ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

41話 夜明け②

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 白炭のゴーレムは、クレスの魔導によって出現した火伏の大樹を茫然と眺めていた。
 ぎょろつく二つの目玉は、瞬きする事も無く見開かれ続け、表情は一切動く事が無い。その為、見ている者はこのモンスターから感情という物を読み取る事は出来なかった。
 しかし、胸の内に灯っていたほんのりとした赤い輝きが、誰も気が付かない内に少しずつ弱まり小さくなって行く。
 炎の熱さをものともしない白炭のゴーレム自身、この変化には気が付いていない様子だった。
 それだけ、魔導によって作られた樹木に気を取られ、集中を強いられる何かがあったのだろう。

 「アトラス!」

 叫ぶ程の声を聞き、白炭のゴーレムは漸くそちらに視線を移す。
 並び立つ二本の樹木の間で、クレス達を背中に隠す様に立ち塞がるピーターとラヴァーニャ。ラヴァーニャは直径一メートル程の魔法陣を展開し、それを白炭のゴーレムへと向けていた。
 白炭のゴーレムは新手の行動を警戒する様に、控えていた黒炭のゴーレム達を前進させた。

 「ドライウインド!」

 魔法陣から生暖かい風が流れる。それは乾燥し、僅かな時間で地面に生える下草をしおらせ、湿気を取り除く様に土の色を変えて行った。
 行進するゴーレムが、その大地を踏みしめると土埃を舞い上げる程だ。

 「アトラス!」

 ラヴァーニャが魔導を行使する中で、ピーターも魔法陣の展開を行った。
 浮かび上がるアトラスと共に、迫りくるゴーレムの頭上目掛けめいっぱい右手を伸ばした。すると、その下に広がる乾燥した地面の上に二メートル程の魔法陣が描かれた。

 「サンドストーム!」

 ピーターの唱えた言葉に従って、地面に描かれる魔法陣の上に一陣の風が吹いた。それは大量の砂を含みハッキリと目に映る旋風を描いて行った。
 巨体を保持するゴーレム達に取って、恐れを抱く程のものではない。しかし、ピーターの生み出した塵旋風は風化を呼び、黒炭のゴーレム達の身体を僅かに傷つけて行く。

 「良し! ラヴァーニャ、下がれ!」

 頃合いを見計る様に、ピーターが声を上げる。ラヴァーニャはアトラスを閉じ、すぐさま火伏の大樹の下に駆け出した。

 「あんた達、ちゃんとの木の下に入ってなさい」

 戻って来るなり、ラヴァーニャは年下の見習い達にもっとそばに寄る様に言った。

 「ラヴァーニャさん、一体何を?」

 慌てた様子のラヴァーニャにリグラが尋ねる。
 「砂塵爆発よ。特別な環境で起きる砂と風の相互作用」
 それは、主には乾燥地帯で発生する砂嵐が原因の火災事故の一つ。風の中で擦れ合う石英(水晶片)等の火花や摩擦熱によって引火させられるもの。
 名称に明確な定義が無い(造語、又は、誤訳の可能性がある)が、原理的に粉塵爆発とは異なるものである。

「よーく見てなさい。火の魔導なんか使わずに、ピーターがあのモンスター達を燃やし尽くしちゃうから」

 旋風の中で僅かな火花が散った。目を凝らしその様子を見据えていたピーターは、そのわずかな変化を見逃さず、高らかに宣言する様に叫んだ。

「行くぜ! 良く見ておけよ、この俺の火炎旋風――」

その瞬間、巻き上がる砂を明るく照らす様な閃光が、旋風の内部で起きた。

 「――を?」

 それを間近で見たピーター。自分が予想する現象とは異なる事が起きた。そう理解する間も無く、その場にボワッという爆発音が響き周囲を明るく照らした。広がる衝撃波が火伏の大樹を大きく揺らし、伝わる熱気から見習い達を守る様に、水を吹き出し滴らせた。
 ピーターは背後へと吹き飛んで行く。大樹の下で佇むラヴァーニャとぶつかり、一緒に倒れ込んで行った。

