ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

35話 前夜の出来事①

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 その日の未明。
 コウミは、日々喜の寝かされている本館の屋根裏部屋に居た。
 普段使われる事の無かったその部屋は、フェンネルの配慮によって当てがわれたものだった。目を覚まさないというのに、彼の着替えや必要品はこちらの屋根裏部屋に運び込まれ、アトラスはすぐ手に付けられる様に枕元に置かれていた。
 コウミは窓辺に腰を落とし、直ぐそばに置かれていた椅子の背もたれの上に、両足を組んで投げ出している。そして、未だに眠り続ける日々喜の様子を確認すると、気を紛らわす様に、窓から見える主庭の方へと視線を移した。
 夜空に灯る朧げで怪し気な靄が庭を照らしており、少しの夜風によって花壇の草花が揺れ動くのが見て取れる。
 それ以外は動くものは無く、普段と変わらない静かな夜の庭だった。

 「……明日か」

 コウミは、嵐の前に起こる静けさの様なものを敏感に感じ取り呟いた。
 見慣れた風景の中で、どう言う訳か、普段なら音を立てず身動きしない様なもの達が際立って見え、見ている者をざわつかせる。直前まで迫り始めた危機の様なものを必死で知らせている様にも見えた。
 明日、恐らくこの領域の人の住む土地が全て侵略される。これは、避けられない事だ。人間達はキュプレサスの支配を受け入れられるはずがない。モンスターが信奉するよからぬ者か、人々が待ち望んでいた後継者か、どちらかがこの領域の新たなるルーラーとして君臨するまで、戦い続ける事だろう。
 コウミには既にその結果が見えていた。
 この状況になっても、後継者達は人々の前に姿を表そうとしない。そんな奴らが勝つことはあり得ない。
 そして、よからぬ者がルーラーの地位に着けば、日々喜の体を蝕む呪いは解けるものと踏んでいた。この領域の人間にどれ程の不幸が訪れる事になるか、そんな事はコウミに取ってどうでもいい事なのだった。
 ふと、主庭の中から庭の端に向かって駆け抜ける人影がある事に気が付く。
 フェンネルだった。こんな夜更けに、明かりも持たずにどこに行こうというのだろう。
 コウミには、直ぐにその理由が分かった。彼女の向かう先が後継者達の隠れる外庭の中だったからだ。
 大方は、避けられぬ戦を前にして、居ても立ってもいられずに、姿の見えぬ者に縋りつこうとしているのだろう。

 「ふん……。無駄な事を」

 それまで心象に描いていたざわつきが、たった一人の少女の出現によって掻き消された。その為、コウミは考えを切り上げる様に、窓から日々喜の方へと視線を移した。
 窓から射す月明りに似た光の所為か、日々喜の顔色は土気色に映し出された。相変わらず笛の様な小さな音を鳴らして、呼吸しづらそうに寝息を立てていた。
 コウミは、日々喜の枕元に置かれたアトラスが開かれているのに気が付く。
 妙だ。先程まで閉じられていたものが。

 「……日々喜?」

 もしやと思い、声を掛けた。しかし、日々喜は応えない。
 自分の記憶違いか、それとも、寝がえりでもうった拍子に、アトラスが開かれたのだろうか。コウミがそのように考えていると、開かれていたアトラスが、独りでにパラパラとページを捲り始めた。
 風? ……いや、違う!
 コウミは、椅子から足を下ろし立ち上がった。

 「誰だ!」

 その叫びに応える様に、開かれたアトラスが空中に浮かび上がり、コウミ目掛けて輝く粒子を放った。
 コウミはあわやでその輝きを避ける。その光は背後にあった窓を突き破り、上空へと飛んで行ってしまった。
 それは、魔導士達が放つ火球の様に一塊となり、真空を飛び交う彗星の様に長い尾を引き、ひたすらに上へ上へと目指し飛んで行った。
 やがて、あの淡く光る靄の中へと潜り込んで行くと、何某かの作用を起こしたかのように、靄はその彗星が飛び込んだ周囲で僅かにゆらめき、ハッキリとした濃淡をつける様に螺旋を描いた。
 そして、地上に居る誰もが気が付かぬ間に、また形を歪め、朧げな存在へと変わって行ってしまった。
 破れた窓から、コウミはその光景をじっと眺めていた。

 「今のは、災厄の……」
 「災厄の大魔法陣?」

 コウミの呟きに応える様に、その部屋には居るはずの無い女性の声が聞こえた。
 コウミは、声のした方へ振り返り身構える。
 依然、浮遊し続けるアトラス。その周囲には、眠り続ける日々喜以外に人の姿は無かった。

 「人々がそう呼んだのは、未知なるものに対する畏敬と恐怖の表れから」

 アトラスから声が聞こえている。

 「貴方は外からこの世界を眺めた事がある。全貌を知りながら、未だにそんな呼び方をするのね」

 コウミは聞く耳を持たず、部屋の周囲を窺った。
 これは魔導か?
 アトラスを操る者が居るのなら、遠からず術者がそばに居るはずだ。

 「私は貴方のそばには居ない。アトラスを介して話しているの」

 コウミの動きから察した様に言葉が返された。

 「アトラスを介する、だと?」

 聞いた事の無い技だ。それどころかそばに居ないにも関わらず、アトラスを捕捉し、こちらの動きまで把握している。
 そんな芸当が出来る人物に、コウミは一人だけ思い当たる節があった。

