ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

33話 奪い合う者達②

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 今見て来たモンスター達とは明らかに違う。
 スークは背後に控える憲兵達に指示を出した。

 「炎を通過した奴がいるぞ! もう一度、ファイヤーボールを放て!」

 歓喜に湧き始めていた憲兵達は、スークの言葉を聞き炎の前に立ちはだかるゴーレムの姿を確認する。そして、スークの指示に従い、再び魔法陣の展開と共に、ビン・チョウ目掛けて火球を放った。
 飛び行く火球は、両手を盾にして防御の姿勢を取っていたビン・チョウに次から次へと命中し爆発した。飛散するファイヤーボールの欠片は、その周囲に撒き散らされ、再びビン・チョウの事を炎で包み込んで行った。

 「打ち方止め!」

 スークはそう命令すると、慎重に炎の中を見つめ、敵の力量を見極めようと努めた。
 ビン・チョウは動き出す。全身に纏わり付く炎を意に介す事も無く、寧ろ、受け入れる様に両腕を広げた。

 「我、一欠片の熾(おき)なり……」

 炎の中で呟いたその声は、対峙していた憲兵達の耳にハッキリと届いた。すると、何故か火の勢いが弱まり始めた様に見え始める。

 「火を灯すは父の如く、身を焼きしは母の如し見えり。すなはち、焦土が産道に相成ればそこを通り来たり。すなはち、素灰が産湯に相成ればそこに生まれ落ちたり。さらば、我は煙と熱気を吸いて齢を重ぬる者と生るべし」

 関所の中心で燃え盛る巨大な火柱は、ビン・チョウの言葉に合わせ、その勢いを失っていき、徐々に徐々に小さくなって行く。やがて、煌々と赤い光を放つ炭火の様な燃えカスがその場に残った。
 その光景を茫然と眺める憲兵達。不自然な形で消えた炎は、ビン・チョウの力によって押し留められた様に見え、その様に圧倒された。

 「これはまさか……、詠唱? エレメンタルを操ったのか」

 スークは、ビン・チョウの恐るべき力の根源を見抜いた様にそう呟く。
 すると、今度はビン・チョウの身体に異変が起きる。白く滑らかな胸の辺り、身体の中心から広がる様に、ボウっと灯る様な赤い光が漏れた。

 「汝、我の怒れる事を知らずや……」

 ビン・チョウの言葉を聞き、スークはハッとする。
 胸に灯っていた赤い光は、すぐさま全身へと広がり、その身体は赤いぼんやりとした光を纏い始めていた。

 「我こそは憤怒の王。炎の支配者サラマンダーなる事を知れ」

 ビン・チョウはそう言うと、両腕を振り上げた。背後に残された燃えカスの中から、炭火が浮かび上がり、それが寄り集まって巨大な火球を作った。
 それを見たスークは手綱を引き、憲兵達の方へと振り返る。

 「いかん、倒錯だ! 全員、退避しろ! 退避!」

 創り出された巨大な火球は上空へと浮かび上がった。炭火によって形成されるその火球は、大気の揺らぎに反応し、その表面を波打つかのように、時には赤熱し時には白い灰を纏い散らした。
 ビン・チョウはその火球に目掛け右手をかざし、空間を握り潰す様に指先に力を込め始めた。すると、その動きに呼応して火球には微細なヒビが入り、内部に押し留められた熱量が外へと飛び出したかのように、青白い炎が噴出した。
 そして、ビン・チョウは憲兵達の方へと視線を送る。スークの叫びによって、憲兵達の作る横隊は一斉にその形を崩し、関所の出口へと駆け出していた。その事を確認すると、ビン・チョウは勢い良く一歩前へ踏み込む、同時に握りしめた空間を地面に叩きつけた。

 「パイロクライシス!」

 その動作、そして、その叫び声に合わせ、上空に浮かんでいた青白い火球が砕け、一気に街へと続く街道へ落下して行く。
 関所の出口を目指す憲兵達は驚愕した。自分達の行く手に伸びる街道へ、次から次へと火砕物が降り注いでいくのが見えた。遥か遠くに見えていた街並みに、その火の手が僅かに届き、建物の壁や屋根にぶつかり、周囲に火の粉を撒き散らしたのが見えたのだった。
 アルジーは呆然と立ち尽くしていた。
 周囲には、落下してきた幾つもの火砕物と共に、倒れ込む数名の憲兵達の姿があった。無事であった者達は、魔導によって火砕物から熱を取り除き、倒れている者達に手を貸して、何とかその場から逃げようと試みている。

