではあったが、見つからないように警戒しておく必要がある。
四人は持っていたランタンを消し、息を潜めながら歩き始めた。
幸いな事に、行き先は開けた場所になっている。幾分夜空からの明かりを取り込んでいた為、ゆっくりと進む分には支障をきたしはしなかった。
キリアンの言う通り、人の声らしきものが他の三人の耳にも聞こえ始めた。
それは、複数人。少なくとも二人以上の人間が言い争いをしているような話声であった。
会話が続く中、日々喜達は茂みの陰に隠れ、その声のする方を恐る恐る確認し始めた。
月の光と遜色のない、朧げな光源に照らされて、黒色に身を包んだ二つの確かな人影が、顔面から生えたくちばしを突き合わせながら、人の言葉で会話をしている。
彼らの足下には、ピクリとも動きを見せない魔導士らしき人間が横たわっていた。
その光景を見た三人の見習い魔導士達は言葉を失い、思わず息を呑んだ。
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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