ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

27話 燃える森②

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 森に火の手が上がってから、夜が明けた。
 東側の森は、街道寄りの大半が焼失したものの、全焼は防がれていた。
 炎の勢いは凄まじかったとは言え、森の中で策謀したマジックブレイカー達の仕掛けは、東側全域に及ぶものではなく、一定の範囲を燃やし尽くすに留まった。また、森を警備する魔導士達の手によって、その延焼の大半は塞ぐ事が出来たのであった。
 焦土と化した森の跡地では、魔導士達が残り火の無い事を確かめながら疎らに歩き回っていた。
 焦げた木々一本一本を確認し、煙の出る大地を見つけては、魔法陣を展開し水をかける。黙々と作業に当たる彼らの姿は、言い知れない程のやるせなさを漂わせていた。
 ルーラーが不在であるとは言え、イバラ領に住む全ての人達にとってこの森の存在は決して軽いものでは無かった。イバラの人々の信奉は音を立てて崩れ始めて来ていたのだった。
 そして、人間以外にも、この光景を見て胸を痛める者がそこには居た。

 「な……、何じゃ、これは……」

 騒動の収まり始めた朝になって、そっと様子をながめに来たワサビ達三匹の年老いたゴブリンは、森の中から顔を覗かせそう呟いた。
 作業に当たる魔導士達が居るにもかかわらず、ワナワナと体を震わせながら、街道を横切り、焦土と化した東側の森を前に膝を着いた。

 「どうして……。何故じゃ? 何故なんじゃ、人間よ」

 かつて、自分達が楽園と呼んだ場所をながめ、ワサビは慟哭した。兄のそんな姿を見て、ラッキョウは慰める様に肩を抱きしめた。

 「許せぬ。人間どもめ……」

 ベッタラは流れる涙を拭う事もせず、魔導士達の事を睨みつけていた。

 「馬鹿な気を起こすで無いぞ、ベッタラよ。我らの力では、人間には勝てぬ」
 「そ、そうじゃベッタラ兄者。ワサビ兄者の言う通り。身を低くしなくては見つかってしまうぞ」

 ベッタラは、街道に座り込む二人に向かって怒鳴りつけた。

 「馬鹿な事を言うな! この様を見て、憤らない者が居るもんか! 兄者もラッキョウも人間に捕まって、すっかり腰抜けになってしもうたんじゃ!」

 ベッタラそう言うと、焦土になった東側の森を示した。

 「ここには我らの楽園があったのじゃ。老いたわしの目には、それが焦土になって映る。幻などではない現実じゃ! そして、そこを我が物顔で人間達が練り歩いている! 耄碌しかけた頭でも直ぐに分かる事じゃ! これは人間の! 我々ゴブリンに対する暴挙に他ならないんじゃ!」

 いきり立つベッタラを前に、ワサビとラッキョウはめそめそと涙を流し続けていた。一度足りとは言え、人の手に堕ちた二匹には、どう足掻いても人間に抗う術がない事を十分すぎる程に理解していたのだった。
 そんな三匹のゴブリン達のやり取りに気が付いたのか、数名の憲兵達が焦土を渡りながら街道に集まって来た。

 「モンスターか……。この火災で生き残るとは、運の良い奴らだな」

 一人の憲兵が疲れ切った様子でそう呟いた。

 「どうする? 捕まえるか?」
 「……放っておけ、どうせ何もできやしない」

 今はゴブリン如きに構ってる暇はない。そんな様子で、憲兵達は作業へ戻ろうと踵を返した。

 「待てえぇーい!!」

 ベッタラが、今度は憲兵達に対して声を上げた。

 「己の暴挙を詫びもしないとは、最早、見過ごす事は出来ぬ! わしと勝負せい!」
 足を止めた憲兵達は、ベッタラの言葉を聞き、ゲラゲラと笑い始めた。

 「止さぬかベッタラ! 逆らってはならんのじゃ!」
 「兄者、止めてくれー!」

 二人の兄弟は何とかベッタラを止めようとする。しかし、ベッタラの怒りを煽る様に憲兵達は汚い言葉で野次を送った。

 「笑っておるがいい! だが、今日わしの首が取れなかった事を必ず後悔する時が来る!この森の様に、人間共の街も燃やし尽くしてやる!」

 ベッタラのその言葉に、憲兵達の笑う声がピタリと止まった。
 守るべき領域を犯され、昨晩から必死な思いで消火に当たっていた者に対して、ベッタラは触れてはならない逆鱗に触れてしまった。