 「何だ、これ……、俺達、一体何と戦って……」

 そう言いかけた時、強烈な熱気を背後に感じ振り返った。
 立ち昇る陽炎の中で、全身を赤熱させたビン・チョウがゆっくりと近づいて来ている。
 アルジーは思わず顔を覆った。ビン・チョウの身体から放たれる放射熱は、アルジーの素肌を容赦なく焙ろうとしているのだ。

 「なんで、こんな……」

 何故、こんなにも力の差があるのだろう。同じ領域に生まれた人間とモンスター、その違いは、ここでは支配する者が異なるというだけだった。アルジーはよからぬ者の力を見せつけられ、力なくその場に膝を着いてしまった。
 最早、ビン・チョウが自ら手を下す必要も無い。近づくだけで他の生き物は焼き尽くされるのだ。
 アルジーは後頭部に当たる熱量が強くなるのを感じ、諦めた様にそう考えた。

 「ウオーターボルト!」

 魔導を行使する叫びが上がる。途端に炭火に水を垂らした様な激しい音が辺りに響き、熱を纏った蒸気がアルジーの周りを覆った。

 「うおっ、アチチ! しまった」

 視界が全く効かなくなる程の水蒸気が立ち込める中で、そう言うマルマルの声が聞こえた。

 「マ、マルマルさん?」
 「アルジー、そこか!」

 蒸気の中から伸びた腕が、アルジーの服を掴んだ。

 「馬鹿野郎が! こんな所で膝を着きやがって!」

 マルマルはそう言うと、アルジーの事を引っ張り上げる。しかし、アルジーの足腰には力が入らない様子だった。

 「どうした? しっかりしろ!」
 「マルマルさん、俺は分かったんです。マジックブレイカーが出た時もそうだった。結局、力にものを言わせた方が勝つんです。よからぬ者はそれを理解しているから、人間よりも強いモンスターを生み出した。そんな奴に勝てませんよ!」
 「嘆くのは後にしろアルジー。さっさと逃げなくては」
 「逃げてどうするって言うんです? あのモンスターは、きっとここから出て、街にまでやって来る。俺達に逃げる場所なんて……、無いじゃないですか」

 意気消沈したようなアルジーの姿をマルマルは見据えた。眉間に寄った皺が深くなり、そのせいで普段以上に厳めしい顔へと変わって行った。

 「……分かった。もういい」

 マルマルはアルジーから手を離した。すぐさまバランスを崩し、アルジーは地面に倒れてしまった。

 「強い者が勝つ? そんな事は当たり前だ! だが、弱い者が負けてく所をお前は黙って見ていられるのか? お前の仲間や、お前の街が、暴力で屈服されるのをただ見ているだけなのか?」

 マルマルはそう言うと、倒れるアルジーに背を向けて立ちはだかった。その先には、蒸気に隠されながらも、ビン・チョウの赤く光る身体がぼんやりと映し出されていた。

 「俺達が何を守っているのかよく考えろ! 少なくとも、力にものを言わせた奴が勝者だなんて、そんなルールはここには無い! 誰も認めはしないんだ!」

 マルマルは自らの手でアトラスを開くと魔法陣を展開させた。そして、前方に映る朧げな光源目掛けて、ストーンボルトは放った。

 「うおおおーー!」

 次から次へと放たれる石礫は濃い水蒸気の中へと消える。すると、ビン・チョウの身体に命中したらしいキンキンという音が聞こえた。
 立ち込める蒸気は身体から放たれる放射熱を妨げてくれているが、それでも、周囲の温度が上がり始めて来ているのが分かった。マルマルのストーンボルトに怯む事無く近づいて来ているのだ。
 アルジーはアトラスを手に取った。そして、マルマルと同様に敵に目掛けて魔導を行使した。迫りくる敵を何とか退けようと必死になった。
 やがてビン・チョウの身体が出す高い音と共に、くぐもる様な音が響き始めた事に気が付く。その時、周囲を覆っていた水蒸気が消え始め、対峙する者の正体を明らかにした。
 そこには身体をボロボロにしたビン・チョウが佇んでいた。白く枯れ木の様な身体は、より細くなり、灰に塗れ、少しの風が吹いただけでその表面がホロホロと剥がれ落ちて行っている。煌々と輝いていた全身も見る影が無い程に弱々しく、本物の炭火の様な灯が胸の辺りだけをほんのり色付けていた。
 自分の恐怖した敵の存在が無残な姿を晒し事で、アルジーは驚き、戸惑い、呆気に取られた。

