ドロイド少女はお空が苦手

名無しのコミー

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或るドロイドの曰く

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 後暦 2030年。

 度重なる紛争に、遂に始まった小国同士の核戦争を皮切りにして、世界はまるで示し合わせたかの様に、混沌へと転がり落ちた。

 永戦期―後の世にそう呼ばれることになる、この世の地獄の始まりだった。


 紛争が、紛争を呼び。同盟が、世界大戦を呼び。

 ひとつの戦争が片付けば次の戦争が始まり、国を捨てた民間軍事企業が金の亡者に取り憑かれ、戦争を泥沼に叩き落とす。
 兵が足りなくなれば植民地や傀儡国から徴兵し、それに反発した国々が独立戦争を起こす。

 戦争、戦争、また戦争。


 本来異常な状態であるべき筈のそれが、いつの間にか全世界で日常となり。
 パン1斤の為に死人がでるのも当たり前、身内の戦死は息をするかの如く。


 当の地獄ですら、裸足で逃げ出す程のカオス。それが今、この世界だった。












 寒い…

 1年中空を覆うこの核の雲は、本来であればそうと感じる筈のないモノにすら、そんな気持ちを抱かせる。

 友軍とのコンタクトをロストしてから63時間。そろそろ内蔵のバッテリーも駄目になる。サブに関してはとうの昔にイカれた。
 脚はもう、文字通りのボロボロで、どれくらいかと言うと本来であれば微かなモーターの駆動音ひとつ立てない、というかそもそもモーターで稼働している訳でもない膝関節がギシギシいうぐらいには。

 友軍との合流は絶望的だ。

 地図ではこの辺りに味方の航空基地があるはずだが、それすら果たして今も存在しているかどうか。

 というかそろそろ本格的にメインバッテリーが尽きる。連続100時間の稼働を謳ってこそあれ、それは殆ど活動しなかった場合の数字だ。

 先程派手にやりあった身体は損耗しているし、現に今も数え切れない警告音が頭の中でガンガンに響いている。


「まずい…ここでスリープモードになる訳にはいk…」

 喋るほどマズイのを承知の上で。

 「癖」というのは恐ろしいものだと、「彼女」は暗転していく意識の中で思った。








 基地から離れ散歩に出てみるのも、平時であればいい趣味と言われたかも知れない。

 残念ながら今は散歩という名のゴミ拾いと化してしまっているのは、元々散歩好きの彼…エドヴィン・シェーネマンにとっていかんともし難い。

 なにせ空は核の冬と呼ばれる現象のせいで年がら年中暗いし、それに伴ってクソ寒い。

 いまだって、官給品のフライトジャケットの上に何枚コートを重ねていることか…コイツの中なら暖かいのだろうかと、後ろのゴミ拾い機…無人で動く自律式の装甲車を見やると、ソイツは能天気にも単純なアルゴリズムで必死に考えたであろう可愛らしい(?)動作を返すばかり。


「褒めんてんじゃない。お前の中なら暖かいだろうなーとか、別にそういうことを考えてただけだ。だからやめろその巨体で抱きついてこようとするんじゃない!」


 最新式のユニバーサル履帯のおかげで随分軽く動いている様に見えるコイツだが、なんだかんだ言って10トン以上の重量を誇る、とてもじゃないが飛び込まれたりしたら容赦なく踏み潰される巨体だ。

 そんな図体でエドヴィンに飛びつこうとしたのだから、彼は慌てて飛びのかざるを得ない。

 ここでロマンチックに抱き合ったりしたら、装甲車に踏み潰され弾き飛ばされるそれはもう放送できないスプラッタシーンの一丁上がりだ。


「あとでMG掃除してやっから、今はじゃれ合いは無しな」


 そう言うエドヴィンの表情は、しかし口調とは裏腹にちょっと、だいぶ真剣だ。

 こんな具合で毎日殺されかけていてはたまらないと、そろそろ調教師か誰かを本格的に探すべきだなと思って。


「…AIの調教師って、いるのか?」


 ぴ?と軽い電子音を立てて、こちらを見てくる相棒、もとい殺人ゴミ拾い機。

 もしコイツの開発者がこの動作をあらかじめプログラムしていたなら、その阿呆面に20mmを叩き込んでやると、軽い決意をした、その時。


 視界の隅で、何かが動いた。


 反射的に念の為にと持ち込んでいたアサルトライフルを構えると、主人の動きに反応してゴミ拾いも上部装甲に取り付けられたリモートの車載機関銃を起動させる。

 すると、彼のクロスコム…彼が身につけているサングラス型のARデバイスに、ゴミ拾いからの索敵情報。

 癪だが、正直こういう時、コイツがいてよかったと不覚にも思ってしまう。実際いないと散歩のひとつもできないのは事実なのだが。


 さて、注視せずとも自然と視界に割り込んでくる索敵情報を見るに、どうやら壊れかけた友軍の識別コードを発する歩兵ドロイドのようだ。

 かつてハイウェイだった道の跡。その中央分離帯の壁に、もたれ掛かる様に座り込んでいる。

 歩兵ドロイドは、この大戦が始まってすぐの頃、目に見える勢いで減り始めた労働人口をどうにかするように、人間の代わりに戦うことを命じられたアンドロイドで、つまりはSFでお馴染みのアレである。

 正直彼も当初は耳を疑っていたが、百聞は一見に如かずを実感したのももう数年前。

 貴重な戦力であることは認識しているから、壊れかけていても持って帰ろうと、万が一の暴走に警戒してライフルを構えつつ、声をかける。


「友軍だ。聞こえているなら返事しろ」

「……」


 なにやらブツブツと独り言でも言っているようだ。こちらの声が届いていないらしい。

 武器を持っていないことはゴミ拾いが知らせてきたから、思い切って大胆に近づいてみることにした。


「おい、聞こえているか」

「ておけばよかった秘蔵のハードディスクはちゃんと燃やしてきたっけああどうか冥土の土産にBL本が欲しかったそれと限定版OVAとかしまったガス栓しめたっけ…」


 こちらに気づいて振り向く、エドヴィンと同じ蒼い目。だがどこか決定的に違う…具体的にはドン引きした目とドン引きされた目が合い、両者はしばらく固まる。


「…」

「……」


 ああ、やっぱやめよう。置いて帰ろうその方が身のためだ、巻き込まれたらたまらない。

 その決断まで、おおよそ2秒。くるりと背を向けて歩き出すエドヴィンを、可憐な声が必死に呼び止める。


「待ってください置いてかないで!嘘です、今の全部ウソ!いっつぁじょーく‼」

「ジョークでBL本欲しいって言えるドロイドに関わりたくない。やっぱり帰る」

「お願いします動けないんです助けてくだs あっ…」


 バッテリーが切れたか、どさりと倒れ込む音。

 しまらく本気で悩み込み、遂にはあの殺人ゴミ拾いに後押しされて、持って帰ることにする。

 ドロイドというからには重そうな、しかし案外軽かったその小柄な体躯を片手で持ち上げ、ゴミ拾いの荷台に放り投げた。










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