 「この森の様にだと? 聞き捨てならんぞ、その言葉は……」

 憲兵の一人が、ドスを利かせた様な低い声でそう言った。

 「フン! 何じゃ、やる気になったか? わしは初めから勝負しろと言っとるんじゃ! さっさと、かかってこんかい!」

 ベッタラがそう言い終わると同時に、憲兵は警告も無しに電流を放った。魔導によるマジックボルトだ。あっという間も無く、その矢はベッタラの胸を打った。
 老体のゴブリン。その小さな体は、電流の衝撃にブルブルと震え、そのまま、物も言わずに倒れてしまった。

 「害獣が! お前達は、既に現場の裁量に委ねられているんだ! 何時でも殺してやれる! せいぜいそれまで大人しくしていろ!」

 電流を放った憲兵がそう言い放った。周りに居た他の憲兵達はやり過ぎだと言わんばかりに、その憲兵を宥め止めに入った。
 放たれたマジックボルトに腰を抜かしていたワサビは、一連の光景を茫然と眺めていた。

 「兄者……。おい、ベッタラ兄者!」

 倒れるベッタラにラッキョウが縋りつき、揺すり起こそうとしている。

 「ラッキョウ……、どうしたのじゃ? ベッタラは、気を失っとるのか?」

 ラッキョウはワサビの方を向き、首を振った。
 ベッタラは死んだ。一瞬で殺されてしまった。

 「何故じゃ。わしらは、これから対等な立場になろうとして……」

 数名の憲兵達がこちらに向かって歩いて来る。

 「兄者、逃げなければ! わしらも殺されてしまう!」

 ラッキョウがワサビの腕を引っ張った。しかし、ワサビは動こうとしない。

 「同じ営みを築く者として、対等であろうとしたのに。これからじゃったと言うのに……。これでは……、これでは、仲良くなどできぬでは無いか」

 憲兵は逃げ出そうとするラッキョウを捕まえた。そして、ブツブツ呟いていたワサビの襟首をつかんだ。

 「余計な仕事を増やしやがって。戯言を言わずに、逃げちまえばよかったのに」

 ワサビは憲兵を睨みつけた。

 「聞くがいい。我ら誇り高き氏族は、人間に対して歩み寄る努力をして来た。先住の者達として、常に尊敬の念を持ち、その習慣を学ぼうと努めてきたのじゃ。じゃが、これが! この仕打ちが、そんな我らに対するものなのか! 我々を害獣と呼ぶお主達は、何故、平気で我々の営みを破壊できるのだ!」
 「黙って来い!」

 憲兵はワサビを引きずって行こうとする。ワサビは憲兵の足にしがみ付き、何とか抵抗しようとした。

 「最早、理解し合えぬのだ。これ以上は、黙っている必要などない! 我々は力を持って訴える。ゴブリンよ、人間と戦おう!」

 叫ぶほどの声で、ワサビがそう言い切った時、森の中から大勢の生き物達の咆哮が轟いた。
 憲兵達は驚き、森の中を窺い始める。
 するとそこから、勢い良く十数匹の巨体のゴブリン達が飛び出して来た。
 先陣を切ったその一匹は、あのフクジンであった。フクジンはワサビの襟首をつかむ憲兵を跳ね飛ばし、ラッキョウを捕まえていたもう一人につかみ掛かった。