 「そいつは、もうじき死ぬ。アルテマがサラマンダーに食われたんだ」

 背後からそう声を掛けられ、アルジーが振り向く。そこには、自分の先輩でもあるグラエムがいた。

 「グラエム。どう言う事だよ?」

 アルジーは自分の下を通り過ぎるグラエムに尋ねた。
 「そいつはエレメンタルを直接操った。エレメンタルはエーテルを変換させて使う物。魔導士が魔法陣の中で行う事を、こいつはアルテマの中で行ったんだ。どうなるか想像つくだろ?」
 アルテマはエーテルが貯められる臓器。それが、火のエレメンタルに変化すれば、常に体の中に炎を持つのと同じ状態になる。
 アルジーは、スークが馬上で叫んだ倒錯という言葉を思い出した。ビン・チョウは既に、その変化を自分でさえ止める事が出来無くなっていたのだ。

 「可愛い後輩と、頼りになる先輩。良くも苛めてくれたな」

 グラエムはそう言うと、腰に付けたソードブレイカーを引き抜いた。そして、こちらを睨みつけたまま動きを止めていたビン・チョウの頭に振り下ろした。
 ソードブレイカーは頭を砕き、その首の付け根まで深々と食い込む。動きを止めていた身体は、糸の切れた人形の様にゆっくりと傾き、そして地面に倒れて行った。
 ビン・チョウが死んだ事を確認すると、グラエムはマルマルの下に向かった。マルマルは疲弊し片膝を着いていた。

 「平気かよマルマルさん?」
 「ああ……、だが、応えた」
 「頼むぜ。モンスター相手に意地なんか張らないでくれ。こっちは、姿が見えなくてあせちまったんだからな」

 グラエムはマルマルに肩を貸して立たせた。

 「アルジー。お前は一人で歩けるな? ちゃんと付いて来いよ」

 グラエムはそう言うと、返事も待たずにスタスタと関所の外を目指して行ってしまった。
 アルジーは、その姿を目で追いながら、何かを思い出したかのようにハッとする。

 「ちょ、ちょっと待ってくれよ! それじゃ、何もしなくても、あのモンスターは死んだって事? 俺も、マルマルさんだって、あんなに必死になったのに?」
 「そう言う事だろ。退避命令があったのに、何でさっさと逃げなかったんだお前は?」
 「それは、だって、モンスターを森から出せないし……」
 「ほーう。俺はてっきり、腰でも抜かしてたのかと思ったぞ」

 グラエムは後に続く後輩の事を茶化した。アルジーは顔を赤くして反論をした。

 「グラエム、その辺にしておいてやれ。俺達が必死だったのは事実だ」

 見兼ねた様にマルマルが口を挟んだ。

 「まあ、お前やマルマルさんが足止めをしてくれったってのはある。まさか、ここから街まで攻撃して来るなんて、隊長でも想像がつかなかっただろうしな。二発目を打たれたらと思うとぞっとする」

 三人は出口から関所を抜けて行った。
 街道の端には、多くの憲兵達が疲れ切った様子で座り込む。軽症だった者は、その中で忙しく動き回り、重症を負って地べたに寝かされる者達等を介抱していた。

 「酷い……」

 アルジーは街道の周囲を眺めてそう呟く。
 街へと続くその道の先では、未だ熱を持った火砕物が所々に残っていた。この季節ならば草地に不用意に燃え移る事は無いと思えた。しかし、用心の為か、既に数名の憲兵達が確認に走っている様子だった。そして、幸いな事に、火の手の届いた街の様子は、ここから見る限り大きな被害が出ていない様子だ。
 燃え移る事は無かった。
 その事が分かると、アルジーは胸を撫で下ろした。
 グラエムはマルマルに肩を貸したまま、街道の中央に立っていたスークの下に歩んで行った。