 「いったー……。何やってんのよ、あんた!」

 自分の身体に被さる様にしているピーターを押し退け、ラヴァーニャは身を起こした。

 「イテテ、おかしいな? あそこまで激しく爆発する予定じゃなかったのに」

 ピーターも頭を抱えながら身を起こした。

 「馬鹿! 魔導士なら、ちゃんと結果を見据えてやらなきゃダメでしょ!」
 「悪い……」

 しょげる様にピーターは謝った。
 チャートに記述される構成式通り結果を出す事の出来る魔導とは異なり、魔法陣の外で起きる相互作用は簡単に予測する事は出来ない。入念に実験を繰り返し、然るべき準備を行ったとしても、失敗する事があるものなのだった。
 これは恐らく、砂と共に舞い上がる黒炭のゴーレムの欠片が、僅かな火花に引火し本格的な粉塵爆発(炭塵爆発)を引き起こしたのだろう。
 爆発の起きた後の光景を眺め、オレガノ達は言葉を失っていた。
 その衝撃は凄まじく、巻き込まれた黒炭のゴーレムは粉々に粉砕され吹き飛び、後には燃えた下草と焦げた大地だけが残されていた。

 「マジかよ……」
 「凄い威力でしたね」

 キリアンとリグラは、ただただ二人の先輩の魔導に感服していた。

 「凄いわ二人共! 全部やっつけてしまった」

 ラヴァーニャの手を借りて立ち上がるピーター。そんな二人にオレガノは称賛の言葉を述べた。

 「お、おう、そうか? そう思うよな!」
 「と、当然でしょ。これくらい朝飯前なんだから」

 同門の弟、妹達からの羨望の眼差しに何とか応えようと、ラヴァーニャとピーターはその場を取り繕う様な事を言う。

 「集中! まだ一体残っているわ!」

 クレスの言う通り、まだ白炭のゴーレムが残っていた。
 白炭のゴーレムは吹き飛んだゴーレムの身体をかき集め始めている。爆発熱によって引火したその炭の塊は、空中に浮遊しながら球体を形成していた。
 白炭のゴーレムの伸ばした両手からは赤い筋の様なものが立ち昇り、浮かび上がる球体へと絡みついて行った。

 「何よあれ……?」

 炎ではない。瞬時にそれが何であるのか、ラヴァーニャには理解できなかった。

 「分からない。だけど、とても危険なもの……」

 クレスは直感的にそう答えた。
 炎を操るエレメンタル。それが、高密度で重なり合い、白炭のゴーレムの腕から立ち昇る炎を手首から迸る血液の様に濃い色を持って映し出す。
 やがて、その白い腕が細くなり砕け、赤い筋と同様に上へと昇り、赤熱する炭火の中へと混じって行った。
 途端に炭火の性質が変わった。
 薄い陽炎の様な紫色の炎を纏う。核となる炭自体は煌々とした赤い輝きを放ち始め、それが、所々の明るさの濃淡によって人の様な表情を描いた。まるで、苦痛や怒りを訴えている様に狂気に満ち、少しの風が吹く度に揺らめく炎の様に、表情を変えうごめいて見えた。

 「皆、力を貸して!」

 全員がその奇妙な炎の塊を見つめる中で、クレスが叫んだ。

 「クレス!?」

 戸惑うラヴァーニャ。

 「ウォーターボルトよ! あれを近づけてはダメ!」

 見習い達が、クレスの言葉に従い隊列を組む様に並んで行く。
 一方の白炭のゴーレム。両腕を失いながらも落ち着いた様子で、上空に浮かぶ火球を眺め続ける。
 自らの作り出した怒りの造形を眺め、相乗の効果を得た様に、自らの胸の灯も赤く強く燃え上がり始めた。
 白炭のゴーレムは、見習い達の方へ視線を移した。そこに並ぶ五枚の魔法陣を一瞥すると、地面に視線を落とした。

 「オニビ……」

 空中に浮かぶ火球がゆっくりと傾き始める。

 「来るわよ!」

 クレスの言葉に続き、全員が魔導の行使を叫んだ。

 「ウォーターボルト!」

 一斉に上空へ目掛けた魔法陣から水流が噴きき出して行った。
火球に浴びせられる水流は、轟く様な音を立て瞬間的な蒸発を繰り返す。水は約千七百倍という爆発的な膨張を起こし、水蒸気へと気化して行った。すると、火球と水流の間には、触れ合う事の出来ない境界が出現し、せめぎ合いが生まれた。

 「皆! がんばれ!」

 クレスは火伏の大樹を維持しながら叫んだ。耐え難い程の熱を含んだ水蒸気から、大樹は見習い達を守り続ける。

 「押し返せない! 私達だけじゃ!」

 ラヴァーニャが泣き言に近い言葉を漏らす。

 「おおお! クレス、もっとだ! もっと、応援してくれ! それが無きゃダメなんだよ! 皆もそう思うよなあ!」
 「うるせえ! 気が散る!」

 集中するキリアンが、ピーターを怒鳴った。
 見兼ねたクレスは、大樹の維持を解き、水流の放出へと加わった。

 「ウォーターボルト!」

 六本の水流が合わさり、逆向きの滝の様に膨大な水を火球へと流す。火球は水蒸気を生みつつ、水流に埋もれた。
 魔法陣を消したからと言って、直ぐに大樹が消える訳ではない。しかし、その効果が弱まる様に緑色に色ずく扇状の葉が枯れ、その二、三枚が地面へと落下して行った。