 「タマリ!」

 そして、後続として顔を出していたタマリに、ラッキョウを投げ渡す。

 「長老達、連れて逃げろ!」

 フクジンはそう言うと、他の憲兵達に殴りかかって行った。

 「おおう! やれい! やってしまえ、お前達! 不届きな人間共を懲らしめてやるのだ!」

 目の前で戦う若い衆の事をワサビは傍から鼓舞し続けている。
 ラッキョウを抱えたタマリは、もう一方の余った腕で、そんなワサビの事も抱き抱えた。

 「何をするのじゃ、タマリ! わしは戦うのじゃ! 離さんか!」

 タマリは言う事を聞かず、黙って森の中を駆けて行った。
 後に残される若いゴブリン達は、居並ぶ憲兵達を奇襲する事に成功した。しかし、焼け野原となっていたその場所は、森の中とは違って見晴らしが利く。騒動が起これば直ぐに応援が駆けつけて来る。
 その日警備に当たっていた憲兵達、そして、イバラ領に一門を構える魔導士達は、すぐさま、この不届きなモンスター達を取り囲む様に集まりだした。
 魔導士達は、森を背にするゴブリン達に対して、一斉に魔法陣を展開した。
 多勢に無勢だった。屈強な肉体を保持するイバラ領生まれの若きゴブリン達は、負ける事を悟りながらも、戦う意思を崩さぬように、魔導士達に睨みを聞かせ続けた。
 フクジンは、仲間たちの顔を見渡す。タマリはそこに居ない。
 良かった。長老と、無事に逃げてくれればいい。
 そう考えると、フクジンは右手を振り上げ叫び声を上げながら、魔導士達の方へと先陣を切った。他のゴブリンもそれに続き、魔導士達に向かって行った。
 ゴブリン達の動きを合図にする様に魔導士達の展開する魔法陣から、様々な種類のボルトが放たれ、周囲に轟音を響かせた。
 それは、振り返りもせずに、森の中をひたすらに直進するタマリ達の耳にも届いた。そしてその後には、シーンとした静寂が訪れ、タマリも長老達も、戦いがすぐさま終わった事を理解したのだった。

 「おお……。タマリ、引き返すのじゃ。屈強な我が氏族と言えど、あの数を相手では無事では済むまい。わしらが手を貸してやらねば」

 タマリは、足を止め、長老達を地面に降ろした。

 「長老。皆、負けた。長老が、一番良く知ってる。人間には勝てない」

 ワサビは言葉を失う。

 「村に帰ろう。皆の所へ帰ろう」
 「どうしてじゃ……。弟の遺骸も持ち帰れず。若い者を焚きつけておいて……、わしが村に帰れるわけがなかろう」

 ワサビはめそめそと泣き始めてしまった。

 「長老。皆、長老が必要。長老について、ここまで来た。これからも、皆、長老について行く」

 タマリの慰めの言葉に対して、ワサビは呻く様に、すまぬ、すまぬ、と繰り返し続けた。

 ――哀れな……、小さき者よ。我が声に、耳を傾けたまえ。

 「うあ! な、何じゃ。誰じゃ?」

 ワサビは周囲を見渡した。

 「兄者、一体どうした?」
 「声が聞こえた。お主達には聞こえなんだか?」

 タマリもラッキョウも、周りを窺い始めた。どうやら二人には、ワサビが耳にした声が聞こえてはいなかったようだ。

 ――我は、この荒んだ領域に救いの手を伸ばす者である。我が声に耳を傾け、我が名を呼び、救いを求めよ。

 「な、何なのじゃ! わしにしか聞こえとらん。わしの頭の中で声が響いとるのか? 一体何者なんじゃ!」

 ――我が名を呼び、救いを求めよ……。

 始めに聞こえたものに比べて、その声は小さく囁く様なものに変わって行った。

 「長老、一体?」

 タマリは心配になりながら声を掛ける。だが、ワサビはそんなタマリの声など耳に入らぬかのように、声の主を探し回った。
 そして、一本の木の前で足を止めた。
 常緑樹らしいその木は、周りの木々に比べ青々とした葉を茂らせていた。何より、背が高く、立ち昇る火柱の様に樹冠を上へ上へと伸ばしている。森に住むゴブリン達には、一目でそれが、この森には無かった種の木である事が分かった。

