片道切符

柊 真詩

文字の大きさ
上 下
4 / 4

昔話の終着駅

しおりを挟む
 私は交通事故にあった。そのことを思い出しながら、男性から渡された指輪を見つめる。それは育ての父親である叔父から貰った、父の形見とまったく同じものだった。

 黒電話が鳴るのを待ちながら、叔父の話を思い出した。

 私の母は不倫をしていた。そして、父が仕事で出張に行っている間、別の男を家に呼んで泊めていた。

 だが、予定より早く帰ってきた父に見つかってしまい、両親は口論になった。
 不倫相手に愛情を抱き始めていた母は、父の左胸をめがけて、衝動的に包丁を突き立てたのだ。母は父に反撃される事を恐れ、その一突きを深く深く刺しこんだ。

 そして母は、私を捨てて逃亡し、不倫相手の元へと向かった。
 当時二歳の私に救急車を呼ぶことはできず、父の体は冷たくなった。

 そこまで思い出したところで、黒電話が鳴った。

 私は成長痛を引きずるようにしながら、しかし確実に黒電話の前まで進む。
 無機質で、冷たい受話器を持ち上げた。

「死ぬな! 乃愛!」
「うん。私、帰るね」

 私の返答を聞いた男性は、ファンファーレを口ずさみ始めた。

 私が小さな笑みをこぼすと、男性も陽気な笑い声を返してくれた。
 笑みが溢れ、温かな雫が頬を伝う。

「ありがとう、お父さん。じゃあね」

 透けていく自分の姿を見つめながら、私は震える唇を嚙みしめて笑った。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...