宗狂の教え

真水

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1章 牢獄編

交渉

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腹も右腕もズキズキと痛みやがる。

まあ、あんなに深々と刺された以上は当然なのだが……自分よりも弱い存在にここまで重傷を負わされたのが、さらに俺の自尊心を傷つける。

最初、話し声が近付いてきた時は神を心底恨んだが、実際にあいつと戦った時に「なんだよ楽勝じゃねぇか、ラッキー」とか考えて油断したのが運の尽きだ。

結局、クラフトの肩にも深い傷を付けられちまったし、上手くいかないものだな。

そう考えながら医務室での応急処置を自力で進める。
包帯での止血と痛み止めさえ飲めば、まあ戦えない事もない。

モーランさんは俺と同じように油断による負傷は無いと思うが、一応、格下に二度も不意を突かれてしまったわけだし……不意打ちを一生懸命練習してきた可能性も否定はできない。

よし。
悲鳴を上げながらも動く右腕と左脇腹の動作チェックを行い、第一出口に向かう。

しばらく歩くと違和感に気づいた。
おそらく、足音が重なっているのだろう。

背後を剣で突こうか考えたがある程度の間合いは開けているだろうと判断して隙を見せないよう振り返る。

「やっと気づきましたか?」

その声の主は、遠い昔何度か見たことはある。
その時はただ頑張り屋な、どこにでもいる子供だと思っていた。
少なくともこんな目で人を見る子では無いと……さっきまで、そう思っていた。

「ヴァンデッド区の13号で、エリスちゃんは元気にしていますか?」

斬るーーー。
即座に判断した俺はそう動こうとするが剣をセドリック・アームに向けることはできなかった。

おそらく、信じられない人物が曲がり角から出てきて俺の視界に映ったからだろう。

「さっきぶりだなぁ、おっさん。もう一回やろうぜ」

「よせ、ラグ。僕は彼と交渉しに来たんだ」

冗談じゃねぇよ、とラグという人物が出てきた時は心の底から思ったが……セドリックの制止を聞いた事で、まだスポットライトが当たっているのは俺とセドリックであることを理解して安堵する。

「まず聞きたい。……なんでお前が俺の娘の名前と住所を知ってるんだ?」

「ネブラ様が教えてくださったのですよ」

ダメだ。
おそらく、こちらの質問にまともに答えるつもりはないのだろう。

「じゃあ、何が望みだ」

「第二出口の扉を開けてくれませんか?」

「それは無理だ」

「そうですか。……グランツさんは僕の罪状を知ってますよね?」

あぁ、知ってるさ。
最初は冤罪だと思ったし、捕らえた時も年相応のガキにしか見えなかった。
後継者争いってものに負けた、ただの哀れなガキだと思ってた。

だが、今分かった。
あれは冤罪なんかじゃないと。

ここでその疑問を聞いてくるって事は、俺の家族を燃やすって脅しているのか?
ふざけた野郎だ。

だが確かこいつの行動原理はネブラっていう神を基準としていたはずだ。
おそらくセドリックは、俺の情報をほとんど全て知っていると考えていいだろう。
しかし俺もお前の事は、アラン様からじっくり聞かされたから色々知っている。

「もちろんさ、お前を捕まえたのは俺だからな。ただ一つ聞きたいんだが……それは、ネブラの意思なのか?」

「もちろんですよ。ネブラ様は常に僕を見守ってくださっている。ダメな事であれば、ダメであるという意思を僕に伝えてくれるはずですもの」

イカれてやがる。
その理屈が通るなら、お前は真なる無法者じゃねぇか……。

「神だって暇じゃねぇんだ。四六時中お前を見続ける訳ないだろ」

カァァンーー!

……と、甲高い音が響きセドリックが刀身が割れた剣を俺に向けて突きつけてくる。

咄嗟に剣でそれを受けて軌道をずらすが、右腕の怪我のせいかちゃんと受けきれず頬が薄く裂けて俺の血がセドリックの剣に乗る。

「僕はネブラ様の寵愛を一身に受けている存在だ。ネブラ様だって僕のことを見ててくれてるはずだ。……次はないと思え」

それだけを言い、セドリックは俺から数歩距離を空ける。

「ごめんなさい。怖がらせる意図は無かったんですよ。ですから先ほどと同じように、僕と対話してくださいね。あまりやりたくは無いのですが……死体から鍵を見つけるという方法も、できなくは無いですから」

これはおそらく、ハッタリでは無いのだろう。
ラグが後ろで元気に跳ね回って武器の点検をしているのが、いい証拠だ。

一体どんな方法でこれほど回復したのだろうか。
死ぬような怪我を負った人物が俺より元気そうに身体を動かしているので、魔法というものが実在するのではと疑ってしまう。

「俺はヴァイル教徒ってわけでもねぇ、無神論者と言われる人間だ。お前が必死こいて焼き殺していたのはヴァイル教徒たちだったはずだろう? お前の考えに照らし合わせるなら、一般庶民を焼き殺すただの殺人という事にならないのか?」

結果はほとんど予想できるが、一応聞いてみる。

「僕の意見では、ヴァイル教徒でなくとも、僕がネブラ様の素晴らしき教えを広める行為を邪魔した段階でネブラ様を害する悪魔であるので――助けてあげなくてはと思っておりますよ」

「その理屈なら、俺は悪魔でも家族は悪魔じゃないだろう?」

「僕の経験則ではあるんですけど……親に悪魔が宿ると、子供も悪魔が憑いている可能性が高いんですよね」

やはりダメだ。
こいつの中でロジックが完成しており、それがあまりにも自分主体である以上は言いくるめるのが不可能だ。

「分かった、鍵を開けよう。ただし、お前ら2人だけだ。他は出さないし鍵もすぐに閉める。それでいいだろう?」

「ダメです。僕に鍵を渡してくれなければ、生かして返すつもりはないですよ」

モーランがいる以上は第一出口は安全だ。
しかし、俺のせいで大量脱獄を成功させるわけにはいかない。

「なら、ここでお前だけでも持って行くぞ、セドリック」

「いいんですか? 仮に僕を殺せても、ラグがあなたを殺して、あなたの家族は生きたまま焼きますよ? ――グランツさん」

「一応俺もこの仕事に勤めて長いから、外に出していい人間と出しちゃいけない人間ってのは理解している。お前らやその他有象無象は外に出た所で適当に暴れるからすぐ捕まえらえるが……ヴァルドネロの組長、いやデリックは外に出したら絶対に捕まえられない」

「職務のために家族を捨てるんですか?」

「別にそういうわけじゃねぇ。モーランさんやクラフトが俺の死に気付くと同時に、家まで最速で走ってくれるだろう」

「なんでそう言い切れるんでしょうか?」

「俺が1番大切にしてるのが家族ってのは周知の事実だからだよ。だからお前らだけなら出してやるって言ってるんだ」

ラグが痩せ我慢で強がっているだけの事を祈りながら、臨戦体制に入る。

「分かりました。では、僕らだけでいいので出してください」

折れてくれたか。
俺は死ななくて良くなった事を神に感謝して、第二出口の扉を開けた。
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