 「まさか、まさかこの木が、わしに話し掛けておるのか?」

 ワサビの問いに答える者は居なかった。
 狂気に満ちた様なワサビの行動をタマリもラッキョウも止める事が出来ず、ただ黙って見守る事しかできなかった。

 「お主! 救いの手を伸ばすと言ったな? わしらを救う事が出来るのか? 答えよ! 名は何というのじゃ」

 ――求めよ……。

 その囁きを最後に、ワサビに聞こえていた救いの声は、一切聞こえなくなってしまった。
 ワサビはその場で跪いた。

 「求めておる! わしらには救いが必要なのじゃ! この悪魔の巣食う領域、人間の居る世界では、我らは生きて行く事がままならぬ! 救ってくれ! 頼む! どうか、我らゴブリンを救い給え!」

 ワサビの言葉に反応する様にその木はうごめいた。風が吹いているわけでもないのに、茂らせた葉がざわざわと音を立て始め、緑色の炎が燃え上がっているかの様に波打ち始めた。

 ――我が名は……。

 只ならぬ光景を前に、再びワサビの耳に声が響く。ワサビはその言葉を耳にし、跪いた状態で叫んだ。

 「おお、キュプレサス・ラッルー! 我らを支配し、我らを救い給え!」

 途端に、その木を中心とした大地が盛り上がり始める。ワサビの呼び声に応える様に、土の中から、黒々とした巨人達が姿を現した。
 動揺するワサビとラッキョウ。老人たちを守る様にタマリは、巨人達の前に立ちはだかった。

 「恐れる事は無い小さき者達」

 ゴブリン達が目の前にする木が話しかけた。その木は自らの葉を操り、その陰影によって顔の様なものを描き、表情を作って見せた。

 「これらは、キュプレサスの従僕たるチャコール・ゴーレム。燃えた森から生まれた新たなる生命」

 チャコール・ゴーレムと呼ばれたその黒炭の巨人たちは、キュプレサスの前に整列すると、三、四メートル程の巨体を曲げ、次々に跪き始めた。

 「おお! 素晴らしい! なんと力強い姿だ。そして、それらを従える貴方様こそ、我々ゴブリンの支配者に相応しい!」

 ワサビは、キュプレサスの堂々とした佇まいに、ただただ感服した。

 「キュプレサス様! 私はこの森のゴブリンを率いる者。長老のヅケ・ワサビと申します。どうか、我々を従僕の末席にお加え下さい。そして、我らと共に、あの悪魔の様な人間を打ち払って頂きたい」

 腰の低いワサビの態度に、キュプレサスは満足げな表情を浮かべる。そして、ゴブリン達の事を舐めるように見回した。

 「良かろう。ワサビ! ゴブリンをキュプレサスの従僕に加えてやる」
 「あり難き幸せ!」
 「しかし、キュプレサスはこの領域のルーラーを目指したい。全ての生命を掌握したい」
 「は、はあ……?」
 「ゴブリンも、人間も、平等に支配したいのだ」
 「ええ!? し、しかし……」

 目の前で弟を殺され、若いゴブリン達もきっと同じ目にあわされている。そんな悪魔の様な人間達と、今更対等に扱われるなど、ワサビには最早考えられぬ事だった。

 「ワサビよ。ルーラーは寛大でなくてはならない。大宇宙の法則たる (a+b^n)/n=x の要請に従い、キュプレサスはこの領域に居る全ての者達に、歩み寄る姿勢を示さねばならないのだ!」

 ワサビの考えを察した様に、キュプレサスは語り出した。

 「だが、案ずるな。晴れて玉座に着いた暁には、このイバラに籍を持つ全ての生き物達が、互いに互いを尊ぶ世界になる。ゴブリンも、人間も、思考する事の無いチャコール・ゴーレムの様に、懐疑の念を捨て、ただ、このキュプレサスの命に従い続けるのだ!」
 「おお! 何と尊いお考えじゃ。キュプレサス様の理想の世界には、真の平和と平等が存在しておる!」

 ワサビは、キュプレサスの思想に感服し、改めてその存在に敬意の念を示した。
 キュプレサスは、葉っぱをざわつかせ、辺りに轟く程の大きな声で笑いだした。
 タマリとラッキョウは、そんな二人のやり取りを見ながら不安を感じている。話の内容が全く理解できなかった。
 キュプレサス・ラッルーの支配の仕方が、自分達の営みに沿うものとは、どうしても思えなかったのであった。
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