 「隊長、戻りました。モンスターの死亡を確認しました」
 「ご苦労」

 スークは三人の事を一瞥してそう言うと、直ぐに森の方へと視線を戻した。

 「……よからぬ者の出現は確かな事。それを崇拝するモンスターは遥かに強力だった」
 スークはマルマルの方へ視線を移す。

 「あの白い奴。あれは上位モンスターか?」
 「おそらく」

 マルマルは、自分の対峙した敵の姿を思い起こす様に苦い顔を作った。

 「死を厭わぬあの戦い方、ゴブリンや人間の様に営みを持つ生き物とは考えづらい。そして、取り巻きの黒いモンスター共を率いていた。間違いなく、生まれながらに上位に位置するモンスターだ」

 マルマルの意見を聞き、スークは深い溜息を吐いた。

 「最悪の事態だ。この予兆を復興機関は見逃したと言うのか……」

 自問する様な言葉に、マルマルはハッとしてスークの顔を窺った。

 「今更、俺達の考える事ではないが……」

 マルマルと目が合うと、スークは自嘲気味な笑みを浮かべそう言った。そして再び森の方へと視線を移して行った。
 「悔やんでも仕方無いぜ隊長。見落としくらい誰にだってある事だ」
 グラエムがスークに話し掛ける。

 「営みを持たないモンスターなら自然に増える事は無い。あいつらはよからぬ者の手によって生み出されたんだ。さっさと元凶を叩いちまわないと」

 グラエムの意見に対し、マルマルが答え始める。

 「焦るなグラエム。上位モンスターの力を見ただろ」
 「あんな奴、ポンポン生み出せる訳ないぜ。数を揃えるのには時間が掛かるはずだ」
 「それでもだ。万が一、森の中で遭遇した時を考えてみろ。東側と同じ様に焦土にされかねない。奴と遭遇した時は、エレメンタルを操る前に撃破する必要があるんだ。俺達だけでそれが出来ると思うか?」

 そう言われ、グラエムは街道の周辺に座り込んでいる憲兵達の方を見る。同じ敵を前にしてそんな芸当が出来るとは到底思えなかった。

 「今は増援が来るのを待つ。その間、敵の侵攻をここで迎え撃つんだ。かと言って、今のまま街に近づけるのは危険すぎる。その為の対策を講じる必要があるだろう」
 「対策……?」

 マルマルは頷くと、森を眺め続けるスークの方へ顔を向けた。
 「隊長。直ぐに住民の避難を開始させるべきだ。ここで戦えば、必ず街に火の手が上がる」
 マルマルの言葉にスークは答えない。

 「……スーク?」

 スークはマルマルの声など届いていないかのように、森の方を凝視し続けていた。気が付けば周囲の憲兵達からどよめきの様な声が上がり始めていた。マルマル達もスークの見つめる先を確認する。
 関所の出入り口の辺り、森を背後に置きながら、先程倒したビン・チョウとまったく同じ白いモンスターが三体、こちらの方を見つめながら立っていた。
 やがて、その内の一体が、こちらに向けて話しかけ始めた。

 「聞くがいい人間! 我らは新たなる森の民。ここは我々の領域である! 人間が立ち入る事は許さない!」

 突然の主張に対し、憲兵達はそのホワイト・チャコール・ゴーレムの言葉を必死で理解する様に聞き入り始める。

 「我らの支配者。寛大なるキュプレサス・ラッルーは、この領域の全てを支配する事を望んでいる。我らの森と共に、貴様ら人間の街も平たく支配する事を望んでいるのだ! 人間達よ! キュプレサス・ラッルーを新たなるルーラーとして迎い入れよ! それが出来なければ、大人しくこの領域から去るがいい!」

 主張を続けるホワイト・チャコール・ゴーレムは太陽を指差した。

 「天の火が再び灯されるまでに、答えを出せ! 我らチャコール・ゴーレムは、新たなるルーラーの僕として、従わぬ者達に無慈悲な制裁を加える!」

 そう言うと三匹のゴーレム達は、こぞって森の中へと帰って行った。
 憲兵達は無残に燃え上がった関所の方を茫然と眺め続けた。

 「再び灯されるまで……、明日の朝の事か!?」

 漸くスークがゴーレム達の言葉の意味を理解した様に声を発した。

 「いかん! 全住民を避難させなくては」
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