 「お前、まさか……、アートマンか?」
 「ええ、そう。久しぶりね、コウミ」

 アートマン。太陽に象徴される五賢者の一人。それが突如として、存在を顕わにした。
 コウミは構えを解かずアトラスを睨みつける。白く丸かったコウミの瞳が、警戒の色を強める様に鋭く歪められた。

 「一体何の用だ? 今更、俺達が関わり合いを持つ理由は無いはずだろ」
 「貴方がそう思うなら、そうかもしれない。けれど、この子はそう考えてはいない」
 「この子? 日々喜の事か? 日々喜が、お前に関わろうとした!?」

 コウミは日々喜の方を見る。
 コウミの動きに合わせ、アトラスからアートマンの囁く様な笑い声が聞こえた。

 「この子は望んでいるだけ。私はその望みが叶う事を願い、見守っていただけよ」

 アートマンのその言葉を聞き、コウミは察した。
 これまで、日々喜が自分の目の前で起こして来た不思議な事柄。異なる世界から来た日々喜が魔導を行使する事が出来たのは、このアートマンが手を貸したからに違いない。
 そればかりか、ひょっとすれば日々喜と自分がこの世界に来た事も、こいつの仕業ではないかと思えてきた。

 「適当な理由を付けて、人間に関わろうとしやがって……。いいかアートマン。お前の支配を受け入れた馬鹿共が、何人お前の玩具にされようが知った事じゃない。だが、俺達は違うだろ!」

 コウミは日々喜を指差した。

 「日々喜にこれ以上、関りを持とうとするな! お前の世界とは違う所から来たんだ。だから、こいつは俺が元の世界に連れて帰る! 俺が守るんだ! 邪魔をするな!」
 「まあ、怖い。そんな酷い言い方をされると、きっとどんな人でも傷ついてしまうわね」

 そう言いつつもアートマンの口ぶりからは、恐怖している様子も、傷ついた様子も窺えない。

 「けれどコウミ。貴方はその子が、一体何を望んでいるのか、ちゃんと理解しているのかしら?」
 「理解だと? こいつは……」

 コウミが言葉を詰まらせると、代わりにアートマンが話し始めた。

 「よからぬ者が勝利すれば、この領域の人の営みは消え去り、人以外の者達によって新たな営みが築かれて行く。だけど、それを他の領域に生きる人々が許すと思う?」
 「傲慢な人間共が黙っているはずがない。奪われたものを取り返そうと、必ずこのイバラに戻って来るだろ」
 「そう。そして、奪い合う。この領域に何も残らなくなるまで。そんな事、一体誰が望むのかしら? 誰も望まない事をこの子は望んでいる。コウミはそう思っているのかしら?」

 ざわりと夜風の吹く音が、割れた窓の先から聞こえる。温暖な湿り気のある風が身体に纏わり付くのをコウミは感じた。

 「……関係無い」
 「関係有るわ」

 アートマンは、澄み渡るような声で、コウミの言葉を否定した。

 「貴方に無くとも、日々喜には有る。直ぐそばに居た貴方なら、理解出来る事。そして、貴方は日々喜の事を守ると言った」

 コウミは再び、日々喜の方を見る。
 目を覚ました時、この領域の全てが焦土となっていたら? こいつは、どれ程胸を痛める事だろう。今以上に、苦しく、悲しむだろうか? それとも、全て仕方のない事と、諦められるものだろうか?
 コウミの頭に、様々な思いが巡って行った。

 「そう、目を背けないでコウミ。全てを覚悟した上で、貴方は日々喜と、この領域に留まる事を決めたのでしょう」

 アートマンのくどい言葉にコウミは舌打ちを返した。

 「俺に……、何をさせたいんだ?」
 「導くのよ」
 「導く? 誰を、どこに?」
 「眠り続ける日々喜に代わって、然るべき者達を、向かうべき先へ」
 「然るべき、者達……」

 コウミの脳裏に日々喜の容態を心配するオレガノ達の姿が過った。フォーリアムの魔導士達。彼らの事だろう。

 「向かうべき先か……」

 人の営みを守る魔導士達。彼らがどこに向かおうとしているのか、それは考えるまでも無い事だ。
 コウミの両手に自然と力が込められて行った。

 「一つだけ聞かせろ。何故自分で導こうとしない?」

 アートマンは再び、囁く様な笑い声を立てた。

 「私の言葉は、移り気な季節の先駆け、時の流れに埋もれる一輪の花の様なもの。見つけられるかどうかは、その人次第」

 意味の分からない事を言う。要は誰も聞く耳を持っていないという事だろうか。賢者に理由を聞いた所で、所詮自分には理解できないのだ。

 「ふん!」

 コウミはアートマンの言葉を理解する事を諦めた。

 「……こんな事は、一度きりだアートマン。俺は、お前の言葉に従う訳じゃ無い」
 「ええ、コウミ。貴方がそう言うのなら、きっとそうなのでしょうね」

 その言葉を最後にする様に、空中に浮かんでいたアトラスが閉じられ、そっと、日々喜の枕元に置かれた。
 コウミは立ち尽くす様に、その光景をじっと眺め続ける。再びアトラスが動き出さない事を確認すると、深く息を吸った。

 「よりにもよって、この俺が……」

 コウミは窓辺に立ち、割れた窓から主庭を眺めた。
 外庭に向かったフェンネルが、勢い込む様子で主庭の方へ駆けて来るのが見えた。
 コウミは胸に余る息を吐きだした。

 「この俺が、魔導士共を導くのか……」
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