 「熱い……」

 肌身に感じる蒸気熱のあまりの熱さに、リグラが弱音を吐いた。
 その時、水流の中で蒸気を纏い続ける火球に僅かな変化が訪れる。
 透明な衣の様に全体を覆っていた水蒸気の厚い膜が、突如として歪な変化を起こし、揺らぎ、そこに穴を開けた。すると、境界の消えたその穴に水がなだれ込み、火球と水流の接触を許す。
 せめぎ合いの消えた場所から爆発的な膨張が再び起き、連鎖的に火球の全面へと伝播し、それが、瞬間の中で数度繰り返された。
 覆われていた水を消し飛ばし、火球の核を形成する炭の塊を砕く程の衝撃波を生み、凄まじい轟音を鳴らす水蒸気爆発が起きた。
 飛散する水の飛沫は、砕けた炭火の赤に照らされ、もうもうと立ち込める水蒸気と共に血飛沫の様に撒き散らされて行った。

 「アチ! アチチ!」

 頭上からまばらな雨の様な熱湯が降って来て、見習い達は慌てふためき、思わず魔法陣を消してしまう。

 「くっそー、今度は何の爆発よ?」

 もうもうと立ち込める水蒸気の中で、ラヴァーニャは敵の潜む先を見据えながらそう言った。

 「ラヴァーニャ、気を付けろ。お前達も離れるなよ」

 蒸気の先からピシピシと何かが跳ね上がる様な音が聞こえ、ピーターが周りに注意する。
 時間と共に薄まる蒸気の中から、揺れ動く様な人の形をした影が現れ始めた時、パッーンという一際大きな爆発するような音が聞こえた。
 蒸気が完全に晴れ始める。
 そこには、首の付け根から腰の辺りまで、深々とした亀裂を讃えた白炭のゴーレムが立っていた。依然として周囲に響くピシピシという音は、爆ぜる火の粉と炭の欠片と共に、白炭のゴーレムの身体から飛び出す様に奏でられていた。
 爆跳している。
 保管管理の不十分な炭には、微細に空いた孔に湿気等が溜まり、熱を加えた際に逃げ場を失った空気が内部で膨張し爆発する事故が起こる。
 白炭のゴーレムの身体に起きている事はまさにそれだった。
 しかし、既に火の付いた炭火に湿気が溜まる事があるのだろうか。恐らくは、どこからともなく飛んで来たキノコの胞子が根付き、僅かな時間で菌糸を伸ばし、孔を塞いだのだろう。
 それも、稀に起きえる事であった。
 通常の生き物なら、明らかな致命傷と成り得る程、深々とした亀裂を帯びながら、白炭のゴーレムはゆっくりと上体を擡げ、見習い達の方を見る。
 胸に灯る赤い炭火は、亀裂の奥からより強い輝きを放ち続けていた。

 「死に体だな。ざまあないぜ」

 倒錯に陥った者の末路だ。そう言いたげにキリアンは言葉を吐き捨てると、とどめを刺そうと自らのアトラスに手を掛けた。

 「待ってキリアン。様子がおかしい」

 白炭のゴーレムの小さな変化を見咎めてオレガノがキリアンの事を止めた。
 白炭のゴーレムは、見習い達の頭上を見上げている。
 その視線の先では、魔導により維持を止めた火伏の大樹が、仮初の命を尽きさせる間際に、黄金色に染め上げた扇状の葉っぱを散らしていた。
 同じく自分の命の短さを悟った白炭のゴーレムはその様子を見入る様に呆然と立ち尽くしていた。
 胸に灯る赤い火が、勢いを衰えさせ、小さくなり始めた時、白炭のゴーレムはポツリと言葉を呟いた。

 「麗しきかな……」

 やがて、項垂れる様に僅かに体を折ると、胸に灯る火が消えた。

 「倒錯を抑えた。……自分で?」

 キリアンは、信じられないものを見た様に呟く。
 白炭のゴーレムは、立ったまま完全に動かなくなっていた。

 「いや、死んだだけか……」

 白炭のゴーレムは死んだ。
 立ち尽くしたまま、動かなくなったその様を見て、キリアンは自分の考えを否定した。
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