異世界で勇者になってたクラスメイトの愛が重すぎる

北山カナ

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異世界召喚

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 今月に入って、クラスメイトが下校中に行方不明になった。
 「なるべく一人で帰らないように」全校集会でそう言われたのは、ちょうど二週間前のことだった。

「やっぱり誘拐らしいよ」

 コンビニで買ったアイスを食べながら、桜はそう呟いた。初夏と言うには暑すぎる日差しがじりじりと桜の持つ棒アイスを溶かしていく。

「噂でしょ?」

 私もその噂はよく耳にする。巨額の身代金目当ての誘拐だとか、ライバル企業の陰謀とか、片思いをこじらせたやばい女による犯行だとか。学校では今も信憑性が全く無い、ただのうわさ話で持ちきりだ。
 校内屈指の人気者であった小林くんの失踪に、当初学校は阿鼻叫喚の嵐だったが、今ではゴシップのような、都市伝説のようなエンタメになりかけている。

「でも誘拐しかないでしょ。小林くん家めっちゃ金持ちだし、小林君に限って家出するとも思えないし」

 桜は食べ終わったアイスの棒を前に突き出し、「ぜったい家絡みだよ!」と宣言した。
 まあ、その可能性が一番高いだろうな。
 現在進行形で行方不明中の小林くんは大企業の御曹司。進学校とはいえ、なんでこんな普通の都立高校に通っているか不思議なくらいの家柄だ。誘拐による可能性がかなり高いし、警察もその線を疑っているはずだ。
でも、身代金目的ならもう返されてもいい頃だろうに。小林君の家なら億でもポンと払えるだろうし。やっぱりお金持ち特有の、何かややこしい事情でもあるのだろうか。

「美優は小林くんの家のことなんか知らないの?同じ中学でしょ?」
「知ってるわけないじゃん。私全然仲良くないし」
「そりゃそうか」

 仲良くないどころか、私は彼のことが苦手だ。

 きっかけは中学一年生の春まで遡る。
 中学校に入ってから最初のテスト、確か学力テストだかなんかで私は小林くんに点数で負けた。同級生に学業で負けたのは初めてで、当時は相当悔しかったのを今もまだ覚えている。それから私は無謀にも彼をライバル視して、一生懸命勉強に励んだ。
 けれど、どんなに頑張っても彼の成績を超えることはできなかった。
 それだけじゃない。幼稚園から続けていたピアノも、趣味だった絵画でも私は負け続けた。もしも小林くんがそれに見合うような努力をしていたなら、まだよかった。
 けれど、彼がピアノを習っていたのは小学校低学年の頃だけで、絵画のコンクールに至っては美術部に入ってから一か月もたたないうちに最優秀賞を掻っ攫われてしまった。
 そこで私の心はぽっきりと折れてしまった。

 私が勝手にライバル意識を持って、勝手に折れただけ。きっと私なんて小林くんの視界にも入っていなかっただろう。けれど、それから私は小林くんの事を苦手になってしまった。
 というか、あんな完璧超人をライバル視していたなんて黒歴史でしかない。

 眉目秀麗、頭脳明晰、品行方正、温厚篤実、公明正大―
 この世のすべての賛辞が当てはまるのではないかと思うレベルで完璧な人に、いったいなぜ私は「絶対勝つ!」とか宣言していたのだろうか。今考えると恥ずかしすぎて思い出したくもない。

 ちなみに私たちの高校では、体育祭のクラスTシャツに“その人にぴったりの四字熟語”を入れるという謎文化があるが、その時小林くんにクラスで考えて贈られた四字熟語は「全知全能」だった。神かな?

 二週間にわたる行方不明―普通ならもう死んでいる可能性も考えられるのに、そんな彼なら生きているだろうと確信もなく思えてしまう。
 だからこそ、不謹慎な話題なのに、たった2週間でゴシップ化してるんだろうな。

「じゃあ、私こっちだから」

 別れ角の前でそう言うと、前を歩いていた桜は長い黒髪をなびかせてこちらに振り向いた。

「大丈夫だとは思うけど、一応気をつけなよー」

「桜こそ気をつけなよ」

桜ってばいつもより道ばっかりするんだから。
行方不明の件は小林くん個人を狙った犯行だろうし、私たちには関係ないだろうけど、寄り道しすぎて一人で暗い帰り道を歩くのは、普通に女子高校生として避けるべきだろう。

 桜と別れ、寄り道せずにしばらく歩いていると、アニメでよく見るような赤い三角屋根のこれぞ家!といった我が家が見えてきた。

 すると突然、地面が光りだした。

「えっ!?」

 下を見ると、アスファルトに円状の模様のような何かが金色の線で描かれている。驚きのあまり動けないうちに光が強まり、目をつぶった瞬間、足元の感覚が消え去った。


 地面に足が着いた瞬間、ざわめく人の声が耳に飛び込んできた。目を開けると、先ほどの住宅街の影など一切ない、荘厳な宮殿が広がっていた。
 ヨーロッパの宮殿のような豪奢なつくりの建物、宙に浮いたシャンデリア。舞台の衣装かと思うほどきらびやかな服を身に纏った人々が困惑したような表情で私を見ている。

 なにここ?どういう状況?夢…?

 腕をつねってみる。普通に痛い。
 夢じゃないならこれは…
 ふと、ある言葉が頭をよぎった

―異世界召喚―

 異世界に召喚され、勇者や聖女として世界を救うという小説や漫画でよくある展開。
 現実でそんなことが起こるとは思えないが、突如光りだした地面に、瞬間移動、現代日本とは思えない建物と服装。考えれば考えるほどそんな気がしてきた。

 どうしよう、私に世界が救えるだろうか。いたって普通の女子高生なんだけど…
 体力測定も下から数えた方が早いんだけど、戦えるかな…
 勇者じゃなくて聖女とかだったらまだ…

 日常からかけ離れた物語のような状況に戸惑いながらも、ほんの少しだけ胸が高鳴っているのを感じた、その時だった。

「橘さん?」 

 後ろから小さいながら、確かに私を呼ぶ声が聞こえた。

「え…?」

 背筋に冷たいものが走る。私の苗字をこんな場所で呼ぶ人なんているはずないのにー
 おそるおそる後ろを振り向くと、そこには2週間ほど前から行方不明になっていたはずの小林雪斗の姿があった。 

「小林くん…?」

 サラサラの黒髪に雪のような白い肌。精巧に整った顔立ちに、甘ったるいたれ目。間違いない、あれは確かに小林くんだ。
 学校の制服ではなく、貴族のような質の良い服を着ているし、なんだか少し雰囲気が変わった気がするけど…

 なぜここにいるのか、これはいったいどういう状況なのか小林くんに話を聞こうと口を開いたその時、今にも泣きだしそうな顔をして、彼は突然地面に膝をつけて頭を下げた。

「本当にごめん!」
「え?」
 

「勇者様!?」 
「どうしたのですかユキト様!?」 
 
小林君の突然の土下座に周囲の人たちが悲鳴に近い声で騒ぎ出す。 
 
「何!?なんで土下座してるの!?やめなよ!」 
  
 手を引いて、半ば無理やり立ち上がらせようとすると、力なく立ち上がりながらも小林くんは謝罪を繰り返した。 
 
「橘さんごめん。僕、取り返しのつかないことを…」 
「どういうこと…?何があったの?」 
 
「実は…」 
 
 小林くんが行方不明になったあの日、魔王という脅威を倒すべく、この国は勇者として小林くんをこの世界に召喚したらしい。 
 
 学校でもいろいろと噂されていたけど、まさか異世界から国ぐるみの誘拐をされていたとはだれも予想していなかっただろう。さすが小林雪斗、常に想像を超えてくる。 
 
 召喚されて約2年、無事魔王を倒し、救世の英雄となった小林くんは、元の世界に戻ること以外であれば、どんな願いも一つだけ与えられる権利を女神から与えられた。 
 そして願いを叶える儀式が行われた結果、現れたのが私だったということらしい。 
 なんで? 
 
「元の世界には帰れないって分かってたから、この世界の平穏を願ってたはずなごんだけど…多分、本心では橘さんにもう一度会いたいって思っちゃったんだと思う…ほんとにごめん。謝って許されることじゃないんだけど…」 
「…私に…?会いたかった?」 
 
 なんでよりにもよって私?そういうのって、普通は家族とか恋人とか、親友とかじゃないの?私たちはただのクラスメイトで、そこまで話したこともないはずなのに… 
 
「うん、橘さんに会いたかったんだ。僕は君のことがずっと好きだったから…」 
 
 顔を赤らめながらも、小林くんはまっすぐに私の目を見つめた。周囲から驚きの声が上がる。 
 
 
「勇者様に思い人がいたなんて…」 
「そんな…!」 
 
特に女性からの嘆きや悲鳴が大きく聞こえる。 
気まずい… 
 
 きっと喜ぶべきことなんだろう。小林くんはまさに女性の理想を体現した王子様のような人で、たくさんの女の人が彼の恋人になりたいと願っている。女性たちの反応を見るに、異世界でもモテモテなんだろう。さすがとしか言いようがない。 
 そんな彼が私の事を好きだなんて、まったく意味が分からない。それに、小林くんには苦い思いでしかないから、好意を伝えられても正直、困る以外の感情が湧かない。 
 けど、ここでそんなことを素直に言えるわけがない。あいまいに笑うことが、今の私にできる精一杯だった。 
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